第7回3000字小説バトル
Entry15
「うっそー、信じられなーい」と言ってから、好子はつい出てしま った自分の声の大きさに驚いたふうに、まわりをきょろきょろ見回 して声を低めた。「まじ?」 「そうよ、当たり前じゃないの」と、あたしは平然と答える。「両 方とも学生だもん、あたしたち。割り勘は当然」 それでも好子は、最後の獲物、サバランケーキをフォークでつっ つきながら、冗談でしょ、といわんばかりに肩をすくめた。学食の 喫茶室で500円以上も食いやがって。そんな人、あんたぐらいだ よ。 「そりゃね、あんたんとこはほら、寸留さんが社会人だからさ」と、 あたしは食い下がる。「出してもらってもいいだろうけど、うちは 違うもん。男女平等がモットー」 「まあ、わかるけどさ、あんたのいうことは。でも」 好子はあきれたようにため息をひとつ。「ホテル代までってのは 普通じゃないわよ」 「なんでよ」 「そういうもんだもの。男が出すのが普通」 「どうして。理由をのべよ」 「理由ってさ、何もかも理屈できまってるってわけじゃないと思う けど。でもまあ強いていえばさ、男が誘うじゃない、流れとしては 大体。あとまあ、やっぱ、こっちは受け身だし、向こうにお任せっ て感じでしょ」 「のるわよ、あたし、最近は」 「あのね」 「ちゃんと、食べたりもするわよ」 「ちょっと」 「もう1回、とか、まだまだ、とか、こっちも頼む、とか言うわよ」 「……」 「つまりさあ、ねえ、だって、おかしいじゃないの、全部払わせる ってのはさ。女だって楽しんでるわけでしょ。なのに、金は出さな いってのはずるいし」 「ずるい、か。ふう。それで?」 「うん? まあ、ずるいってことよ」 というところで、その先はやめた、とりあえず。でもさ、あたし は思うのだ。それって、女は平気で買われてるんじゃないの? 男 に「やらせてあげてる」ってことなんじゃないの? 冗談じゃない よお。あたしはね、そんな意識じゃやらないよ。やるときゃこっち だって、一生懸命がんばって楽しむんだから。やって、やって、や りまくっちゃうんだから! てなことを彼に言ってみた。ねえ、そうでしょう? そう思うで しょう? なのになのに、好子ったらっていうか、女ってばさあ、 意識が低すぎる! プライドがなさすぎる! 「まあさあ、考えは人それぞれだから」 彼は特に興味もないといった感じで、オンザロックのグラスを口 に運んだ。氷が、からん、と音をたてる。 「だけどさあ、おかしいじゃんよう」と、あたしはスクリュードラ イバーのおかわりを受け取りながら、やっぱり食い下がる。 「うーん、まあさあ、おねえさんみたいな考えのが、俺は好きだけ ど。でもさあ、女には出させたくないっての、けっこういるよ。出 させるなんて、男じゃない、みたいなさ」 なだめるように、彼は言う。なんだよ。 「ふん、やらしい」 「そう?」 「やらしいわよう、そんなの。支配欲。ね。女を支配してるっての に酔いたいのよ」 「いやあ、べつにそこまで考えてないと思うけど。ちょっと格好つ けたいんじゃないの? 女性を大切にするっていうかさ、庇うって いうかさ、どっちかっていうと、そういう感覚じゃないかと思うけ ど」 「変よ。馬鹿にしてる。勝手に弱い者に設定したりして」 「ふうん。まあさ、そう、あなたのいうとおり、俺はそう思うよ。 そういう考え、素敵だよ」 「ちょっと、真面目に話してるのに」 「真面目さ、俺だって。真面目真面目。感謝してるもん。おかげで さあ、どれだけ助かってるか」 「あのねえ、ちょっと、そういうふうに思われるのってやだわ」 「なんで」 「もう、そういうんじゃないのよう。あたしが言いたいのは。男と 女が愛しあうってことはあ」 「愛しあう。ふうん、なになに、愛しあうってことは?」 「いいわよ、もう。いいったらいい。知らない」 なんだよ、もう。馬鹿にしちゃってさ。あたしは、スクリュード ライバーを一気に飲み干す。おいしいじゃん、甘くってさ。 「おかわり、いい?」 「うん、いいけど」 彼はすこし眉根をよせる。「へいき? ペース、早くない?」 「へいき、へいき。なんか調子いいみたい、あたし。いっくら飲ん でも、だいじょうぶって感じ。あははは、いや、へいきだって、や あねえ。今日は帰らなくっていいんだし、ね、介抱してもらっちゃ おうかなあ、ねえ」なんて、言っていたら。 きもちわるい。 「……吐く」 「えっ」と、彼はあわてて、あたしをトイレに連れ込んだ。目の前 が、ぐるぐるぐるぐる、まわっている。ここは、ああ、そうだ、や っとあいてるのが見つかって、入ったホテルの、トイレ、だ。げっ。 「ああもう」と、彼の苦笑混じりの声が背中でする。「だから、言 ったのに、もう」 だって、とあたしは言いたくなるけど、それどころじゃない。げ っ。げっ。フライドポテトの味がする。アンチョビのピザも。あと ええと、なんだっけ、この味、ああ、卵サンド、おいしかったのに なあ、こおんな姿になっちゃってまあ、ぜえんぶ、いっしょくただ ねえ。ああ、入るときのおいしいのは愉快なのに、出てくときのお いしいのって、なんか不愉快っていうか、もはやなんとなく、おい しいって感じじゃあないのね。げっ。げっ。 「ううっ」 「だいじょうぶ?」 「う、ん。はあ、はあ、ちょっと、楽になった、はあ」 あたしは立ち上がると、彼に体を支えてもらいながら、ベッドに 戻った。ばたん、と倒れ込む。 「やっぱなあ、とめるんだったなあ」と、隣にすわりこんだ彼は悔 やむように言って、あたしを見下ろす。 「う、だって、うん、ごめん」 「俺と同じペースじゃ、あぶないんだよ。まあいいや、寝ちゃいな よ」 「う、ねえ」 「え?」 「してないよね」 「あのね、できないだろ」 「あ、そうだよね、う、ごめんね」 「いいからさ、寝なさい、とにかく」 「う、ん、ご、めんね」 「いいよ」 「お金、もったいないね」 「馬鹿」 「あたし、全部、払おうか」 「馬鹿だな」 彼はあたしの上に屈みこんだ。 「そういう問題じゃないだろ。男と女が愛しあうってのは」 やわらかなキスだった。 だから気持よく寝ていたのだよ、あたしはね。彼のやさしさにつ つまれて、安らかな眠りについていたってところだ。そおんなさあ、 ホテルに来たからってやるばっかりが能じゃない。寄り添って手を つないで寝るだけだって、いいんだよ。いいじゃあないか、やらな い夜があってもいいじゃあないか。おい、そういうことじゃなかっ たのか。 ふと、あたしは目を覚ました。何かが、触っている。何か。あた しの、指が。え。 あたしは彼の横顔を見つめた。彼は体を少し起して、あたしのお 腹の下あたりを見ていた。あたしの手を握っている。 「なに、してるの?」 彼はびくっと肩をふるわせてから、あたしを見下ろした。 「あ、起きちゃった」 「……なに、してるの、これ、なに」 彼は、あたしの指を、あたしのおまたにこすらせていた。 「あ、うん、あのさ、気持いい?」 「……」 「気持いいかなって思って」 「……」 「男もほら、寝ながらっていうのがあるからさ、女の人も、そうい うの、あるのかなって」 「……」 「寝ながら、いっちゃったりとか、するのかなって思ってさ」 「……」 「だめ?」 「うん」 「そうか、やっぱだめなのかあ」 彼はあたしの手を離すと、ごろんと仰向けになった。 「変態」 あたしは大きくひとつため息をつくと、目をとじた。朝、帰るま でには、きっとなんとかしてやろう。やっぱ、もったいないしな。