第7回3000字小説バトル
Entry2
つまらない意地の張り合いで始まった殺し合いは今や街全体に広 まってしまった。間違いなんて一つもなかったはずなのに。いった い何が救いをもたらしてくれるのだろう? 傷付いた脇腹を押さえながら路地裏のビルの壁にもたれ掛かる。 こんなビルの影にも雨は降り込んでくる。上を見上げるとビルに挟 まれた細い空に明るい月が見えた。 足が何かに触れる。そこには目を見開いたままの死体があった。 どこかで見た顔だ。左腕が肩からない。切断面はグチャグチャにな っている。その苦悩の表情から考え合わせて多分チェンソーか何か で切り落とされたのだろう。夜が明ける前にはこの町は死体で一杯 になる。その死体は昼の間に消えてしまう。いったいどこへ消えて しまうのだろうか?鴉や犬どもに食われちまうのか、陽の光に溶け てしまうのか?あるいはいつも暗いビルに囲まれた路地に横たわる 死体はそのまま闇の中へ沈んでいくのかもしれない。ずぶ濡れの僕 の体も影が幾層にも重なった路地裏の闇の中へ沈んでいきそうな気 がする。それが分相応なのかもしれない。 それでも僕が死体になっ たら陽の光に溶けてしまったらいいと思う。贅沢な望みかもしれな い。僕はもう一度血みどろの鉄パイプを強く握る。くだらない考え を黒く塗りつぶす。死んでしまったときのことなんて考えてはダメ だ。いまは死ぬつもりなどない。生き残るのだ。例えあと何人殺し ても。 僕の目の前で一人の少年の首が不自然に曲がるのをまるでスロー モーションの映像を眺めるように見る。僕の放った鉄パイプでの一 撃は大きく弧を描き少年の側頭部をとらえ、首の半分は頭について いこうとし残り半分は体に残ろうとして千切れそうに曲がる。少年 の投げつけたサバイバルナイフが僕のこめかみの三センチ横を通り 抜けていくのを感じる。残念だったね。僕は生き残り、少年は死ん だ。仕方がない。僕を殺そうとしたんだ。殺される覚悟だって当然 あったのだろう。もしなければここへ来てはいけない。家に帰って 押し入れの中で一生怯えて暮らせばいい。それも人生だ。 僕の考えに間違いなどない。今でもその信念に揺らぎはないつも りだ。なのに僕はやっぱりその場にしゃがみ込み少年の瞼を閉じて やる。その瞬間にも後ろから刺し殺されるかもしれないのに。 タケオと僕は一緒にこの混迷した町で生き延びてきた。生きるた めに奪い、生きるために排除した。暴力をもって町に巣食う薄汚い 奴らを暴力を持って排除した。きっかけはやくざが僕らの仲間の女 の子を犯し殺したことだった。理由や経緯は忘れた。発見されたと き彼女の頭と胴は別れていた。僕らはやくざの事務所のビルそのも のにダイナマイトを仕掛け夜中の二時に爆破した。燻し出されたゴ キブリのような連中を一人一人殺していった。素晴らしいことに組 長は爆破では死なずに使い物にならなくなった両足と左腕を引きず りながらビルから出てきた。僕は殺された女の子の首が入った箱を 組長の前に置き中を見せた。それからタケオが組長の前に立ち、言 った。 「人の首を切るってことは自分の首を切られる覚悟は出来てんだよ な?人を殺すんだ、それなりのリスクは負ってもらうぜ」 それから震えて動けない組長の首をタケオはゆっくり切断していっ た。 そのあとからこの街は行き場のない少年達のやり場のない怒りに 支配された世界になった。それまで具現化されることのなかった唯 一のルールだけが街を支配していた。そしてそのルール、すべてに 同等のリスクを負うべし、というルールを具現化してしまったのは 僕達なのだ。 グループはどんどん大きくなりタケオと僕はそれぞれの大規模な グループのトップに立っていた。自分達が秩序となっていることが 嬉しかった。それゆえに僕達はもう引き返せないところにいたのか もしれない。 ある日タケオのグループの下っ端が僕のグループの一人を殺した。 僕は皆に犯人を探させ、そいつを殺すと「うちの者を殺すならばそ れなりのリスクは負ってもらおう」という紙を添えてタケオのもと に送り届けた。次の日「その通りだ」という紙と共に仲間の死体が 送られてきた。僕達は引き返せない坂道を転がり始めた。 僕たち二つのグループに他の勢力が参戦してくるのにたいした時 間はかからなかった。最初に僕らの共倒れを感じ取った第三第四の 勢力が、そしていなくなったはずのやくざが。最後に彼等のいう秩 序回復を唱える国家権力が。こういう連中から街を守るにはこの愚 かな内部戦争をまず終わらせなければならない。そしてそのために 僕は、タケオを殺さなければならない。タケオも同じことを考えて いるだろう。街は戦場と化した。 背後から飛んできた銃弾が僕をかすめ目の前の水たまりで微かな 火花を散らして跳ねた。僕は振り向きざまにナイフを投げ付ける。 ビルの隙間の入り口だ。神経は研澄まされていて暗闇の中でも標的 を外さない。ナイフは腕をとらえて敵は拳銃を落したようだった。 僕は駆け寄り鉄パイプで肩に一撃食らわせた。相手は倒れ込んだ。 水飛沫があがる。聞きたいことがあったがのんびり身体検査をする ほど暇ではなかったから妙な真似が出来ないように指を全て切り落 とすことにした。いきなり目を覚まして悲鳴をあげたので横に転が っていた泥まみれの死体の服を切り裂いて口に詰め込んだ。 「黙れ!お前は俺を殺そうとしたんだぞ、殺されてあたりまえなん だ。今さらいちいち騒ぐんじゃねー」 指を全部切り落としおとなしくなったのでこいつが落した拳銃を拾 って銃口を額に当てると口から服をとった。 「聞きたいことがある。タケオはどこだ」 「言えない、会わせば殺しあうだろう?」 「だろうな。ただ一つお前が勘違いしているのはお前には選択の余 地はないってことだ」鉄撃を起こした。「お前は俺を殺そうとして 失敗したんだ、何をされても文句は言えねーぜ」 「殺せよ。ただお前やタケオには分からんだろーが俺は殺すつもり はなかったぜ。お前の足を止めたかっただけだ」 何かが揺らぐ。確かにほぼ水平な位置から撃ったはずなのに銃弾は 足下で跳ねた。分からない。ただ腕が悪かったのかもしれない。そ うではないのかもしれない。いずれにせよ、目の前の男は敵だった。 いま自分に疑問を持つのは自殺行為だった。僕は、引金を引いた。 もう何もかも遅い。 背後で気配がしていた。僕はいま殺した男の死体を眺めながら、 タケオの言葉を待った。僕がタケオでもこの男を追ってここに辿り 着いただろう。静粛の中で雨だけが音をたてる。 「そいつは俺の右腕だったんだが、俺がお前に会うのに反対して出 ていった。馬鹿な奴だ、何をするかと思えば…」 僕はタケオの方は振り向かずにゆっくり立ち上がった。 「この街に生きるべきではなかったというだけのことだ。ここはシ ンプルすぎる」 「お前にそれを非難する権利はねーと思うぜ」 「同感だ」 僕は振り向きざまに撃った。タケオの銃弾は僕の心臓こそ捉えなか ったものの肺を貫いた。致命傷だ。僕の銃弾はどこに当たったか分 からない。でもタケオもあと三十秒は持たない様子だ。同等のリス クを持ったゆえの結果。冷たい雨が降り注ぐ。気が付いた。僕は今 ではタケオのことを何も知らない。もう長く会ってない。でもやっ ぱりタケオの顔は懐かしかった。きっと僕らは鏡みたいなものだっ たんだ。 まるでこのまま闇に沈んでいきそうな感覚に捕われたまま、すべ てが消えた。