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第7回3000字小説バトル
Entry3

my home

作者 : 杉田晋一 [スギタシンイチ]
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文字数 : 2998
家の前で学生の話し声がする。それで意識が戻った。いつの間に眠
ってしまったのか…。俺はベッドに座ったままの状態だった。カー
テンの隙間からはもう既に高い太陽が照っている。習慣から机の上
においてあるはずの煙草に手を伸ばした。しかし、確認するまでも
なく、そこには煙草が置いていない。少し疑問に思って立ちあがっ
た。そして、自分の視界にこの部屋に見慣れないものをみつけた。
男の足だ。その瞬間、驚いてしまったが、自分で忘れていただけだ
ろうと考え直した。この部屋に誰かが泊まるのは別に珍しい事では
ない。俺は男の顔を覗いてみた。うつぶせで寝ている。脱力した感
じだ。軽く触れてみると、それは音を立てて仰向けになった。男か
らは全く生気が感じられない。俺は死んでいる事をすぐ認め、全く
覚えのない事に恐くなった。俺の家に俺の知らない奴の死体がある。
俺は冷静さを失っているのかと思ったが、そんなこともない。何気
なくポケットに手をやると何か入っている。煙草だ。俺はどんなに
疲れていても眠る時は煙草を机においてから寝る。ボックスの固い
感触が気になるからだ。気になることがあれば眠れない。時計さえ
秒針の音が聞こえないように、この家にはデジタル時計しか置いて
いない。一応、男の脈を取ってみる。俺の期待は外れて、脈はなか
った。昨日、俺は何をしていたんだ。覚えていないという事は、こ
いつは俺の記憶のないうちに現れ、死んだということになる。その
間に殺す訳も生じたということだ。人を殺す理由。今の世の中に理
由が必要なのだろうか。何でも理由になってしまう。殺したかった
というだけでも。いや、待てよ。何故、俺は俺がこいつを殺したと
思うんだ。まだ、決まったわけじゃない。俺さえ覚えがないのだ。
過度の自分否定で記憶を消してしまえるとは思えないし。煙草に火
をつける。ゆっくりと時間をかけて思い出してみよう。…。

いくらか時間がたった。こいつの記憶の糸口も見出せない。これは
少しでも最近の事を思い出して順を追っていくしかない。携帯の履
歴をみる。6時前にヨウヘイとミユキ。ミユキに電話してみる。出
ない。まだ眠っているのかもしれない。ヨウヘイの家はすぐ近くだ。
俺はまず、ヨウヘイの家に走っていく事にした。

「おい、ヨウヘイ。俺や、開けろや」
「何やねん。どうしてん」
「俺、昨日何してたか知ってるか」
「はぁ、何ゆうてんねん?」
ヨウヘイは多分今起こされたのであろう、不機嫌である。
「いや、俺はまじで聞いてんねん。昨日の記憶がないねん。何でも
いいから教えてくれや」
流石に、ヨウヘイも本気であるとわかってくれたようで、髪を掻き
ながら思い出した。
「夕方に来て、約束があるとかゆって12時前に帰ったやろ」
「誰と約束してるゆうてた」
「そんなん。お前がミユキ以外誰と約束すんねん」
俺は昨日、ミユキとあったのか。やはり、ミユキに聞かなければ埒
があかない。

ミユキの家はヨウヘイの家と反対方向にある。昨日ミユキと会った
時にあの男と会ったのか、その後に会ったのか。多分、後者だろう。
ミユキといるときに、他の男と会う理由なんてない。
 
「おい、ミユキ」
「あぁ、おはようって時間でもないか」
「ちょっと聞きたい事があんねんけどさぁ。まじで聞いてるからま
じで応えてや。俺はおかしくもないし、冷静やし、いつも通りの俺
やから」
「う、うん」
「俺は昨日お前と会ったか? 男が一緒じゃなかったか? 止まっ
て帰ったのか? 帰ったんやったら何時に帰ってん?」
「なにゆうてんの。昨日もいつも通りしてたやん? 朝、急に起き
て何も言わずにでてったやろ」
「男は?」
「なんであんたといるときに他の奴がおるねん」
まだ埒があかない。きっとこいつは本当の事を言っているだろう。
これ以上聞く事もない。これは俺の問題だ。俺以外の誰も知ってい
てはならないんだ。生きている奴の中では誰も。俺はミユキに何事
もなかったようにキスして、死体の待つ家に戻る事にした。

帰り道、もう一度考え直してみた。ヨウヘイが言っていた事も、ミ
ユキの言った事も言われてみればそうだった様な気がする。俺はミ
ユキと確かに会って、今朝この道を帰ったはずなんだ。けれども、
それなら俺はあの男といつ会ったんだ。俺の今日の記憶は外で学生
が話していたから12時ごろだろう。ミユキの家から帰ったのが9
時ごろだった様な気がする。俺はたった三時間の間に人に殺意を覚
えて実行してしまうような男だったのか。そういえば、殺されたと
決め付けていたけれどもあの男は本当に殺されたのだろうか。俺が
決め付けているだけではなかろうか。あの男は空巣で俺のいない間
に部屋に入って、持病か何かで死んだんだ。でもそんな馬鹿げたこ
とが実際にあるのだろうか。

家に帰ってくると男は完全に固くなっていた。死後硬直か。俺がみ
つけた時はまだぐにゃぐにゃだったから、あの寸前に死んだという
ことだ。男の周りには血は流れていない。首を見たが絞められたよ
うな後もなければ、抵抗した様子も見受けられない。突然死か。も
し、そうだったら俺の行動は馬鹿としか言いようがない。警察にも
そう説明するしかないだろう。こいつが誰かわからないから、殺し
たと思って焦っていたらこんなに時間がたってしまったと。失笑だ。
男を発見した時の事が思い出された。男の足。男はうつ伏せになっ
ていて…。こいつの後ろポケットには財布が入っていた。俺は偶然
の事件であると思いたいためにそう思っていたが、自分の記憶がな
い事がやはり不安なので男の手がかりとなるものを少しでも見てお
きたかった。男をうつ伏せにして財布を抜き取る。男はさっきより
も重くなっているような気がする。いやな感触だ。いやな感触だけ
れども、死体を恐いとは思わない。こういうものなのだろうか。男
の財布には手がかりになりそうなものが案外多く入っていた。カー
ドに名刺に、現金か。カードの名前を確かめてみる。
「山本 つよし」
空巣だとしたら、こんなに不用心でいいのだろうか。名刺は「河野
 ミユキ」
何故、ここにミユキのプライベートの名刺があるんだ。ますますわ
からなくなった。ミユキが嘘をついているのか。いつも通りだった。
何もかもがいつも通り。違っているのは俺だけだと思っていた。ミ
ユキを呼ぼう。

ミユキの来るまでの間、いろいろ考えた。俺を裏切った理由、俺が
裏切らせた理由。呼ばない方がいいのかもしれない。しかし、いろ
いろな理由よりも俺は無くなった記憶が欲しい。たった数時間前の
記憶。それまでの記憶までも、何故か嘘のように思えてくる。自分
が自分でないような気がする。もちろん俺は自分の意思でこの指を
動かせ、話しもできる。この体の持ち主だから、俺は俺であるのだ。
それがもっともな答だ。しかし、今の俺には清涼剤とはなり得ない。
ミユキが来る事。それだけが鍵なのである。

ミユキがゆっくり入ってくる。
「ミユキ、俺は冷静だし、お前を信頼している。だから、今から見
せるものを落ち着いて見てくれ」
「…うん」
ミユキは恐る恐る居間に入る。一瞬、息を大きく吸い込んだ。
「つ、つよし?」
「そうだ。山本つよしだ。こいつは何故ここで死んでいるんだ」
「つよし! じゃぁ、あなたは誰なのよ」
こいつは何を言っているんだ。俺は俺でしかない。俺は…誰なんだ。
つよし…。そう、そんな名前だったような気がする。こいつは俺の
死体だ。遠く、ミユキの出ていく音がする。