インディーズバトルマガジン QBOOKS

第8回3000字小説バトル
Entry13

消える

作者 : 太郎丸
Website : 太郎丸の落書き
文字数 : 3000
「始めから話していただけますか?」
「今、こっちの先生に説明した所なんですが…、又やるんですか?」
「是非お願いします」
 後からやってきた院長とその息子だとかいう若い男の後ろに、先
ほど説明を受けた医者は廻ってしまった。
 ウンザリしながらも、点滴の管を刺した腕に目をやった私は、先
ほどと同じ話をまた始めた。

 私は一周間ほど前から風邪をこじらせて寝ていましたが、今年の
風邪は胃にくるようで、すごい下痢をしてしまっていました。脱水
症状になるのだけは避けようと、ポカリを買いこんで水しか出なく
なった身体に鞭打ってトイレを往復していたんですが、独り身の病
気ほど悲しい物はありません。身体だけは丈夫が取り柄の私でした
から、ダイエットに都合が良い位に安易な気持ちでいたんですが、
食欲は無いので何も食べられずポカリで生活していても、おならは
出るがウンチが出ないという、なんとも悲しい状況で、今まで便秘
なんぞという物になったこともない私は、ちょっと身体の事が心配
になってしまっていました。
 とにかく、私が電気カーペットとストーブを点け、毛布に包まっ
て横になってテレビを見ていると、この間買った通販のねずみ退治
の機械が半値以下になっているのが頭に来て、チャンネルを変えた
ときにそれが起こりました。
 始めは何の気なしに自然に出たんですが、「消えろ」といいまし
た。もちろん「消えろ」というのは、それが無くなれば面白いなと
いう単純な気持ちであって、まさか本当に消えてしまうなんてこと
は全然考えていませんでしたよ。あれは生番組だったからビックリ
してしまいました。だって、鼻の穴が見えてましたからねぇ。
 ところが、当然「しばらくお待ち下さい」ってのに変わるかと思
いましたし、きっとディレクターは首だろうなぁ、なんて事も一瞬
頭をかすめましたが、テレビはそのまま放送を続けたんです。
 あぁ…。私がその「消えろ」という前には、どんな人でも鼻飾り
をつけてたんですよ。でも皆さんは、鼻飾りという物を知らないん
ですよね。鼻の穴を見えない様にする道具なんですが…。まぁ、た
いした事じゃないです。
 で、私はちょっと興奮してしまって、ものは試しという事で、半
信半疑のままテレビに映っていた女性アナウンサーに向かって「消
えろ」って言ってみました。そしたら驚いたことに、話かけていた
男性のアナウンサー、あぁニュースキャスターっていうんでしたっ
け? その男性は一瞬ハッとした様子でしたが、何事も無かったよ
うにニュースを続けてしまいました。もちろんその女性は消えてし
まいました。
 何故気付かない振りをしてるんだろうと始めは思いましたが、何
度か試しているうちに、振りじゃなくて初めから無かった事になっ
ているという事に気付きました。
 その時に消したのは、ニュースの中で男性がしていたネクタイと
メガネ。それから吸っていたタバコですかね。
 あぁ、それまではアナウンサーってタバコを吸いながらニュース
を読むのが流行だったんですよ。そんな馬鹿な事と思ってるでしょ
うけどね。
 ただ、不思議に思ったのは、始めの鼻飾りは私のも含めてどのテ
レビでも映っていないところをみると全世界の鼻飾りが無くなった
ようですが、後は特定の物だけでした。これはきっと「あいつの」
っていう感情が入っていたからだと思います。
 テレビに映っている人や物だけじゃなくて、そこいら辺にあるモ
ノについても、消えろと思って声に出すと同じ結果でした。そして
誰もその存在を意識していないというか、初めから存在していない
と思っているようです。
 でもこれって風邪の所為で熱が出ていて、夢でも見てるんだろう
位に思ったのも事実です。馬鹿な夢を見るもんだなぁなんてね。

「ほぅ、夢だと思いましたか?」
 今まで黙って聞いていた院長が話を止めた。
「えぇその時はね…。だってそんな事ありえないでしょ」
「まぁそうですね…。それからどうしました?」

 いつのまにか寝てしまったようで…、あぁ本当はずっと寝ていた
のかも知れませんが、とにかく目が醒めてエンジでも舐めようと思
ったらエンジがありませんでした。少し調子も良くなってきたし、
ずっと舐めてなかったもんですから、舐めたくなったんです。でも
エンジはありませんでした。エイルはあるんですよ。でもエンジが
無いんです。
 エンジとエイルって…、皆さん知らないでしょうけど、昔アメリ
カ、ア・アメリカ、はありますよね?

 良かった。そのアメリカを発見したコロンブスが、現地で大量に
発生しているのを発見したんです。昔はヨーロッパを中心にいたよ
うなんですが、乱獲のせいで絶滅したと思われていましたが、現地
人が舐めているのをヨーロッパに戻したというんで有名になったん
ですよ。タバコや梅毒と一緒にヨーロッパに蔓延したと私は聞いて
ますが…、皆さん御存知、ないでしょうねぇ。
 エンジっていうのは童話に出てくる妖精みたいな感じの動物なん
ですが、スーパーの食料品売り場に1ケース500円位で売ってま
した。エイルは植物でやっぱりセットで売ってましたねぇ。殆どの
家でオヤツみたいな感覚で舐めていました。エンジは余り高くは飛
べないんですが、今はもう無くなってしまったエイルをエンジに付
けるとエンジの頭に丸くエイルが合体してしまうんです。そして始
めは赤いんですが段々白くなって、ゼリー状に溶けるっていうんで
すかね。どろどろになるんですが、それをペロペロっと舐めるんで
すよ。なんていったらいいのか、舐めてるととってもホンワリとし
て気持ちがいいんです。心が落ち着くんですよね。一種の麻薬みた
いなもんなんでしょうが、人体に影響は無いという事で、スーパー
やコンビニなんかでも売ってます。飲みこんでしまう人もいますが、
殆どの人は無くなるまで舐めましたねぇ。栄養価も高くてどこの家
でも台所に5・6匹は紐で繋いでありました。
 でも多分これは寝ている間にきっと私が消してしまったんだと思
いますよ。そう考えたらエイルもいらないから、消してしまいまし
た。結局どっちも無くなって、今じゃ誰も知らないから、証拠なん
てありませんけどね。
 えっ? 天使? さぁ、私は聞いた事はありませんが…。
 ところで、お水を貰えますか? ちょっと喉が乾いてしまいまし
て…。あぁ。どうもすいません。

「ところで、どうして精神科の方に来たんですか?」
「どうしてって。これって病気でしょ? 私はそう思ったから来た
んですけど…」
「まぁ、精神的な事もあるでしょうが、風邪の熱が原因でしょうな」
「風邪の熱で、モノが消えてしまうんですか?」
「幻…、いや思い違いですな。貴方とは逆に、消さないで創造して
しまうと訴えてくる患者さんもいますからな」
「でも、本当に消えてしまうんですよ」
 私は院長にいったが信じてはいないようだ。まぁそれが当たり前
だろう。

「それでは、どうですか。今この場で彼を消して見ませんか?」
 自分の息子を指して、院長は軽く笑った。
「えっ、消してしまっていいんですか?」
「どうぞ、どうぞ」
 私は少し腹がたったので、若い男を睨んで言ってしまった。
「消えろ」

「どうです? 何も起こらないでしょう。まぁ栄養失調になってい
ますんで、2・3日は安静ですが、すぐに退院できますから…。そ
れじゃお大事に」

 院長と担当医は二人だけで部屋を出ていった。彼には他に跡取と
なる人がいるんだろうか?