第8回3000字小説バトル
Entry20
場内が暗くなり、光と音の余韻が消え去ると幕が上がっていく。 舞台にはオレンジ色の光が注がれ、客席に顔を向けたまま倒れて いる女がひとり。ぴくりとも動かない。 黒のスーツ姿のふたり組みが現れ、女に近寄る。科白からふたり とも刑事役で、倒れている女は死体役だとわかる。声高な新米刑事 と鼻の下に付け髭のあるベテラン刑事。新米刑事が惚けた口調であ べこべな推理をはじめ、呆れたベテラン刑事は嘲笑いながら舞台か ら去って行く。新米刑事は慌てて追い、舞台上は誰もいなくなる。 ライトの光とバックミュージックが徐々に弱まり、静寂と闇が残さ れる。 ☆ ☆ 舞台に光が蘇ると、ふたりの女とひとりの男が互いの顔を見合わ せ、一瞥しては顔を逸らす。目線を忙しく動かしてはその行為が繰 り返される。時々短い言葉を交し合うがどことなくぎこちない。 一連の会話から三人とも死んだ女とは同じ大学の学生で、さらに 事件と何らかの関わりがあるということがわかる。 三人の内のひとりが、警察が死んだ女の身辺を念入りに調査して いることを重い口調で語ると、乏しかった会話が激しさを増す。揉 めはじめたところで、背の高い男が話に割り込んで場を制し、落ち 着いたところを見計らってから死んだ女に関する質問を一方的に浴 びせる。最後に会った日はいつか、そのとき変わった様子はなかっ たか、後で連絡はなかったのか、などと。三人とも口を閉ざしてい ると、警察に極秘に頼まれた、と探偵は諭すように告げて去る。三 人は顔を見合わせたままその場を動かない。 ☆ ☆ 死体役の女が舞台の中央に置かれたベンチに座り文庫本を読んで いる。文庫本にはカバーがかけられているのでタイトルまではわか らない。そこに先ほどの三人が現れ、和やかな雰囲気となる。講義 の愚痴や芸能人の噂などの他愛のない会話が続く。 ねえ、あのこと大丈夫?とひとりが口にすると、その科白が何か の呪文であるかのように突然、バックミュージックが止まる。 スッポトライトがベンチに注がれ、大丈夫だから心配しないで、 と死体役の女が言うとそのまま舞台から光が失われる。 ☆ ☆ グレイのスーツを着た女がベテラン刑事にしつこく事件の真相を 聞き出そうとする。女はこの事件を追っている記者で、大袈裟な身 振りで意気込みを示す。 ベテラン刑事は曖昧な返事を洩らすだけで相手にしない。記者は 諦め、今度は新米刑事に寄り添い甘い言葉で揺さぶる。思わず口に 出しそうになったところでベテラン刑事が間に割り込み、新米刑事 の袖を引っ張りながら記者の元を離れ、舞台から消える。残された 記者は腕組みをし、溜め息を漏らす。やがて何事かを呟きながら大 股で刑事ふたりとは反対の方向に歩みを進める。 ☆ ☆ 暗闇に包まれた舞台に青のスッポトライトが照らされ、そこに探 偵が立っている。探偵は何か決心したかのように口を開き、死んだ 女とは愛し合っていたと話を切り出す。そしてそのことに関する様 々な思い出を誰に向けるともなく語りはじめる。ゆっくりと左右に 歩きながら。ライトも動きに合わせて探偵を常に照らす。 突然足を止め正面を向くと、呻き声を漏らしながらうずくまる。 床板を叩きながら体を震わせているところで舞台は再び暗闇に包ま れる。 ☆ ☆ 学生三人が舞台の中央に、新米刑事とベテラン刑事が隅でその様 子を伺う格好となる。ひとりが恐る恐るポケットから手紙を取り出 す。三人の焦点はその手紙に集まり、他のふたりも確認したかのよ うに同じく手紙を取り出す。三人はそれぞれの手紙と相手の顔をち らりちらりと横目で交互に見る。まるで書かれている内容を既に知 っているかのように。三人は互いの顔を見合わせ、小さく頷いてか ら重い足取りでその場を去る。残された刑事ふたりは後を追う。 ☆ ☆ 探偵と記者が対峙する。記者は探偵が事件の犯人を追っているこ とを知っており、新たな情報を入手しようと迫る。 探偵は不意にペンダントを差し出すと、記者は、何でこれをあな たが?と驚きの声を上げる。 今度は逆に探偵が記者に問い詰めると、記者は溜め息を吐いてか ら、死んだ女とは親の離婚により離れ離れになった姉妹であること を目線を彷徨わせながら語る。探偵も死んだ女には父親がいなかっ たことを思い出し、さらに記者の目許をまじまじと眺め、納得した かのように頷く。探偵と記者は揃って舞台から消える。 ☆ ☆ 舞台が明るくなると、まず三人組が現れ、刑事二人は隅の方で屈 みながら様子を伺う。三人が落ち着かずにそわそわしていると、探 偵と記者が現れる。そこにベテラン刑事がわざとらしく咳をして近 寄り、各々の顔を覗き込む。新米刑事はおろおろしながらうろつき まわる。 膠着状態が続いているところに、死体役の女が身を低くして舞台 の中央まで行き、突然大声をあげる。全ての動作や表情、音までも が凍りつく。再び音が飛び交うと、それを合図にするかのように舞 台上の人物が各々の動作をはじめ、ライトが舞台を様々な色で染め る。 ☆ ☆ 「お疲れさん」 「あ、先輩お疲れ様です」 ベテラン刑事役の男が軽く声をかけると、死体役の女は姿勢を正 して軽く頭を下げる。ふたりとも舞台上で着ていたのと同じ服装の ままだ。 「それにしても」と男は言って少し間を取る。「舞台の上で舞台の 練習をしていたってことでラストを無理やり締め括るのはどう考え ても納得いかないんだよな」 「まあいいじゃないですか。それにしても先輩の刑事姿、本当に渋 くてカッコイイですよ」 「ふーん」 「その髭も似合ってますよ」 「またまた、どうせお世辞だろ」男はそう言うと鼻の下にある付け 髭を億劫そうに触る。 「そんなことないですよ。けど刑事よりはむしろ怪盗って感じがし ますね」 「俺としても刑事役なのに銃を撃つ場面がないのはな。水鉄砲でも いいから撃ちたかったよ」 男は右手を銃の形にして腕をピンと伸ばすと、バンバン、と声に 出しながら撃つ真似をし、人差し指の銃口を口元に近付け短い息を 吹きかける。 「先輩はまだいいですよ。私も死人なんかじゃなくて、どうせなら もっと活躍する役が良かったなあ」 「いや、君に適格な役だったよ」 「え?」 「何しろ君はこれから永遠に死を演じることになるのだからね」 「どうしたんですか?」 「さようなら」 男はナイフを取り出し女の胸元を突くと、舞台はライトで赤く染 まった。光の残像が飛沫となり、重低音が激しく飛び交う。そして 光と音を失いながら舞台に幕が降りる。再び幕が上がると、舞台で 演じていた者が横一列に並んでいる。新米刑事役が終幕の挨拶を述 べ、横の全員が一斉に頭を下げると幕がゆっくりと降りる。 ☆ ☆ 「どうしてさっき胸に刺したの?本当は腹を刺すはずだったのに。 もしかして私の胸を触るために?」死体役の女がベテラン刑事役の 男をきっと睨む。 「そんな、滅相もない」と男は言って、先ほどのナイフをいじる。 弱々しく光る刃が刃先を押されるたびに柄の中に引っ込む。 「正直に言えば特別に許してあげる」 「だって大きいから、一度くらいならいいかなと、つい出来心で」 と男はぼそぼそと言いながらも女の胸に視線をやる。 「変態、やっぱり許さない」 「すいません、すいません」 「嘘よ。それにあなたの手が触れたとき、ちょっと感じちゃった」