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第8回3000字小説バトル
Entry3

夢恋愛

作者 : 森田英一
Website :
文字数 : 2991
 夢の中で連続した恋愛劇を見たことがあるのは僕だけだろうか?

 ある夜の夢の中、僕は自分の故郷にいた。どうやら、その日は僕
が好意を持っている人の家に行って自分の想いを伝えようとしてい
たらしい。もちろん現実の僕にはまるっきり覚えのないことであり、
またそれに似通った経験も過去にあったわけではない。夢の中の世
界は、曖昧模糊としてすぐに崩れてしまいそうである。空ひとつと
っても、まるで水色の絵の具を適当に塗ったようで、いまいちピン
とこない景色だ。
 僕は彼女の家まで歩いていった。途中、小さな川を渡り、その土
手の下に彼女の家はあった。灰色の四角い建物。彼女の家は小さな
鈑金屋をやっていた。黒くすすけた看板に「伊藤鈑金」と書かれて
いるのが、目を凝らすとようやく読みとれた。そこを目指して僕は
田んぼのあぜ道を歩いていった。

 夢の中の自分にとって、夢の中は現実そのものである。夢だった
と気付くのは夢から覚めてからであって、夢の中でこれは夢だ、な
どと思うことは皆無である。いま、この現実をだれも夢だとは思わ
ないことと同じように。

 小さな庭を入っていくと、玄関が見えた。僕はためらいもなく呼
鈴を押した。しばらくすると彼女が現れ、僕を見るとパッと明るい
顔をして親しげに話しかけてきた。どうやら彼女と僕はお互いをよ
く知っている友達らしい。さっそく中に通されて、何か話をしてい
る。その内容はよく憶えていないが、その雰囲気からすると、何か
昔の話(そう、小学校の時とかの)をしているような感じだった。
僕は自分の想いを伝えようなどという素振りも見せずに話している。
 しばらくすると彼女は席を離れ、ハガキを数枚持ってきた。それ
は年賀状らしく、何やらまたその話で盛り上がっている。夢はそこ
からまったく進展を見せなかった。そして夢はそこで終わっている。

 夢の中での会話は、空気を振動させる会話形式ではなく、一種の
テレパシーのような形で行われる。しかし、会話の内容は残念なこ
とに目覚めると同時に忘れてしまう。覚えているのはその会話の中
でキーワードになるような言葉だけである。

 またしばらく何日かして、この前の夢の続きを見た。夢に出てく
る彼女は前と同じ彼女であり、状況もほとんど同じだった。今度の
夢は彼女といっしょに街を歩いているところから始まった。
 僕と彼女は変わらず親しげな会話を交わしていた。しかし、僕が
想いを伝えた様子もなく、目的が達せられたかどうかは分からない。
僕が夢から覚め、現実に戻っても夢の中の出来事は変化していなか
ったのだ。
 大きな噴水のある公園まで僕たちは来ていた。ベンチに腰掛け、
二人は会話を続けた。一体何を話しているのだろうか。いまとなっ
てはどうしようもないことだが、憶えていないことを後悔している。
陽が暮れてきて、ちょっとした変化があった。あれだけ会話が弾ん
でいたのに、二人とも急に話すのを止め、僕はまじめくさった顔で
何か言おうとしている。彼女は僕が何を言おうとしているのかが分
かったようで、少し視線を落としている。
「オレの恋人になって欲しい」
 僕がそう言った言葉は覚えている。それにしてもあまりにも直線
的で強烈なセリフだ。もっと違う言い方はなかったのだろうか。自
分のことながら恥ずかしくなってくる。
 そして、夢はその状況のまま暗がりの中へ消えていった。

 夢は本当に夢なのだろうか。夢は本当にただ単に夢であって、そ
のつながりや背景は存在しないのだろうか。夢は、夢は、実はもう
一つの現実ではないのだろうか。

 またしばらくして夢を見た。場面は卒業式だろうか。多くの若者
がパーティーの会場のようなところにたくさん集まっている。前方
の舞台の上に次々と人が上がり、あいさつをしては下りていった。
僕は丸いテーブルを前にして立っていた。
 式が終わり、若者たちは好き勝手に談笑しはじめた。しかし、僕
は変わらず、その位置を動かないでじっとしていた。ガヤガヤと人
のざわめく雑音が耳に入ってくるだけで時間が過ぎていった。自分
だけが動かず、周りの人の動きだけが激しく行き交った。さながら
ビデオの早送りを見ているような感じだ。
 突然、僕は視線をある一点に向けた。人と人の間に彼女の顔が見
えた。そしてほんの一瞬の間にオレと彼女の視線がガッチリとあっ
たのを確かめてから、僕は初めて動いた。人と人の間を急ぎ足です
り抜け、彼女に近づくと後ろからグッと腕をつかんで、
「この前の答えを聞かせて欲しい」
 と、そう言った。夢の中での僕はやはり直線的だった。いま思え
ば、よくあんなことが言えるなと思うが、確かにそう言ったのだ。
すると、彼女は振り向き、
「ここじゃ、あれだから……」
 そう言って出口に向かって歩き出した。僕も後をついていった。

 どうやらここはどこかのホテルらしい。階段を下りていくと、一
階には喫茶店があった。僕たちはそこの喫茶店に入ると一番奥の隅
の席に座った。彼女はしばらく黙ったまま俯いていた。僕はそんな
彼女をじっと凝視し、返事を待った。
「ごめんなさい」
 彼女の声はその一言だった。僕は愕然としてただひたすら次の言
葉が出てくるのを待った。
「どうして」
 僕は焦って先走った声で彼女に訊いた。彼女は何も答えなかった。

 しばらく無言のまま時が過ぎた。
 しばらく何も音のしない時が過ぎた。

 僕は手元にあった水を一気に飲み干すと、何か喋らなければと考
えもせずに話し出した。
「オレってさ、恋愛に対してはからっきりだめでさ、いつも断られ
てばっかりなんだよ。まさかおまえにも断られるとは思ってもみな
かったけどさ」
 僕は頭をかいた。彼女はそれでも黙ったまま動かずにいた。
「でさ、何でオレはダメなのかなっていう理由……、好き嫌いに理
由なんてないかもしれないけど、もしあったら教えてくれよ」
 何とも愚かな質問である。僕はそれを無理に明るく装って言った。
自分で自分の気持ちがよく分かった。明るくでもしないと、自分が
惨めな泥沼にはまっていくことは分かっていた。また、そんな問い
かけの答えを期待して言ったわけでもなかった。ただの場つなぎの
つもりだった。
 しかし、僕の予想を裏切って彼女はゆっくりと顔を上げ、ゆっく
りと顎を動かした。

「理由は……、理由は、あなたは現実に対して怒らないことだわ……」

「現実に対して怒らないことだわ」

 僕の体の中に強力な電気がビリッビリッと走った。
 何だ、それは一体、何だ。

 夢から覚めるとベッドの中だった。
 僕は上半身を持ち上げると、ついさっき言われた言葉を口に出し
てみた。
「あなたは現実に対して怒らないことだわ」
 一体これはどういうことなのだろうか。よく分からない。率直に
とって自分の現在に対する甘さへの指摘なのだろうか。自分の恋愛
に対する意見なのだろうか。確かに僕はいままで数多くの恋愛から
足蹴にされてきた。しかし、現実に対して怒らないこととは結びつ
かないはずだ。僕は頭皮に汗をかきながら必死に考えた。答えは分
からないが、またそれを導き出すのも恐れていた。もしかすると、
現実の自分から夢の中の自分に対するあの直接的な態度への批判か
も知れない。
 そのあまりにも抽象的な言葉は、その抽象的だから故に様々な言
い方にもとれる。一体彼女は何が言いたかったのだろうか。

 彼女はその謎の言葉を残したまま、二度と僕の夢の中には現れな
かった。