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第8回3000字小説バトル
Entry8

土砂の中

作者 : のぼりん
Website : 「松拳太郎の奇妙なお話集」 「ミタコト・キイタコト」
文字数 : 2940
 かなり気候も寒くなってきたというのに、季節はずれの台風が海
岸の町を舐めるように洗っていった。その時、岬の別荘の小高い庭
がすぐ下の国道に向かって土砂崩れを起こしたために、この未曾有
の猟奇事件が世間に露呈することになったのである。
 その土砂の中から複数人のバラバラ死体が発見されたのだ。
そこから振り仰ぐと、土手の上に洋館があった。どうやらそこの
土地の一部が台風の雨風にゆるんで崩れ落ちたらしい。発見され
た異物がもともとその土地の下に埋められていたものだろうという
ことは、誰の目にもすぐに推測できた。
 捜査は基本通りにすすめられ、すぐに建物はある会社役員の所有
する別荘だということが判明した。さらに所有者の名前が確認され
て、重要参考人として身柄を拘束するように手配がされた。
 次の日には別荘中がくまなく捜索され、その敷地内の怪しげなと
ころはすべて掘り起こされた。その結果、ばらばらの死体はすべて
女性のもので、最低でも三人のものであるという事がわかった。た
だ、この事件の特異性は、死体の下半身がどこにも見つからないこ
とだった。しかも、三人の女性の身元がまったくわからなかった。
鑑定の結果から、すべて十代から二十代前半の若い女性であるとい
う事と、それぞれがかなりの月日を開けて殺害されていることがわ
かったのみである。しかし、過去数年間の行方不明者等の記録と重
ね合わせても、被害者の特定はできなかったのである。結局、事件
の進展は参考人の供述を待つのみとなった。
 もっとも、県警の捜査手順は驚くほどの手際のよさだった。死体
の発見から一日後には、その重要参考人は県警本部に連行されてい
たのである。

 その日、まず簡単に参考人の名前と住所の確認をすることから取
調べが始まった。髪の薄くなった中年男であったが、すでに人生の
成功を手にして、会社役員として悠悠自適の生活をしているという。
あっさりとしたカジュアルを着こなしてはいるが、すべてブランド
であるということはすぐわかった。
 家族はいないようであったが、この男にとって、そういう環境が
どんな意味を持っているのか、おいおいわかってくることだろう。
 事件の別荘はあなたの物か、と、刑事のひとりが問いただした。
クルーザーを停泊し、外車を三台も収納した車庫を持っているほど
の高級別荘だった。
 もちろんすでに確認済みの事務的質問に過ぎない。男はあっさり
認めた。
「昨日、この敷地内から三人の女性の死体が発見された。知ってい
るな」
「はい」
「お前がやったのか」
「はい」 
「彼女たちはどこから連れてきたんだ」
「捕まえてきました」
 あっさり認めやがった。
 事の進展の容易さに刑事たちはかえって戸惑った。
 いいながら、男は平然とした顔をしている。
 まず、精神的な障害の可能性も疑っておかねばならないだろう。
人を傷つけ死に至らしめることによって、快感を得る性倒錯者かも
しれない。事前にベテラン刑事は、部下たちにそう話をしている。
海外ではそんな犠牲者が材料として人身売買されている。日本でも
一部の熱狂的なマニアは、外国の闇市場から女性を買ってくるそう
だ。彼女たちは薬漬けにされてすでに廃人になっている。もちろん、
その死体はどこへ投げ捨てられても、身元を確認するすべなどはな
いのである。 
 だがそういうマニアは、かならずその道楽をビデオなどに記録し
ているものである。それを同好のマニアに横流しし、高値で売り払
って二重においしい思いをするのだ。これらの嗜好をビデオで発散
させる裾野のマニア人口はさらに多いといわれている。
 ところがこの事件では、こういうビデオ、写真、録音テープ類な
どは一切発見されていなかった。動機を裏付けるものがまったくな
いだけに、起訴に当っての証拠調べにはかなりの慎重さが要求され
る事件といえるだろう。
 それにしても、取調べはとんとん拍子にすすんでいく。まるで、
犯人がその犯罪をしゃべりたくて仕方がないかのように。
 刑事らは、死体の下半身について単刀直入な質問をした。
「彼女らの下半身はどこにあるんだ。」
 すると男は、その頬を奇妙に緩めてにやりと笑った。微かに聞こ
える声でしゃべり出したとき、その場にいた刑事たちの誰もがまず
自分の耳を疑った。
「今なんて言ったんだ…」
「食べました。そう言いました」
「食べた?」 
 その言葉を鸚鵡返しにしながら、若い刑事たちは悪魔を見るよう
に怯えた表情を隠せなかった。
「な、なんて事を…」
 狭い取調室の澱んだ空気が人々の肩に重くのしかかってくるよう
だった。男はしばらく刑事たちの反応を舐めまわすように観察して
いた。そのうち口の端が三日月のように片方にめくれ、その赤い裂
け目の中から、低い笑い声が微かに「ほほほ…」と洩れた。
 人に話したくて耐えきれないことをとうとう吐き出した愉悦に、
笑いを我慢できなくなったのだ。
 男は緩んだ唇を噛み締めるようにしていった。
「それが、じつにおいしい。一度食べたら次がどうしても食べたく
なってしまう。もはや、一日の猶予もない。その味を恋焦がれるあ
まり、私は狂ったようなってしまったのです」
「ば、化け物め」
 興奮して詰め寄ろうとする若い刑事の胸倉を掴んで、年配の刑事
が後ろへ突き飛ばした。その同じ手で、男の肩口を両手で締め上げ
るようにしてゆすった。
「もういい、馬鹿笑いはやめろ。もう一度聞くが、女をどこから連
れてきたんだ」
 男は相変わらず、へらへらとして答えた。
「海からです」 
「海から…?」 
 意外な返事に刑事たちは皆、面食らわざるを得ない。
「近くの海水浴場か?」
 男は首を横に振って、いいえ、といった。
「クルージングで、三回も釣り上げました。こんな奇跡はめったに
あるもんじゃない。ところがそれから何度あの穴場へ行っても四回
目がこない。狂おしいほどあの味が忘れられないというのに…」
「なんの話をしているんだ」
 刑事は眉をひそめるばかりである。
 男はその時、自分の話のとりとめのなさに初めて気がついたよう
な顔をした。そして、語りだした内容はさらに驚愕すべきものだっ
た。
「彼女たちは人魚です。私は人魚を食べて残りカスを埋めただけで
す。ですから、私はあなたたちの考えているような殺人鬼ではあり
ません。ただ、どうしても私を罰したいというのなら、死刑にして
もらいたい」 
 それから一瞬、男は今度は心から懇願するような表情をした。
「人魚を食べてしまった私は、すでに死ねない体になるという罰を
うけているのですからね。死刑にしてもらうことで、私はあなたた
ちに救われることになる」
「バカな」
「何度もいいますが、あれはただの食べカスです。私は何も隠して
いないのですよ。もっとも、あなたたちが私の主張を裏返すような
証拠を、この先裁判で提出できるとは到底思えませんが…。ほほほ
ほ…」

 薄ら笑いを続ける男から手をはなすと、その刑事は同僚たちを振
り返って呟くように言った。
「こいつは起訴まで、かなりの長期戦になりそうだな。」
 しかしその時、誰も彼の言葉に頷くものはいなかった。これから
繰り返される底の見えない取調べに、暗澹とするばかりだったので
ある。