第9回3000字小説バトル
Entry10
ジジジジジーッ! けたたましい音が、静寂の朝靄の中で緊張した空気の平行間隔を 失わせる様に、安っぽい目覚まし時計が鳴り響く。 (ふ、ふぁ〜ふ。おふぁよ〜う。……) ベッドの上ではその音にピクリともせず、君はぐっすりと眠った まま、どちらかと言えばやすらかな笑みさえ浮かべている。 やがて目覚まし時計のほうが疲れたサラリーマンの叔父様のよう に、ジジジッ・ジジ・ジッ・ジ! とゼンマイが切れた様に止まっ て、一瞬秒針が戸惑った様に逆さに跳ね上がり、そしてまたもとの 動きにもどって時を刻みはじめる。 確か君は今日、大事な大事なお客様の所へ、あの禿げ上がって、 いかにも中年と言った感じの支店長さまと、御打ち合わせに御出か けするのではなかったのでしょうか? (お〜い!おきろ〜っ) いいのかな〜、目覚まし時計止まっちゃったよ。 僕、知らないよ。いつものように御寝坊さんで遅刻しちゃってもさ! 君はいつも会社のみんなから 「山元支社長さま、おはようさん。只今11時でございますよ、 支店長さまがご相談したい事があるそうですので、5階へ来て頂き たいとおっしゃってますよ」 てな事を言われちゃうんだよね。 ま、いいか、自分の事ぐらい自分で管理出来なきゃ、いい社会人に は成れないんだからね。これも自業自得ってことで、僕にはあんま り関係なさそうだし、それにまだ6時半だからもうちょっと寝かし とこ〜かな! では僕も少し(ふ、ふぁ〜ふ。おやすみ〜)。 おっ!やばい10時だ! ほんのちょっと眠ったつもりが……やばいやばい、僕としたことが これでは君と同じだ! さっそくあのかわいい事務のおばちゃんに 電話してもらわなきゃ! プルルル〜ッ! プルルル〜ッ! プルルル〜ッ!……。 おいおい、君は何回鳴らせば起きてくれるんだい? おっ! やっと動いた! 「ふぁ〜い……だ〜れ〜」 「山元さん!起きて下さい!もう10時過ぎてますよ」 「あれ〜?……11時には行きま〜ひゅ」 「何言ってるんですか、支店長が待ってますよ!」 「……!」(う〜ん、いい表情だね、びっくりしてんだ) 「えっ!あ・あっ!そうだ!やっべ〜!すぐ出るから支店長に現地 で待ち合せって言っといて!おねがい!」 やっぱり君はマヌケだな〜、いつもと同じだと思ってたんだろ。 (フフフッ)。 さあ、そうとなれば急いで顔を洗って、そうそう、パンツも替え といたほうがいいな、早く、早く! 頭はそれでいいのかい? ボサボサだよ、サラリーマンは身だしなみが肝心なんだから! あれ? いいんだ。まっ、いいか、そんなのあまり気にしてないん だよな。 ほらネクタイ、それにカバン。う〜ん、忘れ物ないか? おいおい、靴が反対だよ、そこまで慌てるなって。今日の一日が始 まる朝だよ、気持ち良くさ〜清々しくいきたいね、清々しく! (君、君! 書類はどうするの?)デスクに置きっぱなしでしょ。 昨日、雪ちゃんに誘われたからって喜んで、お酒なんか飲みに行 くからこんな事になっちゃうんだよね。(ふふふ、いいきみ!) でもどうしょっか? しょうがないから支店長さまに持って来て もらいましょうね。(ほら電話、電話!) 「やべ〜っ、書類忘れた!そうだ支店長に持ってきてもらおう。 ピッピッピっと、……あのう、もしもしぃ?山元ですけど〜」 「バカ野郎!お前何時だと思ってるんだ!」 「すみません、寝坊しちゃいました」 「しちゃいました?……、先方で待ち合わせでいいんだな!」 「え、あ、はい。それで〜……」 「それでなんだ?」 「先方へ提出する書類を持ってきてほしいんスけど……」 「書類?お前もってないのか!」 「デスクに置いたままです。まさか寝坊するなんて、思わなかった んで〜」 「ばか!ばかばかばか!うううっ……それを、わたしが持っていけ ばいいのかな? 山元君! う〜ん?」 「あ、すみません、じゃあ待ってますんで!」ピッ! (素晴らしい会話なこと!) 支店長さま迄使えるとは、君もなかなかやるよね。 やっぱり僕が見込んだだけあるよ。いいよ〜支店長さまでも社長さ までも使っちゃおうね、それが君らしいんだよな〜、いい! (おい!コンビニなんか寄って間に合います?) 余裕と言うか、肝が太いと言うか、やっぱ少しマヌケなのかも? 10秒チャージですか。なるほど、若きサラリーマンだね。 時は金なり! でも君の場合寝坊だもんね、かっこ悪〜! せめて、支店長さまよりは先にお客様の所に着きたいでしょ? (走れ走れ!走れーっ!) ほらほら、もっと脚をあげて、そうそう空のカバンを思いっ切り前 後に振って! いい! その汗がいいんだよ。起きて10分しか立 ってないのに、その滴る若い汗!(ちょと、匂うかもよ?) ほれ!飛び乗るんだ。電車も君の見方だ。 丁度いい具合に電車も来たもんね。君は今日、ツイテルかもしれな い。でもこの時間でも結構混んでますね〜、女性が多いな。 おいおい君、息が荒すぎ、大丈夫か?吐いたりしないでよ〜! あれ〜見てみて! 君の前の男。さっきからその女性のお尻触っ てますよ〜。痴漢だよ、痴漢! (ほら、見ろよ!見なかった振りをするんじゃないの!) 助けてあげた方がいいよ、男22才、社会人ならばNo! と言える 人に成りなさい!って、ちょっと違うけど。(ほら!早く、早く!) 「あ、あなた。こ、この人、い、嫌がってるじゃないですか」 「なんだ〜?」 「だ、だ、だから……」 「俺が痴漢でもしたって言ってんのか!あ〜ん?」 「……、……」 「なんだよ!てめー、俺が痴漢でもしたって証拠あんのか?!」 (もっと、強く出なきゃ!もう言ったんだから強く行けよ強く!) 「貴方、痴漢してましたよ。僕はこの目でちゃんと見ました。貴方 を痴漢の現行犯で逮捕します。」 「逮捕〜?」 なに言い出すんだよ!逮捕じゃないでしょ、警察じゃないんだから! ここはヤバイから逃げるよ!(ほら、早くっ!こっちだ!) やばかったよ、でも言えるじゃない。見直したな〜。 女性もホッとした顔して、逆に君の一言で笑ってたぐらいだ。 よかった、よかった。 あれ! 雨だ、ほら外を見なよ。天気予報なんか見る暇なかった もんね、しょうがないよ。駅降りたらキオスクで傘買うしかないね。 君、君? なにカバンなんか覗いてるの? 折畳みの傘はないよ! 昨夜も雨降って、雪ちゃんに貸してあげたでしょ、記憶力も弱いん だね。君、酔った勢いで雪ちゃんがチューしたことも忘れてんじゃ ない? ってそれは思い出したようだね、でもニヤニヤするんじゃ ないの。ほら、廻りの人が気持ち悪がってるでしょ。 駅に付いたよ!ほらいつまでニヤニヤしてんの(走れ!走れ!) もう傘はいいよ、そんなに降ってないんだから。 微妙だよ、支店長さまがもう先に着いてるかもしれない。 (急いで!早く早く!) そこの角を曲がるまでは、まだ歩くんじゃないですよ、どっちが 先か解らないんだからね。 (おっ、いないぞ!間に合った!) 支店長さまに勝ったぞ! やったね〜! バンザーイ、バンザーイ ってそんなに嬉しそうな顔をするんじゃないの。 これからが本当の仕事でしょ、気合いを入れて! 気合いを! おいおい、今度は安心してそんな大きなあくびなんかするんじゃな いの! ……あっ! 「あっ!支店長!先に……?」 「ううううっ!山元!」 やっぱり、君はまだまだ未熟だね。 今日はもう僕、疲れたよ。この先は自分で頑張ってね。 (ふ、ふぁ〜ふ。おやすみなさ〜い。……)