インディーズバトルマガジン QBOOKS

第9回3000字小説バトル
Entry14

散歩道

作者 : るるるぶ☆どっぐちゃん
Website :
文字数 : 3000
「ポテトもご一緒にいかがですか」
「ファックオフ」
 ファーストフード店においてあたしはこのような勝手にしやがれ
的会話でファーストフードシーンを熱く展開させていきたい。その
ような展望は持っているのですが実際は今日も
「あ、いや、あの、けっこうです」
 この体たらくです。ですから店員も
「ではお会計・・・」
 と、ふう。この娘は気の利いたアクション一つ起こせないまった
くのおぼこっちねえ。こんなセンスの解さない娘がいるからあたし
のようなクールガールがこんな所でレジ打ちなのよ。まったくくだ
らないわ。まったくイケてないわ。とでも言いたげな能面スマイル
でこちらを嘲笑してきます。
 そのスマイルはこちらを、うるせえゲロ野郎などと叫ぶ、カウン
ターをガンガンに蹴る、フライドポテトを揚げる油に固めるテンプ
ルを流し込む、などの暴挙を起こさせるのに充分な蔑みに満ち、あ
たしのような精神科への通院歴が有り、今も自宅に引きこもりがち、
という他人より少しデリケートな人間には耐えられないもの。だけ
れどここでそのようなヒステリーを起こしたらきっと店員は逆上し、
只でさえ「この商品は来週からの発売になります」との張り紙が張
られているカスタードパイの発売がますます遅れカスタードパイ騒
動が勃発。それが全国規模の暴動に発展。レジスタンスが叫ぶ「カ
スタードパイを我らに」。吹き荒れる粛正の嵐。重々しく響く軍靴
の音。後の世の人をして「カスタード暗黒時代」、そう呼ばせるよ
うな鉄鎖と血と退廃の時代。そのような日々をあたしはやはり恐怖
する。だからあたしはもそもそと会計を済ませ、バーガーを受け取
り、「ありがとうございました」(意訳「つまらない娘だったわね
ダーリン」「そうだねエリー」)の声を背に今日も敗北感と共にこ
の店を後にするのです。

ガタン

 自販機から取り出したお茶は熱く。空は青く。
 抱擁と愛撫にも似たその熱さ。それは序々に冷えいきその熱を失
い。
 あたし達は無限では無いという事への悲しみ。しかし同時にあた
し達は有限である、その事への誇り。
「私は絶望を歌う。私は絶望に踊る。私はきっと希望へは辿り着け
ないだろう。だけれど私の歌うその先は、私の行き着く先は絶望で
は無い気がする」
 こんな言葉を残したクライウス・イアソンの聡明な、はかない横
顔。
 希望の先の絶望。そしてその絶望の先の希望では決して無い、で
も絶望ではきっと無い「何か」。
 このような事を想わせてくれる缶入りお茶をかき抱き、てくてく
と馴染みの散歩道、家から割と近くの河川敷を歩いていると少し落
ち着いてきました。
 ふう。河を一望出来る小さな東屋のベンチに腰掛けバーガーを口
に運びながらため息一つ。 
 それにしても。
 なんであたしはこんなにうまくいかないのだろう。
 口惜しい。情けない。
 他の人はどうやってあのスマイルに対抗してるのだろう。
 ずぎゅーんどぎゅーん。後ろの国道でダパンプのベスト盤をかけ
ながら信号待ちをしているあの車の運転席に座っている頭の悪そう
な若者はどうやてあのスマイルに対抗しているのだろう。
 何も考えて無い、のだろうか。
 だとしたら何故割と考えているはずのあたしは対抗出来ないのだ
ろう。目張りもバッチリ黒くキメてあるし、お気に入りのゴルチェ
のワンピだし、片眉だって剃り落としてあるのに。
 なんだか悲しくなってきた。涙がにじんできた。お茶は冷えてい
こうとしている。イアソンはもう死んでしまっている。6枚目のア
ルバムを出した半年後にガンで。38歳の若さで。
 てけてけてけ。あなたがー。信号待ちをしていた車はダパンプを
浜崎あゆみユーロビートミックスに換えて走り去って行きます。
「やあ、こんにちわ」
 突然声がしました。その声はどこか現実離れしていて頼り無く、
まるで夢の続きのように不確かだったので、あたしはまったく不意
を突かれたのにも関わらずあたふたと取り乱す等をせずに声のす
る方へくるりと向き直り
「こんにちわ」
 と応える事が出来ました。
 声の主は男でした。あたしのすぐ横に20代前半から30代後半
までどれでも当てはまりそうな男がちょこんとベンチに腰掛けあた
しを見ています。
「やあお嬢さん。あなたは実にもそもそとまずそうにバーガーを食
べるのだねえ」
「ええ、ちょっと考え事をしていたもので」
 初対面の男の人にいきなりこんな事を言われたのにあたしは何故
かあまり頭に来ませんでした。それどころかなんだか慰められてい
るような気になり悪い気がしません。彼の頼り無いその声色にあた
しと同じような現実への馴染めなさ、俺、なんだかうまくイケてね
えなあ感を感じ取ったからだろうか、なんてことがぼんやりと頭に
浮かびます。
「あたし物をまずそうにしか食べられなくて。それで2回フられた
わ」
「ははは。ところでどんな考え事を?」
「イアソンの6枚目のアルバムについて。4曲目がとても好きなの」
「『そして何も無い。何も無い』か。僕もイアァソンは6枚目だな。
完成度では4枚目だろうけど。でもやはり6枚目だね。あれはそう、
奇跡だ」
 イァアソンか。イアソンでは無くイアーソンでも無く。なんだか
その発音はこの人にとても合っている気がして。
 だからあたし達は少しお喋りしました。イアソンや最近の映画な
どについて。たどたどしい会話だったけれどでも人見知りの激しい
あたしが初対面の男の人と楽しくお喋りをする。こんな事今まで有
りませんでした。

「さて」
 楽しい時間はあっという間。彼は腕時計に目をやり、そして持っ
ていた鞄を開けごそごそと何かを取り出しました。
「そろそろ行かなくては行けないんだ。時間が無いしね。しかしせ
っかくお近づきになれたんだ。だからせめて記念にこれを」
 そう言って彼はあたしに紙袋を渡しました。ギンガムチェックが
素敵な、小さな紙袋です。
「それじゃあこれで。また会えると良いね」
 そう言うと彼はベンチから立ち上がり行ってしまいました。
 その後ろ姿はふらふらと、でも確実に。まるで13階段を昇る死
刑囚のように。

 あたしは一人取り残されました。
 まるで夢のよう。
 空は青く、太陽は輝き、右手にはすっかり冷えてしまったお茶の
缶。そしてもう片方の手には紙袋。どれも確かに現実を指し示し、
でもあたしには夢としか思えず。
 だからあたしは紙袋を開けることにしました。
 手が少し震えます。
 恐れているのでしょうか。開けることで彼がやはり非現実の存在
で有ることを知るのを。夢が覚めてしまうのを。パンドラの箱が開
くのを。
 その開いたパンドラの箱の底に有った物。それは「悪意」でも無
く「憎悪」でも無く「希望」でも無く。
 拳銃でした。
 現代の救世主。その昔張り付けにされたメシアは今、この黒い鉄
の十字架に静かに宿り。
 それを手に取るとびりりと電流が、「自由」、そう呼ぶのが相応
しいような甘い痛みが駆け抜けました。
 あたしは本当は自由の意味なんて知りません。でもくく、あたし
はくくく、何故だか笑いが止まりませんでしたあはは!
 ざまあみろ。これで、これで自由だ。ジユウだはははは!
 あたしは笑いながら立ち上がりました。拳銃は思ったほど重くな
く、良く見ると塗装もなんだか安っぽく、まるで玩具のようです。
 でもそんなことはどうだって良いのです。
 だってあたしは自由なのだから。
 本当に、本当に自由なのだから。
 そしてあたしは走り始めました。