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第9回3000字小説バトル
Entry21

こんにちは

作者 : 羽那沖権八
Website : http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/4587/
文字数 : 3000
 それを受信したのは、NASAでもグリニッジでもなかった。
「――こんにちは、あなた方は知的生命体ですか?」
「な!?」
 大統領は周囲を見回す。
「私はそこにはいません。あなた方の神経に直接声を伝えています
――意味が分かりますか?」
 と、その時、勢い良くドアが開き、スーツ姿のシークレットサー
ビスが数名入って来た。
「閣下!」
「君たちも聞いたか。スピーカーを見つけろ!」
「はい! 閣下はご避難を!」
 シークレットサービスに囲まれる様にして、大統領は執務室から
出た。
「私たちに敵意はありません。信じて下さい」
 廊下に出ても声が聞こえてきた。耳の側で喋られている様に、は
っきりと。
「走れ!」
 しかし、議事堂から出ても、専用車に乗っても、声は付きまとっ
てきた。
「――はぁ、はぁ、はぁ、い、一体、どこにスピーカーがあるんだ」
 地下五〇〇メートルに建造された核シェルターの中で、すっかり
服を着替えた大統領とシークレットサービスたちは呆然と座り込ん
だ。
「スピーカーというのがどんな事か分からないので答えかねますが、
多分それはありません」
 声は相変わらず大統領たちの耳の側で聞こえた。
「何が目的だ、私の命か、金か、兵器か?」
「落ち着いて下さい」
 静かに声は言った。
「私たちはあなたたちの惑星の住人ではありません。友好関係を結
ぶために接触したのです」
「なに? エイリアンって事か?」
「若干ニュアンスが違いますがそんなものです。私たちはこの惑星
から七億光年ほど離れた星系の住人です」
「本当、なのか?」
「ええ」
 大統領はしばらくの間、黙って考え込んでいた。
「あの……どうなさいました?」
「分かった。君の言う事を信じよう」
「ありがとう。分かって頂けると信じていました」
 大統領は手鏡を取り出し、外交スマイルを確認した。
「それで、君たちは何色――いや、何星人とお呼びすればいいのか
な?」
「大地を意味する『ク』人と呼んで頂ければ結構です」

「――よろしいのですか、大統領閣下」
 シェルター内の会議室で、陸軍司令が苦い顔をする。
「確かにコミュニストの罠の可能性も考えた。それを否定する証拠
もない」
 大統領は政府重鎮たちを見回す。
「だが、罠を肯定する証拠もない。接触しなければ、何も分からん
のだ」
「ですが!」
「警備は万全を期する予定です」
 海軍司令が口を挟む。
「まあ陸軍司令の懸念ももっともだと思います。万一という事もあ
りますからね」
 情報部長官が眉をひそめる。
「危険が何だ異星人だぞ。開国の祖から我々を支えてきたのは、常
に開拓者精神ではなかったか?」
「閣下……」
「ハイリスク・ハイリターンは世の常だ。あの声を伝達する技術一
つ取っても、リスクを冒すに足るものではないか?」
 陸軍司令はしばし沈黙した後、頷いた。
「……分かりました。陸軍は、全力を挙げて、閣下をお守りします」

 太平洋上に停泊した空母の滑走路上で、歓迎式典の準備が進む。
「順調そうだな、艦長」
 艦橋から大統領は滑走路を眺める。
「うむ。だが、狙撃用員は、本当に不要なのか?」
 空母の艦長は、不満そうな顔をしていた。
「誰だって、銃口を向けられたままでは歓迎されているとは思わな
いだろう? シークレットサービスと、自爆用核弾頭一発で充分だ」
「もしもク人が、核を無効化する技術を持っていたとしたら?」
 眼下で、クレーンが演台に使う鉄骨を吊り上げていた。
「それこそ這い蹲ってでもその技術を教えて貰うさ。もしもク人が
本物の異星人なら、このコンタクトで我が国の技術力は大幅に上が
る筈だ」
「言葉通り友好的な人類であることを願うが」
 艦長はホルスターから拳銃を抜き、弾丸を確認した。

 翌日。
「空母の甲板というのはどうも暑いな」
 ハンカチで額を拭いながら、大統領は隣の陸軍司令に囁く。
「ええ。海で戦う連中の感覚は分かりません」
 太平洋の強い日差しが滑走路に反射する。報道のカメラマンたち
も、汗を拭っていた。
「予定の時刻の五分前か」
「閣下」
 秘書官が報告に来る。
「宇宙局によると、ク人の宇宙船と思しき飛来物は、事前に知らさ
れたルートのみならず、太陽系内に一切確認できないとの事です」
「なんだと!?」
「やはり、いっぱい喰わされたのでは……」
「まさか、そんな!」
「お待たせしましたか?」
「!!」
 ふと気付くと、大統領の隣りに当たり前のように誰かが立ってい
た。
「な!?」
 咄嗟にシークレットサービスたちが、大統領と侵入者の上に覆い
被さる。
「ク人の代表です」
 一瞬前にいた場所から、十メートルほど離れた場所で、侵入者―
―ク人の代表は頭を下げた。
 その姿は、尻尾らしき器官がある事を除けば、人間とほとんど変
わらない。
「ど、どどどど、どうやってここに――ええい、どけ!」
 大統領はシークレットサービスの下から這い出す。
「デビッド・カッパーフィールドか貴様は!」
 陸軍司令は今になって銃を抜いて構えた。
「ああ、申し訳ありません。我々の移動法はそちらでは一般的では
ありませんでしたか」
「……極度に進化した科学は、それを理解できぬ者にとって魔法と
変わらない、か」
 大統領はシークレットサービスたちを下がらせ、無理矢理外交ス
マイルを浮かべた。
「地球へようこそ。歓迎する」
 無数のカメラのシャッター音が響き渡った。

 驚き醒めやらぬうちに式典が終了した後、大統領とク人は船室で
テーブルを囲んだ。
 厳選されたコーヒーと菓子がテーブルに並ぶ。
「さ、どうぞ」
「お気遣いには感謝しますが、我々はものを食べなくなって久しい
ので」
「これは失敬」
 大統領は、カップをテーブルに戻す。
「しかし、君たちの母艦はどこにあるのだ? いくら何でも、七億
光年の距離を瞬間移動したわけでは――」
「目的地のイメージを掴むことさえ出来れば、距離は関係ありませ
ん」
 間が空く。
「す、素晴らしい技術だな」
「ははは、この技術が確立したのは、ほんの二百年前ですよ」
「――失礼だがあなたの年齢は?」
「四百二十一歳になります」
「四百!?」
「長命術が確立される前は、百年がせいぜいでしたが」
「技術交換を願っていましたが、これでは教わる事だけかも知れま
せんな」
「いえいえ、互いに学ぶ事は多いと思います。では早速本題に入り
ましょうか」
「そうですな」
 大統領が目配せすると、パソコンと無数のディスクの乗ったワゴ
ンが運ばれて来た。
「急な事で漏れも多いが、地球の文化作品や科学技術論文の数々だ」
 一通り大統領自身が使って見せる。
「――ええ、と、その、これは?」
「まあ優れた技術を持った君たちにはあまり役に立たないかも知れ
ないが」
「いえ、そんな――では、我々からはこれです」
 ク人は一本の針をテーブルの上に置いた。
「これは、なんです?」
 多少色の変わったただの針にしか見えない。
「今まで我々が発見した尾軟細骨のポイントが全て分かります」
「は、え?」
「あの……尾軟細骨は、もちろんご存じです、よね?」
「それはその……」
「あれ? 別の呼び方するのかな、ほら、あるじゃないですか」
 ク人は自分の尻尾のような物を手に取って、大統領に見せる。そ
こには、針が無数に刺さっていた。
「針を刺す事で、栄養が摂取出来たり、楽しい物語が見えたり、体
力が回復したり、惑星一つ破壊出来たりする、こういう器官なので
すが……」
 必死に説明するク人を、大統領は曖昧な顔で眺めていた。自分の
尻をそれとなく触りながら。