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第9回3000字小説バトル
Entry5

隣人

作者 : 紺野 れん
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文字数 : 2991
僕が起きた時刻は午前二時四十五分だ。起きてすぐ目覚ましを見た
からよく覚えている。アルコールに手伝われて、あっさり眠ってし
まった時は概してあっさりとそれも比較的短時間で起きてしまうも
のだ。僕は完全な手持ち無沙汰だった。勉強するには疲れすぎてい
たし、本を読むのは退屈すぎた。その時だ、僕の携帯が低い振動音
とともに細かく震えた、電話がかかってきたのだ。画面には一一桁
の番号が表示された、それは何か見覚えのある光景だった。
「はい」僕は普段そうするように電話に出た。
「あ、夜分遅くにすみません。寝てらっしゃいました?」
女性の声だ、歳は僕と同じか上だろう声の落ち着き方からして下で
はない。とにかくきれいな声だ。きれいな声を聞くときれいな人を
想像してしまう、それは女の子の言う「かわいい」と同じくらい不
確実であるけれども、ある点においては真理なのかも知れない。
「いえ、起きてましたけど、どなたですか?」
「あの私はあなたの隣の者なんですけど、少しお話がしたくて、と
いうのも今日、あ、正確には昨日ですね、とても不思議な体験をし
たんです。それを誰かに話したくて。わかります?とにかくとても
非現実的なことが現実に起こると、誰かに話すことによってそれを
現実か幻だったのかの位置付けを行うというか…あの、わかります
?」
彼女は少し興奮しているようだった、あるいはその不思議な体験を
思い出しているのだろう。
「まぁ、なんとなくわかります。つまりその体験はまだ現実か幻か
のボーダー上にあって、思考の仕方をちょっと変えただけでどちら
にでも転がってしまうような危うい立場にあるということですか?」
「そう、その通りだわ」やはりきれいな声だ。
「ところであなたはさっき僕の隣人と言いましたけど、そんなに近
くなら電話じゃなくてもよかったんじゃないですか?」
「それは無理よ、確かに私はさっき隣とはいったけどそれは住まい
が近所ってことじゃないんだから」
「じゃあなにが隣なんです?」
「携帯の番号よ、あなたの下4桁は8491で私は8492なのよ
。それも隣人と呼べるんじゃないかしら。あなたは住まいが隣の人
はよく見かけるでしょう、でもそれほど話さないかも知れない、つ
まりそれは住まいが隣の人はあまり話さないけどよく見かける視覚
的隣人だということでしょう。それなら携帯電話の隣人は全く見な
いけどよく話す聴覚的隣人になりうるんじゃないかしら。」彼女の
結論は極論だが論理的ではあった。
「う〜ん、おもしろいですね」僕は素直な感想を述べた。
「8493の方には電話したんですか?」
「いえ、まだしてないの。やっぱり若い番号の人からかけてみて、
話せる人かどうか聞いてみたかったから」一連の彼女とのやりとり
で僕は気づいたことがある。それは彼女の言葉にはとても情感がこ
もっていて、説得力があった。まるで女優か声優が何かを演じてる
みたいだったあるいは本物の女優か声優だったかも知れない。それ
ほど彼女の声はよく澄んできれいで叙情的であった。
「ねぇ」
「ねぇ、どうしたの、黙ってしまって」
「あ、いえ。なにも」
「私がどんな女か考えてたの?別にどこにでもいる女よ、隠す必要
ないから言うけど、歳は二十五よ、仕事というか普段は劇団に所属
しているわ、お芝居の稽古や公演ね。」僕の予想は当たらずとも遠
からずといったところだった。
「まぁ、私のことはいいからあなたの事を聞かせて、あなたはおい
くつ?まだ若いでしょ?」
「二十二です」僕はサバを読んでもよかったが正直に答えた。
「大学生?」
「はい」
「若いなぁ、大学かぁ 今が自分の好きなことを目一杯やれるころ
ね。大学では何を学んでいるの?」
「いちおー物理を専攻しています。」
「えーすごいね、私も化学系で理系だったんだけど物理は全然だめ
ね。ニュートン力学しかできないわ。卒論はもう終わったの?」僕
は理系や物理と聞いただけで「すごいね」とか「頭いいね」ととり
あえず口にする人達を好まない。あなた達は何がわかってすごいと
言ってるのか、わからないことをやってるからすごいというのはあ
まりに他人任せで安易ではないかと思う。自分の知らない分野だっ
たら評価する必要もないし、こちらもそんな評価は期待してないの
だ。それに僕はそんなに頭は良くない。
「ええ、なんとか。」
「どんなテーマ?言われてもわかんないと思うけど聞かせて。」
「一般相対論におけるPCT的幸福の追求についてです。」
「う〜ん、やっぱりわかんないわ」
「僕にもまだわかりません」
「はは、それで大丈夫なの? 」
しばらく沈黙が続いた。
「そうか二十二か、」「大学生ね」彼女は呪文のようにブツブツ呟
いていた。僕は彼女に多少の違和感を感じた、「彼女はなんで僕と
こんな会話をしてるんだ、彼女自身話したい事があるんじゃないの
か」
「ねぇ、とても不思議な体験の話はどうなったの?まだ聞いてなん
だけど」僕は思い切って聞いてみた。
「まぁ、そんなに焦らないでよ」
僕はいささか不快な気分になった、こんな時間に話したいことがあ
るからって電話してきてそれはないだろう。僕は別に大して話した
い事なんてないのだ。
「ねぇ。そんなに黙らないでよ、私はあなたには理解しづらいかも
知れないけど、依然現実と幻の狭間にいるのよ、そこから私を救い
出してくれるのは現実世界のあなたとの会話しかないのよ。お願い、
何でもいいから私と話をしてて。」
「う〜ん、では話すよ。あなたは携帯に関しては僕の隣人だけれど
も実際はどこに住んでるの、関東?それとも関西?」
「…ごめんなさい。私自身のことはあまり聞かないで欲しいの」
僕には何が何だかわかんなくなってきた。話をしてくれ、でも自分
のことはしゃべれない、あんまりじゃないか。僕はそれほどお人好
しではない、もうこんな不毛な会話は一刻の早く終わらせようと思っ
た。
「ねぇ、そう言われると正直僕には話すことがないんだよ。もう十
分話したし、そろそろ終わりにしないか?眠くもなってきたし。」
僕がそう言うと彼女はしばらく黙っていた。
「わかったわ。でも一つだけ質問に答えて。これは私があなたに電
話したことの一番大きな意義でもあるの。だから真剣によ、いい?」
「…いくわよ。 今は西暦何年?」
「2001年ですけど。それが何?」
「え〜2010年じゃないのぉ〜 またはずれたよ」
「プラスマイナス10年はいいんじゃない?」
「ブー ブー ブー」その時受話器の向こうで無機質なブザー音が
響いた、それは何かの警報装置のようだった。
「ダメです。規則ですから。さ、はやく過去人との接続を切って下
さい。」受話器の向こうで話声が聞こえた。
「結構難しいわね、年代当てクイズって。でも結構惜しかったでしょ
?」
「ツーツーツー・・・」

今のは何だったんだ。僕は試しにもう一度8492にかけてみた。
「はい、沢野ですけど。」女の人だ。
「さっき僕と電話で話してましたよね、不思議な体験がどうとか」
「はぁそんなことしてないけど。あんた誰?」明らかに声のトーン、
調子がさっきの人と異なっていた。僕は正直とまどった、そしてし
ばらく黙考した後、こう言った。
「え〜僕はあなたの隣人の者なんですが、とても不思議な体験をし
たんですよ。この体験を誰かに話さないと僕は現実と幻の区別もつ
かない人間になってしまうかも知れない。いいですか、それを救え
るのはあなたなんです。わかりますか?」