第11回3000字小説バトル
Entry10

 学生の頃、月に一度はプレーしたゴルフ場。栃木の山の中。爪で

引っかいたような秋の筋雲が頭に広がる。今日は社内コンペ。五年

も経つとキャディーが付く。あの頃は、自分の道具は自分で担ぐの

が常識だった。ショットを打って削った芝も自分でケアする。その

ため学生ゴルファーは各自、砂を袋に入れてラウンドしなければな

らない。



 突然ですが、ゴルフをやられる人、またはこれからゴルフをやろ

うかなという人にワンポイントアドバイス。ゴルフバッグは肩だけ

で担いではいけません。格好悪いです。思いっきり疲れます。おそ

らくこの説明では、“?”と思うことでしょう。テレビのゴルフ中

継を見てください。間違っても女子ゴルファーを、見た目で点数を

つけるといったことをしてはいけません。そうではなく、キャディ

ーの担ぎ方です。担いでお金をもらっている人は、肩だけでは担い

でいないことが分かるはず。ポイントは腰です。腰に乗せるように

担ぐと、あ〜ら不思議。長い距離歩いても疲れにくいのです。見た

目もなんかゴルフ上手そうに見えます。現にキャディーは、担ぐだ

けでなくゴルフも結構、上手い人が多かったりします。当たり前な

んですけれどね。



 社内コンペに参加すると、学生の頃ゴルフ部だったというだけで、

役員連中の相手もしくは、ずば抜けて下手な人のボール探しに当た

り前のように任命される。いくら視力が左右共に1.5でも、他の

三人がイチロー張りの広角打法では、足がついていかない。

 おっちゃん、キャディーが来るのを待たないで、絶えずクラブは

二、三本持って移動してね。どうせ林の中なんだからさあ。

 よく聞かれること。

「ドライバーが当たらないんだよね」

 よく心に思うこと。

「知りませんでした。仕事は当たっていたんですね」

 同様によく聞かれること。

「いいドライバー、知らないかな」

 同様によく心に思うこと。

「仕事同様、向き不向きがあるっちゅうねん」

 これもよく聞かれること。

「どうやれば真っ直ぐ飛ぶの」

 これもよく心に思うこと。

「私は、ボールにあなたの顔をイメージしてぶっ叩きます」



「ナイッショー、さすがゴルフ部出身だね」

 もちろん「ナイッショー」のコツは内緒。



 当時、プロのトーナメントで何度かキャディーを勤めた。印象に

残っているのは、ベテランのおばちゃんゴルファー。あの試合もこ

のゴルフ場だった。体力よりも目の衰えをこぼしていた。芝目を読

む際、芝の色で見分けるのが一般的なのだが、微妙な色合いを読め

ないらしい。ちなみに芝の色が薄目に見える場合は順目。濃く見え

る場合は逆目。どっちに向かって薄く見えるか、濃く見えるかで、

ボールの曲がりを判断する。もちろん傾斜も考える。

「真っ直ぐかい」

 おばちゃんがそう聞いてきたから、私はこう答えた。

「手前でボール一個スライスです。真っ直ぐと考えるなら、若干強

めに」

 ちなみに、どういうことかというと、距離を合わせると、芝目、

傾斜の影響を受けて右に逸れてしまうということ。だから真っ直ぐ

と考えるなら、影響を受けないように、強めにということになる。

 自分の視力をアピールすることが、キャディーとしての信頼を得

ることだとその人に教わった。



 最終日の最終ホール。トップ10に入っていた。ティーショット

を打ち終え、おばちゃんは言った。ギャラリーがグリーンまで続く。

フェアーウェイを赤トンボが飛びまわる。

「もう引退しようかと思ってね。目の衰えは致命的だ」

 少々、男性的な口調。続けて言った。

「ボールがどう転がるのか分からない」

「この成績でもですか。立派な上位ですよ」

 おばちゃんは、残り150ヤードのセカンドショットを5アイア

ンでグリーンに乗せた。私はおばちゃんがこれまで放った無数のシ

ョットで、無数の削った芝と、なんら変わらないと言い聞かせ、デ

ィボットに目土をかぶせた。

 今、思うと特別な作業だったのかもしれない。



 5アイアンをバックに入れ、先行くおばちゃんを追いかけた。

「人はなぜミスをするか、分かるかい」

 赤トンボが、寂しそうに横切った。秋の夕日が私の影をやたら大

げさに、長身に映し出す。

「人は欲があるからミスをする。欲があるから成功する。無欲の勝

利という言葉もあるが、それは嘘だ。欲があるからこそ成功する。

だからミスをするんだ。」

 おばちゃんは、歩きながら私の目を見つめていた。

「只今、グリーン上に参りましたのは、柏井道子プロです」

 形式的なアナウンス、形式的なギャラリーの拍手がやたら悲しか

った。ただ、軽く右手を上げるおばちゃんの後ろ姿を見たら鳥肌が

立った。欲が無くても鳥肌は立つんだよね。



 私は旗を抜いて、グリーンの脇にバッグを置いた。おばちゃんは、

グリーンにオンしたボールを拾い上げて、私にポイッと投げてよこ

した。それをタオルで土を拭き取るのがキャディーの地味な仕事の

一つ。乾燥している秋から冬にかけては、土がボールにこびりつき

やすく、拭き取るのは容易ではない。タオルの三分の一程度は、濡

らしておいた方が良いということも、おばちゃんに教わった。

「どうだい」

 私は慎重に芝目、傾斜を読んだ。カップの右にマウンドが影響し

ていた。カップ一つ確実にフックする。学生の大会で自分がプレー

していたら、間違いなくカップを一つ外して右に狙う。

「真っ直ぐです。カップの向こう側にぶつけて、ガッコンと入れち

ゃいましょう」

 私は自信を持って、そう言ってやった。

「OK」

 おばちゃんはガッコンの意味が分かったらしく、ニヤッと笑いな

がら男性口調で言ってくれた。

 スタンスに入るおばちゃん。長身の影がラインにかからないよう

に退く私。ボランティアの人が「お静かに」の札を上げる。それに

合わせて私も右手を上げて、「打ちます」という合図をギャラリー

に送った。



 パターがボールにぶつかる音がコースに響いた。



 おばちゃんはそのパットを打ち終えると、まるで優勝したかのよ

うに娘と言えるほど年齢のはなれた、後輩プロと抱き合っていた。

 私は旗をカップに戻し、後ろの組に「空きましたよ、どうぞ」と、

再びキャディーとして右手を上げて合図を送った。形式的な作業と

は対照的に、何とも言えない鳥肌が忘れられない。



「あ〜、また引っ掛けちまった」

 気がつくと、クラブを地面に叩きつける社長という肩書きの、お

っちゃんがいた。

 私は心の中でつぶやいた。

「左はOBだからダメだと言ってんだろうが、まったく……」

「社長、大丈夫ですよ。左端に見えますよボールが。良いところで

す」

 そんなひねくれたセリフの連続で、社長室という謎の仕事を獲得

したメガネが、私の隣で楽しそうにこれでもかと、愛想を振りまい

ていた。ちなみに彼は私と同期。



 そりゃあ、さらに左の崖下の君の所よりは良いよ。きっとOBだ

と思うから念のため打ち直しておいてね。



 HOLE NO.17と書かれた木の看板に一匹の赤トンボが羽

を休めていた。

「欲があるから、引っ掛けるの。欲があるから社長室なんだよね」

 そうつぶやく赤トンボ。



 さあ、いよいよ次はあの最終ホール。社長、ゴルフが上手くなり

たければ、まずその辺からいかがですか。語りますよ。そうすれば

ゴルフだけでなく、きっとビジネスも当たるかもしれません。いず

れにしろ欲がなくなったら引退ですけれどね。



 そうしたら、まん丸のメガネをかけた赤トンボが、言いやがった

よ。

「お前が言うなよ」











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