第12回3000字小説バトル
Entry14

残暑、寂しい人たち

 会社の研修が終わり、名古屋を発ったその日は蒸し暑い残暑だっ

た。僕は東京へ帰ってきた。混雑している駅構内をなるべくしっか

りとした足取りを保とうと努力しながら歩き、じっとりした汗に不

快感を感じていた。金曜の夜、何の予定もたててはおらず、携帯電

話の「不在着信履歴」相手に連絡を取り、新橋で飲む事になった。

アジア系の店員が和風の制服をきて働いている店で、互いの労をね

ぎらいながらビールに酔いしれていた。その後、外資系通信社の日

本人キャリア女性の集まりへ合流し、安いワインとピッツァを肴に

友人の自慢話に耳を傾け、辟易した気分で途中退席を乞った。

 人間の吐息がうづめく街に、僕はスーツのまま座り込んでいた。

まるで子供のように。銀座のホテルのロビー前に。会社を辞める同

僚に電話をしてみると、期待していた通りの不満と、転職後の不安

を吐露してきた。僕は頷く。僕はこの弱い自分と、たまらない劣等

感をうやむやにしたかっただけなのだ。分かっていたから、余計に

寂しさを増していった。

 皆と手を振って別れ、東京駅へ戻り、一通の電話を入れ、中央線

へ乗り込む。かなりの酔いのために、僕は眠り込んでしまったよう

だ。目がさめると、そこは吉祥寺で、かすかに隣の青年のひざが僕

にあたっていた。横目で見れば彼は、大学生時代の自分だった。長

い髪にピアスをして、古着で身を被い、幸せに恋人を想いながら寝

ていた。僕は少し笑ってもう一度、目を閉じた。目の前で電車の揺

れで、人々の足がもたついた。

 駅に着いた僕は大きな旅行鞄を肩にかけてスーツの襟を直した。

10分程歩くと、缶ジュースの自動販売機を見つけたので、ウーロ

ン茶とコークを買い込み、路地を右にまがり、彼女の住むアパート

メントに辿り着いた。

 彼女はシャワーから出たばかりで、「ありがとう」と言いながら

ウーロンを飲む。僕はスーツを脱いで古着のポロシャツと着古した

コーデュロイに着替えて、「いいですか?」と念を押して煙草に火

をつけた。さっきのパーティーで「NON SMOKINGでお願

いします」なんて言われたからだ。

「前につき合っていた男にストーキングされて、恐い目に合ったこ

とがあってね、6万払って別れたの。」

 そういって彼女は大きな目を輝かせた。吐き出した煙が天井へ立

ち上った。

「相変わらず男を見る目がないんじゃないの?」

「そうかしら。あなたをこうやって部屋に招き入れている私の立場

と、あなたの立場はどうなるのかしらねえ。」

「そう言えば、そうだよな。でも友人として7年もつき合って、お

互い飽きないんだからお互い見る目あったんじゃないの、今回は。」

「ふーん、勝手な事言うのね。」

 僕と彼女は互いの薄ら笑いを見ながら内心微笑んでいた。

「明日仕事のところ、悪いね。シャワー貸してくれないかな?」

 僕は心の中の罪悪感に魂を売り渡している、そんな気分で熱い湯

を頭からかぶっている。恋人ではない、ただの女友達。相手にとっ

ても同じはずだろう。僕はそう思い込む事で余計な事を考えない様

にしてきた。そうしていれば、悪魔は語りかけてくることはないか

らだ。

「おまえのその優しさなんて、欺瞞のなにものでもないだろうよ!」

 布団にはいった二人のあいだに、いつものように互いを探る空気

が生まれる。一線をこえる、そのことへのリスクを警戒しているの

だ。そもそも、二人にはリスクを共通に認識できていたたのか。互

いに求めている事に、嘘はつけなかっただけで、いままで来ている。

ただ、それだけ。

 朝、僕は東京の郊外である此の街を、彼女とふたり歩いていった。

駅から彼女の職場のある吉祥寺まで、彼女を見送り、僕は何もなか

ったようにシートへ腰掛け、東京までの道のりを寝過ごした。幸せ

とは程遠い、縁遠い、そんな気分で。せめて僕と彼女が報われる、

そんな路があるのなら、教えてもらいたかった。夏はそろそろ終わ

りだ。僕は秋になれば27になる。












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