第12回3000字小説バトル
Entry16

台風の夜

 勢いよく、暴風が雨戸のない窓に次々とぶちあったって来る。時

々、笛の音のように「ピー」という高く細い音と共に、葉っぱやら

小石を叩き付ける。その度に俊敏に窓や玄関を振り返るが、今のと

ころそれ以上に何もなく、小さな精神的不安を増幅させていくだけ

だった。



 さっきラジオで7年ぶりの大型の台風だと

 少し不安げな口調で男のアナウンサーが言った。

 瞬間最大風速60メートル。

 私たちには、それがどれだけの規模であるのかすら見当もつかな

い。大きな風の音がするたび、目を丸くして顔を見合わせるだけだ

った。

「もう2時間ぐらいたつね。」

「今日はもうこのままかな。」

 停電は初めてではなかったが、こんな長時間は始めてだった。キ

ャンプ用のランタンと口の広い丸いグラスの中のローソクと懐中電

灯だけが頼りの、貧相な照明だった。



 自転車が気になった。自分達の持ち物で、

 外に出したままにしているのは自転車と2台の車。車はいいとし

て自転車は中に入れておくべきだったと後悔した。今、外に行った

ら私はもう今日中に家には帰れないかもしれない。

「一瞬でずぶ濡れだろうね。」



 大雨や台風の時、不謹慎だが、家にいるのなら不思議な優越感が

ある。雨風をしのげる家にいることが、とても幸せに感じる。そし

て、外の荒々しい景色をいつまでも窓越しに見入ってしまう。



 停電が始まった頃から、ネコが異様に落ち着きがなくなり、やた

らとギャーギャーなきわめいている。

「外にでたいんじゃないの?」

 いつもなら散歩に出かける時間だった。

「ちょっと縁側の窓、開けてみようよ。」

 私が寝転んだ床から立ち上がり、縁側の窓の方へ歩くと、ネコは

外に出してもらえると思い慌ててついてきた。

 窓の外からは、相変わらず強い雨と風が殴り付けて来る。15セ

ンチほど開けた所にネコが顔を突っ込み、外を覗き込んだ。

 その瞬間に大きな風が吹き込み、それに驚いたネコは後ろ向きに

慌ててジャンプして、そのままどこかに逃げ隠れてしまった。



 オキナワに来て、初めての大型の台風だった。オキナワの台風は

本土とは違うとは聞いていたが想像を超えていた。

 家が敷地ごと浮き上がり、飛んでしまうのではないかと思うぐら

いだった。なぜかこの家には雨戸というものがなく、直接雨風がガ

ラス窓に吹きつける。そして家の中のふすまも、なぜかガタガタと

揺れた。家が地面からはがれ始めているのではないかと思った。

 豆まきの豆を投げつけられているみたいだった。バラバラバラバ

ラと執拗に鬼退治に専念している。

 誰が?

 この風の音を聞いていると、もしかして豆を投げつけているのは、

実は鬼ではないかと思えてきた。太い腕で家を持ち上げようとして

いる。昔の写真なんかを見せ合いながら、気を紛らせてる私たちを、

豆の入った密封された箱を振るみたいにして、叫び声を上げさせよ

うとしている。

 バラバラバラバラ、バラバラバラバラ。

 テレビもビデオもパソコンも本も本棚もナベもフライパンもネコ

も私たち二人も、暗闇の箱の中で上へ行ったり、下へ行ったり、右

へ行ったり、左へ行ったり。鬼は私たちをまとめて狂気へ陥れよう

としているのだ。



 ネコがまたさっきみたいに、外に出せと言って鳴き始めた。

「きっとトイレに行きたいんだね。」

 とんでもない。今日は無理だ。さっきラジオが、戸が風の勢いで

閉まり、その時扉で指をはさんだ人が重傷を負ったと伝えた。そん

な強い風の中、こんなチビネコが出たらたちまち高い空に飛ばされ

ていくだろう。

 バカだね、さっきの怖さをもう忘れたのかい?ビビッて後ろにジ

ャンプしたくせに。

「洗面所のキミのトイレでしなさい。」

 彼女はそう言って、ネコを暗闇のネコトイレに連れて行ったが、

10秒もしないうちに彼女がうなだれているソファーに戻った。

「最近外でばっかりやってるから忘れたのかな。」



 携帯電話が鳴った。

「結婚式終わって、今帰り道。」

 少し声が弾んでいた。式の余韻で楽しそう、だという弾み、では

なかった。どちらかといえば、仰天、している、驚き、の弾みだっ

た

「車が浮くよ。風がひっくり返そうとしてる。」

「コンビニの駐車場に停まってる。」

「道が冠水したから今日はここで車で寝る

 。」

「また明日だね、おやすみ。」

 一通り説明を終えると彼は即座に電話を切ってしまった。私はま

たオロオロするだけで何も気の利く言葉を出せなかった。

 今、外にいる人は、家の中にいる人よりも緊急事態の発生率が高

いのだと思った。自分はまだ安全な家の中にいる身、何を言っても

役立たずの言葉になるだけで後悔するきがした。

「気をつけてね。」

 なんて言ったけれど、車が浮くような風に

 気をつけようがないのだ。



 ネコはまた鳴き始めた。今までと声が違う

 。自分のトイレの方に歩いて行った。私たちはソファーと床の上

からその後ろ姿を見送って安心した。

「やっとあきらめたね。」

「きっとトイレでやるよ。」

 私たちはそれぞれ、本を読んだり、音楽を聴いたりし始め、すぐ

ネコのことは忘れた。



 相変わらず停電は停電のままで、暴風雨は暴風雨のままで、「ピ

ーピー」という高い細い音は鳴っていた。私は4級船舶の教科書を

ながめてためいきをついた。

「車の教習所を思い出すよ。」

「私はもうそんなの勉強するのいやだ。」

 雨と風の音を除けば、無機質な、音のないいつもの静かな夜だっ

た。小さな照明類の周りに、虫のように集まっている私たちは、電

気の供給の復帰を、途方もなく待っているのだった。2人とも、突

然の非日常にとまどい、落ち着きを少しなくしているのか、用もな

く動き回る。

「庭のゴーヤー、大丈夫かな。」

 彼女は懐中電灯を片手に、さっきネコが外を覗いた窓越しに庭の

ゴーヤーを見てみた。

 左から右に吹きつける風に、ゴーヤーの葉と茎は支えの鉄の枠か

ら右側に寄り過ぎて飛びそうだった。

「茎が折れてさえなければいいけどね。」

 その時彼女は忘れていたネコのことを思い出し

「トイレ終わったかな、見てみよう。」

 と言い、歩き出した彼女はトイレにたどりつく前に左にあるキッ

チンの流しに目をやり

 そして叫んだ。

 そこにはステンレスの流しを執拗にひっかきながらすっきりとし

た顔をした私たちのネコがいた。

 外に出られないのも、外に強い風がふいているのも全て私たちの

せいだと思い、その腹いせなのだろうか、流しの上に大量の糞を盛

っていた。

「あ〜あ。」

 窓を開けられず密封された家の中、おまけに停電中なので換気扇

も回せず、その物体が放つ臭気はものすごいものだった。咳すら誘

発させた。彼女は懐中電灯をそれに向け叫んでいる。

 鬼よ、これで充分でしょう?家を振り回すのだけはやめてね。

 振り回された以上に家の中はすごいことになってしまった。

 お願い、早く過ぎ去ってください。一刻も早く窓を開けたい。

 私はひっかくネコと、叫ぶ彼女を見、車の中で眠る彼を思い、祈

った。











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