第12回3000字小説バトル
Entry17

二人羽織り亭主


 本日は世に数少ない『二人羽織り亭主』を夫に持つ、妻たちの本

音を聞かせて欲しいというご要望でしたので、こうして私のような

者がのこのこと出掛けてまいった次第でございます。

 一介の主婦に過ぎぬ私が、このような公の場に顔を出す事は、甚

だ畏れ多い事でございますが、たっての希望という事でしたので、

恥をかくのを承知の上で全てをお話ししようと決心いたしたわけで

ございます。

 二人羽織り(ににんばおり)とは皆様すでにご案内のとおり、二

人の人間が前後に重なって一枚の羽織を着、あたかも一人の人間と

して振る舞うという、寄席などで見かける演芸のひとつでございま

す。『二人羽織り亭主』とは、それを日常から行い生活している”

二人で一人”の亭主である事は、今更申し上げるまでもございませ

ん。



 その夫とは結婚して5年になります。顔を表に出している方の、

すなわち『前の夫』は、自分の手の役目をする『後ろ』の顔を、こ

れまで一度も見た事がないそうにございます。私などからすれば、

正体もわからぬ者と身体を密着させて共に生活するなどという事は、

到底耐え難い事のように思えるのですが、本人は「もの心ついてか

らずっとこうだから」と案外ケロリとしたものなのでございます。



 さてその生活ぶりでございますが、これがいたって自然体なので

ございます。

 食事の時などは、夫はじつに上手にご飯を食べる事ができるので

ございます。『後ろの夫』は手探りにもかかわらず、なんなく箸で

食物をつまみ上げ、『前の夫』の口にそれを運びます。『前の夫』

はあんぐりと、ちょうど餌を待つ鳥のヒナのように口を開けていて、

そこに食物が放り込まれますと、待ってましたと咀嚼を始めるので

ございます。この一連のスムーズで無駄のない動きは、じつに堂に

いったものでありまして、さすがは二人羽織り歴30年の成せる業

だと感心せずにはいられません。新婚の頃などは、私もその見事な

流れ作業に、自分の椀の汁が冷めてしまうのも忘れて見入ってしま

ったものでございました。



 しかしながら、このような事は毎日の日課となっている手慣れた

所作だから可能なのであって、ちょっと普段と違った事をしようと

すると、また事情は違ってくるのでございます。

 例えばこんな事がございました。

 よく晴れた日曜日の事、私は庭で洗濯物を干しておりました。夫

は休日ということで、朝からなにやら金槌や鋸でトンカンと小気味

よい音をたてております。何をこしらえているのかはわかりません

でしたが、私はそんな夫に好感を覚え、その音色を心地よく感じな

がら背中で聞いておりました。

 ふいに、私を呼ぶ夫の明るい声がいたしました。

「理恵、ちょっとこれ押さえてくれ」

「え?」

「釘打つから押さえててくれ」

「はい」

 屈託のない夫の笑顔につられ、私は板に打ち付ける釘を二本の指

でつまみ、垂直に立てる作業を引き受けたのでございます。夫の手

が、もちろん『後ろ』の手でございますよ、その手が金槌を握り、

私の持つ釘のありかを探して、板の上をゆらゆらと前後左右に行き

来しております。

「え〜、もっと左、左」

『前の夫』は『後ろ』にむかって釘の位置を教えるために小声でつ

ぶやいております。

 その念仏のようなつぶやきを聞き、手元で行き来する金槌を見つ

めているうちに、私は、何かとんでもない事を引き受けてしまった

ような、そんな気がしてきたのでございました。

「行っくぞう!」

 夫は勇ましく金槌を振りかざしました。



 あの時ばかりはさすがに手の震えが止まりませんでした。

 ご来場の皆様の中には「いやなら、釘を離して手を引っ込めれば

良かったではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、あの時の夫の、私に対する絶対的な信頼を持った目

を見ては、私にはそれが出来ませんでした。手を引っ込める事は夫

を裏切る事、今まで築きあげてきたふたりの関係を壊す事に他なら

ない。そう私には思われたのでございます。

「信頼に答えなくては」一種使命感にも似た切なる思いが、あの恐

怖の中、釘をつまむ私の右手を板の上に釘付けにしていたのでござ

います。

 その後どうなったか、でございますか? けっきょく私は手をぶ

っ叩かれたのでございます。

 中指の爪に直撃を受けまして、爪が二つに割れ、中央部がへこん

でしまっております。今でも湿気が多い日などはじくじくと痛みま

して、その度にあの時の忌まわしい記憶が頭の隅をかすめるのでご

ざいます。

 あれ以来、夫は日曜大工をすっぱりと辞めました。やさしい所も

あるのでございます。



 他に不満なことと言えば、そうですね、電車賃や映画館の入場料

など、夫ひとりで二人分の料金を取られるのでございます。

 切符売り場で、夫が『二人羽織り亭主』というのは二人で一人な

のだと食い下がるのですけれども、どう見ましても、二人の男がひ

とつの大きな上着を羽織っているという事実に変わりありません。

売り子の方も、いい加減にしろと言った顔であきれるばかりでござ

いました。このような場面に遭遇する度に、私は『二人羽織り亭主』

というのは世間ではまだまだ認められていないのだ、ということを

痛感するのでございます。

 その他、住民税や健康保険、年金など全部余計にかかるのでござ

います。私共は二人暮しをしているつもりでいても、実際は三人分

の生活費がかかるわけでありまして、正直申して家計は決して楽で

はないのでございます。



「そんな面倒な亭主、別れてしまえ」とおっしゃる方もいらっしゃ

いましょう。しかしながら、必ずしも不満な事ばかりというわけで

もないのでございます。

 それは何かと申しますと...。

 本来このような事をマイクに向かい、このようにたくさんの著名

な先生方を前にして口にいたします事は、大変にはばかられる事で

ございますが、とは申せど、なにぶん夫婦の間の事、夜の生活を抜

きに語るわけにはまいりません。私自身赤面する思いでいっぱいな

のですが、『二人羽織り亭主』の実態のすべてを明らかにすること

が、私に課せられた責務であると覚悟を決めまして、勇気を奮い起

こし、なるべくオブラートに包んでお話しすることにいたしましょ

う。



 殿方の、シンボルの事でございます。

 勘の鋭い方はもうお察しでございましょう。有体に申しますと、

二人羽織りをして『後ろの夫』が『前の夫』の身体ごしに伸ばして

くるのは、両の腕だけではないという事でございます。夜、私は”

二本の夫”によってえも言われぬ法悦を味わうことができるのでご

ざいます!

 ああ、本当にこのような事をこの広い会場いっぱいの皆様の前で、

スポットライトの下、しかもテレビのカメラを前にして語る破廉恥

を、どうぞお許しください。私は、私が、のみならず『二人羽織り

亭主』を夫に持つ妻たちが、なぜ多くの不満を感じつつも夫と長い

間寝食を共に出来るか、というより「離れられないか」その肝腎の

部分をお話ししたかったのでございます!



「なぜ彼等が出没するようになったか」というような、難しい事は

専門の先生方にお任せすることにいたしまして、ただ彼等は少しず

つ増加の傾向にあると聞き及んでおります。今後『二人羽織り亭主』

を伴侶に持つ女性もおのずと増えることでありましょう。今日私の

お話し申し上げた事が、その方々の何かのご参考にでもなれば、こ

の上ない喜びと存じます。ご静聴まことにありがとうございました。












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