古本屋で「おいしいお店」というガイドブックを見つけた。5年 前の発行だが、ちょうど近所の店が沢山載っているし、まあ5年経 っても営業している店だったら味も間違いないだろうと思って買っ た。 読んでみたら紹介されている店に番号が書き込まれている。前の 持ち主が実際に行って評価を書き込んだんだろう。 ただ数字が書かれてあるだけで、数が大きい方がいい店なのか小 さい方がいいのかは分からなかったが、とりあえず「3」とかかれ てある店に行ってみる事にした。家から近かったし、蕎麦屋なので 失敗してもそんなにがっかりすることはないだろう。 住所をたよりにその店まで行ってみると、蕎麦屋ではなくてカレ ー屋に変わっていた。 そのカレー屋を覗いていたら店員と目が合ってしまった。そのま ま帰るのも気が引けるので店に入ってみる。 ポークカレーを頼んで、ついでにここにあったはずの蕎麦屋のこ とを聞いてみた。 「そのお蕎麦屋さんなら2年前に閉店しましたよ。その後にこの場 所を借りたんです」 なんだ、潰れていたのか。評価「3」っていうのはどういう味な のか分からないままになった。 次の週、評価「5」という店に行ってみることにした。これはラ ーメン屋である。また潰れていて無駄足にならない様、店に電話し て確認してみた。電話に出た声は、本に出ている通りの店の名前を 告げた。まだあるんだな。 早速行ってみた。 店の前に出ている黒板には「ながらくのご愛顧感謝」と書かれて ある。 「いやあ、今月いっぱいで店を閉めるんですよ」 俺が表の黒板について聞いてみたら、店長が笑顔で答えた。ちょ っと悲しそうな微笑みである。 ラーメンの味はなかなかのものだ。店を閉めるのはもったいない なあ。 「いやあ、どうもここ1年くらいはお客さんも減ってきましてねえ。 なかなかたちいかなくて……」 なるほど。どうやらガイドブックに書き込まれてある数字は、数 が多い方がいいということらしい。 家の近くで評価が「5」以上の店は他になかった。その代わりに 「4」の寿司屋があったので、今日の晩飯はそこにしようと電話を いれた。 呼び出し音の後に出た声は、店の名前ではなく個人の苗字を告げ た。店の名前を言って確かめてみたら、 「すみません。寿司屋は去年、閉めちゃったんですよ」 申し訳なさそうにさみしそうな声が返ってきた。 そこで、ガイドブックに書かれてある数字の意味に気がついた。 書き込まれている数字は、ガイドブックが発行されてから見て、 何年後に店が閉店するかという数字なのではないか。 評価「3」だった蕎麦屋は2年前、つまりガイドブックが出され た年からみて3年後に閉店している。次の評価「5」のラーメン屋 は5年後、つまり今年に閉店する。評価「4」だった寿司屋は去年、 5年前からみて4年後に閉店しているのだ。 気味が悪くなった。 このガイドブックの以前の持ち主は、店が潰れる時期を予想して いたのだろうか。少なくとも3軒はズバリ当てている。 いや、ただの偶然かもしれない。飲食店なんて結構閉店するもの なんだろう。味のいい店が比較的長く営業するのは当たり前だし、 美味くない店が早々に潰れるのも当然だ。数字の小さい店は、やっ ぱり不味かったから潰れたんじゃないのか。 俺はガイドブックに書き込まれた数字をそれぞれ確認してみた。 紹介されているすべての店に数字が書き込まれているわけではない が、半分近くに数字が書き込まれている。低い数字は当然「1」で、 大きい数字になると今まで気がつかなかったが「18」というもの もあった。 まさか味の評価を20段階でやったわけでもあるまい。 従業員数か? 「12」と書かれてある洋食屋の記事には夫婦二 人で切り盛りしていると書かれてある。 店主の子供の年齢か? そんなもん書いてどうする。 シェフが一日に行くトイレの回数? 18は行き過ぎだろう。 女将さんの初体験の年齢? 1歳じゃあ早すぎる。 やはり、考えれば考えるほど閉店までの年数に思えてくる。 それだとしたら、「4」以下の店はすべて閉店しているはずであ る。これは電話をかけてみればすぐにわかるだろう。俺は片っ端か ら「4」以下の店に電話をかけてみた。予想通りガイドブックに出 ている店に繋がるものはひとつもなかった。 「5」の店にもかけてみた。半分くらいの確率で紹介されている店 には繋がらない。残りも来年には繋がらなくなるのか。 「6」の店にもかけてみたら、これはすべて繋がった。10軒ほど かけた全てが営業している。 これで俺は確信した。 しかし、このガイドブックはつい先日古本屋で買ってきたものだ。 ガイドブックが5年前の発行であることは間違いないにしても、 元の持ち主が5年前に書き込んで、その当時に古本屋へ売ったかど うかはわからない。前の持ち主が既に潰れている店を知っていて、 最近になって悪戯心で書き込んだのかもしれない。「5」だと半分 潰れていて「6」だと潰れている店が一軒もないというのだって、 調べて書き込めば出来ることだ。 それを検証するには、このまま1年間待ってみればいい。来年に なって「5」の店はすべて潰れて、「6」の店が潰れ始めていれば、 この数字がただの悪戯なのかどうかが判明するはずだ。 それから一年後、仕事が終わってちょっとした買い物を終えて帰 ろうとした時、古本屋があることに気がついた。それで例の「おい しいお店」ガイドブックのことを思い出した。 この一年間、たまに思い出すことがあってもやっぱり偶然かなと 思ったりしながら、あまり関心を寄せなかった。仕事も忙しかった し、時間が経つとなんだかどうでもいいやと思うようにもなってき ていたのだ。 古本屋に入って古ぼけた本を眺めていると、一冊の雑誌に目がと まった。 個人投資家向けに業績の良い企業や株の売り買いを教えるという ものだ。うちの会社も以前にこの雑誌に載ったと話題になっていた。 ちょうど、うちの会社が出ている号らしい。そのページを見つけ た時、腰が抜けそうに驚いた。 会社名の下に手書きで「2」と書いてある。 この雑誌が発行されたのは一年半前である。ということは、うち の会社は今年中に倒産するのか? 他の会社の紹介記事を見てみたら、やはりそれぞれに番号が書き 込まれている。「1」と記入されたある会社は、半年くらい前に突 然の倒産で話題になったところだ。 なんてことだ。いや、まさかな。会社が危ないなんて全然聞いて ないしな。 ともかくその雑誌を買って急いで家に帰り、去年本棚にしまった ままだった「おいしいお店」を取り出し、書かれた数字と見比べて みたら、確かにそっくりな字だ。 「おいしいお店」に書かれた「5」の店に電話しないではいられな かった。去年のうちに潰れている店には印が入っているので、電話 するべき店はさほど多くない。 電話が終わった時には、「5」の店で潰れた印の入っていない店 はなくなっていた。「6」の店にも電話してみたが、やはり半分近 くの店が潰れていた。 会社が潰れるのはしょうがない。次の職を探せばいい。 しかし、もっと不安になることがある。 どの予想を見ても、12年以降まで続いている店も会社もないの である。 それ以上の予測は出来なかったというだけならいいんだが、百年 以上続いた会社も有名な飲食店も、12年後に潰れると記されてい るのは……