第11回3000字小説バトル
Entry5

オレと松岡と霊の話

 大家の爺さんがオレのところを訪ねてきたのは松岡の初七日が過

ぎた頃だった。

「田坂さん、松岡さんの親御さんとまた会いませんかね。こんな物

が出てきたので届けてやって欲しいのだけど」

 メリヤスのシャツにステテコ姿の爺さんからは、酸っぱいような

汗の匂いがした。渡されたのは、驚くほど少女趣味なノートに松岡

が書き残した日記だった。

 パラパラとめくると『苦しい…』という文字が目に飛び込んでき

た。

「あ、わかりました。オレ届けます」

 爺さんは首を左右に振り、手で肩を揉むようにしながら帰ってい

った。



 オレと松岡は入学の時にひょんな事で知り合って以来、無二の親

友の仲だった。それが突然オレは松岡を憎悪するようになる。オレ

のどす黒い嫉妬が原因だった。

 松岡は、甘いフェースに爽やかな弁舌があり、合コンをすればす

ぐに女たちが群がった。頭が良くさして苦労もせず、この就職難の

時代に超一流企業の内定を早々と決めていた。まさかの中小企業に

まで振られてしまうオレとは大違いだった。しかし、松岡は何があ

っても偉ぶることはなく、とにかくいいやつだった。

 悔しいほどいいやつだった。



 直接の引き金となったのは、由美の事だった。

 モテないオレにとって由美は唯一の彼女だった。バイトでコンパ

ニオンをこなす彼女の見てくれは、オレには過ぎたものだった。オ

レは由美を失うのが恐しくて、このことだけは松岡にも話せずにい

た。

「卒業後のことも考えなくちゃならないし、あたしねぇ、そろそろ

自分の生活変えなくちゃなって思ってるの」

 オレの他にもつきあっているヤツがいる事は知っていたが、オレ

にもプライドがあって由美にそのことは聞けずにいた。由美の女友

達から由美が松岡とつきあっている事を聞くと、オレは完全に切れ

た。だが、男の嫉妬は冷たく燃える。オレは松岡に気づかれないよ

うに親友の関係を続けた。



 信じてくれないだろうが、オレは幼い頃から霊感が強く、よく霊

を見た。ただ、オレが霊を見たというと大人も子供もオレの事をバ

カにした。さらにいい張ると最後には嘘つき呼ばわりまでした。だ

からオレは自分の見えるものの事を人には話さなくなっていた。

 大学から下宿に向かう途中に一ヶ所どうしてもいやな場所があっ

た。竹やぶの切り通しを抜けた所に一時間に二本くらいローカル線

が通る小さな踏み切りがあり、そこにいやなヤツが立っていた。初

めて見た時、オレにはそいつの正体がすぐにわかったので、それか

らは遠回りをして下宿に帰るようにしていた。

 夜中の二時ごろオレは決心してその踏み切りに向かった。思った

通り、そいつはまだそこに立っていた。そいつは男で、ジャージー

に白いTシャツ姿。まるでディスコの青白いストロボに照らされた

ように、ぼんやりと暗闇の中に浮かび上がっていた。近づくと、実

体と同じ細かい所まで見る事が出来た。足はちゃんとあり、ぼろの

スニーカーをなぜか片方だけはいていた。髪の毛も、うっすらと生

えた髭も、指の爪の一本一本まで、はっきりと見えた。ただ、そい

つはオレを見ていなかった。どんなに近づいてもどこか遠くを見る

ような目をして、オレに反応を示さなかった。

 しかし、思った通りそいつはオレにくっついて来た。翌日、夜中

の二時過ぎに、オレはラップ音が鳴ったような気がして目を醒まし

た。下宿の部屋の隅に、青白いスポットライトを浴びたようなジャ

ージーにTシャツ姿の男が立っていた。オレはそいつを無視すると

毛布を引っかぶって眠ろうとした。すると今度は明け方近くに、オ

レの両足を押さえてきた。ずしりと重たいものがオレの両足の上に

乗って、すねの辺りを拳でゴンゴンとたたく。

 「痛い、痛い。オレの足に乗るのはやめろ」

 必死で叫ぶと、まるで空気が入れ替わったかのようにいつのも下

宿の自分の部屋が現われてオレがひとりでそこにいるだけだった。



 翌日も、その翌日も、そいつはオレの部屋にやって来た。一度な

どは目をあけると、そいつの顔が寝ているオレの目の前にあった。

しかし、目だけは相変わらずオレをつきぬけてどこか遠くを見つめ

ていた。



 さすがにオレもやつれてきた。目は落ち窪んで隈ができて、頬が

げっそりと扱けてきた。そこで、オレは下宿に松岡を呼んだ。

 翌日は休みとあって、夕方からビールを空け、コンビニで買った

弁当をつまみに、焼酎、ウイスキーと進んだ。夜中を過ぎるとオレ

も松岡もヘベレケになり、せんべい布団を引っ張り出してありあわ

せの毛布をかぶって寝た。

 何時間たっただろうか。オレは松岡のうめき声で目を覚ました。

 横で寝ている松岡の上には青白くぼんやりとした男の姿が立って

いる。それを見たオレは、久しぶりに胸苦しさを覚えることもなく、

朝までぐっすり眠る事ができた。婆さんが高野山でもらったお札で

も無いよりはましだったらしい。



 「おーい、田坂」

 後ろから呼び止める声がした。

 「なんだ松岡じゃないか。最近見なかったけど、どうしたんだ」

 「いや、なんか体調がさえなくてさ」

 松岡の目の下にはくっきりとした隈ができていた。

 「大事にしろよ。おれは相変わらず職探しだ。しばらくつきあえ

ないがごめんな」

 「そうか、じゃ、お前も頑張れよ」

 いつものように松岡はいいやつだった。その松岡の首の周りには

後ろからしっかりと腕がまわされて、おぶさるようにした男の顔が

横からのぞいていた。オレは、霊を背負ってキャンパスを歩いてい

く松岡の後姿を見送っていた。



 最後にオレが松岡に会ったのは、県立病院の集中治療室だった。

松岡は実家にでも帰ろうとしたのか、友人から車を借りて、県道か

ら高速道路のインターチェンジに向かう途中、事故を起こした。な

ぜか警察から連絡があり、ビニールのカーテンの中でチューブだら

けになった本人をオレが確認した。カーテンの外に立ったあいつも

しっかり松岡を見守っていた。



 翌日、松岡は死んだ。オレは急いで田舎に帰ると、知り合いの住

職に頼んで、あらん限りのお払いをやってもらった。松岡の葬式に

は、体調を理由に出席しなかった。



 由美と復縁して何とか就職も決まった。オレは絶好調となり、由

美との仲も前より深まった。この日も由美が父親から就職祝いに買

ってもらったという軽自動車に乗って、郊外のモーテルにしけ込む

と、粉も出なくなるまでやりまくった。やがて由美の門限が近づい

たので、オレ達は急いで家に帰る事にした。オレは運転ができない

ので、道の事がよくわからない。由美の運転で車は高速を降り、知

らないうちに松岡が事故ったところに向かっていた。

 オレにはその姿がすぐにわかった。松岡は青白く光りながら、中

央分離帯にひざを抱えて座っていた。由美の車がその脇を通り過ぎ

た。振り返るとそこにはゆっくりとしたストロークで追いかけてく

る松岡がいた。

 「おーい、田坂、待ってくれ。オレだよ」

 オレにはそう叫ぶ松岡の声が聞こえたような気がした。やがて松

岡は車に追いつくと、いきなり窓から乗り込んできた。窓にはバリ

バリと電光が走り、硫黄のいやな臭いがした。後ろから松岡が抱き

ついて冷たい頬をすり寄せてきた。

 「キャーッ、何なのこれ」

 車は急にコントロールを失って吸い寄せられるように中央分離帯

に向かった。やがてガラスにひびが入り、オレの目の前に白いエア

バッグが広がっていった。

 「おーい、田坂、いっしょに行こう」

 あいつは死んでもいいやつだった。












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