第11回3000字小説バトル
Entry6

学校列車

 登校拒否気味だって小学6年生の彼は、夏休み前の終業式のこの

日、両親の説得で、半ば無理矢理登校した。しかし学校は何も変わ

っていなかった。彼にとっては当然の結果ではあったが、心の隅に

は微かな期待があったのも事実だ。

「2度と学校なんか来るもんか」

 密かにそう心に決意する。

「そんなに学校が嫌いかね?」

 突然、背後から声をかけられてドキッとする。振り返るとさっき

の終業式で最初に挨拶して先生…校長先生がニコニコしながら立っ

ていた。

(声に出してなかったはずなのに、なんで分かったんだろ)と疑問

に思いながらも、

「来ても友達がいないから…楽しくなる訳なんかないよ…」

 少年はうつむいたまま、心の中を正直に話してみせる。

「じゃあ、学校が楽しくなったらいいんだね?」

「楽しくなる訳なんかないよ」

 すると校長は、笑顔のまま、

「先生が今まで、ずっと秘密にしているものがあるんだ…それを君

だけに教えてあげようじゃいなか。絶対に楽しくなるぞ」

「ホント?」

「自慢じゃないが、先生は今までウソをついたことがないんだ…今

夜0時、校門で待っているからね」



 家でも少年はひとりぼっちだった。しかしこの日だけはとても都

合がいい。両親が夜中仕事をしている彼にとって、家を抜け出すこ

とは簡単なことだからだ。

 学校までは僅かに10分くらいの距離。その間少年は、ずっと校

長の言葉の意味を繰り返し考えていた。正直、まだ半信半疑である。

 校門の前まできたとき、

「まだ信じてないのかい?絶対気に入ってもらえると思うよ」

 校長の声がした。いつもの笑顔で少年を出迎えてくれる。

「あのう〜…先生?」

「なんだい?」

 少年は思い切って、最初に校長と会ったときからの疑問をぶつけ

てみた。

「なんで先生には、僕が考えいることが分かるの?」

 すると校長は、懐から奇妙な機械を取り出して、

「私は機械を作るのが好きでね…これは人の心を読む機械なんだ…。

でもこれから見せるものは、こんなちゃちいものじゃないよ」

 そう言うと校長は、カードキーを使って玄関のドアを開けると、

暗い校舎の中に入って行った。夜の校舎は、何だか独特の雰囲気を

漂わせていて、身体の芯から恐怖感が込み上げてくるようだ。懐中

電灯の明かりだけを頼りに、長い廊下を進んでいく。

「この教室だよ」

 と言って校長が立ち止まる。

「…ここは、僕らの教室?」

「ここに秘密があるのさ」

 校長は教室のカギを開けて静かに中に入った。

 改めて見る教室は、何故か少し新鮮に感じられる。少年が進級時

に書いた「希望」という習字の作品に懐中電灯の光が当たる。

「…何が希望だ…」

 少年は吐き捨てるように呟いた。

「ちょっと手伝ってくれるかな?」

 校長の声で、ふと我に返った少年は黒板に近づく。

「黒板の右端の下を探ると、丸いボタンのようなものがあると思う

けど、それを号令に合わせて押して貰いたいんだ」

 毎日のように使っている黒板の下に、本当にそんなものがあるの

だろうかと疑問に感じながらも、言われるままに探ると、指に当た

るものがあった。形からしてこれに間違いないだろう。

「いいかい?せぇ〜のっ!」

 号令に合わせて力いっぱいボタンを押した。すると同時に教室が

ガコンと大きく揺れてから、地響きのような低い音をたてはじめた。

「うわっ!?地震?」

 少年は驚いたが、校長はまたいつもの笑顔で、

「外を見てごらん」

 見ると、月明かりで満たされていた窓が、少しずつ暗闇で覆われ

ていく。教室が地面に沈んでいっていると理解するのに時間はかか

らなかった。

「な、なんで?」

 少年は驚くしかなかった。いつも過ごしていた教室が、こんなこ

とになるんて信じられないのだ。

「驚くのはまだ早いぞ。まだまだこれが全部じゃない」

 窓が完全に暗闇で覆われてところで、沈下は止まった。

「もう明かりを点けても大丈夫だ。この教室は地下にあるからね」

 少年は電灯のスイッチを入れる。ぱっと教室が明るくなって周囲

を見渡すことができた。しかしやはり、窓からは何も見えない。

「それじゃ、出発進行だ」

「どこに?」

 さらに意外な校長の言葉に、少年はすっかり訳が分からなくなっ

てしまった。教室のスピーカーからベルが聞こえ、それが止むとガ

クンという衝撃とともに、教室が動きはじめたのだ。スピードがで

てくるにつれて、カタンカタンという心地よい振動が続く。

 少年はやっと、あるひとつの答えを導き出して呟いた。

「…これは…、電車?」

「そうさ、私が長年かかって作り上げた、秘密の電車だ」

 校長は満面の笑みで誇らしげに言う。

「もう少し走ったら、景色も見えるようになる」

 少年の顔にも、いつの間にか笑顔が戻っていた。



 やがて、教室の窓に景色が戻ってきた。

 しかしそれは、普段の教室からは決して見えることのない景色だ。

鏡のように澄んだ海面に、月が映っていて、とても幻想的である。

「一部、 使っていない在来線を走るから、本当に旅をしているよ

うな感じになれる」

 校長の顔は、まるで少年のようだった。

「…ところで、君の夢はなんだい?」

「夢?」

 唐突な校長の質問に、少年は少し考えた。久しくその言葉を聞い

たことがなかったかこともあった。幼い頃の記憶を辿りながら、や

っと導き出した答えは、

「僕の夢は…医者になることです」

「医者?」

「医者になって、世界中を飛び回って、病気で苦しんでいる多くの

人たちを、出来る限り助けてあげたいんです」

「なかなか立派な夢だね…」

 と、校長は言ってから、

「だったらなおさら、こんなところで躓いていてはいけないんじゃ

ないのかな?」

 少年は黙って聞いている。

「実は私もね、本当は電車の運転手になりたかったんだよ…」

「どうしてなれなかったの?」

「叶えたかったけどね…両親の反対がすごかったんだよ」

 先生も大変だったんだな…と、少年は思う。

「でも今思えば、何でその反対を押し切ってまでチャレンジしなか

ったのかなって後悔しているんだ…たがらこうやって、ささやかな

がら夢に近づいてみたんだけど、やっばり悔いは残るよ…」

 夢を実現できなかった悔しさ、いや努力すらできなかった悔しさ

が、少年には痛いほどよく理解できた。

「だからね、せめて君には夢に向かって頑張って貰いたいんだよ。

努力することが価値あることなんだから…」

 少年はしばらく考えていたが、

「…分かりました…、頑張ってみます。そう思ったら、学校にも行

けそうな気がします」

 少年の顔が、ぱっと明るくなった。

「そうか…、困ったことがあったらいつでも相談にきなさい。この

電車で相談しよう」

 つられるように、校長の顔にも笑みがこぼれる。

「さあ、そろそろ帰ろうか」

 窓の外は、微かに明るくなってきていた。











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