第11回3000字小説バトル
Entry9

イガグリの恋

 早朝から美しくさえずる歌声を聞いているとどんな不安も痛みも

消えていくような気がする。イガ栗は小鳥に恋をした。



 あまり辛抱強かったり思慮深い方ではない。イガ栗はとにかく自

分のこの気持ちを伝えようと体を揺すって揺すって栗の木の枝から

自由になり小鳥のもとへ駆けた。

 小鳥は駆けて来るイガ栗をみてぎょっとした。小鳥さん待って、

待ってください逃げないで下さい。イガ栗は必死に叫んで小鳥の前

に立った。

 僕はあなたの美しい声をずっと聞いてきました。あなたの声は僕

のトゲトゲでガラガラな気持ちをしっとりと潤してくれます。もっ

と近くで、そしてずっとあなたの歌声を聞いていたい。あなたのこ

とが好きなのです。

 小鳥は頬を赤らめた。まんざらでもないようだ。イガ栗は手ごた

えを感じて小鳥に歩み寄った。小鳥さん、僕は・・・。

 イタッ!小鳥は小さく叫んだ。イガ栗のトゲが小鳥を刺していた。

しかしイガ栗は気がつかない。どうしました?心配になってなお歩

み寄った。ちくり、ちくりとさらにトゲは小鳥を傷つけた。痛い、

痛い。なんて残酷な人なんでしょう!小鳥は目に涙を浮かべて怨め

しそうにイガ栗をにらんだ。

 イガ栗は戸惑い恐れた。さっきは自分の気持ちを大事に受け止め

てくれたかのように見えた小鳥が、なぜ・・・。僕のどこが残酷な

のです。教えてください。悪いところがあれば直します。イガ栗は

さらに歩み寄った。

 たまりかねて、小鳥は泣きながら飛び去った。

 イガ栗は天を仰いで泣き叫んだ。



 そこへ一匹のカメムシが通りかかった。イガ栗くん、どうしたん

だこんなところで。イガ栗はさきほどの光景を話した。カメムシは

皆まで聞かず失笑とともに語った。きみは自分がイガ栗だというこ

とをわかっていないね。きみのトゲはきみの中の大事な栗の実を守

るためにそんなにもたくさん生えていてそんなにも鋭いんだ。近づ

くものはみんな怪我をするよ。私だってそうさ。みんな鼻をつまん

で逃げていく。私たちのような連中は、誰かをを愛するようには、

ましてや愛されるようには出来ていないんだ。

 なんだって、そう言ってイガ栗は一歩カメムシに近づいた。トゲ

が今度はカメムシを刺した。いてて!ほれ、こういうことさ。たま

らんよ、私もこれにて失敬。カメムシはパッと羽を広げて飛んでい

った。



 イガ栗は何日も泣き続けた。そんなバカなことがあるか。気持ち

が本当ならちゃんと伝わるはずだ。そう思って再度小鳥を訪ねてみ

たこともあった。結果は同じ。何度か会えば、会うたびに小鳥は怪

我をしイガ栗は泣かなくてはならないだろう。



 ただ小鳥に見えないところでこっそりとその歌声を聞くことだけ

はできた。それだけが慰めだった。



 泣き疲れてぼんやりしていたある日イガ栗は恐ろしい噂を聞いた。

小鳥が重い病に冒されて巣の中で寝込んでいるらしい。医者の話で

はよほど高価な薬を使わないと治らないそうだ。

 イガ栗はすぐに駆け出して小鳥の巣を遠くからのぞいてみた。中

には噂どおりやつれきった小鳥が苦しそうに目を閉じていた。イガ

栗は胸の中で何かに火がつくのを感じた。



 なんたらいう高価な薬があれば治るらしい。イガ栗はその情報だ

けを手がかりに木の上の虫たち動物たちの間を駆け回った。

 小鳥の病名がわかった。

 それを治す薬の名前もわかった。

 そしてその薬を調合できるリスのおじいさんがいることを突き止

めた。



 イガ栗はリスのおじいさんの寝ぐらを訪ねた。リスのおじいさん

は木のウロの中で安楽椅子に腰掛け、ひざかけの上に本を伏せてう

つらうつらと居眠りをしていた。

 おじいさん。おじいさん。寝ているところごめんなさい。お願い

があるのです。

 リスのおじいさんは目を覚ました。オヤ珍しいお客だね。栗がわ

しを訪ねてくるなんて。まあ中へ入りなさい。

 快く迎えられてイガ栗は安心し、事情をすべて話した。リスのお

じいさんは話のひとつひとつにうなずきながら丁寧に聞いてくれた。

 聞き終わるとリスのおじいさんは優しく、ゆっくりと語った。

 イガ栗くん、愛したり愛されたりできないというカメムシの話は

どうやら間違っているようだね。あんたは小鳥のことを愛していて、

小鳥のために必死で駆け回ってきた。偉いとわしは思う。小鳥のた

めには命をも投げ出すつもりなんだろう?

 イガ栗は初めて心を理解されて、涙がぽろりとこぼれた。そうで

す。僕は小鳥さんを愛しています。ええ小鳥さんを愛しているので

す。そうです。命だって投げ出します。

 リスのおじいさんはうなずいて、立ち上がった。よろしい。わし

が秘伝の妙薬を調合しよう。ただ・・・ひとつ、約束して欲しいこ

とがある。

 イガ栗は喜びのあまり飛び上がった。約束します。どんなことだ

って! リスのおじいさんは笑顔で告げた。リスは、漢字でクリの

ネズミと書くんだよ。

 リスのおじいさんの目がギラリと光る。

 わしは栗の実が大好物でね・・・。



 その日の夜イガ栗は木の一番高い枝まで登った。夜空は見事に晴

れ渡り、星々がひとり残らず集合して巨大で静かな歌を歌っている。

 イガ栗は胸いっぱいに空気を吸い込んで、しばらくその歌声に耳

を澄ました。

 見渡すとどの星たちも楽しそうに輝いている。星たちもお互いに

愛し合うことがあるのだろうか?そう言えば、生き物は死ぬと星に

なると聞いたことがある。自分も死ねばこの星たちの仲間入りがで

きるだろうか・・・。

 小鳥の姿が目に浮かぶ。その歌声もはっきりと聞こえた。あの小

鳥さんもいずれは星になるかも知れない。そのときは、同じ星どう

し愛し合えるかな・・・。

 イガ栗は静かに目を閉じた。

 そして星空に向かって、跳んだ。



 翌朝小鳥の巣に来客があった。小鳥が病んだ体を起こすと客はリ

スのおじいさんだった。これを届けて欲しいと頼まれましてな。あ

なたの病を治す薬です。お飲みなさい。ゲップ、いや失礼。少し栗

を食べ過ぎまして。

 小鳥は嬉しいやら驚くやらで慌てて礼を述べた。で、いったいど

なたがこのようなご親切を?

 リスのおじいさんはもう背を向けていた。いやそれは言わない約

束になってますので。ではさようなら。

 小鳥の病はたちまちに癒え、再び美しい歌声が響き始めた。



 その歌声は木の根元に転がる二つに割れたイガ栗のトゲの衣の上

にも、優しく降り注いだ。











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