男は中庭の芝生の上にうつ伏せになって死んでいた。 異常なのは、その右手に生首を握っていた事である。いや、正確 には、生首の髪が右手に絡んでいるような状態でころがっていた。 入江警部は膝をつきながら、死体の顔を覗き込んでいる。 「名は権田原正造、職業はいわゆる金貸しです。首のほうは、この 屋敷の主人で、崎宮兵衛門。彼の体は建物の二階に転がっています」 若い雷坊刑事が傍らで説明した。振り返った方向に小さな洋館が ある。その二階の一室から灯りが漏れて、捜査員がせわしなく動い ている気配が見えた。 入江は集団の中に入るのを好まない。自分の思考の飛躍に付いて 来る相棒が一人いればいいと思っている。自然、その相手に対する 質問も、血も肉もないほどそっけない。 「死因は?」 雷坊は手帳を拡げた。 「後頭部陥没によるショック死です。どうやら鈍器のようなもので、 後から一撃を喰らったようですね」 「凶器は見つかっていないんだね」 「ええ、傷の形から見てかなり大きなものらしいのですが…」 「ふうむ、で、第一発見者は誰なんだ?」 「我々です。ここは、崎宮の屋敷の庭ですからね。今日の未明、崎 宮が首なしで死んでいるという通報を聞き、駆けつけて来たところ で、この仏さんに出くわしたんです。鑑識の報告によると、二階の 首なし死体と同じ時刻、つまり昨夜の11時ごろに殺されたようで す」 「なんで、仏は崎宮の首を持って死んでいたんだろう」 雷坊は肩をすくめた。 「わかりません。ただ、崎宮を殺し、首を斬った犯人は、この権田 原に違いありません」 「ほう…確かなのかね」 「崎宮は、日本刀によって斬殺されていましたが、その後で同じ刀 を使って首を切り落とされたものと思われます。刀は自室に飾って あった彼自身のコレクションで、そのまま首なし死体の現場に残っ ていました。ご覧のように、権田原の衣服は、崎宮の返り血をまと もに浴びています。もちろん、動機もあります。二人には、すぐに でも殺人に発展しかねない貸し金のトラブルがあったことがわかっ ているんです。状況としては、崎宮の首を持って逃げる途中で、後 から何者かに襲われた、というところでしょうか」 雷坊刑事は一息ついた。 「とりあえず、今度は二階の首なし死体の現場にいってみましょう」 洋館の二階、崎宮兵衛門の個室は、たくさんの捜査員で騒然とし ていた。 崎宮の首なし死体は、部屋のちょうど真ん中に大の字に転がって いる。その肩口の血溜りには、日本刀が一振り落ちていた。部屋中 に鮮血が飛び散って、年季の入った刑事でも目を伏せるほど凄惨な 殺人現場である。 部屋に入るとすぐに、そこにひとりだけ異質な青年が佇んでいる のを、入江は見逃さなかった。 「彼は?」 「首なし死体を最初に発見し、警察に通報した崎宮孝明君。被害者 の息子です」 入江はその説明を最後まで聞く間もなく、彼につかつかと近づい ていった。 「大変な事でした。言葉もありません」 「何か新しい進展があったんでしょうか」 青年は顔を悲痛にゆがめながらもしっかりとした口調で尋ねた。 「いや、この殺人に関して言えば、限りなく権田原が黒であろうと いうことぐらいしか…」 「そうですか…」 青年は一言いうと、後はうなだれるばかりで言葉にならない。 その姿を冷ややかな目で観察すると、入江は雷坊の肩を掴んでそ の場を離れるように促した。青年はいつまでも顔を伏せ続けている。 と、入江がぼそりと呟いた 「それにしても、淡白すぎる。普通、親を殺した犯人を知ったら、 もっと憎しみの感情を露わにするものだろう。犯人をこの手で同じ 目にあわせたいとかね」 「…まさか、警部は庭で死んでいる権田原を殺した犯人は、孝明だ とでも思っていらっしゃるのですか」 雷坊が口をはさんだ。入江は、彼の独り言に一々言葉を返す雷坊 の律儀さを、煩わしいとは思っていない。 「断定は出来ないけどね」 「しかし、崎宮の死体を発見した後、彼はこの館から一歩も外へ出 ていないのですよ。すぐ後で現場へ駆けつけた使用人らの証言もあ りますし、体が二つない限り屋外の殺人は不可能でしょう。なにし ろ二つの殺人は、ほとんど同時に起きているのですから」 入江はその質問に答えようとはしない。 「世の中には、理解しがたい行動を突発的にとる人間の類型がある。 例えば、クレッチマーによる体型と気質、あるいは、ルイ・コール マンによる面相と性格の分類など、あらゆる心理形態学を当てはめ て判断すれば、彼のようなタイプには、どうしても一定の結論を出 さざるを得なくなる。ある限度を超えると、自己を制御できなくな る爆発的ヒステリー気質だ」 雷坊はすでに言葉を失っている。入江はさらに続けた。 「いいかい、ここから一分間、崎宮孝明の横顔を観察して、呼吸数 を計ってみたまえ。小鼻が膨らんで大きく息をしているのがわかる だろう。彼の表情には親がついさっき殺されたという興奮、悲しみ、 息の乱れはもうない。あれは、それ以上に何かを成し終えたという 安堵相だ」 「つまり、権田原に復讐をし終えたということですか」 しかし、入江には確証が見えない。ただ、声を荒げるようにして いった。 「問題は権田原のほうだ。なぜ、彼が崎宮を殺した後で、首を切っ て逃げる必要があったのか」 雷坊刑事は言い訳をするように小さな声で答えた。 「一般にバラバラ殺人は、死体隠匿のためか、身元を混乱させるた めにするのではありませんか。それ以外で首を切るなんて、よほど の怨恨がある場合しか考えられません」 入江は忙しく動き回る捜査班の一群を背中に、苛立つようにして、 窓際に向かった。そこは、洋館独特の豪華なカーテンを下げた広い 出窓だった。 と、ふと外を覗いた彼の顔が、たちまち興奮したように赤くなっ た。 「なんてことだ。ここから、権田原正造が倒れているのが手にとる ように見えるじゃないか!」 「日中なら、そうでしょうね。夜だとよくわからないかも…」 「部屋に駆け込んできた息子の孝明が、斬殺された父親の死体を発 見し、なおかつ、この場所から逃走する犯人を見たとしたらどうだ ろう」 「その可能性はあります。きっと、すぐに犯人を追いかけていくで しょう」 「いや、そうじゃない」 入江は激しくかぶりを振ると、一気に捲くし立てた。 「そのヒステリー気質からすると、父親を殺された怒りで前後を失 った孝明が銃でも持っていたら、きっとここから犯人を狙い撃ちし たことだろう。ところがこの部屋には、そんな武器は何一つ置いて いない。例えば、石でもあればどうだ。きっと、闇雲に犯人に向か って投げつけたはずだ。が、これも、そんな適当な石が部屋に落ち ているわけがない。ここにあるのは一振りの日本刀と…」 「警部…」 「ん?」 やはり雷坊は口を挟まざるを得ない。 「…ですが、権田原は手にそいつを掴んで死んでいたんですよ」 「倒れたときにたまたまそういう位置、格好になっただけのことだ。 あくまでも偶然に過ぎないよ」 「いや、それにしても」 いいながら、雷坊の顔は紙のように血の気がない。崎宮の死体か ら首を切り落としたのが誰なのか、うすうす感づいている。 だが、さらに彼には一抹の疑問があった。 「この窓から投げて、そんなにうまく犯人の後頭部に命中するもの でしょうか?」 「するさ」 入江は事もなげに言い放った。 「…そいつにはきっと、殺された崎宮の怨念がこもっているだろう からね…」
Entry2昔の恋人からきた小包
- 作者 : ゆーご
- Website : ゆーごと創造塾のページ
- 文字数 : 1953
ある晩のことでした。 昔の恋人から小包が来てました。 「今更よねー」 と呟きつつも 懐かしい彼の筆跡・・・ 「責任取ってくれるのかよ。 全くもう!こんな気分にさせやがって」 彼はいつも突然なんだ いつのまにか私の前に現れ いつのまにか私の心に触れる 気がついたら私の心は盗まれ 気がついたら私、もう貴方しか見えないのよ たった一人のヒト 愛しいヒト いつも側にいてくれるヒト とても憎らしいヒト 今となっては 真夏の暑いある日 突然に貴方はいなくなった 残された私・・・ ただ海を見てた だってそうしていた少女の時 差し出された手 貴方の笑顔が眩しかった そうしていたら また会えると信じていた ただ眺めていたよ 毎日ね もう貴方の顔も忘れかけた頃 その小包はやってきた 中を開けてみた 「赤ん坊」だった 中身はなんとね 三寸ばかりなる男の子 竹の筒の中にいた そしてその周囲 黄金のぎっしりつまっていた 私は笑ってしまった やっぱり貴方なのね こんな訳の判らないセンス なんて趣味なのよ やっぱり貴方なんだわ 安心しちゃった 生きてたのね もうそれだけでいいわよ 許してあげる 赤ん坊のこと・・・ 私はまぶたを閉じてみる 私の後の女はもう死んだのね そして 貴方は絶対育てられない だって 貴方はとっても男だから 男って嫌いよ ヒトをこんなに好きにさせといて 俺は俺でありたいと そう叫んで 勝手にどこ行っちゃう訳? ずっと側にいて欲しい それは女のワガママ 私だって判ってる でも何も告げず 突然いなくなる もう貴方のこと忘れかけた頃 住所不定の差出人の筆跡 それは貴方のもので その中身は貴方と誰かの 赤ん坊・・・・ 私また笑ちゃったよ 自分自身にさ 何だか不思議と嬉しかった自分 貴方が私のことを覚えてくれて そして私を信頼して 赤ん坊を送ってきたことを 最後はやっぱり私を頼ってくれるのね だったら都合の良い女でもまあいいわ 許してやるよ この気持ち やっぱり私は貴方が好きだったのよね だからずっと待っていたの だから育てずにはいられない 私の失われた時間を取り戻すかのように 私はその子に全てを注ぎ込んだわ だんだんその子 貴方にそっくりになってくる 何もかも・・・・ 寄せてはかえす波 貴方との思い出 私は大海の小船 もう飲みこまれてしまいそう どんどんよみがえってくる感情・・・ それらの全てを身に浴びて すくすく育ったわ この子、たったの3ヶ月で成人したわ 出会った頃の貴方にそっくりさ 気がついたら私 抱かれてしまってた・・・ それは全く自然なことだった 不自然なくらい計画的な香りがした そうまるで貴方のような香り だから自然ななりゆき 何もかも貴方と同じ もう離さないからね どこにも行かせやしないんだから 目が覚めたら コーヒーを持ってきてくれてた 貴方って何故かいつも 私より朝は早かったものね そして私をかつてのいつものように しっかりとそっと抱きかかえて口付け 貴方は私に語りかけてくる 突然にやけに大人びた声で ずっと待たせていたね もうどこにも行かないぜ 俺は住み家に帰りたくなったのさ 諸国を修行して歩く毎日 お前のことを忘れる時は無かったよ 俺は俺であることに飢えていた しかし、本当の俺は お前の側にしか生きて無いことに ようやく気付いたのだよ でもな恥ずかしかったんでな 「ちょっと3ヶ月赤ん坊になれる君」 を発明してだね お前のところに帰ってきたわけさ お前に育てられるのも 悪くなかったな 精一杯甘えちまったなー ところでよーー 粉ミルクってまずいよな- なんなんだよこれはよー 全くいっつも貴方は突然なんだから あのねー、教えてあげようか 母乳の方がもっとまずいわよ-- 苦いんだよ- おう?お前飲んだことあるのか? あら2人とも昔よく飲んでたんじゃない? 貴方おっぱい大好きだったんじゃない? 貴方の乳母が私に良く愚痴っていたよ お坊ちゃまは歯型がつくまで よく吸うお方でしたって 赤ん坊の貴方も 私のおっぱいに歯型つけちゃってさ 全くその通りなんで笑ちゃった 私は何も出ないのにねー んーー? そうか! もともと俺は生まれつきそうだったのか なるほどなー 俺ってなんで こんなに興奮してるのかと思ったよ お子ちゃま変態プレイかと思ったよ !(><;)/�煤i>▽<)ビシッ あほーー 以前の2人の とってもお馬鹿な会話 また出来るなんて・・・ この馬鹿やろうーー 私だけ歳食ってしまったじゃないか! ああ、それな 次はオマエな 今度は俺が育てる番だぜ 安心しろよ 俺は苦い母乳なんか出ないからよー ああ、なんてお馬鹿な貴方 やっぱり私のたった一人の貴方なのね 馬鹿やろーー!! むかついたので もっかい赤ん坊になってもらった 再教育してあげるわよ! 覚悟しなさいよ! 私は 「ちょっと3年間赤ん坊になれる君」 を発明してしまったのだ スーパー教育ママゴンになって こいつの歪んだ性格のうち 突然いなくなるのだけは 矯正してあげるんだから 覚悟なさい!! おーーほっほっほ 終わり
Entry3リング エロス
(呪いのビデオって知ってる?) (見ると、一週間後に死ぬんだって) 一時期、学校で広まった噂。 最初にこの噂を聞いたのは、いつ頃だろう。少年ははっきりと覚 えていない。 (死にたくなければ、一週間以内に「ある事」をしないと駄目なん だって) (何をするの?) (ビデオの内容は?) (わからない。きっと、ビデオを見た本人じゃないと、わからない んだよ) と、いった感じの噂話。いつの時期でも、学校ではこういった妙 な噂が流れるものだ。 ベッドの上に腰を降ろすと、少年は深くため息をついた。 ギシギシ。と、きしむ木製のベッド。 その上で、少年は考えていた。 (呪いのビデオ) 今じゃ、誰もそんな噂話してはいない。一昔前のブームと言って もよかった。 (はあ) 再び。ため息をついた。 一昔前の噂話を、少年は思い返している。 (はあ。・・・・) 三度目のため息は、ひときわ大きい。 夜間。時計は二時を回っていた。 いつもなら、明日の学校に備え眠っているはずの時間だが・・・。 眠れないのだ。それどころではなかった。 少年の視線の先は、二間ほど先のテレビの上・・・・。そこには ビデオがひとつ、置かれていた。 先程、少年はこのビデオを見た。 そして、その終わりの映像が、少年の脳裏に焼き付いて離れない のだ。 このビデオを見た者は・・・・ 一週間後に、死ぬ運命にある。 死にたくなければ、一週間以内に・・・・ 他の誰かに、このビデオを見せる事・・・・。 それが、終わりの映像に映された文字である。 (これは。・・・・) まぎれもない、呪いのビデオだ。 (何で、このビデオが!) 少年は、頭を抱えた。 事前に知っていれば、呪いのビデオなんて絶対に見るはずがない。 見てしまったのには、理由があった。 今朝。学校の教室で。・・・・ いつも通り登校し、席に着いた少年は、ふと、机の中に何かある のに気がついた。 何だろう。 取り出すと、それは、ビデオであった。 (・・・・?) 見覚えのないビデオだ。当然、こんな物を机の中に入れた覚えも ない。 誰かが、間違えたのかな? なにげに、側面の題名に目をやった。 (・・・・!) 驚いた。 ピンク色の題名。卑猥な題名。 間違いない。 ビデオ(アダルト)だ。 (これは。・・・・!) 思わず胸が躍った。 少年は十八歳。それを見る権利は十分にある。 少年は高鳴る胸を抑え、そして・・・。 ビデオを、己のカバンに押し込んだ。 このビデオを見た者は・・・・ 一週間後に、死ぬ運命にある。 (はめられた) 両手で、髪を掻きむしる少年。 そう、はめられたのだ。 少年の他にあのビデオを見た者が存在して、その者が、少年の机 の中にビデオを忍ばせた。 他の誰かがビデオを見れば、その者の命は助かる。だから・・・・。 (だから、僕の机にビデオが) 納得がいく。 そして、自分が助かるためには、他の誰かにこのビデオを見せね ばならぬことも、理解できた。 誰に、見せるべきか。 正直、嫌いな奴はクラスに何人かいる。 (しかし) だからと言って、この呪われたビデオを他人に見せるには、少年 は純粋すぎた。 他人を犠牲にしてまで、助かりたくない。 そういう美意識が、少年の中には存在した。 (僕は・・・・!) 突然、弾かれたように立ち上がると、 (何が、呪いだ) ビデオを、手に取った。 噂は噂に過ぎない。このビデオも、誰かのイタズラかもしれない。 (きっと、そうだ) 少年は机の引出しにビデオを放り込むと、すべてを忘れる事にし た。 死にたくなければ、一週間以内に・・・・ 他の誰かに、このビデオを見せる事・・・・。 一週間が、過ぎた。 変化はない。 (ほら、しょせんは噂だ) 思わず、笑顔がこぼれた。 いたって健康だ。少年の身体に異常などなかった。 (この科学の時代に、呪いなんて。・・・・) 勝ち誇った気分の少年。しかし、それは少年の勘違いである。 呪いはまだ、生きているのだ。・・・・ 次の日の夜。 兄貴が死んだ。
Entry4無比較優位
窓からは町の交差点が見える、どちらかというと田 舎の交差点だ。多くの人がせわしく動き、車は排気ガスを垂れ流 す。彼は誰よりもこの交差点を眺めていた。時間の許す限り、煙草 を吸い、きもち隠れながら見守っていた。彼のささやかな唯一のプ ライベートタイム。今は夏だった。 このように彼がプライベートタイムにこのような事をするのには 理由があった。気になるものがあったのだ。それはほぼ定刻に起き る出会いだった。午後の7時からの7分間、気になる女性はタバコ を吸ってベンチで一日の疲れを癒していた。とても美しい人だった。 美しいとは外見のことで、しかし話したことのない彼にとってあ の心情はわからないのだが夢中の産物である妄想をもって現すこと ができた。 出会いは今年の4月だった。タバコを買いに行ったときにたまた まつかれた女をみた。それがきっかけ、なんともむなしい、悲しい。 いや、悲しくはなかったのだ、本物の彼女を見なければ。 じつは彼は彼女と話したり、遊んだり、一緒にご飯を食べたこと もあった。彼と彼女はいわば恋人であった。あったこともないのに なんで話せるのだ!けしてクローン人間ではない。法律にも違反し ていない、彼と彼女の出会い。そこには、しかし、両者のことを考 えるエコ的発想はなく、彼のエゴで動いていた。要するに、天主関 白であった。その世界はバーチャルリアルティーだった。彼が人を 作り出したのではなく、世界を創造した。かれはそこでは神である。 時代は21世紀も終わりをつげようとしている2096年。この 時代の比較優位は存在しなかった。すべての人が欲求を満たせた、 仮想と現実の区別はそこにはなかった。だから皆が神であり、宗教 がかっていた。かれもそのひとりであった。 ある日、彼は満足できなくなった。知らない、現実の彼女にあい たくなった。かれは頭がよかった。かれは刺激がほしかった。新た な世界を創出するために・・。だから現実を確かめたかった。“か れはこうふんした“人間として、まだ先祖の人間の血液は彼を遺伝 子からくる欲求を見逃さなかった、見逃せなかった。 かれは勇気を絞り、話し掛けることにした。どちらかというと田 舎の交差点だ、多くの人がせわしく動き、車は排気ガスを垂れ流 すその場所へ、急いだ。やはりいつものように彼女は午後の7時か らの7分間、気になる女性はタバコを吸ってベンチで一日の疲れを 癒していた。とても美しい人だった。なんて規則正しいのだろう。 「ぼくは君のことが気になっていた。実は、ぼくは君に恋してい る。けして何も求めてはいないのだが、どうかこの事実だけ、この 瞬間だけでいいので、君のフラッシュメモリーに僕の像をいれてく れないか?いきなりでもうしわけないが、わたしは現実の人と話し たことは、うまれて2回目なんで、話すのはにがてなんだ。」 「私もうまれて2回しか喋ったことはないです。でもなんだかホ ッとしました。私はいつも孤独を感じていました、現実のなかで腰 をおろしたいと思っていました。もしよかったら今までの私たちの 人生時間を一緒に取り戻しにいきませんか?」 かれは驚いた。自分と同じ考えをしている人がいたことに…。戸 惑った。 「ちょっと五時間ぐらいまってくれない?ゴメンね。そういうシ ナリオは思いつかなかったよ。君のアドバイスはすごい。ちょっと 待ってて、どこにもいかないでね…」 かれはパソコンの前に座っていた。今書いた仮想も、現実も、カ レノバーチャルリアリティーデアッタ………。 ドコニゲンジツハアルノダロウ。ジブンデミチヲキリヒライテイ クノハ、20セイキマデノキボウテキテッソクダ。イマハゲンジツ ニシタガウホウガ勇者デアル…・・
Entry5オレと松岡と霊の話
大家の爺さんがオレのところを訪ねてきたのは松岡の初七日が過 ぎた頃だった。 「田坂さん、松岡さんの親御さんとまた会いませんかね。こんな物 が出てきたので届けてやって欲しいのだけど」 メリヤスのシャツにステテコ姿の爺さんからは、酸っぱいような 汗の匂いがした。渡されたのは、驚くほど少女趣味なノートに松岡 が書き残した日記だった。 パラパラとめくると『苦しい…』という文字が目に飛び込んでき た。 「あ、わかりました。オレ届けます」 爺さんは首を左右に振り、手で肩を揉むようにしながら帰ってい った。 オレと松岡は入学の時にひょんな事で知り合って以来、無二の親 友の仲だった。それが突然オレは松岡を憎悪するようになる。オレ のどす黒い嫉妬が原因だった。 松岡は、甘いフェースに爽やかな弁舌があり、合コンをすればす ぐに女たちが群がった。頭が良くさして苦労もせず、この就職難の 時代に超一流企業の内定を早々と決めていた。まさかの中小企業に まで振られてしまうオレとは大違いだった。しかし、松岡は何があ っても偉ぶることはなく、とにかくいいやつだった。 悔しいほどいいやつだった。 直接の引き金となったのは、由美の事だった。 モテないオレにとって由美は唯一の彼女だった。バイトでコンパ ニオンをこなす彼女の見てくれは、オレには過ぎたものだった。オ レは由美を失うのが恐しくて、このことだけは松岡にも話せずにい た。 「卒業後のことも考えなくちゃならないし、あたしねぇ、そろそろ 自分の生活変えなくちゃなって思ってるの」 オレの他にもつきあっているヤツがいる事は知っていたが、オレ にもプライドがあって由美にそのことは聞けずにいた。由美の女友 達から由美が松岡とつきあっている事を聞くと、オレは完全に切れ た。だが、男の嫉妬は冷たく燃える。オレは松岡に気づかれないよ うに親友の関係を続けた。 信じてくれないだろうが、オレは幼い頃から霊感が強く、よく霊 を見た。ただ、オレが霊を見たというと大人も子供もオレの事をバ カにした。さらにいい張ると最後には嘘つき呼ばわりまでした。だ からオレは自分の見えるものの事を人には話さなくなっていた。 大学から下宿に向かう途中に一ヶ所どうしてもいやな場所があっ た。竹やぶの切り通しを抜けた所に一時間に二本くらいローカル線 が通る小さな踏み切りがあり、そこにいやなヤツが立っていた。初 めて見た時、オレにはそいつの正体がすぐにわかったので、それか らは遠回りをして下宿に帰るようにしていた。 夜中の二時ごろオレは決心してその踏み切りに向かった。思った 通り、そいつはまだそこに立っていた。そいつは男で、ジャージー に白いTシャツ姿。まるでディスコの青白いストロボに照らされた ように、ぼんやりと暗闇の中に浮かび上がっていた。近づくと、実 体と同じ細かい所まで見る事が出来た。足はちゃんとあり、ぼろの スニーカーをなぜか片方だけはいていた。髪の毛も、うっすらと生 えた髭も、指の爪の一本一本まで、はっきりと見えた。ただ、そい つはオレを見ていなかった。どんなに近づいてもどこか遠くを見る ような目をして、オレに反応を示さなかった。 しかし、思った通りそいつはオレにくっついて来た。翌日、夜中 の二時過ぎに、オレはラップ音が鳴ったような気がして目を醒まし た。下宿の部屋の隅に、青白いスポットライトを浴びたようなジャ ージーにTシャツ姿の男が立っていた。オレはそいつを無視すると 毛布を引っかぶって眠ろうとした。すると今度は明け方近くに、オ レの両足を押さえてきた。ずしりと重たいものがオレの両足の上に 乗って、すねの辺りを拳でゴンゴンとたたく。 「痛い、痛い。オレの足に乗るのはやめろ」 必死で叫ぶと、まるで空気が入れ替わったかのようにいつのも下 宿の自分の部屋が現われてオレがひとりでそこにいるだけだった。 翌日も、その翌日も、そいつはオレの部屋にやって来た。一度な どは目をあけると、そいつの顔が寝ているオレの目の前にあった。 しかし、目だけは相変わらずオレをつきぬけてどこか遠くを見つめ ていた。 さすがにオレもやつれてきた。目は落ち窪んで隈ができて、頬が げっそりと扱けてきた。そこで、オレは下宿に松岡を呼んだ。 翌日は休みとあって、夕方からビールを空け、コンビニで買った 弁当をつまみに、焼酎、ウイスキーと進んだ。夜中を過ぎるとオレ も松岡もヘベレケになり、せんべい布団を引っ張り出してありあわ せの毛布をかぶって寝た。 何時間たっただろうか。オレは松岡のうめき声で目を覚ました。 横で寝ている松岡の上には青白くぼんやりとした男の姿が立って いる。それを見たオレは、久しぶりに胸苦しさを覚えることもなく、 朝までぐっすり眠る事ができた。婆さんが高野山でもらったお札で も無いよりはましだったらしい。 「おーい、田坂」 後ろから呼び止める声がした。 「なんだ松岡じゃないか。最近見なかったけど、どうしたんだ」 「いや、なんか体調がさえなくてさ」 松岡の目の下にはくっきりとした隈ができていた。 「大事にしろよ。おれは相変わらず職探しだ。しばらくつきあえ ないがごめんな」 「そうか、じゃ、お前も頑張れよ」 いつものように松岡はいいやつだった。その松岡の首の周りには 後ろからしっかりと腕がまわされて、おぶさるようにした男の顔が 横からのぞいていた。オレは、霊を背負ってキャンパスを歩いてい く松岡の後姿を見送っていた。 最後にオレが松岡に会ったのは、県立病院の集中治療室だった。 松岡は実家にでも帰ろうとしたのか、友人から車を借りて、県道か ら高速道路のインターチェンジに向かう途中、事故を起こした。な ぜか警察から連絡があり、ビニールのカーテンの中でチューブだら けになった本人をオレが確認した。カーテンの外に立ったあいつも しっかり松岡を見守っていた。 翌日、松岡は死んだ。オレは急いで田舎に帰ると、知り合いの住 職に頼んで、あらん限りのお払いをやってもらった。松岡の葬式に は、体調を理由に出席しなかった。 由美と復縁して何とか就職も決まった。オレは絶好調となり、由 美との仲も前より深まった。この日も由美が父親から就職祝いに買 ってもらったという軽自動車に乗って、郊外のモーテルにしけ込む と、粉も出なくなるまでやりまくった。やがて由美の門限が近づい たので、オレ達は急いで家に帰る事にした。オレは運転ができない ので、道の事がよくわからない。由美の運転で車は高速を降り、知 らないうちに松岡が事故ったところに向かっていた。 オレにはその姿がすぐにわかった。松岡は青白く光りながら、中 央分離帯にひざを抱えて座っていた。由美の車がその脇を通り過ぎ た。振り返るとそこにはゆっくりとしたストロークで追いかけてく る松岡がいた。 「おーい、田坂、待ってくれ。オレだよ」 オレにはそう叫ぶ松岡の声が聞こえたような気がした。やがて松 岡は車に追いつくと、いきなり窓から乗り込んできた。窓にはバリ バリと電光が走り、硫黄のいやな臭いがした。後ろから松岡が抱き ついて冷たい頬をすり寄せてきた。 「キャーッ、何なのこれ」 車は急にコントロールを失って吸い寄せられるように中央分離帯 に向かった。やがてガラスにひびが入り、オレの目の前に白いエア バッグが広がっていった。 「おーい、田坂、いっしょに行こう」 あいつは死んでもいいやつだった。
Entry6学校列車
登校拒否気味だって小学6年生の彼は、夏休み前の終業式のこの 日、両親の説得で、半ば無理矢理登校した。しかし学校は何も変わ っていなかった。彼にとっては当然の結果ではあったが、心の隅に は微かな期待があったのも事実だ。 「2度と学校なんか来るもんか」 密かにそう心に決意する。 「そんなに学校が嫌いかね?」 突然、背後から声をかけられてドキッとする。振り返るとさっき の終業式で最初に挨拶して先生…校長先生がニコニコしながら立っ ていた。 (声に出してなかったはずなのに、なんで分かったんだろ)と疑問 に思いながらも、 「来ても友達がいないから…楽しくなる訳なんかないよ…」 少年はうつむいたまま、心の中を正直に話してみせる。 「じゃあ、学校が楽しくなったらいいんだね?」 「楽しくなる訳なんかないよ」 すると校長は、笑顔のまま、 「先生が今まで、ずっと秘密にしているものがあるんだ…それを君 だけに教えてあげようじゃいなか。絶対に楽しくなるぞ」 「ホント?」 「自慢じゃないが、先生は今までウソをついたことがないんだ…今 夜0時、校門で待っているからね」 家でも少年はひとりぼっちだった。しかしこの日だけはとても都 合がいい。両親が夜中仕事をしている彼にとって、家を抜け出すこ とは簡単なことだからだ。 学校までは僅かに10分くらいの距離。その間少年は、ずっと校 長の言葉の意味を繰り返し考えていた。正直、まだ半信半疑である。 校門の前まできたとき、 「まだ信じてないのかい?絶対気に入ってもらえると思うよ」 校長の声がした。いつもの笑顔で少年を出迎えてくれる。 「あのう〜…先生?」 「なんだい?」 少年は思い切って、最初に校長と会ったときからの疑問をぶつけ てみた。 「なんで先生には、僕が考えいることが分かるの?」 すると校長は、懐から奇妙な機械を取り出して、 「私は機械を作るのが好きでね…これは人の心を読む機械なんだ…。 でもこれから見せるものは、こんなちゃちいものじゃないよ」 そう言うと校長は、カードキーを使って玄関のドアを開けると、 暗い校舎の中に入って行った。夜の校舎は、何だか独特の雰囲気を 漂わせていて、身体の芯から恐怖感が込み上げてくるようだ。懐中 電灯の明かりだけを頼りに、長い廊下を進んでいく。 「この教室だよ」 と言って校長が立ち止まる。 「…ここは、僕らの教室?」 「ここに秘密があるのさ」 校長は教室のカギを開けて静かに中に入った。 改めて見る教室は、何故か少し新鮮に感じられる。少年が進級時 に書いた「希望」という習字の作品に懐中電灯の光が当たる。 「…何が希望だ…」 少年は吐き捨てるように呟いた。 「ちょっと手伝ってくれるかな?」 校長の声で、ふと我に返った少年は黒板に近づく。 「黒板の右端の下を探ると、丸いボタンのようなものがあると思う けど、それを号令に合わせて押して貰いたいんだ」 毎日のように使っている黒板の下に、本当にそんなものがあるの だろうかと疑問に感じながらも、言われるままに探ると、指に当た るものがあった。形からしてこれに間違いないだろう。 「いいかい?せぇ〜のっ!」 号令に合わせて力いっぱいボタンを押した。すると同時に教室が ガコンと大きく揺れてから、地響きのような低い音をたてはじめた。 「うわっ!?地震?」 少年は驚いたが、校長はまたいつもの笑顔で、 「外を見てごらん」 見ると、月明かりで満たされていた窓が、少しずつ暗闇で覆われ ていく。教室が地面に沈んでいっていると理解するのに時間はかか らなかった。 「な、なんで?」 少年は驚くしかなかった。いつも過ごしていた教室が、こんなこ とになるんて信じられないのだ。 「驚くのはまだ早いぞ。まだまだこれが全部じゃない」 窓が完全に暗闇で覆われてところで、沈下は止まった。 「もう明かりを点けても大丈夫だ。この教室は地下にあるからね」 少年は電灯のスイッチを入れる。ぱっと教室が明るくなって周囲 を見渡すことができた。しかしやはり、窓からは何も見えない。 「それじゃ、出発進行だ」 「どこに?」 さらに意外な校長の言葉に、少年はすっかり訳が分からなくなっ てしまった。教室のスピーカーからベルが聞こえ、それが止むとガ クンという衝撃とともに、教室が動きはじめたのだ。スピードがで てくるにつれて、カタンカタンという心地よい振動が続く。 少年はやっと、あるひとつの答えを導き出して呟いた。 「…これは…、電車?」 「そうさ、私が長年かかって作り上げた、秘密の電車だ」 校長は満面の笑みで誇らしげに言う。 「もう少し走ったら、景色も見えるようになる」 少年の顔にも、いつの間にか笑顔が戻っていた。 やがて、教室の窓に景色が戻ってきた。 しかしそれは、普段の教室からは決して見えることのない景色だ。 鏡のように澄んだ海面に、月が映っていて、とても幻想的である。 「一部、 使っていない在来線を走るから、本当に旅をしているよ うな感じになれる」 校長の顔は、まるで少年のようだった。 「…ところで、君の夢はなんだい?」 「夢?」 唐突な校長の質問に、少年は少し考えた。久しくその言葉を聞い たことがなかったかこともあった。幼い頃の記憶を辿りながら、や っと導き出した答えは、 「僕の夢は…医者になることです」 「医者?」 「医者になって、世界中を飛び回って、病気で苦しんでいる多くの 人たちを、出来る限り助けてあげたいんです」 「なかなか立派な夢だね…」 と、校長は言ってから、 「だったらなおさら、こんなところで躓いていてはいけないんじゃ ないのかな?」 少年は黙って聞いている。 「実は私もね、本当は電車の運転手になりたかったんだよ…」 「どうしてなれなかったの?」 「叶えたかったけどね…両親の反対がすごかったんだよ」 先生も大変だったんだな…と、少年は思う。 「でも今思えば、何でその反対を押し切ってまでチャレンジしなか ったのかなって後悔しているんだ…たがらこうやって、ささやかな がら夢に近づいてみたんだけど、やっばり悔いは残るよ…」 夢を実現できなかった悔しさ、いや努力すらできなかった悔しさ が、少年には痛いほどよく理解できた。 「だからね、せめて君には夢に向かって頑張って貰いたいんだよ。 努力することが価値あることなんだから…」 少年はしばらく考えていたが、 「…分かりました…、頑張ってみます。そう思ったら、学校にも行 けそうな気がします」 少年の顔が、ぱっと明るくなった。 「そうか…、困ったことがあったらいつでも相談にきなさい。この 電車で相談しよう」 つられるように、校長の顔にも笑みがこぼれる。 「さあ、そろそろ帰ろうか」 窓の外は、微かに明るくなってきていた。
Entry7今日も明日も貴方に逢えない ・・・(*__)
- 作者 : 小林 祐悟
- Website : 「創造塾」と「ゆーご」 のページ
- 文字数 : 1242
僕は信じてたよ o(^-^)oにゃおーんっ
いつか来てくれるって
僕だけの白馬の王子様 (*-。-*)きゃん!どきどきぃ
〜
ずっとずっと待っていたよ
ちょっと突然だったけど
本当に来てくれたんだね \(^O^)/きゃあきゃあ!にゃぁ
にゃぁ!!
あはは。なんちゃって。 (-.-)ノ
僕が押しかけちゃったのさ。
実はホントはね。 (^^ゞポリポリ
だって貴方しかないって思ったもん
もう離さないんだもん m(__*)m恥ずかしいん~き
ゃっ!
僕のとこに来てくれてありがと〜
(-。-)え〜? そんな奴だと思わなかったって?
まっそんな細かい事は気にせんでおくれよ
出来たて焼きたて無添加よ〜♪
そんなとろけるおいしさ一番の僕を・・・
何てこと言うんだ馬鹿ヤロ〜
その口が言うんだね ?(゜Д゜)アァ?(ぉ
も〜〜ふさいじゃる〜〜 ('3^)chu!
ちゃんと味わえた〜〜?? ぃやん!恥ずかしいんm(__*)
m
ところでさ!(-.-;)ぷごっぷごっ
今日も明日も貴方に逢えない・・・ (*__)
ずっとこのままでいたいのに
ずっとずっと一緒にいたいのに
貴方に逢えるのは週末だけだから
まぶたを閉じてしまったら
やっぱりいつも貴方のことばかり
恋愛中ってこんなに大変なことなのか・・・・
僕はとっても知らなかったよ
毎日毎日こんなに淋しい気持ち (*__)
貴方なしじゃとても生きていけやしない
他の男達なんて眼中にないのよ
毎日毎日それなりには楽しいのよ
でもとっても切ない気持ち・・・ m(__*)m
こんな僕のことなんか
抱きしめてくれちゃってさ
照れるじゃないかぁ〜 (〃∇〃) てれっ☆
可愛い奴なんて言ってくれちゃってさ
本気で嬉しかったじゃないか (*⌒ヮ⌒*)テヘ
どうしてくれるにゃ?
貴方のことばかりの頭の中
好きで好きでたまらない (__*)" やん!も
じもじぃ
なのになのに馬鹿!馬鹿!馬鹿! ヽ(`Д´*)ノ
どうしてぇ?何故なにゃ?
貴方はとってもお馬鹿なのよね
ちゃんとね、毎日ね、この私にね
電話でもメールでも何でもいいから!
しっかりと安心させてよ!もう〜 (:_;)
何だっていいから、早く声を聞かせて
今日も明日も貴方に逢えないのよ
ちゃんとせんかい、お馬鹿にゃ〜〜 (><*)&
quot;やんやん!
貴方には素敵な夢があるから
それはねぇ、とってもいいのだけど
どうしてぇ?何故なにゃ?
こんなに忙しい人だなんて・・・・ (*__)
ああ今日も明日も貴方に逢えない・・・
ねぇ〜逢いたいよ〜
でも僕、逢いに行かないね
貴方、とっても忙しそうにしてたから
だから週末・・・・
思いっきり甘えちゃうね Σ(><*)きゃあ!き
ゃあ!
僕は強くないよ、大人じゃないよ
貴方が思うほどには・・・
でも頑張るんにゃ!(^O^)/
貴方の邪魔にはなりたくないも〜ん
貴方が好きなってくれた僕のままでいたいから (*__)
ずっと貴方の側にいたら
きっと溺れてしまう・・・ m(__*)m
たとえ離れていても
ずっと近くにいてね いつもどんな時も
僕も自分の道を早く見つけるよ
そしていつかいつか結ばれて
最後の最後はずっとずっとずっとずっと一緒よ
でも今日も明日も貴方に逢えない・・・・ (*__)
Entry8
再生
- 作者 : 翠葉
- Website :
- 文字数 : 3000
西暦25XX年、我々は地球を捨てた。
今我々は、宇宙船の中で地球再生のプロジェクトを行っている。
故郷を捨てて500年、いまだに地球再生のめどはたたず、地球が死
滅した原因はいまもって不明である。ある日人間以外の動植物が突
然生命活動を停止し、人はその途端むごたらしい様を曝け出した。
それに対処したのは、いつかこういう日が来るだろうと予測してい
た者達だけであり、その中で残る事より、地球を捨てる方を選択し
た者達が宇宙に旅立ち、長い年月をかけて、新たな星を発見。そこ
で文明を築き、500年後には宇宙船を地球の軌道に乗せながら、再
生の為の研究を行うまで発展した。
「ここまではいいか?」
私、ムウ大尉は脳内から記憶を呼び起こし、コンピュータにつな
ぐメットを頭から外しした。側にいるのは人間にしか見えないアン
ドロイドでS101、製造されて101番目だから、101という単純な
ナンバーだ。
「完璧です。大尉」
S101は頷くと私の側を去り、他の人間の所へ行った。今生きて
いる人間は数少なく、人類の歴史を残さねばならないと、我々はア
ンドロイドに託す事にした。彼らは死ぬ事なく、危険な作業も人間
の代わりに行い、地球再生に役立つ。眠気が襲い、私はメットをか
ぶり直した。夢も全てコンピュータに記憶される……人類の記憶と
して。
「これがその手記だ」
私は先人である人間が残した、数枚のチップをS100から受け取
った。
地球を捨てた人間が造った私達アンドロイドは、人間全てが絶え
た今でも、宇宙船に乗り地球再生の為のプロジェクト研究を行って
いる。もう、地球人が不時着し定着した星にも人間はいない。星に
移住した人々は文明を築いたが、子供の出生率がいつまでも伸びな
い事に気づいたのは500年後、最後の人間が死去したのはそれから
100年後であり、アンドロイドだけの星となった。私達は生命を生
み出さないが、仲間を作ることは出来る。出来た仲間はデータ入力
したわけでもないのに、地球を再生するという意識を最初から持っ
ていた。永久命令として人間がロックしたらしく、決して解く事が
出来なかった。
「判りました。最適の方法を探し出します」
私S101は挨拶すると後ろの物に目をやった。クリスタルの箱に
入ったシャーレの中にはかつての患者ムウ大尉の細胞がある。DN
Aを解析し、それが覚えている太古の地球の姿をコンピュータ (こ
れも地球人の記憶から取った言葉だが、 今はマザーと呼ばれてい
る)に投影、動植物の形成を研究する為に使用していた。
「地球に投降する用意は既に完了している。まずは地球の核を起こ
す為、海中に大量の爆弾を仕掛ける。マントルがずれ地殻変動を起
こした後、 各地に植物の種を撒き、成長促進剤使用、 その50年後
に
魚類を卵を海中に頒布、しかる後に私達が降り立つ」
「全て御心のままに」
これも大尉の記憶からの引用だ。
大尉のDNAは夢を見ている。自分の体が損なわれるままなく生存
していて、時間は地球死滅から500年後。夢の中では家族、会社、
グループと幾つもの集団に属し、安定ながら些少の焦燥心理状態と
マザーは判断。その前は戦争、記憶を遡ると多いのは戦い、それに
混じりながら笑顔や生育状況の発達した草花、鉄鋼、動物が映し出
され、太古に存在した巨大な生物、単細胞、濁流と化した溶岩。
私は司令室に向かうと椅子に腰かけ、スクリーンを前にして言っ
た。
「マザー、命令だ。地球時間3450年、6月11日、爆弾投下」
「イエス」
司令室にマザーの声が響いた。宇宙船全体がマザーであり、廊下
を歩きながら、ふと呟いた言葉にもマザーは返答してくる。
――投下予定日、爆弾を積んだ無人機が地球の周りに配置され、
合図と共に爆弾は投下された。その様子が映し出されているスクリ
ーンには、衝撃で震え、地球のあちこちで、どす黒い赤の溶岩が流
れている様が映っていた。無人機はとうに熱で溶け、溶岩の一部と
なり、地面に吸収されていった。音は聞こえないが、もし耳にした
ら、無理矢理起こされた怒声か、生誕の産声かもしれない。
「この状態が続くのはいつまでだ」
「約100年と計測、溶岩は地面となり新しい土地を形成、海水は常
温」
「判った。それまで私はスリープに入る。交代要員を起床させよ」
「イエス」
私はスリープ室に向かった。S100はもう眠りについている。
幾らアンドロイドとはいえ、ただ100年ぼうっと待っているのはつ
らいものだ。私はスリープベットに横たわり自らの電力を最小限に
落とした――。
――小さな電子音が耳に届いた。体中に電気が行き渡り、私は目
を開けた。スリープベットの蓋が音もなく開き、私は体を起こした。
「ああ、100年経ったのか……」
見渡すと、目覚める前と何も変わっていない。隣には交代要員の
S102が眠っている。
司令室に向かうと、ペアであるS100が既にスクリーンの前に座
り、地球の様子を眺めていた。
「やあ、起きたのか。どうだい、100年ぶりの朝は」
「いつも通りですよ。地球は変わったようですね」
「ああ。地表が落ち着き、海が生まれた。私達の作戦は成功した。
植物の種を撒布してもいいだろう」
スクリーンに映る地球は、青と白の文様を美しく描いた星となっ
ていた。ムウ大尉の地球の記憶そのままで、捨てた時代の黒っぽい
星とは大違いだ。ふと見ると、大尉の細胞を入れたシャーレがない。
「マザー、シャーレは?」
「お久しぶりです、S101。質問のシャーレは細胞が死に絶えた為、
S102が処分しました」
「判った」
これで人間の形跡はゼロになってしまった。仕方が……ないだろ
う。私は植物の種を撒布する準備に取り掛かった。
それから50年後。 海面近くに多数の機械を下ろし、 魚類の卵を
頒布。既に植物は根を張り、生命力に溢れた緑の手を堂々と広げて
いた。 その50年後私は再び眠り、 100年後には交代要員ではなく
起床した。
もう、地上に降りる時期なのだ。
司令室にはS102と103が在席し、 他多数のアンドロイドが乗る
ポットを操作し、地上までと地上に降り立ってからの安全を守備す
る。
――ポットの蓋が開き、まとわりつくような濃い密度の空気が私
を包んだ。視界に映るのは、風に吹かれてなびく、若草色の草原と
色とりどりの花々。水に跳ねる、魚の音。
ムウ大尉の記憶から受け取った美しい情景そのままだった。花々
には小さな羽のある生き物が止まっていた。
「あれは何だ?動物か?」
顔も見知らぬ、仲間の一人が叫んだ。
「司令室、調査せよ。予定外の動物か昆虫が存在、発生理由を報告」
動物・昆虫の類を、私達は種の保存をしなかった。動物に関して
は論議もあったが、失敗・及び危険増加する可能性多々の為見送ら
れ、食料としても不必要だった。
「マザーより報告。ソレは{蝶}という昆虫。自然発生の可能性有り」
ざわめきが起こり、困惑が私達の間を駆け抜けた。
「どう思う?」
S100に聞かれ、私は首を横に振った。
「自然発生なんて。私達が立てた計画――アンドロイド数は一定、
かつ、魚類・植物は生態系を保護しつつ地球を完全に再生する。に
は、破壊の元となり易い動物・昆虫は含まれていません。昆虫だけ
なら、小型ゆえ影響は些少とも考えられますが、もし動物も発生し
たら」
「再生してもまた、同じ結果になるかもしれないな」
「しかし、主たる種は私達です」
その時、マザーから再度報告が入った。
「報告。林間部に人間の男女発見」
私は思わず目を覆った。
地球は、完全に再生したのだ。
Entry9
イガグリの恋
- 作者 : みじんこ
- Website :みじんこぶんこ
- 文字数 : 2535
早朝から美しくさえずる歌声を聞いているとどんな不安も痛みも 消えていくような気がする。イガ栗は小鳥に恋をした。 あまり辛抱強かったり思慮深い方ではない。イガ栗はとにかく自 分のこの気持ちを伝えようと体を揺すって揺すって栗の木の枝から 自由になり小鳥のもとへ駆けた。 小鳥は駆けて来るイガ栗をみてぎょっとした。小鳥さん待って、 待ってください逃げないで下さい。イガ栗は必死に叫んで小鳥の前 に立った。 僕はあなたの美しい声をずっと聞いてきました。あなたの声は僕 のトゲトゲでガラガラな気持ちをしっとりと潤してくれます。もっ と近くで、そしてずっとあなたの歌声を聞いていたい。あなたのこ とが好きなのです。 小鳥は頬を赤らめた。まんざらでもないようだ。イガ栗は手ごた えを感じて小鳥に歩み寄った。小鳥さん、僕は・・・。 イタッ!小鳥は小さく叫んだ。イガ栗のトゲが小鳥を刺していた。 しかしイガ栗は気がつかない。どうしました?心配になってなお歩 み寄った。ちくり、ちくりとさらにトゲは小鳥を傷つけた。痛い、 痛い。なんて残酷な人なんでしょう!小鳥は目に涙を浮かべて怨め しそうにイガ栗をにらんだ。 イガ栗は戸惑い恐れた。さっきは自分の気持ちを大事に受け止め てくれたかのように見えた小鳥が、なぜ・・・。僕のどこが残酷な のです。教えてください。悪いところがあれば直します。イガ栗は さらに歩み寄った。 たまりかねて、小鳥は泣きながら飛び去った。 イガ栗は天を仰いで泣き叫んだ。 そこへ一匹のカメムシが通りかかった。イガ栗くん、どうしたん だこんなところで。イガ栗はさきほどの光景を話した。カメムシは 皆まで聞かず失笑とともに語った。きみは自分がイガ栗だというこ とをわかっていないね。きみのトゲはきみの中の大事な栗の実を守 るためにそんなにもたくさん生えていてそんなにも鋭いんだ。近づ くものはみんな怪我をするよ。私だってそうさ。みんな鼻をつまん で逃げていく。私たちのような連中は、誰かをを愛するようには、 ましてや愛されるようには出来ていないんだ。 なんだって、そう言ってイガ栗は一歩カメムシに近づいた。トゲ が今度はカメムシを刺した。いてて!ほれ、こういうことさ。たま らんよ、私もこれにて失敬。カメムシはパッと羽を広げて飛んでい った。 イガ栗は何日も泣き続けた。そんなバカなことがあるか。気持ち が本当ならちゃんと伝わるはずだ。そう思って再度小鳥を訪ねてみ たこともあった。結果は同じ。何度か会えば、会うたびに小鳥は怪 我をしイガ栗は泣かなくてはならないだろう。 ただ小鳥に見えないところでこっそりとその歌声を聞くことだけ はできた。それだけが慰めだった。 泣き疲れてぼんやりしていたある日イガ栗は恐ろしい噂を聞いた。 小鳥が重い病に冒されて巣の中で寝込んでいるらしい。医者の話で はよほど高価な薬を使わないと治らないそうだ。 イガ栗はすぐに駆け出して小鳥の巣を遠くからのぞいてみた。中 には噂どおりやつれきった小鳥が苦しそうに目を閉じていた。イガ 栗は胸の中で何かに火がつくのを感じた。 なんたらいう高価な薬があれば治るらしい。イガ栗はその情報だ けを手がかりに木の上の虫たち動物たちの間を駆け回った。 小鳥の病名がわかった。 それを治す薬の名前もわかった。 そしてその薬を調合できるリスのおじいさんがいることを突き止 めた。 イガ栗はリスのおじいさんの寝ぐらを訪ねた。リスのおじいさん は木のウロの中で安楽椅子に腰掛け、ひざかけの上に本を伏せてう つらうつらと居眠りをしていた。 おじいさん。おじいさん。寝ているところごめんなさい。お願い があるのです。 リスのおじいさんは目を覚ました。オヤ珍しいお客だね。栗がわ しを訪ねてくるなんて。まあ中へ入りなさい。 快く迎えられてイガ栗は安心し、事情をすべて話した。リスのお じいさんは話のひとつひとつにうなずきながら丁寧に聞いてくれた。 聞き終わるとリスのおじいさんは優しく、ゆっくりと語った。 イガ栗くん、愛したり愛されたりできないというカメムシの話は どうやら間違っているようだね。あんたは小鳥のことを愛していて、 小鳥のために必死で駆け回ってきた。偉いとわしは思う。小鳥のた めには命をも投げ出すつもりなんだろう? イガ栗は初めて心を理解されて、涙がぽろりとこぼれた。そうで す。僕は小鳥さんを愛しています。ええ小鳥さんを愛しているので す。そうです。命だって投げ出します。 リスのおじいさんはうなずいて、立ち上がった。よろしい。わし が秘伝の妙薬を調合しよう。ただ・・・ひとつ、約束して欲しいこ とがある。 イガ栗は喜びのあまり飛び上がった。約束します。どんなことだ って! リスのおじいさんは笑顔で告げた。リスは、漢字でクリの ネズミと書くんだよ。 リスのおじいさんの目がギラリと光る。 わしは栗の実が大好物でね・・・。 その日の夜イガ栗は木の一番高い枝まで登った。夜空は見事に晴 れ渡り、星々がひとり残らず集合して巨大で静かな歌を歌っている。 イガ栗は胸いっぱいに空気を吸い込んで、しばらくその歌声に耳 を澄ました。 見渡すとどの星たちも楽しそうに輝いている。星たちもお互いに 愛し合うことがあるのだろうか?そう言えば、生き物は死ぬと星に なると聞いたことがある。自分も死ねばこの星たちの仲間入りがで きるだろうか・・・。 小鳥の姿が目に浮かぶ。その歌声もはっきりと聞こえた。あの小 鳥さんもいずれは星になるかも知れない。そのときは、同じ星どう し愛し合えるかな・・・。 イガ栗は静かに目を閉じた。 そして星空に向かって、跳んだ。 翌朝小鳥の巣に来客があった。小鳥が病んだ体を起こすと客はリ スのおじいさんだった。これを届けて欲しいと頼まれましてな。あ なたの病を治す薬です。お飲みなさい。ゲップ、いや失礼。少し栗 を食べ過ぎまして。 小鳥は嬉しいやら驚くやらで慌てて礼を述べた。で、いったいど なたがこのようなご親切を? リスのおじいさんはもう背を向けていた。いやそれは言わない約 束になってますので。ではさようなら。 小鳥の病はたちまちに癒え、再び美しい歌声が響き始めた。 その歌声は木の根元に転がる二つに割れたイガ栗のトゲの衣の上 にも、優しく降り注いだ。
Entry10目
- 作者 : 3104
- Website :
- 文字数 : 2535
学生の頃、月に一度はプレーしたゴルフ場。栃木の山の中。爪で 引っかいたような秋の筋雲が頭に広がる。今日は社内コンペ。五年 も経つとキャディーが付く。あの頃は、自分の道具は自分で担ぐの が常識だった。ショットを打って削った芝も自分でケアする。その ため学生ゴルファーは各自、砂を袋に入れてラウンドしなければな らない。 突然ですが、ゴルフをやられる人、またはこれからゴルフをやろ うかなという人にワンポイントアドバイス。ゴルフバッグは肩だけ で担いではいけません。格好悪いです。思いっきり疲れます。おそ らくこの説明では、“?”と思うことでしょう。テレビのゴルフ中 継を見てください。間違っても女子ゴルファーを、見た目で点数を つけるといったことをしてはいけません。そうではなく、キャディ ーの担ぎ方です。担いでお金をもらっている人は、肩だけでは担い でいないことが分かるはず。ポイントは腰です。腰に乗せるように 担ぐと、あ〜ら不思議。長い距離歩いても疲れにくいのです。見た 目もなんかゴルフ上手そうに見えます。現にキャディーは、担ぐだ けでなくゴルフも結構、上手い人が多かったりします。当たり前な んですけれどね。 社内コンペに参加すると、学生の頃ゴルフ部だったというだけで、 役員連中の相手もしくは、ずば抜けて下手な人のボール探しに当た り前のように任命される。いくら視力が左右共に1.5でも、他の 三人がイチロー張りの広角打法では、足がついていかない。 おっちゃん、キャディーが来るのを待たないで、絶えずクラブは 二、三本持って移動してね。どうせ林の中なんだからさあ。 よく聞かれること。 「ドライバーが当たらないんだよね」 よく心に思うこと。 「知りませんでした。仕事は当たっていたんですね」 同様によく聞かれること。 「いいドライバー、知らないかな」 同様によく心に思うこと。 「仕事同様、向き不向きがあるっちゅうねん」 これもよく聞かれること。 「どうやれば真っ直ぐ飛ぶの」 これもよく心に思うこと。 「私は、ボールにあなたの顔をイメージしてぶっ叩きます」 「ナイッショー、さすがゴルフ部出身だね」 もちろん「ナイッショー」のコツは内緒。 当時、プロのトーナメントで何度かキャディーを勤めた。印象に 残っているのは、ベテランのおばちゃんゴルファー。あの試合もこ のゴルフ場だった。体力よりも目の衰えをこぼしていた。芝目を読 む際、芝の色で見分けるのが一般的なのだが、微妙な色合いを読め ないらしい。ちなみに芝の色が薄目に見える場合は順目。濃く見え る場合は逆目。どっちに向かって薄く見えるか、濃く見えるかで、 ボールの曲がりを判断する。もちろん傾斜も考える。 「真っ直ぐかい」 おばちゃんがそう聞いてきたから、私はこう答えた。 「手前でボール一個スライスです。真っ直ぐと考えるなら、若干強 めに」 ちなみに、どういうことかというと、距離を合わせると、芝目、 傾斜の影響を受けて右に逸れてしまうということ。だから真っ直ぐ と考えるなら、影響を受けないように、強めにということになる。 自分の視力をアピールすることが、キャディーとしての信頼を得 ることだとその人に教わった。 最終日の最終ホール。トップ10に入っていた。ティーショット を打ち終え、おばちゃんは言った。ギャラリーがグリーンまで続く。 フェアーウェイを赤トンボが飛びまわる。 「もう引退しようかと思ってね。目の衰えは致命的だ」 少々、男性的な口調。続けて言った。 「ボールがどう転がるのか分からない」 「この成績でもですか。立派な上位ですよ」 おばちゃんは、残り150ヤードのセカンドショットを5アイア ンでグリーンに乗せた。私はおばちゃんがこれまで放った無数のシ ョットで、無数の削った芝と、なんら変わらないと言い聞かせ、デ ィボットに目土をかぶせた。 今、思うと特別な作業だったのかもしれない。 5アイアンをバックに入れ、先行くおばちゃんを追いかけた。 「人はなぜミスをするか、分かるかい」 赤トンボが、寂しそうに横切った。秋の夕日が私の影をやたら大 げさに、長身に映し出す。 「人は欲があるからミスをする。欲があるから成功する。無欲の勝 利という言葉もあるが、それは嘘だ。欲があるからこそ成功する。 だからミスをするんだ。」 おばちゃんは、歩きながら私の目を見つめていた。 「只今、グリーン上に参りましたのは、柏井道子子プロです」 形式的なアナウンス、形式的なギャラリーの拍手がやたら悲しか った。ただ、軽く右手を上げるおばちゃんの後ろ姿を見たら鳥肌が 立った。欲が無くても鳥肌は立つんだよね。 私は旗を抜いて、グリーンの脇にバッグを置いた。おばちゃんは、 グリーンにオンしたボールを拾い上げて、私にポイッと投げてよこ した。それをタオルで土を拭き取るのがキャディーの地味な仕事の 一つ。乾燥している秋から冬にかけては、土がボールにこびりつき やすく、拭き取るのは容易ではない。タオルの三分の一程度は、濡 らしておいた方が良いということも、おばちゃんに教わった。 「どうだい」 私は慎重に芝目、傾斜を読んだ。カップの右にマウンドが影響し ていた。カップ一つ確実にフックする。学生の大会で自分がプレー していたら、間違いなくカップを一つ外して右に狙う。 「真っ直ぐです。カップの向こう側にぶつけて、ガッコンと入れち ゃいましょう」 私は自信を持って、そう言ってやった。 「OK」 おばちゃんはガッコンの意味が分かったらしく、ニヤッと笑いな がら男性口調で言ってくれた。 スタンスに入るおばちゃん。長身の影がラインにかからないよう に退く私。ボランティアの人が「お静かに」の札を上げる。それに 合わせて私も右手を上げて、「打ちます」という合図をギャラリー に送った。 パターがボールにぶつかる音がコースに響いた。 おばちゃんはそのパットを打ち終えると、まるで優勝したかのよ うに娘と言えるほど年齢のはなれた、後輩プロと抱き合っていた。 私は旗をカップに戻し、後ろの組に「空きましたよ、どうぞ」と、 再びキャディーとして右手を上げて合図を送った。形式的な作業と は対照的に、何とも言えない鳥肌が忘れられない。 「あ〜、また引っ掛けちまった」 気がつくと、クラブを地面に叩きつける社長という肩書きの、お っちゃんがいた。 私は心の中でつぶやいた。 「左はOBだからダメだと言ってんだろうが、まったく……」 「社長、大丈夫ですよ。左端に見えますよボールが。良いところで す」 そんなひねくれたセリフの連続で、社長室という謎の仕事を獲得 したメガネが、私の隣で楽しそうにこれでもかと、愛想を振りまい ていた。ちなみに彼は私と同期。 そりゃあ、さらに左の崖下の君の所よりは良いよ。きっとOBだ と思うから念のため打ち直しておいてね。 HOLE NO.17と書かれた木の看板に一匹の赤トンボが羽 を休めていた。 「欲があるから、引っ掛けるの。欲があるから社長室なんだよね」 そうつぶやく赤トンボ。 さあ、いよいよ次はあの最終ホール。社長、ゴルフが上手くなり たければ、まずその辺からいかがですか。語りますよ。そうすれば ゴルフだけでなく、きっとビジネスも当たるかもしれません。いず れにしろ欲がなくなったら引退ですけれどね。 そうしたら、まん丸のメガネをかけた赤トンボが、言いやがった よ。 「お前が言うなよ」
Entry11古い家
- 作者 : 志貴
- Website :
- 文字数 : 1676
にゃお、とトラは暫し長い欠伸をひとつ。 縁側の日向で心地よく、尻尾を振りながら寝ている。 「あれは珍動物に違いない」 「ややとも尻尾を引き摺っておるからなぁ」 ヒソヒソ、何事かの相談がどうやらクヌギの木から聞こえます。 どんぐり眼(マナコ)のどんぐりオバケ。 クヌギの木の葉の合間から、点々とぎょろり目玉が辺りの散策を し て、きょろきょろ、クスリ、にらめっこ、幾つかの実がクヌギか ら 落ちました。 と、そのままころころ転がり落葉から飛び出て、どうやらどんぐ り オバケ達は祭りの支度を始めたようです。 トラはそれに気づかず、仰向けに腹をだして気持ちよさそうに寝 て いるのですが、襖からブリキの王様が歩いていらっしゃって、 「パリはどこぞの道から行けばよいかのぉ」 えっへんえっへんのブリキの王様は戦争に勝ちまして、えっへん の イスタンブールへの凱旋路をえばった貫禄で縁側のトラにお尋ね なさったのですが、トラはちっとも気づかないようです。 すると突然、お部屋の方からドシンと物音がします。心地よく秋 刀 魚の夢を見ていたトラは億劫に薄めを開けて一応、様子を見やっ た のですが、すぐに又、無関心に眠りについてしまいました。 いたりあの小さな詩人が畳の上にうつ伏せに倒れているようです。 どうやら天井の梁の隙間から、抜け落ちたようで 「馬鹿じゃィ、つきおとす奴があるか」 と、梁に向かって大声でお怒りになさっています。 その横を一匹、二匹三匹のネジまき猿がきぃきぃ、 ああ、なんて事でしょう、いたりあの詩人を跳ね飛ばし、走り回 っ て、その後をお犬の保安官が笛を鳴らしながら懸命に追いかける の ですが、とうとう障子を破いて、お庭に遁走をし、転落してしま っ たようです。 「やい、やい おりて来い、祭りだ祭りだ」 いたりあの小さい詩人はすぐに立ち上がり天井の方へ喚めきます、 すると梁の隙間から声が出て 「やい、飯はあるんか」 「やい、日がよう照るなら出てもよいぞ」 ひくい声 わらい声 ころころどんぐり、祭りだ せっせっこ そんな、いたりあの詩人を横目にお庭では、どんぐりオバケ達は ころころ踊りながら祭りの準備を一生懸命にやっていました。 やがて、クヌギの枝からねじりハチマキ姿の雀等が神輿を担いで わっしゃい、わっしょい、と陽々駆けつけて来ます。 祭りの支度はそろそろ終わるようです。 一方、癇癪をうって跳ね回る、いたりあの小さい詩人に ブリキの王様が不幸にもぶち当たったようでした。 「猫が邪魔じゃあぁ」 と、ひそひそ梁の隙間の声 「猫は寝とるぞぉー」 と、いたりあの小さい詩人が言うと やれやれぞろぞろ、奇妙なものらが梁の隙間からやっと降りてく る 「ブリキは重いぞー・・」 いたりあの小さい詩人はか細く声を出します。 ちゅんちゅん わっしょい ちゅんちゅん わっしゃい 祭りが始まったようです。 酔いどれみどれ酔いつぶれ酔い酔いみどれ酔いしれつ お庭に輪になって奇妙なものらが踊り出すと、その真ん中で いたりあの小さな詩人が大好きなげぇての詩を歌います。 そのリズムにあわせ瓦ががたがた笑いこけ、草等をトラポリンか わ りにして、どんぐりオバケとネジまき猿や犬の保安官が交互に飛 び 跳ね、飲みすぎたのでしょうか、クヌギがくねくね座り伏し、 しまいには、普段、トラに苛められて外に出てこない鼠の家族ら が 一団で出て来て阿波踊り、やがて雀と一緒にわっしゃい、ワルツ を 踊り、愉快で堪らなくなった、お家様が高らかに笑い出しました。 ちゅんちゅん お祈りなされ今日の日に わっしょい ちゅんちゅん 酔う酔うみだら酔いみどれ 「おーい、小僧が帰ってきおった」 仰天、わっしゃい驚いた祭りの者達は出鱈目に慌てふためき 畳や本の項に隠れ込んで、雀はバタバタと神輿を担いで飛んでゆ き あまりにもビックリしたのか鼠は猿と一緒に猫に乗り、猿がきぃ と 鳴くと、鼠は飛ぶように逃げてゆきます。 転んでころころとどんぐりオバケ達は動かなくなり、 ブリキの王様もコテと横たわりました 「やや、なんだ 母ちゃんに怒られる」 小僧っこは、ややのんびりな悲鳴をあげると 猫の首を掴み上げました。 ぎゅむ、と トラ うねる。
Entry12星祭りの夜
- 作者 : NEKONET
- Website :アルケミスト
- 文字数 : 1916
ジョバンニが丘へ上る坂道へ登り始めた時は、まだ西の空には夕 焼けの赤い色が残っていた。 それでも星祭りの日は、日が落ちる前から町の明かりはすべて消 されることになっていたから、暗くなりはじめた東の空には、いつ もより沢山の星が見えはじめていた。 今日は星祭りの日だ。昔は「ケンタウルス祭」といったが、今で はもうそんなむつかしい呼び方はしない。町の人がみんな丘の上に 集まって、星を眺めるのは昔のままだが、いつのころからか、みん なそれぞれ自分の星や、好きな動物の仮面をかぶって集まるように なった。 だからジョバンニは牡牛の仮面をかぶっている。 「ジョバンニ、ラッコの上着がくるよ」 暗がりのなかから、友達のだれかがジョバンニに声をかけたが、 ジョバンニは気がつかないふりをして歩き続けた。それはジョバン ニに対するいつもの挨拶のようなものだ。 ジョバンニは「星祭り」の始まりが、ジョバンニのおじいさんと 関係があることを、ずいぶん前にお父さんから教えてもらった。 ジョバンニのおじいさんがまだ子供のころこの町の川で遊んでい ておぼれかかった小さい子供を、おじいさんの友達のカムパネルラ が助けようとして、子供は助かったけれども代わりにカムパネルラ が川に流されてしまった。みんなで必死に捜したけれどもカムパネ ルラは帰ってこなかった。カムパネルラは小さい子供の代わりに死 んだんだ。 カムパネルラが死んだ夜、ジョバンニのおじいさんは、星空の中 をカムパネルラと二人で鉄道の旅をする不思議な夢を見た。そして その話を一人の詩人が童話に書いた。それは「銀河鉄道の夜」とい うとても有名な童話で、そのことが「星まつり」の始まりなのだ。 「ジョバンニさん」 ジョバンニはもうすっかり暗くなった丘の、中腹あたりまで来た とき、すぐ横を歩いていた女の子に声をかけられた。女の子は白い 大きな犬の仮面をつけていたが、金色の髪の毛を見た時、同じ会社 で働いている安茂野さんだとすぐにわかった。このあたりで髪の毛 が金色なのは安茂野さんだけだ。 「どうして僕だとわかったの」 とジョバンニがいうと 「ジョバンニさんのことはわかるの」 と、暗がりの中で安茂野さんは答えた。 「今日はきれいな金髪になっている。まるで星の色みたいだ」 「そう、すこし前から」 安茂野さんの髪の毛はとても不思議で、季節によって色がかわる らしい。例えば春や秋には、菜の花や紅葉のような色になるし、冬 にはまるで、頭の上に雪をかぶったように真っ白になる。そして今 の季節は、星の色のような淡いきれいな金髪になっている。 季節だけでなく、その日の天気によっても変わる。天気のよい日 は空の色で、夕焼けの時は茜色。でも風の強い日や、竜巻の時なん かは、朝起きると部屋中で髪の毛がうづまいていたり、去年の台風 の時なんかは、髪の毛に引っ張られて身体まで部屋中を飛び回るか ら、まるで宇宙遊泳のようだったと言っていた。 「もう、ケンタウルスが空の上にきているかもしれないね」 あたりはすっかり暗くなって、空一杯に星だ広がっていた。二人 のところからは丘で星空を見上げているたくさんの人達が見えた。 そして、その上に東から西へ大きく銀河の流れているのが見えた。 「もっと早くきたかったんだけど、今日は仕事が多くて」 と、安茂野さんがいった。 二人の働いている印刷会社は、昔は活版所といわれて、ジョバン ニのおじいさんもそこで働いていた。ジョバンニのおじいさんは本 を印刷するための活字を拾って活版する仕事をしていたが、今では 「MAC」というコンピューターを使ってみんな仕事をする。 丘の上に着いた時は、二人ともすこし汗をかいていたから、風が 気持ちよかった。丘の上から町を見下ろすと、真っ黒で今日は何も 見えなかった。 ジョバンニは銀河を見上げた。それはまるで、天井のように頭の 上いっぱいに広がっていた。そして東から西の空へゆっくりと大き く流れているのがわかった。それから東の外れの岸にケンタウルス の小さな星達が見えた。ケンタウルスの星たちはカムパネルラを捜 すために集まってきたんだ。 「私ね、こうしてケンタウルスの星や、たくさんの銀河の星をみて いると、ジョバンニさんのおじいさんや、カムパネルラさんといっ しょに鉄道の旅をしているような気持ちになるの」 「君は、ほんとうにカムパネルラさんが好きなんだね」 「だって、あの時、カムパネルラさんが助けてくれた子供は、私の おばあさんですもの」 ジョバンニはすぐ横にたっている安茂野さんのほうを見た。 星を見上げている安茂野さんの髪の毛は、まるでゴッホの絵の「 星月夜」の糸杉のように、高く高く揺れながら、星空にむかって伸 びていった。
生贄の家は蘇る
- 作者 : もるもる
- Website :Clockworks
- 文字数 : 2315
この街では毎年夏になると一軒家が燃える。 人々はそれを生贄の家と呼んでいた。 8月になって暑さが本格的に人を蝕むようになったころ、どうに も火元が特定できない火事が起こる。 僕は小高くなった丘の弧を描く道沿いに立って街を眺めていた。 「今年の贄は達也さんとこか」 隣のじじが盆地に広がる街の中の東のはずれを眺めて言う。 じじの見るほうへ目を向けると赤い点のようなものが見え、そこ から濃い灰色の煙が立ち昇っていた。 「湿気の多いわりにはよく燃える」 肌にまとわりつくようないやらしい水分を感じながらじじに答え る。 「神さんの火にはそないなこと関係ないが」 じじの顔を見ると深く刻まれた皺の奥に瞳が小さくなっていた。 どちらかといえばなにかしらの崇高な気持ちになっているようだ。 去年の生贄の家は僕の住んでいる家の隣の家だった。 そこには僕よりも2つ年上の大学生のお姉さんが住んでいて、お 姉さんは形も残らないほどきれいに焼けてしまった。 一昨年は僕の全く知らない家が生贄の家になったけれど、そこの 一家はちょうど旅行に出かけていてみんな助かった。 僕は小さな骨になってしまったお姉さんを眺めて、ほんの少し悲 しい気持ちになったことを覚えている。 東京出身だったらしく、道で会うと綺麗な標準語で挨拶をしてく れた。 全然お姉さんのことを知らなかったけれど、なんとなく好感を持 っていたように思う。 近くで見る生贄の炎は刹那的な快楽に身を任す男女のように官能 的で、普段目にするガスの青白い炎なんかと根本的に違っていて、 僕はその幻想的な光景に不覚にも目を奪われてしまった。 そんな僕の見ている前でお姉さんは小さな骨になってしまったの だ。 「しゅがぁ」 じじが僕の名前を呼んだ。 入れ歯にしてから唇の隙間から息が漏れるようになってしまって、 正確な発声ができないらしい。 僕の本当の名前は「しゅがぁ」ではないが、まあそれでいいやと 思っている。 「なに?」 「贄の家見てきてくれ」 「わかった」 僕は頷いて丘をゆっくりと降り始める。 じじは相変わらず生贄の家のほうを仏壇でも拝むような眼差しで 眺めていた。 僕はふと考える。 去年お姉さんの家が生贄になってしまった後、僕には不思議な力 が宿った。 不思議な力といっても漫画などにでてくるような具体性のある、 例えば指から火がでたり空が飛べたりするような能力ではない。 僕の力はもっと漠然としていて捕らえどころがない。 この力のことを力と認識できるのはひょっとして僕の頭がおかし いからなんじゃないか、と思うこともある。 でも、僕にとってはその力は『走る』『泳ぐ』『ご飯を食べる』 などと並んで一つの生得的な技能のように思えるのだ。 僕が生贄の家に着いたころには、すっかり焼け落ちて炭化した木 材の残骸が残っているだけだった。 辺りは日も暮れかかっていて、何人かの野次馬がおり中には焼け 跡を拝むものもいる。 この地方に古くから伝わる民間伝承の一つなのだ。 問題はそれが伝説の中だけでなく、現実の世界にまで影響を及ぼ すということ。 僕ら若い世代には信仰の仕組みはよくわからないが、それでも生 贄の家が燃えるという現象に敬意を払うものも多い。 両手を合わせて頭を垂れていた買い物帰りの主婦が、僕のほうを 見て驚いた顔をする。 それが波及して僕の周りから人が離れていく。 みんな触れてはいけないものを見るような目で僕を見る。 中には「憑き物筋がでかい顔してるんじゃねえよ」と声高に言う ものもいる。 僕は黙って焼け跡に向かって歩を進める。 まだ空気が熱く揺らいでいる。 そこここに小さな煙が燻り、火山口に立っているようだ。 僕は地面に片膝をついて目を瞑り、頭を下げた。 どうやら死傷者はいないようだ。 僕にはそれがなんとなくわかる。 同時に僕は胸を撫で下ろした。 ここに住んでいる住人とは面識がなかったが、誰かが傷を受ける というのは特に気持ちの良いものでもない。むしろ、それが知らな い人であればあるほど可哀想な気がしてしまう。 僕は暗闇の中を睨んで、小さな光を探した。 瞑った瞼の向こうにぼんやりと光を感じることができる。 それは日の光でもなく、電気の明かりでもない、およそ現実のも のではない光だ。 目を開けているときには見えない。感じることもできない。 だけれども、目を瞑るとそれが確かにあることがわかる。今、こ の場所に。生贄の家の焼け跡に。 白と黄色の中間のような色をしているそれを探し出して、それを しっかりと胸に抱く。 僕は一言「ヒギリミネミネニ」と呟いた。 意味はわからない。なんとなくそう言ったほうがいい気がするの で言うだけだ。 するとその光は僕の中に入り込み、僕の体を通って頭から抜け、 ゆっくりと空に向かって昇って行く。 僕はこうして光が闇に形を与える如く、漠然とした何かに形を与 え、それをどこかにカテゴライズして放り込む力を去年手に入れた。 カルシウムになってしまったお姉さんの隣で。 僕は呆けたように目を開け、立ち上がると誰とも視線をあわせず その場所から立ち去った。 家に戻るとじじが夕飯の仕度をしていた。 焼き魚の匂いがぷんとする。 「美味しそう」と僕が言うと、じじは「どうだった?」と問い返し てきた。 「うん。問題なし」 僕が無表情で答えるとじじが頷いて茶碗にご飯をよそってくれた。 僕はそれから立ち上る湯気を眺めて小さくため息をついた。 どうしてため息って意味もなくでてくるのだろう? その夜は僕の胸の内で生贄の炎が燃えつづけているように、体の 中が暑くて酷く寝苦しかったので、僕はパジャマと下着を全て脱い で裸でベッドに横たわった。 仄かなベッドの冷たさを胸とお腹と脚全体に感じて、僕はようや く眠りにつくことができた。 こうして今年も生贄の季節が過ぎていく。
Entry14残暑、寂しい人たち
- 作者 :MDMA
- Website :
- 文字数 : 1605
会社の研修が終わり、名古屋を発ったその日は蒸し暑い残暑だっ た。僕は東京へ帰ってきた。混雑している駅構内をなるべくしっか りとした足取りを保とうと努力しながら歩き、じっとりした汗に不 快感を感じていた。金曜の夜、何の予定もたててはおらず、携帯電 話の「不在着信履歴」相手に連絡を取り、新橋で飲む事になった。 アジア系の店員が和風の制服をきて働いている店で、互いの労をね ぎらいながらビールに酔いしれていた。その後、外資系通信社の日 本人キャリア女性の集まりへ合流し、安いワインとピッツァを肴に 友人の自慢話に耳を傾け、辟易した気分で途中退席を乞った。 人間の吐息がうづめく街に、僕はスーツのまま座り込んでいた。 まるで子供のように。銀座のホテルのロビー前に。会社を辞める同 僚に電話をしてみると、期待していた通りの不満と、転職後の不安 を吐露してきた。僕は頷く。僕はこの弱い自分と、たまらない劣等 感をうやむやにしたかっただけなのだ。分かっていたから、余計に 寂しさを増していった。 皆と手を振って別れ、東京駅へ戻り、一通の電話を入れ、中央線 へ乗り込む。かなりの酔いのために、僕は眠り込んでしまったよう だ。目がさめると、そこは吉祥寺で、かすかに隣の青年のひざが僕 にあたっていた。横目で見れば彼は、大学生時代の自分だった。長 い髪にピアスをして、古着で身を被い、幸せに恋人を想いながら寝 ていた。僕は少し笑ってもう一度、目を閉じた。目の前で電車の揺 れで、人々の足がもたついた。 駅に着いた僕は大きな旅行鞄を肩にかけてスーツの襟を直した。 10分程歩くと、缶ジュースの自動販売機を見つけたので、ウーロ ン茶とコークを買い込み、路地を右にまがり、彼女の住むアパート メントに辿り着いた。 彼女はシャワーから出たばかりで、「ありがとう」と言いながら ウーロンを飲む。僕はスーツを脱いで古着のポロシャツと着古した コーデュロイに着替えて、「いいですか?」と念を押して煙草に火 をつけた。さっきのパーティーで「NON SMOKINGでお願 いします」なんて言われたからだ。 「前につき合っていた男にストーキングされて、恐い目に合ったこ とがあってね、6万払って別れたの。」 そういって彼女は大きな目を輝かせた。吐き出した煙が天井へ立 ち上った。 「相変わらず男を見る目がないんじゃないの?」 「そうかしら。あなたをこうやって部屋に招き入れている私の立場 と、あなたの立場はどうなるのかしらねえ。」 「そう言えば、そうだよな。でも友人として7年もつき合って、お 互い飽きないんだからお互い見る目あったんじゃないの、今回は。」 「ふーん、勝手な事言うのね。」 僕と彼女は互いの薄ら笑いを見ながら内心微笑んでいた。 「明日仕事のところ、悪いね。シャワー貸してくれないかな?」 僕は心の中の罪悪感に魂を売り渡している、そんな気分で熱い湯 を頭からかぶっている。恋人ではない、ただの女友達。相手にとっ ても同じはずだろう。僕はそう思い込む事で余計な事を考えない様 にしてきた。そうしていれば、悪魔は語りかけてくることはないか らだ。 「おまえのその優しさなんて、欺瞞のなにものでもないだろうよ!」 布団にはいった二人のあいだに、いつものように互いを探る空気 が生まれる。一線をこえる、そのことへのリスクを警戒しているの だ。そもそも、二人にはリスクを共通に認識できていたたのか。互 いに求めている事に、嘘はつけなかっただけで、いままで来ている。 ただ、それだけ。 朝、僕は東京の郊外である此の街を、彼女とふたり歩いていった。 駅から彼女の職場のある吉祥寺まで、彼女を見送り、僕は何もなか ったようにシートへ腰掛け、東京までの道のりを寝過ごした。幸せ とは程遠い、縁遠い、そんな気分で。せめて僕と彼女が報われる、 そんな路があるのなら、教えてもらいたかった。夏はそろそろ終わ りだ。僕は秋になれば27になる。
Entry15天狗
- 作者 :さとう啓介
- Website :
- 文字数 : 3000
タバコの煙の向こう側、見積りをしている谷野さんがいて、少し 呆れ顔の室井が立っている。 「あ〜あ、何やってんす?さっき僕の言ったこと聞いてなかったっ すか?外注にやらせて下さいよ外注に。時間もったいないっすよ」 室井の少し崩れた日本語だ。 近藤は午前の柔らかい陽射しを背にして、溜った書類に目を通し ながらその会話を静に聞いていた。 谷野さんは50才で、前いた会社が倒産してしまい3ヶ月前に9 人のスタッフと共にこの会社にやって来た。室井は入社3年目を迎 え、仕事にも慣れて今が一番楽しい時だった。近藤には別のアシス タントの女の子がいたが、この6月に結婚で会社を辞めてしまい、 7月から谷野さんと室井が近藤の課に配属された。 うす雲で陽射しの弱くなったビルの屋上。 コンビニから買ってきたパンと牛乳を昼食がわりに食べる。眼下 に山手線がゆっくりと流れては止まっていた。近藤はその何でもな い風景が好きだった。わりと涼しげな風が吹くこの場所は、近藤に とって何か懐かしい空気が流れていて、気持ちを落ち着かせるには いい場所だった。 (ちかごろ風が涼しいな)と近藤は感じた。すると突然、背中で湿 り気を帯びた風を感じ、それにまとわり付く様に室井の声がした。 「課長、オッさんにあの仕事は無理っすよ。だいたい今どきブレー ンを使えないで何が出来るんです?失敗しなきゃいいっすけど。尻 拭いは嫌っすよ」 くわえタバコの室井が立っている。 「室井、人にはやり方があるだろ。それに谷野さんも今のままで良 いとは思ってない。この件は俺がお願いしたんだ。お前の口出しす る事じゃないよ」 山手線の内回りが目黒駅のトンネルからすーっと抜け出して来る のが見えた。その景色を見つめたまま背中で応えると、湿り気を帯 びた風がゆっくりと引いていった。 「あいつの言う通りだ」 近藤は短く吐き捨てた。すると不意に懐かしい声が、耳の奥で鮮 明に聞こえた。 ――「近ちゃん、学校から帰ったら滝神社にきてな」―― 近藤は小学校の頃、よく近所の子供達と草野球をやっていた。 キャッチャーは酒屋の中ジン、ショートは鍛冶屋のタカ、サード は黒んぼの良彦、センターが武やんで、ピッチャーが彼だった。 『近ちゃん、今日は俺にピッチャーやらして、いいやろ?』 『武やんはセンターだろ?俺やだよ外野は』 『なあ、頼むけん今日だけやらして。な?』 武やんのしつこさに負け、彼は仕方なくピッチャーを譲った。 その日は、川向こうのリトルリーグの奴等との真剣な試合で、そ んな試合に自分が投げないのはどうか? と思ったが、武やんでも 良いとみんなが言ったので、彼は渋々センターを守った。武やんは 豪速球を投げるが、なかなかストライクが獲れず、フォアボールの ランナーが毎回出ていた。点差が5点、(このままじゃ負けてしま う)彼は3回から武やんにピッチャーを変わるように言った。そこ から彼は最終回まで無失点で押さえきった。打点はしぶといタカの ヒットを皮切に、良彦のホームランなどで逆転し、なんとかユニフ ォームの坊ちゃまチームに勝った。 夕暮れの帰り道、喜ぶみんなと一緒に彼は有頂天だった。 危なかった試合運びの流れを変えた、まさに英雄気取りになって いた。 『武やんがあのまま投げたら、物凄い点差で負けてたかもな!』 彼は空でも飛んでしまいそうなぐらいに浮足立って言った。 彼には武やんのその時の悔しい気持ちが見えていなかった。みん なと別れ、武やんと二人になった彼はまた、つまらない事を口にし た。 『武やんの球はホントに早いんだな、俺びっくりしたよ。でもあの コントロールじゃな〜』 彼としては自然な言葉だったが、武やんの気持ちは深く傷ついた。 それから一週間、武やんは誰とも口をきかなかった。 彼はもう少しで、大事な友達を失うところだったが、ある不思議 な夢がきっかけで、彼は武やんに謝る事ができた。 彼はある夜、はっきりとしたその不思議な夢を見た。 「近ちゃん、学校から帰ったら滝神社にきてな」 武やんが、放課後の薄暗い教室でうつ向いたままそう言うと、長 い廊下を駈けて消えた。 薄暗い木々に囲まれた無数の石段を登った。下段の鳥居をくぐっ た時には気付かなかったが、杉林の中に所々しめ縄が巻かれて白い 短冊が揺れている。ジメジメとした空気が足取りを押さえつける様 な感じだ。石段を登りきると、朱色の大きな木造の神社が見える。 境内をゆっくり進むと、大きな杉の木の間から白い陽射しが差し込 んでいる。狛犬の下に座り込んで、武やんの来るのを待つ。時折ザ ワザワと杉の木が揺れるのだが、風が吹いている様子は無い。 小さな恐怖が頭を持ち上げる、じっと武やんが来ることを信じる。 急に辺りの木漏れ日が消え去り、淀んだ暗い影に包まれると、冷た い風と共に杉の葉が騒めき、辺りに落ちてきた。そして頭上から野 太い声がした。 「お前が天狗だと?」 その声の方を仰ぎ見ると、サーっと白い大きな影が目の前に降り てきた。(天狗だ!)声にならない驚きと恐怖で身体が動かない。 その天狗はゆっくりと廻りながら見つめている。 「お前が天狗という証拠を見せてみろ」 何を言っているのかさっぱり分からず、うつむき気味に天狗をチ ラリと見た。天狗の赤い顔の中央に太く突出した鼻が上下に小さく 動いている。手には柏の大きな葉っぱが妙な金色に輝き、天狗が振 るたびに、黄金色の粉が舞っている。高下駄の先には獣の様に黒く て大きな鋭い爪が、食い込むように下駄を包んでいた。 震えながら小さな声で 「僕……、人間です」 「そうだろうな、でもどうしてそんなに鼻が高いんだ」 言われて自分の鼻を触ると、妙に長く突出している鼻にビックリ し、急に怖くなって泣き出した。泣きながら目の前の天狗を見ると、 大きな葉っぱを仰ぎながらじっと見つめ、厳しい声で言った。 「人間のくせに天狗の様になりおって、何がしたいと言うのだ。そ んなに自分が偉いと思うのか。人間を見下す天狗の世界で生きて行 けるとでも思ったか?人間は人間だ、大人しく互いを支え合って生 きていけ、欲を出してワシ等の仲間になろうとは何と愚かな人間だ。 しかし、どうしてもなりたいと言うのならワシがお前を連れていく が、それでもいいか!」 胸を詰らせ、引きつる涙声でお願いした。 「僕は天狗様になりたくはありません、どうか許してください」 天狗は黙ったまま頷くと、大きな金色の葉っぱを目の前でゆっく りと振った。すると長く伸びていた鼻は見る見る小さくなり、手を 当ててみると元の鼻に戻っていた。天狗をもう一度見ようと思った 瞬間、サーっと飛び上がり、杉の木の白い短冊を揺らしながら薄暗 い木々の闇に消えていった。 彼はその時やっと気付いた。自分が人の気持ちも考えず、いい気 になっていたのだと。 (なにが偉いんだ。人として偉いって、こんな事じゃない)人をさ げすんで見つめる自分を恥じた。 夕方、近藤は室井を飲みに誘った。 明々とした居酒屋のカウンターで、近藤は焼酎を飲みながら 「お前、こうなったらおしまいだ。こうなったらな」 自分の鼻に両拳を当てて、カウンターを向いたまま静に言った。 室井は不思議そうに、首をちょこっとかしげビールを飲み干すと。 「課長、なにやってんです?……アッ、お娘ちゃんビールもう一杯 ね!」 カウンターに落ちた室井の影が一瞬、天狗に見えた。 近藤はしょうがない奴だなと言った感じで宙を見つめ、虚しく微 笑んだ。
Entry16台風の夜
- 作者 :ウナイ
- Website オキナワmigration
- 文字数 : 2897
勢いよく、暴風が雨戸のない窓に次々とぶちあったって来る。時 々、笛の音のように「ピー」という高く細い音と共に、葉っぱやら 小石を叩き付ける。その度に俊敏に窓や玄関を振り返るが、今のと ころそれ以上に何もなく、小さな精神的不安を増幅させていくだけ だった。 さっきラジオで7年ぶりの大型の台風だと 少し不安げな口調で男のアナウンサーが言った。 瞬間最大風速60メートル。 私たちには、それがどれだけの規模であるのかすら見当もつかな い。大きな風の音がするたび、目を丸くして顔を見合わせるだけだ った。 「もう2時間ぐらいたつね。」 「今日はもうこのままかな。」 停電は初めてではなかったが、こんな長時間は始めてだった。キ ャンプ用のランタンと口の広い丸いグラスの中のローソクと懐中電 灯だけが頼りの、貧相な照明だった。 自転車が気になった。自分達の持ち物で、 外に出したままにしているのは自転車と2台の車。車はいいとし て自転車は中に入れておくべきだったと後悔した。今、外に行った ら私はもう今日中に家には帰れないかもしれない。 「一瞬でずぶ濡れだろうね。」 大雨や台風の時、不謹慎だが、家にいるのなら不思議な優越感が ある。雨風をしのげる家にいることが、とても幸せに感じる。そし て、外の荒々しい景色をいつまでも窓越しに見入ってしまう。 停電が始まった頃から、ネコが異様に落ち着きがなくなり、やた らとギャーギャーなきわめいている。 「外にでたいんじゃないの?」 いつもなら散歩に出かける時間だった。 「ちょっと縁側の窓、開けてみようよ。」 私が寝転んだ床から立ち上がり、縁側の窓の方へ歩くと、ネコは 外に出してもらえると思い慌ててついてきた。 窓の外からは、相変わらず強い雨と風が殴り付けて来る。15セ ンチほど開けた所にネコが顔を突っ込み、外を覗き込んだ。 その瞬間に大きな風が吹き込み、それに驚いたネコは後ろ向きに 慌ててジャンプして、そのままどこかに逃げ隠れてしまった。 オキナワに来て、初めての大型の台風だった。オキナワの台風は 本土とは違うとは聞いていたが想像を超えていた。 家が敷地ごと浮き上がり、飛んでしまうのではないかと思うぐら いだった。なぜかこの家には雨戸というものがなく、直接雨風がガ ラス窓に吹きつける。そして家の中のふすまも、なぜかガタガタと 揺れた。家が地面からはがれ始めているのではないかと思った。 豆まきの豆を投げつけられているみたいだった。バラバラバラバ ラと執拗に鬼退治に専念している。 誰が? この風の音を聞いていると、もしかして豆を投げつけているのは、 実は鬼ではないかと思えてきた。太い腕で家を持ち上げようとして いる。昔の写真なんかを見せ合いながら、気を紛らせてる私たちを、 豆の入った密封された箱を振るみたいにして、叫び声を上げさせよ うとしている。 バラバラバラバラ、バラバラバラバラ。 テレビもビデオもパソコンも本も本棚もナベもフライパンもネコ も私たち二人も、暗闇の箱の中で上へ行ったり、下へ行ったり、右 へ行ったり、左へ行ったり。鬼は私たちをまとめて狂気へ陥れよう としているのだ。 ネコがまたさっきみたいに、外に出せと言って鳴き始めた。 「きっとトイレに行きたいんだね。」 とんでもない。今日は無理だ。さっきラジオが、戸が風の勢いで 閉まり、その時扉で指をはさんだ人が重傷を負ったと伝えた。そん な強い風の中、こんなチビネコが出たらたちまち高い空に飛ばされ ていくだろう。 バカだね、さっきの怖さをもう忘れたのかい?ビビッて後ろにジ ャンプしたくせに。 「洗面所のキミのトイレでしなさい。」 彼女はそう言って、ネコを暗闇のネコトイレに連れて行ったが、 10秒もしないうちに彼女がうなだれているソファーに戻った。 「最近外でばっかりやってるから忘れたのかな。」 携帯電話が鳴った。 「結婚式終わって、今帰り道。」 少し声が弾んでいた。式の余韻で楽しそう、だという弾み、では なかった。どちらかといえば、仰天、している、驚き、の弾みだっ た 「車が浮くよ。風がひっくり返そうとしてる。」 「コンビニの駐車場に停まってる。」 「道が冠水したから今日はここで車で寝る 。」 「また明日だね、おやすみ。」 一通り説明を終えると彼は即座に電話を切ってしまった。私はま たオロオロするだけで何も気の利く言葉を出せなかった。 今、外にいる人は、家の中にいる人よりも緊急事態の発生率が高 いのだと思った。自分はまだ安全な家の中にいる身、何を言っても 役立たずの言葉になるだけで後悔するきがした。 「気をつけてね。」 なんて言ったけれど、車が浮くような風に 気をつけようがないのだ。 ネコはまた鳴き始めた。今までと声が違う 。自分のトイレの方に歩いて行った。私たちはソファーと床の上 からその後ろ姿を見送って安心した。 「やっとあきらめたね。」 「きっとトイレでやるよ。」 私たちはそれぞれ、本を読んだり、音楽を聴いたりし始め、すぐ ネコのことは忘れた。 相変わらず停電は停電のままで、暴風雨は暴風雨のままで、「ピ ーピー」という高い細い音は鳴っていた。私は4級船舶の教科書を ながめてためいきをついた。 「車の教習所を思い出すよ。」 「私はもうそんなの勉強するのいやだ。」 雨と風の音を除けば、無機質な、音のないいつもの静かな夜だっ た。小さな照明類の周りに、虫のように集まっている私たちは、電 気の供給の復帰を、途方もなく待っているのだった。2人とも、突 然の非日常にとまどい、落ち着きを少しなくしているのか、用もな く動き回る。 「庭のゴーヤー、大丈夫かな。」 彼女は懐中電灯を片手に、さっきネコが外を覗いた窓越しに庭の ゴーヤーを見てみた。 左から右に吹きつける風に、ゴーヤーの葉と茎は支えの鉄の枠か ら右側に寄り過ぎて飛びそうだった。 「茎が折れてさえなければいいけどね。」 その時彼女は忘れていたネコのことを思い出し 「トイレ終わったかな、見てみよう。」 と言い、歩き出した彼女はトイレにたどりつく前に左にあるキッ チンの流しに目をやり そして叫んだ。 そこにはステンレスの流しを執拗にひっかきながらすっきりとし た顔をした私たちのネコがいた。 外に出られないのも、外に強い風がふいているのも全て私たちの せいだと思い、その腹いせなのだろうか、流しの上に大量の糞を盛 っていた。 「あ〜あ。」 窓を開けられず密封された家の中、おまけに停電中なので換気扇 も回せず、その物体が放つ臭気はものすごいものだった。咳すら誘 発させた。彼女は懐中電灯をそれに向け叫んでいる。 鬼よ、これで充分でしょう?家を振り回すのだけはやめてね。 振り回された以上に家の中はすごいことになってしまった。 お願い、早く過ぎ去ってください。一刻も早く窓を開けたい。 私はひっかくネコと、叫ぶ彼女を見、車の中で眠る彼を思い、祈 った。
Entry17二人羽織り亭主
- 作者 :しょーじ
- Website :
- 文字数 : 3000
本日は世に数少ない『二人羽織り亭主』を夫に持つ、妻たちの本 音を聞かせて欲しいというご要望でしたので、こうして私のような 者がのこのこと出掛けてまいった次第でございます。 一介の主婦に過ぎぬ私が、このような公の場に顔を出す事は、甚 だ畏れ多い事でございますが、たっての希望という事でしたので、 恥をかくのを承知の上で全てをお話ししようと決心いたしたわけで ございます。 二人羽織り(ににんばおり)とは皆様すでにご案内のとおり、二 人の人間が前後に重なって一枚の羽織を着、あたかも一人の人間と して振る舞うという、寄席などで見かける演芸のひとつでございま す。『二人羽織り亭主』とは、それを日常から行い生活している” 二人で一人”の亭主である事は、今更申し上げるまでもございませ ん。 その夫とは結婚して5年になります。顔を表に出している方の、 すなわち『前の夫』は、自分の手の役目をする『後ろ』の顔を、こ れまで一度も見た事がないそうにございます。私などからすれば、 正体もわからぬ者と身体を密着させて共に生活するなどという事は、 到底耐え難い事のように思えるのですが、本人は「もの心ついてか らずっとこうだから」と案外ケロリとしたものなのでございます。 さてその生活ぶりでございますが、これがいたって自然体なので ございます。 食事の時などは、夫はじつに上手にご飯を食べる事ができるので ございます。『後ろの夫』は手探りにもかかわらず、なんなく箸で 食物をつまみ上げ、『前の夫』の口にそれを運びます。『前の夫』 はあんぐりと、ちょうど餌を待つ鳥のヒナのように口を開けていて、 そこに食物が放り込まれますと、待ってましたと咀嚼を始めるので ございます。この一連のスムーズで無駄のない動きは、じつに堂に いったものでありまして、さすがは二人羽織り歴30年の成せる業 だと感心せずにはいられません。新婚の頃などは、私もその見事な 流れ作業に、自分の椀の汁が冷めてしまうのも忘れて見入ってしま ったものでございました。 しかしながら、このような事は毎日の日課となっている手慣れた 所作だから可能なのであって、ちょっと普段と違った事をしようと すると、また事情は違ってくるのでございます。 例えばこんな事がございました。 よく晴れた日曜日の事、私は庭で洗濯物を干しておりました。夫 は休日ということで、朝からなにやら金槌や鋸でトンカンと小気味 よい音をたてております。何をこしらえているのかはわかりません でしたが、私はそんな夫に好感を覚え、その音色を心地よく感じな がら背中で聞いておりました。 ふいに、私を呼ぶ夫の明るい声がいたしました。 「理恵、ちょっとこれ押さえてくれ」 「え?」 「釘打つから押さえててくれ」 「はい」 屈託のない夫の笑顔につられ、私は板に打ち付ける釘を二本の指 でつまみ、垂直に立てる作業を引き受けたのでございます。夫の手 が、もちろん『後ろ』の手でございますよ、その手が金槌を握り、 私の持つ釘のありかを探して、板の上をゆらゆらと前後左右に行き 来しております。 「え〜、もっと左、左」 『前の夫』は『後ろ』にむかって釘の位置を教えるために小声でつ ぶやいております。 その念仏のようなつぶやきを聞き、手元で行き来する金槌を見つ めているうちに、私は、何かとんでもない事を引き受けてしまった ような、そんな気がしてきたのでございました。 「行っくぞう!」 夫は勇ましく金槌を振りかざしました。 あの時ばかりはさすがに手の震えが止まりませんでした。 ご来場の皆様の中には「いやなら、釘を離して手を引っ込めれば 良かったではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。 しかしながら、あの時の夫の、私に対する絶対的な信頼を持った目 を見ては、私にはそれが出来ませんでした。手を引っ込める事は夫 を裏切る事、今まで築きあげてきたふたりの関係を壊す事に他なら ない。そう私には思われたのでございます。 「信頼に答えなくては」一種使命感にも似た切なる思いが、あの恐 怖の中、釘をつまむ私の右手を板の上に釘付けにしていたのでござ います。 その後どうなったか、でございますか? けっきょく私は手をぶ っ叩かれたのでございます。 中指の爪に直撃を受けまして、爪が二つに割れ、中央部がへこん でしまっております。今でも湿気が多い日などはじくじくと痛みま して、その度にあの時の忌まわしい記憶が頭の隅をかすめるのでご ざいます。 あれ以来、夫は日曜大工をすっぱりと辞めました。やさしい所も あるのでございます。 他に不満なことと言えば、そうですね、電車賃や映画館の入場料 など、夫ひとりで二人分の料金を取られるのでございます。 切符売り場で、夫が『二人羽織り亭主』というのは二人で一人な のだと食い下がるのですけれども、どう見ましても、二人の男がひ とつの大きな上着を羽織っているという事実に変わりありません。 売り子の方も、いい加減にしろと言った顔であきれるばかりでござ いました。このような場面に遭遇する度に、私は『二人羽織り亭主』 というのは世間ではまだまだ認められていないのだ、ということを 痛感するのでございます。 その他、住民税や健康保険、年金など全部余計にかかるのでござ います。私共は二人暮しをしているつもりでいても、実際は三人分 の生活費がかかるわけでありまして、正直申して家計は決して楽で はないのでございます。 「そんな面倒な亭主、別れてしまえ」とおっしゃる方もいらっしゃ いましょう。しかしながら、必ずしも不満な事ばかりというわけで もないのでございます。 それは何かと申しますと...。 本来このような事をマイクに向かい、このようにたくさんの著名 な先生方を前にして口にいたします事は、大変にはばかられる事で ございますが、とは申せど、なにぶん夫婦の間の事、夜の生活を抜 きに語るわけにはまいりません。私自身赤面する思いでいっぱいな のですが、『二人羽織り亭主』の実態のすべてを明らかにすること が、私に課せられた責務であると覚悟を決めまして、勇気を奮い起 こし、なるべくオブラートに包んでお話しすることにいたしましょ う。 殿方の、シンボルの事でございます。 勘の鋭い方はもうお察しでございましょう。有体に申しますと、 二人羽織りをして『後ろの夫』が『前の夫』の身体ごしに伸ばして くるのは、両の腕だけではないという事でございます。夜、私は” 二本の夫”によってえも言われぬ法悦を味わうことができるのでご ざいます! ああ、本当にこのような事をこの広い会場いっぱいの皆様の前で、 スポットライトの下、しかもテレビのカメラを前にして語る破廉恥 を、どうぞお許しください。私は、私が、のみならず『二人羽織り 亭主』を夫に持つ妻たちが、なぜ多くの不満を感じつつも夫と長い 間寝食を共に出来るか、というより「離れられないか」その肝腎の 部分をお話ししたかったのでございます! 「なぜ彼等が出没するようになったか」というような、難しい事は 専門の先生方にお任せすることにいたしまして、ただ彼等は少しず つ増加の傾向にあると聞き及んでおります。今後『二人羽織り亭主』 を伴侶に持つ女性もおのずと増えることでありましょう。今日私の お話し申し上げた事が、その方々の何かのご参考にでもなれば、こ の上ない喜びと存じます。ご静聴まことにありがとうございました。
Entry18おっぱいマニアの女
- 作者 :Jamie.E
- Website :
- 文字数 : 2015
私は、女の子のおっぱいが大好きだ。 別にレズとかそういうわけではない。彼氏だってちゃんといる。 ただ、街で歩いているようなキャリアウーマンが、胸をプルプルさ せながらこっちに向かってくると、ちょっとドキドキしてしまう。 その程度だ。誤解しないでほしい。 そんな私は、短大を卒業すると、下北沢にあるかわいい下着屋に 勤め始めた。 毎日毎日、お店にはたくさんのかわいい女の子がやってくる。女 の子達が下着を手にとってキャピキャピ言っているのを近くで眺め ていると、心の底から笑顔がにじみ出てくる。下着屋の店員という 職業は私にとっては天職なのだ。 今日も仕事だ。開店と同時に、女の子達がポツポツとやって来る。 私はいつものように、ブラジャー売場の前でうろうろしている女の 子に声をかけた。 「ブラジャーをお探しですか?」 「ああ、はい」 「サイズは?」 「70のDですけ…」 モミモミモミモミ。 「キャー!なにするのよ!」 「いや、直接揉んだほうがわかりやすいもので。あなたは今70の Dとおっしゃいましたね。でもあなたの胸は、どう考えてもCカッ プです。だいたいねえ、自分でも気づいてるでしょ?あーあ、こん なにパット入れちゃって。見栄をはると胸の形も悪くなり…」 女の子は私の説明を最後まで聞かないうちにそそくさと店から出 て行ってしまった。 閉店後、私は店長にこっぴどく叱られた。 「あのさあ、前々から言いたいとは思っていたんだけどさあ、あん たああいう物の売り方、やめてくんない?」 「ああいう売り方ってなんですか?」 「そりゃあね、あんたが仕事熱心なのははわかるよ。それはいいん だけど、お客の胸をいきなり揉むのはやめてくれよ。そのせいで今 月ブラジャーの売上げがガタ落ちなんだよ」 「そんな!私はただ、きれいな女の子には胸まできれいになってほ しいだけです!それに胸の形は十人十色ですからその人に一番フィ ットした…」 「はいはいはいはい。もういいよ。あんたのその話は100 万回 は聞いてるからね。とにかく、これ以上あんたが客逃がしたら、即 刻クビにするからな!」 「そんなあ…」 その夜、私はなかなか寝つけなかった。 (私は悪いことをしているのだろうか?女の子達のニーズに合わせ るためにわざわざ胸を揉んで、その女の子にぴったりのブラジャー を選んであげることは、そんなに間違っていることなのだろうか… ?) 一晩中悩んだわりには、何の答えも出なかった。私は目の下に作 ってしまったクマをファンデーションで必死に隠して店に出た。 その日もまた、開店と同時に女の子達がポツポツと入ってきた。 女の子達がはしゃぐ様子を見て、私は必死に自分の感情を押さえて いた。 その時、不思議な客がやってきた。女の子ではない。おばさんだ。 そのおばさんは、ブラジャー売場の前に立ちつくしたまま、ぼーっ とした表情をしている。しかも、目の奥が時々異常に光る。私はそ のおばさんが妙に気になった。店長の方を盗み見ると、他の客の接 客をしていた。私はその隙をついておばさんに近づいた。 「お客様、ブラジャーをお探しですか?」 「…」 「お客様?」 「……」 「どうなさいました?お客様」 「ごめんなさい…私、もうブラジャーなんてつけられない体なんで す」 「え!?そんなことはございませんよ。当店は輸入物から一点物ま でを集めた、下着業界でも珍しい…」 「実は私…昔、乳ガンで乳房を両方とも取ったんです」 そう言うとおばさんは自分の胸に手を当てた。確かにそこにある べきものがない。 「だから、私はもうブラジャーなどつけられない体なんです。それ でも、ここみたいなかわいい下着屋さんを見ると、ついつい…」 おばさんは泣き崩れてしまった。私はなにも言えなかった。なに もしてあげられなかった。おばさんはまだ涙を流している。 その時、私の頭の中に名案が浮かんだ。 「お客様、ちょっと胸触ってみてもいいですか?」 「胸…ですか?構いませんけど、本当になにもありませんよ」 「そんなことありませんよ。触らせてください」 モミモミモミモミ。 「お客様。乳ガンだなんて諦めないでください。お客様の胸は、立 派なAカップです。」 「え!?ホントに?」 「本当ですよ。なんならこのピンクの80Aのブラジャーをつけて みてください!きっとフィットするはずです!」 「ホントに?じゃあ試着していいかしら?」 「もちろんです!どうぞ、いかがですか?」 「うわー。ホントぴったり!何年ぶりかしら?ブラジャーするのな んて!」 「本当…よくお似合いですよ」 「まあ、お世辞言っちゃって。なにも出ないわよ。でも、う〜ん、 そうねえ、このブラ1ついただくわ」 「ありがとうございます!」 おばさんは会計を済ませると、私の方を何度も何度も振り向き、 笑顔で手を振りながら店を去っていった。 「さようならー!また来てくださいね!」 私はおばさんが見えなくなるまでずっと手を振り続けた。 なぜか、涙がはらりはらりとこぼれ落ちて止まらなかった。
Entry19アルパカ桃源郷
- 作者 :伊勢 湊
- Website :
- 文字数 : 3000
僕はもう一度アルパカたちに会わなければならない。清掃局次長 の田辺さんによるとアルパカ桃源郷へは霧が出ていれば少し戸惑う こともあるそうだが十時間あれば余裕で往復できる距離だというこ とだった。 アルパカたちとは先のアルパカ大行進で知り合った。アルパカ大 行進とは十年に一度、いつもはアルパカ桃源郷から出ることのない アルパカたちが、山を下り夜中に町を練り歩くという儀式で、市側 としては市民の安眠を妨害するものをほっとくわけにもいかないの で、毎回どういう基準か分からない選考方法で選ばれた市役所職員 がそれを阻止する業務に当たる。前回その役目を果たしたのが僕だ った。成り行きでアルパカたちの代表と殴り合いになって最後に僕 は気を失った。なのになぜかアルパカたちは行進を中止した。何頭 かは僕を家まで送ってくれもしたようだった。なぜかは分からない。 ちょうど八年前の話だ。 その八年のあいだに僕には二人の子供ができた。両方男の子で元 気に育っている。下の子は二歳で割とおとなしい。僕と妻、両方に 似たのだろう。上の子は小学三年生で誰に似たのか活発なやんちゃ 坊主で夏休みの終わりのある金曜日、いきなり家出した。「たびに でます。しんぱいしないでください」と心配せずにはいられない汚 い字で書かれた短い書き置きがあった。僕はすぐに捜索願いを出し た。 翌日の土曜になっても警察から見つかったという連絡はなかった。 僕はただおろおろする妻に「大丈夫だから、ケンジの面倒を見てて」 と言って自転車で町のあらゆるところを捜しまわった。妻は「何で 大丈夫だって分かるのよ」と半泣きの顔で言っていた。小さい頃か ら箱入り娘で育ってきた妻には免疫がない。心に防壁がない分、壊 れやすい。涙を浮かべる妻の側で下のケンジはおもちゃで楽しそう に遊んでいた。 卑怯なようだけど家出したシンジを見つけられぬまま帰って妻の 落ち込む顔が見たくなくて遅くまで走り回った。隣町にも行った。 何度も携帯電話が鳴ったが警察からのものはなく全てが妻からだっ た。やがて陽は完全に沈み、もう走れないと思ったとき携帯がまた 鳴った。妻からではなかった。市の清掃局次長の田辺さんからだっ た。 「大丈夫かい?大変だね、今回」 「すいません心配かけちゃって」 「実はシンジ君らしき子供を見たというのがいるんだよ」 「本当ですか?どこですか、いったい?見たのは誰ですか?」 矢継早に質問を浴びせる僕に田辺さんは「おちついて」と言って 続けた。 「見たというのははぐれアルパカなんだ、町外れの峠の。アルパカ 桃源郷の近くを小さな子供が歩いてたけど、霧が出てて見失ってし まったって」 僕は田辺さんの家に寄り非公開のアルパカ桃源郷の載った地図を 借りた。「いっしょにいこう」という田辺さんの好意を丁寧に断っ て家に戻ると、懐中電灯と、少し考えてからライターを手にとった。 シンジを連れていない僕を見て泣き崩れた妻に僕は声をかけなかっ た。かけれなかった。いま僕がすべきことは一刻も早くシンジを探 し出すことだ。代わりに言葉のよく分からないケンジに「母さんの ことを頼む」と言い残して峠に向かった。 本当は捜索は警察に任せて妻の側に居てやるべきなのかもしれな い。泣き崩れる妻の側に居てやれない僕は憶病者なのかもしれない。 それでも僕は妻のことを誰よりもよく知っているつもりだ。夜中は 動いてくれない警察に任せるより、夜のうちにシンジを探し出して 目を覚ました妻にたぶん疲れて眠っている息子の顔を見せてやりた かった。 霧は出ていなかったが道は想像以上に険しいものだった。夜の山 道は不気味で自分が遭難しちゃうんじゃないかという恐怖に襲われ た。でも今は田辺さんから借りた地図を信用するしかない。それに なにかしら因縁めいた確信もあった。シンジはアルパカ桃源郷にい る。僕は新月の闇の中、頼り無い懐中電灯の明りだけを頼りに獣道 を進んだ。やがて獣道の先がすっと開けた。地図ではこの先がアル パカ桃源郷ということになっている。僕は一度懐中電灯を消し、買 ってきたタバコの真新しいセロファンを破り一本くわえると持って きたライターで八年間吸っていなかったタバコに迷わず火を着けた。 深く吸い込んで、全てを飲み込みそうな闇の中に煙りを吐いた。や がて闇の向こうに見覚えのある眼光がいくつも現われた。 「こういう時間に何の用だか知らんが、この先に人間を入れるわけ にはいかん」 闇の中から歩みだして来たのは額に傷がある年老いた大きなアル パカだった。闇に目が慣れて星明かりの下でもうっすらとだけどそ の顔を見ることができた。その顔には見覚えがあった。忘れようが ない。八年前のあの日、僕の人生の中で唯一といっていい殴り合い をした相手だ。 「夜中に来たのはすみません。ただどうやら息子がこの先に迷い込 んでしまったようで」 「おまえは、あの時の…」 暗くて見えなかったのか、それとも年老いて視力が落ちたのかア ルパカは声を聞いてから僕が分かったようだった。 「ええ、また会うことになりましたね」 「おまえは、我々が町に入るのは止めたくせに自分はづかづかこの 桃源郷に入り込むつもりか?」 「すいません。でもそうするしかないんです」 次の瞬間、アルパカの体当たりがもろに入って、僕は吹っ飛ばさ れた。体中に衝撃が走り意識が飛びそうになる。それでも僕は倒れ なかった。倒れられなかった。ここで倒れたらもう言い訳は出来な い。僕は本当の憶病者だ。 「妻が待ってるんだ。息子を…」 有無を言わせず二撃目が入った。やっぱり勝てそうにはない。そ れでも倒れられない。八年前とは違う。違わないといけない。 「シンジはどこだっ!」 叫んだ。鳥が一斉に飛び立った。目がかすむ。闇の中の目が少し づつ減っていく。目を閉じちゃいけないのに。またアルパカの影が 近付いて来た。 体当たりはしてこなかった。側に来たのはあの老アルパカではな くまだ幼い小さめのアルパカだった。背中に眠ったシンジを乗せて いた。老アルパカが言った。 「勇敢な子じゃ。この山を抜けて海を見たかったらしい。じゃが崖 で足を滑らせて桃源郷に落ちて来た。手当てはしてある。たいした 怪我じゃなかったが、わしらを見て驚くかもしれんから薬で眠らせ てある。明日の昼には目覚めるじゃろう」 「ありがとうございます」 「あんたにようにておる」 「僕はこの子のように冒険はできません」 「いや、無茶するところはそっくりじゃよ」 「ぼくは、ただ…」 そのとき、八年前どうして自分がこのアルパカと殴り合いまでし て大行進を止めようとしたのか分かった気がした。ずっと今まで分 からなかった。いまそれは確かにしっかりと僕の中にある。 「さてさて、わしらはもう眠うてたまらん。昼行性じゃからな。自 分で降りれるか?」 「大丈夫です」 僕はそういってシンジを背中にかるった。そして振り返ったとき には、もうそこには誰もいなかった。 家に辿り着いたときにはもう陽は明け始めていた。ケンジは自分 のベッドで寝ていたが、妻はリビングでテーブルに突っ伏したまま 寝ていた。シンジをベッドに寝かそうとも思ったけどやっぱりやめ て、L字のソファーの短いほうにシンジを寝かせ、長いほうに自分 が寝そべった。数時間後に妻の驚きと喜びの泣き声で目を覚ますだ ろう。ひどく疲れててゆっくり眠りたくもあったけど、まあ、それ も悪くないか、と思って僕はそのまま目を閉じた。
Entry20ひらがなかおす
- 作者 :太郎丸
- Website :太郎丸の落書き
- 文字数 : 3000
どろっとしたその世界は、色々なものが混ぜ合わさり、混沌とし ていた。 僕は仮名の【た行】です。いつ生まれたのかは解りませんし、親 というものも知りません。自分を【た行】だと意識したのが始めて の記憶でした。 親はいませんが、仲間は沢山います。同じような【行】もいれば、 ちょっと大きな【段】もいます。まだ子供で【行】にも【段】にも なっていない者もいます。彼らは本当に小さいので、これから色々 な人と関わりあって、【行】になったり【段】になったりするので しょう。僕もこれからどんな風に成長するのかは、解りません。 僕は【た行】ですから、「とち」を持っていますので、色々な人 が遊びに来たり通り過ぎていったりします。僕はそういう人たちと 交流することで色々な経験を積んでいます。なんの為の経験なのか、 どうしてそういう気持ちになるのかは解りませんが、僕は交流する ということが、楽しくて仕方がありません。 この間などは、【か行】【さ行】【ま行】という3人が珍しく一 度に来て、僕らは一緒に「たくましく」なりました。 でも本当に変わった人達もいて、【濁音】【半濁音】なんていう 人達なんかの場合には、僕はあんまり係わらない方が良いのだろう とさえ思いました。【濁音】の場合には、だぢづでど〜と身体中が 痺れて、中々元に戻れませんでしたし、【半濁音】の場合には、ど うしても触れることさえ出来ませんでした。勿論彼らが、他の人と 寄り添わなければ成長出来ないのだろうというのは解ります。でも どうしても彼らを敬遠してしまうのというのは、僕だけじゃないよ うです。 ある日の事でした。珍しい事ですが、まだ子供の【ゆ】が僕のと ころへやってきました。まだ子供ですから、自分の事をよく理解し ていませんので、僕は暫く家に住まわせてやる事にしました。なん だかこの娘を見ていると、可愛くて抱きしめてやりたくなってしま います。彼女がこれからどういう風に大きくなっていくのか見てみ たい。いや、僕が大きくなるまで育ててあげたい。そう思いました。 丸みをおびた身体には、何処か芯がピンと通っているようですし、 僕の気のせいかも知れませんが、ゆたゆたと心細げな彼女がいとお しくなってしまったのでした。 僕が【ゆ】を彼女とよんだのは、もちろん便宜上の事です。自我 が目覚めるまでは性別はありません。ただ単に僕の希望だったので す。 【ゆ】は、僕が面倒を見てもよいという答えたので、それから僕 達は一緒に暮らし始めました。 僕は昼に少し仕事をしますので出かけてしまいますから、【ゆ】 はどうしても独りで遊ぶという事になってしまいます。たまに人が 通り過ぎますから、遊んで貰ったりはするようですが、やはり寂し いのでしょう。 「【た行】さんってば、私と一緒に暮らすと云っておきながら、出 かけてしまうなんて、冷たいわ」 【ゆ】はそういっては、大粒の涙をボロボロと流しますので、そ ういう姿を見ると、どうしても自分が面倒を見るといった手前、申 し訳無く思ってしまいます。 「御免よ。御免よ。そんなつもりは全然無かったんだ」 そういっては、彼女のゴキゲンをとるようになっていました。 一緒に暮らし始めてはじめての夏に、僕達は海へ行きました。始 めて見る【ゆ】の水着姿が眩しくて、僕は顔を上げることも出来ま せん。そんな僕をみて【ゆ】はいいました。 「【た行】さんってば、そんなに見たら恥ずかしいじゃないの」 そういいながらも彼女は、僕に日焼け止めのクリームを塗らせま した。なんだか【ゆ】は大人の僕を、少しからかっているようでも ありました。 【ゆ】の身体はもう子供とはいえなくなっていました。キメが細 かくて張りがあり、「ゆき」のような白さでした。ひょっとしたら、 通りすがりの【き】と遊んだせいかも知れません。 家に帰ると赤く火照った肌の【ゆ】が少し身体が痛いということ で、僕は彼女を水風呂へ入れて、赤くなった体をやさしく洗ってや りました。【ゆ】の身体は思った通りやわらかで、すらっと伸びた 足と少し大きくなってきた胸や腰に水着の後が付いて、まるでまだ 水着を着ているようでした。 それから暑い日が続いたその夏は、毎日水風呂に入っては、【ゆ 】の身体を洗ってやりました。そんなある日とうとう僕達は、【ち ゅ】な関係になってしまいました。【ゆ】は特に小さな【ゅ】にな って、僕は【ち】ばかりになって、いつもくっついておりました。 それから何日か経って仕事から戻ると、【ゆ】が若い男達と3人 で話をしていました。僕に気付いた【ゆ】は「お帰り」といってそ の男達と一緒に僕を迎えました。【ゆ】は彼らを【ら行】と【い段 】だと紹介し、飲み会が始まりました。 【ゆ】は随分大きくはなりましたが、あまり飲めない方なのです が、今日はなんだかピッチが早く、「酔っ払っちゃたよ」などと云 って着ている服を緩め、とうとう胸の谷間が見えてしまいました。 【ゆ】は「今日は泊まっていけばいい」などといった所へ、雷がな ったと思ったら、大雨になってしまい。彼らも始めは遠慮していま したが、「それじゃ雨も酷いようなんで…」といって、泊まること になりました。 どうせならという事で4人雑魚寝になりましたが、僕はなんだか 急に眠くなってしまい、起きていなければ何故か大変なことになっ てしまうという思いがありましたが、とうとう解らなくなってしま いました。 明け方に目が醒めた僕の脇では、【ゆ】が【ま行】や【い段】と 一緒になって、捻れあって、みゅむ、にゅる、ちゅる、などとなっ ていました。僕はというと声もたてられず、腕を動かす事も出来ず に、彼らの様子を見つめるばかりです。とうとう彼女達は、じゅる じゅるとか、むにゅ、むちゅとかになってきました。僕でさえした ことがない体位で、3人がひとつになっていました。 後で判った事ですが、【ま行】が【ゆ】を「もみもみ」すると、 僕が「ゆめ」の中に入ってしまって出られなくなったようです。 僕は【ゆ】を叱りました。せっかく僕達二人だけの暮らしなのに、 他からやってきた者に【ゆ】は身体をゆるしてしまったのです。考 えてみれば仕方のない、本能みたいなものなのかも知れませんが、 僕はゆるせませんでした。 「もうお前なんか知らない。出て行け」 そういうと【ゆ】は何も云わずに出ていってしまいました。 それからというもの、僕は【ゆ】がいない生活がどんなに味気な いものか痛切に感じました。【ゆ】に戻ってきて欲しいと願うよう になりました。【ゆ】との甘い生活。二人一緒の陶酔感。忘れよう とすればするほど、自分の我が侭な罪悪感が強くなりました。 「ただいま」 【ゆ】の声が聞こえたと思って玄関を覗くと、あっけらかんとし た態度で【ゆ】が立っていました。いや【ゆ】だと思ったのですが、 成長して【や行】になった【ゆ】でした。 「御免よ。もう何があっても放さないから一緒に暮らそう」 僕がそういうと、彼女はにっこりと笑って答えました。 「これからはもう何をやってもいい? 怒ったりしない?」 「もうもうそんな事は絶対しない。誰と交流してもいいから、また 僕と一緒に暮らそう」 それからの僕達はというと、色々な人達と交流する事になりまし た。【や行】は相変らず交流では、【にちゃ】とか【むみょ】なん て半分程捻れてくっついたりしていましたが、僕と二人だけの時は 【ちゅっ】なんて事になっています。
Entry21地主とホステス
- 作者 鮭二
- Website papyrus
- 文字数 : 3000
中央線も吉祥寺を過ぎて高架がゆるやかに地面に降りてくるあた りにさしかかると、風景はひどくのんびりしてくる。 その辺りに住まうのは都心へ通う勤め人やら学生やらがほとんどで、 そののどかさが彼らの心を労わることもあれば苛立たせることもあ った。 踏み切りから線路伝いに駅へ向かう途中には商店の連なりがあり、 いちおうの賑わいを見せているものの、肝心の駅前は農家風の大屋 敷に占拠されていて窮屈な印象を与えている。野球場が二面は取れ ようかという広大な敷地には高い塀が巡らされ、それが必要以上の 圧迫感を醸し出しているのかもしれない。 人々を威嚇するように立地している大屋敷の、駅とは反対側の道 路に面した一角に、いかにも素人が拵えたという造りの小屋が立っ ていて泥つきの野菜が並べられている。「今朝畑で採れた野菜です。 どれでも百円」と極太のマジックで記されたダンボールの切れ端と アルミ缶が野菜の脇に並んでいる。 屋敷から出てきた老人が平台の足に縛り付けていた針金を丁寧に ペンチで解いてアルミ缶の中から小銭を取り出すと、それを数えな がら薄笑いを浮かべた。最近になってアルミ缶の脇に置かれたダン ボールの切れ端には「このごろお金を入れないで野菜を持って行く 不届き者がいる。見つけ次第警察に通報」とあり、由紀夫にはその 文字を書き連ねている老人の表情がありありと目に浮ぶのだった。 その場所からは、それを生業とする意気込みも、地域への奉仕と いった博愛精神も感じられない。強いて言うならば、「自分のとこ ろで食べる分だけ作ってるんだけど、余っちゃったからさ。でもタ ダってのは癪に障るから、百円くらい貰って置こうか」という怠惰 な金銭欲みたいなものが伝わってきて、それは由紀夫が通りすがり に垣間見た老人の薄笑いと結びついているのだった。 「世の中に、それほど悪い人っていないはずよ」 ミカちゃんの口癖。えげつない現実というものを嫌というほど見 せつけ、見せつけられ、それを満員電車の中で圧縮した勤め人たち が、そんな言葉に他愛もなく転がされている様は母親に甘える幼な 子のようだった。ミカちゃん、水割りおかわり。ミカちゃん、煙草 切らしちゃった。ミカちゃん、領収書の金額2万7千円にしておい て。甘える男たちに彼女があたえる返事は、しかし「はいはい」で も「はいはーい」でもなく、短く「はい」。素早く立ち上がってぱ たぱたと用事を済ませる聖母の横顔は、曖昧な間接照明の中にあっ ても端正に映えていた。 珍しく定時で仕事を切り上げた由紀夫はホームに降り立った瞬間、 足元が浮き立つような居心地の悪さを覚えた。改札口から駅前広場 へとつながる階段をそうする必要もないのに早足で駆け降りながら 予想外の早さで帰宅した亭主を迎える妻の戸惑いを入念に思い浮か べ、それをパチンコ屋のぎらついた自動扉をくぐる理由と定めた。 銀玉を弾くのは実に久しぶりのことで、予めカードを購入してか ら台の脇にあるスリットに挿入して玉が受け口に満たされるという ことを店員に教えてもらわなければならないほどだった。それでも、 正確な意味のビギナーズラックではなかったにせよ、あっけなく何 度か大当たりを的中させて店員が厳かに足元に運ぶ3つの大箱を満 たした。他の台を見ると大箱を10あまりも積み上げてなお遊戯を 続行させている客も珍しくなく、最近のパチンコでは3つの大箱で は勝ったうちに入らないのかもしれないと思いながらも交換所で1 万2千円を受け取ると、由紀夫はホームに降り立って以来の居心地 悪さをいっそ開き直って受け入れることにした。 7時を過ぎたばかりの店内はやはり予想通りがらんとしていて、 カウンター席の一角に腰を引っ掛けてビールを注文すると照れ笑い を禿げ上がった額に張りつかせたようなマスターがにゅっと顔を突 き出して注文を復唱した。はじめて入った店なのに居心地の悪さを 感じないのはやはりポケットに忍ばせた1万2千円の力だろうか。 3枚の紙幣を指の腹で確かめながら煙草を取り出すと、濃いブルー のワンピースを着た若い女が店のどこに潜んでいたのか音もなく近 付いてきてライターの火を差し出した。由紀夫の頭にホステス、と いう言葉が過ぎり、その古臭い語感に呆れながらもパチンコ屋以上 にごぶさたしているこのような場所にいるそのような女性をどう称 したらよいのか、受け入れることにしたはずの居心地悪さが不意に 立ち昇ってきて苦笑を浮かべると、 「ミカです。よろしくおねがいします」 あっけらかんとした発声でミカちゃんは由紀夫の戸惑いを根こそ ぎ刈り取った。 「まんまとタカハシの罠にはまったってわけですね、お客さん」 由紀夫が飲んでいたビールがバーボンへと変わる頃、ボックス席 はさまざまな圧縮から解放された勤め人たちで満たされた。他に「 ホステス」はいないらしく、ミカちゃんは三つのボックス席を機敏 に動き回り、しかし忙しないといった印象からはほど遠く、かとい って媚びを売るという風もなく、こういう子が部下に一人いたら会 社に行く楽しみができるんだがと中年男に思わせるような気の利か せ方で水割りを作ったり料理を運んだり話し相手になったりしてい た。 「タカハシって?」 あまりカウンターに寄れなくて申し訳ないという意味なのだろう か時折投げかけられるミカちゃんの視線を笑顔で受け止めつつ、由 紀夫はマスター相手にとりとめもなく言葉を交わしていた。薄く水 で割ったバーボンを勧めるとマスターは顔をくしゃくしゃにして笑 い、由紀夫は酒場に似合わぬ素人風の立ち居に好感を抱いた。勧め られるままにグラスを重ね顔を赤くして笑うマスターはただの酔客 と見紛うほどで、つまみを皿に盛る手つきは怪しくなり、よくよく 聞き出してみると店で働き始めてまだ半年、その前はどこかの会社 で経理係をやっていたとのことだった。 「ほら、駅前に大屋敷があるでしょ。あれがタカハシさん」 上機嫌に酔うマスターを呆れたように睨み付けながらミカちゃん がカウンターに回り、滞っていたつまみを皿に盛ってワンピースの 裾を軽やかに翻した。マスターはもう立っているのも億劫なのか棚 の少し張り出した部分に腰を引っかけ据わった目でグラスを舐めて いる。ミカちゃんは由紀夫の耳元で「ちょっと待っててね」と子供 に留守番を言いつける口調で囁くとボックス席のざわめきの中へ戻 っていった。 つまりパチンコ屋もスナックもこの辺一帯の大地主であるところ のタカハシさんの所有物であり、由紀夫はうまいことタカハシさん に金を使わされていたということになるらしい。止めどもなく饒舌 になったマスターの挿話をさらに付け加えるならば、このスナック はタカハシグループの利益調整弁のような役割を担っていて、適当 に赤字を出してグループ全体の節税対策を講じるのが元経理マンた る彼の仕事の眼目なのだった。 ボックス席を一段落させたミカちゃんがそっと由紀夫の隣りに腰 を下ろした。その横顔には微かな疲れの翳りが見える。マスターは 棚に背をもたれかけたまま鼾をかいている。 「それほど悪い人じゃないんだけど」 ミカちゃんは翳りを隠そうともせずそう呟いて煙草に火をつけた。 由紀夫はその立ち昇る煙を見ながら彼女もまたタカハシの所有物な のだろうかと考えた。 妻の待つハイブリッジマンションがやはりタカハシの所有物であ ることに由紀夫はまだ気付いていなかった。
Entry22おいしい数字
- 作者 綾重寄之介
- Website :Lucky Hole
- 文字数 : 3000
古本屋で「おいしいお店」というガイドブックを見つけた。5年 前の発行だが、ちょうど近所の店が沢山載っているし、まあ5年経 っても営業している店だったら味も間違いないだろうと思って買っ た。 読んでみたら紹介されている店に番号が書き込まれている。前の 持ち主が実際に行って評価を書き込んだんだろう。 ただ数字が書かれてあるだけで、数が大きい方がいい店なのか小 さい方がいいのかは分からなかったが、とりあえず「3」とかかれ てある店に行ってみる事にした。家から近かったし、蕎麦屋なので 失敗してもそんなにがっかりすることはないだろう。 住所をたよりにその店まで行ってみると、蕎麦屋ではなくてカレ ー屋に変わっていた。 そのカレー屋を覗いていたら店員と目が合ってしまった。そのま ま帰るのも気が引けるので店に入ってみる。 ポークカレーを頼んで、ついでにここにあったはずの蕎麦屋のこ とを聞いてみた。 「そのお蕎麦屋さんなら2年前に閉店しましたよ。その後にこの場 所を借りたんです」 なんだ、潰れていたのか。評価「3」っていうのはどういう味な のか分からないままになった。 次の週、評価「5」という店に行ってみることにした。これはラ ーメン屋である。また潰れていて無駄足にならない様、店に電話し て確認してみた。電話に出た声は、本に出ている通りの店の名前を 告げた。まだあるんだな。 早速行ってみた。 店の前に出ている黒板には「ながらくのご愛顧感謝」と書かれて ある。 「いやあ、今月いっぱいで店を閉めるんですよ」 俺が表の黒板について聞いてみたら、店長が笑顔で答えた。ちょ っと悲しそうな微笑みである。 ラーメンの味はなかなかのものだ。店を閉めるのはもったいない なあ。 「いやあ、どうもここ1年くらいはお客さんも減ってきましてねえ。 なかなかたちいかなくて……」 なるほど。どうやらガイドブックに書き込まれてある数字は、数 が多い方がいいということらしい。 家の近くで評価が「5」以上の店は他になかった。その代わりに 「4」の寿司屋があったので、今日の晩飯はそこにしようと電話を いれた。 呼び出し音の後に出た声は、店の名前ではなく個人の苗字を告げ た。店の名前を言って確かめてみたら、 「すみません。寿司屋は去年、閉めちゃったんですよ」 申し訳なさそうにさみしそうな声が返ってきた。 そこで、ガイドブックに書かれてある数字の意味に気がついた。 書き込まれている数字は、ガイドブックが発行されてから見て、 何年後に店が閉店するかという数字なのではないか。 評価「3」だった蕎麦屋は2年前、つまりガイドブックが出され た年からみて3年後に閉店している。次の評価「5」のラーメン屋 は5年後、つまり今年に閉店する。評価「4」だった寿司屋は去年、 5年前からみて4年後に閉店しているのだ。 気味が悪くなった。 このガイドブックの以前の持ち主は、店が潰れる時期を予想して いたのだろうか。少なくとも3軒はズバリ当てている。 いや、ただの偶然かもしれない。飲食店なんて結構閉店するもの なんだろう。味のいい店が比較的長く営業するのは当たり前だし、 美味くない店が早々に潰れるのも当然だ。数字の小さい店は、やっ ぱり不味かったから潰れたんじゃないのか。 俺はガイドブックに書き込まれた数字をそれぞれ確認してみた。 紹介されているすべての店に数字が書き込まれているわけではない が、半分近くに数字が書き込まれている。低い数字は当然「1」で、 大きい数字になると今まで気がつかなかったが「18」というもの もあった。 まさか味の評価を20段階でやったわけでもあるまい。 従業員数か? 「12」と書かれてある洋食屋の記事には夫婦二 人で切り盛りしていると書かれてある。 店主の子供の年齢か? そんなもん書いてどうする。 シェフが一日に行くトイレの回数? 18は行き過ぎだろう。 女将さんの初体験の年齢? 1歳じゃあ早すぎる。 やはり、考えれば考えるほど閉店までの年数に思えてくる。 それだとしたら、「4」以下の店はすべて閉店しているはずであ る。これは電話をかけてみればすぐにわかるだろう。俺は片っ端か ら「4」以下の店に電話をかけてみた。予想通りガイドブックに出 ている店に繋がるものはひとつもなかった。 「5」の店にもかけてみた。半分くらいの確率で紹介されている店 には繋がらない。残りも来年には繋がらなくなるのか。 「6」の店にもかけてみたら、これはすべて繋がった。10軒ほど かけた全てが営業している。 これで俺は確信した。 しかし、このガイドブックはつい先日古本屋で買ってきたものだ。 ガイドブックが5年前の発行であることは間違いないにしても、 元の持ち主が5年前に書き込んで、その当時に古本屋へ売ったかど うかはわからない。前の持ち主が既に潰れている店を知っていて、 最近になって悪戯心で書き込んだのかもしれない。「5」だと半分 潰れていて「6」だと潰れている店が一軒もないというのだって、 調べて書き込めば出来ることだ。 それを検証するには、このまま1年間待ってみればいい。来年に なって「5」の店はすべて潰れて、「6」の店が潰れ始めていれば、 この数字がただの悪戯なのかどうかが判明するはずだ。 それから一年後、仕事が終わってちょっとした買い物を終えて帰 ろうとした時、古本屋があることに気がついた。それで例の「おい しいお店」ガイドブックのことを思い出した。 この一年間、たまに思い出すことがあってもやっぱり偶然かなと 思ったりしながら、あまり関心を寄せなかった。仕事も忙しかった し、時間が経つとなんだかどうでもいいやと思うようにもなってき ていたのだ。 古本屋に入って古ぼけた本を眺めていると、一冊の雑誌に目がと まった。 個人投資家向けに業績の良い企業や株の売り買いを教えるという ものだ。うちの会社も以前にこの雑誌に載ったと話題になっていた。 ちょうど、うちの会社が出ている号らしい。そのページを見つけ た時、腰が抜けそうに驚いた。 会社名の下に手書きで「2」と書いてある。 この雑誌が発行されたのは一年半前である。ということは、うち の会社は今年中に倒産するのか? 他の会社の紹介記事を見てみたら、やはりそれぞれに番号が書き 込まれている。「1」と記入されたある会社は、半年くらい前に突 然の倒産で話題になったところだ。 なんてことだ。いや、まさかな。会社が危ないなんて全然聞いて ないしな。 ともかくその雑誌を買って急いで家に帰り、去年本棚にしまった ままだった「おいしいお店」を取り出し、書かれた数字と見比べて みたら、確かにそっくりな字だ。 「おいしいお店」に書かれた「5」の店に電話しないではいられな かった。去年のうちに潰れている店には印が入っているので、電話 するべき店はさほど多くない。 電話が終わった時には、「5」の店で潰れた印の入っていない店 はなくなっていた。「6」の店にも電話してみたが、やはり半分近 くの店が潰れていた。 会社が潰れるのはしょうがない。次の職を探せばいい。 しかし、もっと不安になることがある。 どの予想を見ても、12年以降まで続いている店も会社もないの である。 それ以上の予測は出来なかったというだけならいいんだが、百年 以上続いた会社も有名な飲食店も、12年後に潰れると記されてい るのは……
Entry23穏やかな侵略
- 作者 羽那沖権八
- Website :小説屋やまもと
- 文字数 : 3000
星のない夜、森林に響いていた飛虫の羽音がふいに聞こえなくな った。 闇が浮き出したように、四人の武装した人影が現れる。 先頭の隊長は、屈強そうな隊員の中で頭一つ背が低い。森林迷彩 の軍用アーマー越しに僅かにうかがえる体型から、女性である事が 分かる。 彼らは森の先に見える明かりに向け、音も立てずに走る。程なく 森が切れ、村が現れた。 隊長は、その中でひときわ大きな建物を指す。 入口は二人の番兵が固め、両脇に油を使ったかがり火が焚かれて いる。そして、屋根の上にはこの惑星特有の獣の頭蓋骨が置かれて いる。何より特徴的なのは、壁一面に書かれた呪術的な文様だった。 隊長が樹上に控えていた狙撃手にハンドサインを出すのと同時に、 番兵はものも言わずに倒れた。 次の瞬間。 タタタタタ! 建物の背後に廻った陽動部隊の銃声が響き渡る。同時に、隊長た ち四名は、正面から突入した。 皮張りの廊下を走る最中、何人かの槍で武装した敵兵が現れたが、 隊長の小銃の一斉射で全て沈黙した。 そして一番奥に分厚い骨の扉があった。隊員がショットガンで蝶 番を壊すや、隊長が扉を蹴破った。 が、広い部屋の中には、誰もいなかった。 「上だ!」 部下たちがベッドを踏み台に、隊長は天井に飛び付く。 屋根に上がると、丁度真正面におぼつかない足取りで走る男の姿 が目に入った。 「止まれ!」 タン! 軽い銃声が、村に響き渡った。 隊長はうつ伏せに倒れた男に駆け寄って、まだ煙の立つ小銃を突 き付けた。 「抵抗するな」 男が振り向く。 その幼さは残るが限りなく優雅で整った顔に、隊長は一瞬だけ引 き金から指を離しそうになった。 ふと男が心配そうな顔で、すっと隊長の頬に手を伸ばす。 (え?) 彼女の頬に出来ていた切り傷に、彼の柔らかな指先がそっと触れ た。 「――う、動くな!」 第三太陽系、二番惑星「アトス」、衛星軌道上。 「第十三中隊第一小隊ただいま帰還しました」 隊長は敬礼する。 「ご苦労、柘植しのぶ準尉」 宇宙空母フロンティアの艦長が返礼した。 「アトスの独裁者である呪術師『空帝』をよく招待してくれた」 (ものは言い様だな) 皮肉っぽく柘植は笑う。 (地球に連行した指導者を脳改造、傀儡とし住人を意のままに操る。 確かに血は流れない、穏やかな――侵略だ) 「任務を遂行したまでです」 称賛は嬉しい筈。なのに、胸の奥に小さな棘が刺さった様な居心 地の悪さがあった。 「ふふ、頼もしいな――引き続き空帝の地球への護衛任務を命ずる。 大事な客人だ、丁重に扱ってくれ」 「はっ」 柘植隊長と部下たちは、一斉に敬礼をした。 地球行きの補給船が、空母から発進した。 「おうおう、アトスがどんどん小さくなる」 部下の金京星が何だか嬉しそうに窓の外を眺める。 「はしゃぐな。みっともない」 シートに深く腰をかけながら、柘植は隣りに座る空帝を横目で見 る。手錠をはめ、翻訳用ヘッドギアを着けていてなお、彼の姿は優 雅で、穏やかだった。 (こんな人間がいるのだな――いや、宇宙人か。地球型惑星の常と して、混血可能――わ、私は何を考えている) 柘植は軽く頭を振って思考を中断したが、視線は自然と空帝に向 く。 空帝は両手で印の様なものを結び、何やら呟いていた。 「何をしている?」 「死者への祈りを」 穏やかに彼は笑った。その憂いと慈悲に溢れた笑みは、いかなる 聖人にも真似できぬ程気高く美しく、それでいて優しい。 「……沢山、殺したからな」 「死者に彼我の差はありません」 空帝はそっと柘植の頬に手を触れた。 「怪我は、大丈夫でしたか?」 「あ……ああ、塞がった」 (いかん、捕虜との会話は禁止だった) 慌てて柘植は口をつぐみ、立ち上がった。 「金! 替われ!」 「どこへ?」 「聞くな馬鹿者!」 (何なんだあいつは) 柘植は洗面台の蛇口から水を出し、顔を洗う。 (あれが支配者の気品とでも言うのか?) 水がやけに冷たい。 (恨みもせず我々を気遣う。何なのだ) 目を開けていてさえ、空帝の顔が浮かぶ。 (しっかりしろ、私!) 柘植は頬の傷をぐっと押さえる。 「ぐ……」 だが、痛みと同時に浮かぶのは、彼女に手を差し延べた空帝。 そして彼女が流した血で汚れた、優美な彼の指先。 (私の、血に、まみれた――) もう一度顔を洗い、鏡を見た。 「……醜い」 思わず柘植はうつむく。 涙が溢れ出て、止まらなかった。 地球標準時間午前三時。地球到着間近。 「わぁ」 空帝は声を上げる。周囲が透過性セラミックで出来た銃座は、こ の船で最も見晴らしのいい場所だった。 「あれが見えるか?」 「――あの綺麗な青い星ですか?」 空帝は当たり前のように言った。 「綺麗な……ものか」 奥歯を噛みしめ、柘植は吐き捨てた。 「アトスの侵略を企む奴らが巣くう惑星の、どこが」 「でも、惑星はとても綺麗です」 気負いも媚びも皮肉もなく、あくまで自然に空帝は言った。 「人間は、軍は別だろう」 柘植の口から言葉が溢れる。言わずにはいられない。 「尖兵の私はどうだ。醜かろう、恐ろしかろう、憎かろう!?」 空帝はそっと柘植の頬に触れた。 「貴方は花ではなく刃かも知れない」 触れられた頬が熱い。そこで熱せられた血が全身を沸騰させる。 「でも、あの青い星を守るが故の刃はやはり美しいです。その刃に 誇りを感たとして、恐れや憎しみを抱く事がありましょうか」 長い沈黙の後、柘植はじっと彼を見つめた。 「――逃げよう」 「えっ?」 「私とでは、駄目だろうか?」 「しかしそれでは貴方が――」 「刃は斬らずに錆びるより、斬って折れる事を望むものだ」 連絡船内の廊下を、柘植と空帝は走る。 (妙だ) 走りながら、柘植は周囲を伺う。 (手薄過ぎる) 銃座からここまで、見張りにも隊員にも出くわさない。いくら夜 中とは言っても、手薄過ぎる。 (私の部下はもっと有能の筈だ) 突き当たりの通路を右に曲がった場所に、シャトル格納庫の扉が ある。 が。 曲がり角の手前で、柘植は空帝を止めた。 そして、廊下に設置されている消火器を手に取る。消火装置が破 損した時のための、古典的な粉末消火器。 (せーの) ガン、ゴン、ゴン! タタタタタタタタ! 消火器が格納庫の前に転がって行ったのと同時に、銃声が響き渡 った。撃ち抜かれた消火器から、消火剤の白い煙が溢れ出す。 同時に柘植は空帝の手を引き、煙に突っ込んだ。銃声が響く視界 ゼロの中で、彼女は格納庫の扉を開け放った。 軽い風が起き、煙が吹き飛ぶ。 しかしその時にはすでに、柘植と空帝は着陸用シャトルを発進さ せていた。 「――大丈夫ですか」 柘植の腕は銃弾でえぐられ、血が滴り落ちていた。 「かすり傷だ。ただ――」 「はい?」 「撫でていてくれないか。少し痛みが和らぐんだ」 飛虫が飛び交う夕暮れ、森と同化したビル街に明かりが灯る。 「――ねえそれから? それから?」 子供は話の続きを祖父にせがむ。 「神様は、子供を何人も生んだ。でも、その子供たちは男も女もみ んな男神様と同じ美しさと優しさを持っていたそうだよ」 「ふーん。それで?」 「人間たちは女神様同様、誰もがその男神様の子供たちに惹かれ、 結婚したがった。孫も、その孫もずぅっとね」 「じゃあ僕も男神様と一緒なのかなぁ?」 「さあ、どうだろうね」 祖父と子供は、同じ穏やかな顔で笑った。 ――日の落ちた草むらには、飛虫の羽音以外、いかなる虫の声も 聞こえては来なかった。
Entry24残光
- 作者 有馬次郎
- Website :
- 文字数 : 3000
開け放ったばかりの窓の向うに、総ガラス張りのビルが見えてい る。 淡いグリーンが薄いブルーに溶け込んで、ガラス細工のシルエッ トが巨大なアークを連想させる。 目を凝らすと煌めくように虹が映っていた。赤、橙、黄、緑、青、 紫、。おや、七色の筈なのにと、どうしても最後の色が思い出せな い。今日は、厭味な隊長も盆休みで此所には居ない。少しぐらいゆ っくりしてもいいだろう。灰皿も不要だ。私が掃除すれば済むこと だから。煙草の煙の行方に、ぼんやりと藍色のイメージが浮かび上 がり、何だそうかと独り言した。死んだ父の好きだった大島紬の着 流しの色だ。 正直のところ、父の記憶は薄れ霞んで、覚えてる想い出すらも昔 年の彼方だ。出っぷりとした腹帯と項のくせ毛と汗の匂いくらいし か残っていない筈なのに、記憶を整合する欠片はもう見当たらない。 昔から父は酒を飲むか、それ以外は本を読むかだけの男で、一緒 に遊んだ記憶はあまりない。自分自身を振り返ると、その父と同じ 様な生き方をして自分の息子とも接してきた。私は、自分勝手で家 庭を振り返らなかった父を避け、無視することでご破算にしてきた のだが、長男もその血を素直に引き継いでいるだけのことだ。私の その様な仕打に父は寡黙を通した。私が息子に今さら何を求めると いうのか。父の気持ちは私自身で受けとめて墓まで持って行ければ それで良い。 この場で、虹の藍色が父と巡り会わせてくれた。これも何かの縁 だと思いながら、睡眠不足の目を擦ってみた。 昨夜は熱帯夜で、とても寝苦しくてまた同じ夢を見た。 四畳半程の和室か納戸の様に見える、ひっそりとして無機質な部 屋が在る。銀色に鈍く光輝く何万枚という安全剃刀の刃が埃臭い板 張りに、1センチ間隔でびっしりと天井に向けられ、ドミノ倒しの 要領で隙間なく固定されている。その並びは緻密で、もちろん足の 踏み場などあろう筈もない。 長男が小学2年の時、貯め続けていたブタの貯金箱から、私は硬 貨ばかりで千円にも満たない金を酒代にと盗んでしまった。その時 の長男の悲壮な深い悲しみの目は、父への取留めのない絶望感に満 ちていた。 私は、その剃刀の部屋の真中の空間に正座した形で両膝、両腕を 今にも切れそうな荒縄でがんじがらめにされて吊されている。一つ だけ開いている襖の向うに、赤色のゴブリンがひっそりと鎮座し、 涙目のあの時の長男のごとく、唇を噛んで私を見据えている。ひん やりとして、静かで陰欝な空気が澱んで、舌を噛み切りたくもなる。 「舌を噛み切る度胸のある男が、あの様な盗みをするものか!」赤 色のゴブリンの沈んだ声がすみずみまで響き渡る。その瞬間、荒縄 が千切れ解け、私は全体重を架けて精一杯墜ちて行こうと歯を食い しばる。長男の躯をしっかり抱き締めてもう離さないぞと呻きなが ら、スローモーションで本気で墜ちていく。 その長男が私の元を離れて二十年の歳月が過ぎた。その間、長男 が家に寄り付くことはなかった。 救急車のサイレンの音で我に返った。 ビルの20階から順番に階段を掃きながら降りてくるのが私の仕 事だ。エレベーターを使わないので、誰にも会わなくてす済む。定 年後、6年間も同じ仕事を繰り返してきた。最古参の役立たずの私 には、事務机を拭いたり、電動カーペットクリーナーを動かしたり、 塵箱をひっくり返す役はまず回ってこない。ビル清掃会社の正社員 である三十歳の隊長が、ここでは王様なのだ。 あと三階分降りれば1階に着く。4階の窓を見ると、手垢のシル エットが陽光に映えて煩わしくもあるが、一瞬、長男の幼少の頃の 悪戯を思い出させた。ただ、今となっては窓など拭く気にもならな い。すでに疲れきっている。長男はすでに死んだと、二十年前から ずっと思い通してきたのだから。 こうやって、順番に階段をを掃きながら、各階の窓からほんの数 分間だけ下界を見下ろす様にして眺めるのが私の唯一の楽しみとな っている。死んだ父が私の年齢の時は、何を楽しみに生きていたの だろうか。長男が私を無視し続けるように私も父を無視し続けた。 私もあと十年で死んだ父の年齢になる。長男はやはりその時も、私 を無視しているのであろうか。私の楽しみなどに思いを巡らす事も なく。 今日も、もう少しだ。もう少しで終るのだ。まだ死ねないぞ。私 は深呼吸を何度も繰り返した。 「シーッ、ハッ、シーッ、ハッ」 気分も落ち着いたので3階の窓から外を見てみると、真向かいの ビルの2階にある喫茶店がいつもの様に目に入った。目を凝らすと、 窓越しに四十代くらいのサラリーマン風の男が、文庫本を左手に、 ハンカチを右手にせわしない動作を繰り返している。コーヒーを飲 むわけでも、煙草を吸うわけでもなく、汗をしきりに拭いている。 時折、空を仰ぐ様にしたかと思うと、肩を落す。表情まではよく掴 めないが、7〜8人の客のなかではとても寛いでいるようには見え ない。2階のロッカー室から双眼鏡を持ってきて、スモークガラス 越しに覗いて見た。二十年音信不通の長男にも良く似ている。長男 なのかもしれないと思いたかった。ハッとして、胸の奥がしんと冷 えはじめた。よく見ると、彼は本など読んではいない。読書をカモ フラージュに泣いているのだ。こちらを見据えて、滴り落ちそうに なる涙を溢すまいと空を仰ぎ、汗を拭くふりをして、そっと拭って いる。あ、また本をめくり、汗を拭き、空を仰いだ。 男というものは、時として訳もなく泣く事がある。心の底のその また底に訳は沈んで隠れて見つけられない。想えば、自分もこの男 の年齢の時があった。恐らく泣いた事もあったはずだ。そう思った 瞬間にこの男が長男と完全に重なった。そして父を無視し続けた自 分と重なった。もしかすると、この男は会えない自分の父のことを 想い出しているのではないか。私が会えない息子のことを窓を覗く たびに思いだすように。独りよがりの気休めでも許されるなら何故 かそう信じてみたかった。 「もう少し泣きなさい。そこで、その席で。だれも見ていないから」 私はつぶやいた。 「何も心配しなくていいよ。もう充分だ」どこからか、聞き慣れた 声が聞こえたような気がした。 双眼鏡を持つ手が震えだすと同時に、その男は席を立った。私は 独り取り残された気分になった。深い懺悔にも似た心境に、私は今 にも押しつぶされそうになった。 頭の中心から感情が腹の中へ急激に降りてきて、どうすることも できなくなった。深い嗚咽が堰を切って私の両肩を震わせ続けた。 私の視野は、水中めがねの様に濡れそぼり、夕暮れの踊り場にたた ずんだまま、上階へも下階へも行けそうになかった。 叶うものなら、沈み込む様に独りになりたかった。私はただ、深 く眠り込む様に蹲って泣きたかった。 誰にもこの姿を見られたくなかった。それも死んだ父以外には。 素直にそう思えた時、私はやっと父に受け入れられた気がしたのだ。 微かに藍の着流しのナフタリンとポマードの香りが蘇ってきた。そ して私は先程の男を会えなかった長男なのだと信じることで、息子 自身の可愛い愛しい魂を受け入れることが出来る様な気がした。 「大人になったなぁ。あまりに立派すぎて君の前に顔を出す事も叶 わない。」 「カシャ!ガシャン」弾けるように、音が応えた。非常階段扉の施 錠の音だろう。 長くて短い人生のなかで、遠くから霞むように響いてくる乾いた 音だった。
Entry25鷲鼻の奇術師
- 作者 越冬こあら
- Website :連絡先
- 文字数 : 3000
マコトは小学生の女の子。都市近郊の静かで平和な街に住んでい る。タカラ物はビー玉が箱一杯。 夏の初めの夕暮れ、駅の向こうにある薬局までお使いに行く途中、 マコトはその鷲鼻男とすれ違った。大柄な男は、大げさな黒マント を纏って、古風なトランクをぶら下げていた。すれ違いざまに男の マントが風にはためき、音を立てて揺れた。マコトはその音と男の 風体に言い難い不気味さを感じた。大きな口が薄ら笑いを浮かべ、 鋭い目付きと鷲鼻が作る横顔は、お伽話の悪魔のようだった。 次にマコトがこの鷲鼻の悪魔に出会ったのは、二日後のことだっ た。マコトの通う小学校の南門からふたつ目の角、ちょうど学校の 窓からは死角になっている辺りに生徒が集まっていた。マコトが背 伸びをして、他の生徒の頭越しに覗くと、真中に鷲鼻の悪魔がいた。 「さあ、坊ちゃん、嬢ちゃん、ちょいと見ていて下さいな。不思議 な事があるもんだ。こちらのボールはこちらに移り、ここのコイン はこう消える。小さな花も大きくなって、大きな箱は小さく変わる。 消したり出したり、大きくしたり、小さくしたり、奇術の世界のお 楽しみ、お楽しみ」悪魔はそんな口上に合わせて、赤や黄色のシル クのハンカチを振りかざしたり、引き上げたりして、子供たちに奇 術を見せていた。集まった子供たちは我を忘れて、鷲鼻の悪魔の指 先を見つめていた。 つまり、鷲鼻の悪魔の正体は、そんな奇術の合間、合間に子供向 けの奇術の道具を売りつける旅の興行師であった。それまでにも、 通学路に風船細工や怪しげな文具を売る興行師が店を広げていた事 はあった。そして、生徒が飽きて寄りつかなくなったり、親や学校 から抗議を受けたりすると、それらの興行師はは、いつの間にかど こかに消えていった。 「さあ、どうだいこの不思議。君もやってみたいと思わないかい。 大丈夫。難しい練習はいらないよ。ここに並んだ『不思議な奇術セ ット』を買えば、誰でもすぐにマジシャンになれる。ボールもコイ ンもトランプも思いのままに操れるよ。今日のところは、お小遣い の持ち合わせも少ないだろうから、今度うちから持っといで。大丈 夫、明日も明後日も『不思議な奇術セット』はここで売ってるよ」 いつの間にかマコトは前に進み出て、最前列でそんな悪魔の口上を 聞いていた。悪魔の奇術は辺りが暗くなるまで続いた。 「お母さん」マコトは母と夕食の食器を片付けていた。家には母と 二人きりだった。マコトの父は一昨年母と離婚した。「今日、学校 の帰りにね、奇術師のおじさんがいて」皿を拭いていた母は突然咳 き込んだ。母は最近、激しく咳き込む回数が増えた。この間マコト が買ってきた薬も余り効かなかったようだ。母の咳が収まるのを待 ってマコトは続けた「みんなで奇術を見たんだよ」母は昼間、パー トで働いていた。「とっても不思議な奇術でね……」食器を片付け 終わってもマコトは話し続けた。マコトは昼間の感動をなんとか言 葉にしたかったが、母は「そりゃあ良かったわね」と短く答えただ けだった。「だから、私もね……」母はまた咳き込んでしまった。 タイミングが悪すぎた。しかし、いつ話を切り出したとしても、母 はマコトの過去の無駄遣いを責めて、それで終わるに違いなかった。 なぜ母がパートを休んで病院に行くことを嫌がっているか、マコト はマコトなりに理解していた。だから、マコトは『不思議な奇術セ ット』を諦めることにした。 毎日、授業が終わるのを待ちかねて、マコトは鷲鼻の奇術師の妙 技を眺めた。いつも二列目に立って指先を見つめていた。他の生徒 は、特に男子を中心に『不思議な奇術セット』を競って買い求めた。 何も買わないのに最前列に並ぶのは気がひけた。 しばらく学校は、奇術ブームに沸き返った。男子のほとんどが『 不思議な奇術セット』を持っていたし、中にはそれを教室に持ち込 んで休み時間に練習したり、仕掛けを得意気にばらしたりする生徒 もいた。熱狂は生徒たちの向学心に影響を与え、親や先生は当然、 いい顔をしなかった。奇術の道具を学校に持ち込むことは禁止され、 許可の無い路上販売の摘発を警察に陳情する動きも出てきた。そう しているうちに、生徒たちの奇術熱も、少しずつ冷めていった。結 局マコトは、『不思議な奇術セット』も購入しなかったし、仕掛け もわからないままだったが、相変わらず二列目に並んでいた。マコ トを惹きつけるものは、奇術の道具でもその仕掛けでもなかったか ら。 夏休みまで一週間を切った日、今日もマコトは帰りの掃除もそこ そこに鷲鼻の奇術師を見に行った。この頃では、見物する生徒の数 も随分と少なくなって、輪は一重にしかならなかった。仕方なく、 マコトは最前列で奇術を見ていた。「さあ、坊ちゃん、嬢ちゃん、 ちょいと見ていて下さいな。不思議な事があるもんだ……」 「あれあれ、とうとうお客さんもひとりっきりになってしまった」 鷲鼻の奇術師は手を止めてつぶやいた。気がつくとマコトの周りに いた数名の生徒は皆、帰ってしまっていた。「お譲ちゃんは随分、 奇術が気に入ったようだね。毎日見に来てくれるものね」「うちに 帰ってもつまらないから……」「そうかい。じゃあもう少し妙技を 披露することにしようかな」鷲鼻の奇術師が次の奇術に取りかかろ うとするのを見ていられなくなって、マコトは帰ろうと踵を返した。 「お譲ちゃん、まあ、ちょっとお待ちなよ。今日のはちょっと凄い から」マコトは仕方なく立ち止まった。「でも……」「奇術セット が買えないからって別に気にすることは無い。奇術にはお客さんが 必要なんだ。それもお譲ちゃんみたいに不思議な世界が大好きなお 客さんが。だって本当の奇術はお譲ちゃんの心の中にあるんだから ね。仕掛けなんて必要ない。不思議を楽しむ心があれば、本当の奇 術が楽しめるんだよ。いいかい」見る間に鷲鼻の奇術師は白煙に包 まれた……と思ったすぐ後に白煙が消え、不思議な事が起きていた。 「お父さん」「マコト元気かい」「え、でもなんで」「いいから、 いいから」鷲鼻の奇術師はマコトの父に変わっていた。顔だけじゃ ない。鷲鼻の奇術師の大きな体も小柄な父になっていた。マコトは お父さんと見たことのない公園へ行って、日が暮れるまで一緒に遊 んだ。ジャングルジムや滑り台でひとしきり遊んだ後、マコトがブ ランコから思いっきりジャンプすると、白煙に包まれた。気がつく と鷲鼻の奇術師の前に立っていた。「お譲ちゃん、おわかりかな」 鷲鼻の奇術師はそう言うと、赤いシルクのハンカチをくれた。 夕食が終わるとマコトは部屋の隅でタカラ物のビー玉を箱からひ とつ取り出して、鷲鼻の奇術師に貰った赤いシルクのハンカチを被 せて目を閉じた。ビー玉は可愛いらしいハムスターになって、マコ トの手の中で丸まっていた。次に取り出したビー玉は綺麗な指輪に 早変わりした。ひとつづつビー玉を取り出しては、素敵な物に変え てみた。部屋中がタカラの山になった。最後に取り出したビー玉を 母のための咳止めの特効薬に変えて、マコトは自分の奇術に大いに 満足した。 その夜遅く、黒マントを纏って、古風なトランクをぶら下げた鷲 鼻の奇術師は静かで平和な街を後にして、次の街へと渡って行った。 途中あんまり暑いので、マントを脱いで、鷲鼻のマスクも取ってし まった。「消したり出したり、大きくしたり、小さくしたり、変わ ったり、奇術の世界のお楽しみ……」
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。 ◆作品の著作権は各作者に帰属します。掲載記事に関する編集編纂はQBOOKSのQ書房が優先します。 ◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。