Entry1
おいしくない女
Jamie.E
「お待たせいたしました。カマンベールチーズでございます。」
パク。
「お待たせいたしました。タラコのスパゲティでございます。」
チュルル。
「お待たせいたしました。デザートのブランマンジェでございます。ご注文は以上でおそろいですか?」
「あの、お会計お願いします。」
「え!?まだどれにもほとんど手をつけていないじゃないですか。」
「いいえ、お会計してください。だって、この店の料理まずいんだもん。」
「・・・・・。」
怪訝そうにあたしの顔を見つめるウェイターを尻目に、あたしはレストランを出た。
あたしはルミ。若干20才。職業は大学生兼拒食症寸前のモデル。友達には「スタイルいいね」ってほめられるけど、ちっともうれしくない。だって、あたしチビのころから食べる幸せを感じたことがないんだもん。
「ただいま。」
「・・・・・。」
家に帰っても誰も返事してくれない。別に一人暮らしってわけじゃないけど、父親は外に女作って出ていっちゃったし母親はアル中だし、弟は現在浪人中&引きこもり中。あたしはフッとため息を漏らしながらいつものように夜食用に買ってきたカップラーメンをすする。
(ああ、やっぱりまずい・・・)
翌日は雑誌のグラビア撮影の日だった。あたしは大学の講義をサボり、お昼ご飯もそこそこに道玄坂のスタジオへと急いだ。
スタジオに着くと、あたしはバッグから携帯を出し、メールの確認をした。1通目は3ヵ月ほど前にメールで知り合ったお調子者のヨースケからのものだった。
[おっす!オラヨースケ!モデルの仕事はかどってるかーい?大学はサボっちゃだめよ!バイビー!]
(おっす!オラヨースケってお前は悟空かっ!)
あたしはヨースケのメールを無視し、2件目のメールを見た。それは最近あってくれない私の彼氏からだった。
[ルミへ。新しい女ができた。お前はもう用済みだ。別れてくれ。]
そのメールを見た途端、あたしは腰が抜けてしまった。その後あたしがどうなったのか全くわからなかった。
気がつくと、あたしは実家のせんべい布団で眠っていた。おなかも空いていた。しかし、あたしのためにゴハンを作ってくれる人など、この家にはいない。あたしは冷蔵庫にラップしてあるご飯とネギと卵で簡単なチャーハンを作り、一人わびしくそれを貪っていた。
と、そこへ携帯にメールが届いた音がした。あたしは手を止め、メールの確認をした。
[ルミちゃんへ。もうそろそろおいらと一緒にデートしてくれるかなー?と思ってメールしました。出過ぎた真似してごめんなさい。]
「ヨースケ・・・」
今のあたしにとってヨースケは心の支えだった。ここ数ヶ月間、あたしを支えてくれていたのは他でもない、ヨースケだった。そのことにどうして今まで気づかなかったのだろう。あたしは泣きながら夢中でメールを打った。
[ヨースケ。食べ物がおいしいところにあたしを連れてって。じゃないとあたし、壊れちゃうよ。]
一分後、返事が来た。
[それじゃあ伊勢エビがおいしいところヘ行こう。明日の朝8時、東京駅のロビーにいる。服装は赤いフリースにジーンズ。じゃあまたね。]
(伊勢エビ?しかも明日の朝8時に東京駅で待ち合わせってどういうこと?)
あたしはヨースケのメールを消去しようとしたが、なぜか消去ボタンを押せないでいた。そしてそのまま夜が明けてしまった。
午前7時50分。あたしは眠い目をこすりながら東京駅に着いた。好奇心と一抹の不安を抱えながら。ロビーに着くと、赤いフリースの男が確かに立っていた。ドブネズミ色のスーツの集団の中で男の真っ赤なフリースはひときわ目立っていた。あたしは導かれるように赤いフリースの男に歩み寄った。
「・・・あの、ヨースケくんですか?」
「ルミちゃん?」
「は、はあ・・・」
「何か、最近まともにご飯食べてないって言ってたけど、本当?」
「う、うん・・・」
「よし!じゃあ行こう!!」
「へっ?」
男は寡黙に、しかしとてもうれしそうな顔であたしの腕を引っ張ってゆく。
「ヨースケってさあ、家どこ?」
「下北沢。」
「下北沢!?じゃあ新宿とかで待ち合わせすれば良かったのに。」
「いいの、ここで。」
「東京駅の近くにおいしいお店なんてあったっけ?」
「誰も“店”とは言ってないでしょ?」
「えっ!・・・あ、ここ新幹線のホームじゃない!ちょっと!どこ行くつもりよーっ!」
「いいからいいから。」
ヨースケは、嫌がるあたしの服をこれでもかというくらいに引っ張り、新幹線の中に無理やり押し込んだ。
新幹線に乗り、電車を乗り次ぎ、何時間経っただろう?気がつくと、あたし達2人はいつの間にやらどこかの海岸に着いていた。太陽がジリジリとあたし達を照らす。
「はー、懐かしいなー。」
「で?どこなの、ここは?」
「三重。」
「三重~!?」
「そうだよ。俺のふるさとさ。」
「ふるさとって…大体どこに店があるって言うのよーっ!」
「だからあ、誰も“店”とは言ってないでしょ?」
「?」
「いや~ほんと懐かしいな。ガキのころはよくここで伊勢エビ取り大会とかやってたよな~。今でもできるかな?」
「伊勢エビ大会って…あんたまさか!?」
ドッパ~ン!!
「キャー!!」
ヨースケは服のまま海に飛び込んでいった。あたしは気が動転してその場に座り込むしかなかった。
それから何分経っただろう。ヨースケが得意気な表情で戻ってきた。夕日に濡れた赤いフリースが眩しく映った。そして、ヨースケの手には、ヨースケのフリースの色と同じくらい赤い伊勢エビが握られていた。
「どーだー!すごいだろ!」
「う、うん、すごいね…」
「これはうまいぞー!さあ、さっそく食うか!」
「え?食べるって…」
「ここの海岸で焚き火をして、その火でエビをあぶるのさ!」
「…どうして、そこまでしてくれるの?」
「ルミちゃんが“おいしいもの食べたい”って言うから、それを実行しただけだよ。」
「ありがとう…ほんとに、ありがとう…」
「あ~あ、泣かないでよ。」
その後、あたし達は焚き火を囲み、まだピクピクしている伊勢エビをあぶって2人で食べた。
「どう?味は。」
「おいしいっ!」
「うふふふふ。」
「なによ?」
「その言葉が聞きたかったんだよ。“おいしい”って。」
「でも、伊勢エビだけじゃ何か物足りないな~。」
「よっし、それじゃあいまから伊勢神宮にでも行ってカキでももいで来るか!」
「賛成~!!」