Entry1
すしのまきもの
小笠原寿夫
こんにちは。私は、「精神分裂病(別名:統合失調症)」にかかる、25歳です。2005年こそは気合いの入った良い年になりますように。心からそう願い、書き始めた日記をここにまとめます。若干一ヶ月分でありますし、多少、抜けている箇所もございます。厄介な病故、文章に多少の乱れもございます。ですが、今後、このような病気が減るよう、また、社会の皆様方が、この病をご理解頂けるよう、何かの参考にしていただければ幸いです。それでは、病と闘う一ヶ月の記録をどうぞ。
1月1日(土曜日) 昨日から佐藤とカウントダウンに行き、初詣に行った。朝、7時に帰り、仮眠をとり再び磯野と初詣に行く。(佐藤とは西宮戎、磯野とは生田神社に行く。)
1月2日(日曜日) 賀来。今、酔っている。(親友と飲みに行った。)それはそれで楽しいひと時だった。帰りに吉名市民という将棋指し、くやしい歩われた。楽しい一面終わりは思った。飲んでも飲まれるな。今、酔っている。
1月3日(月曜日) 今日は丸一日寝ていた。昨日の疲れもあってか、ぐっすり眠れた。明日の新年会にも備えられたと思う。しかし、仕事をする為には、もう少し生活リズムを整えなくては。
1月4日(火曜日) 林くん、村田さんらと新年会に行く。周りはつまらなそうにしていたが、自分はそれなりに満足だった。しかし、店の雰囲気が雰囲気だけに少し肩が凝った。
年賀状を2通書く。
1月5日(水曜日) すいせいに行った後、派遣会社に連絡して断られた。その足で職安に行き、何とか明日10:00面接までこぎつけた。
せめて親が胸を張って歩ける生き方をするよう頑張ろう。
1月6日(木曜日) 朝8時に目が覚める。10時にセールスタッフに面接に行った。周りの社員の方々は、皆スーツ姿で、自分だけ場違いに思え、恥ずかしかった。次からはどんな面接にもスーツで臨もう。
1月7日(金曜日) 地味な一日だった。朝すいせいに行く途中のバスの中で昨日の面接の結果が電話で通知された。残念な結果だった。
明日から三連休だ。奈良の東大寺へでも遠出しようか。
1月8日(土曜日) 奈良の東大寺に行ってきた。一人で行ったことのない土地に行くのは緊張するが、帰ってきた時に達成感があり、新しい事にチャレンジしようという、冒険心も生まれる。
1月9日(日曜日) 一日中家でゴロゴロしていた。何かやらないとという焦燥感にかられる。
1月10日(月曜日) 成人の日ということもあり、三宮には晴着姿の若者が目立った。自分は村田さんと田渕さんの3人で喫茶店、カラオケに向かう。当初は映画館の予定であったが、まずまずの心残りである。
1月11日(火曜日) 政夫にDVDケースを買ってあげる。誕生日には3日早いが、政夫の喜ぶ顔が見られて幸いだ。明日はソフトウェア開発の会社の面接だ。スーツ姿でビシッと決めて、見晴えだけでも良くして臨む。
1月12日(水曜日) 面接に行ってきた。年配の男性かと予想していたら女性だった。中々、手厳しかった。
今日は家族がいるのでうっとうしい。
明日、履歴書を書こう。
1月13日(木曜日) 一日中、図書館にいた。履歴書を書いた後、三宮に行き、明日の面接(兼、説明会)会場を探し、再び大倉山の図書館へ。量子化学の読本を読み、イッセー尾形のベストコレクション(DVD)を見る。少し緊張した。
1月14日(金曜日) 遂にやった。NTTマーケティングアクトの面接に合格した。当面は配送のようだが、新しい仕事に就けてありがたい。「勝ってかぶとの尾を締めよ」ではないが、会社を満足させる仕事をしようと思う。ついでに政夫、誕生日おめでとう。
1月15日(土曜日) もうすぐ阪神淡路大震災から丸10年になる。南海地震が予想される中、また、スマトラ沖の津波が起きた中、自分に募金ぐらいしかすることが出来ないものかと頭を悩ます。
「ターミナル」という映画を一人で見る。
1月17日(月曜日) 7時20分に起きる。すいせいに行き、30秒の黙祷をささげる。
松岡神経内科クリニックで他人の目が気になると言うと、毎食後の薬に変えてもらった。
タクシーで帰宅する。運賃730円。
1月18日(火曜日) 安福公紀、尾崎信也、両氏と共に三宮に赴く。大層な激励を受けた。ショックで体が震える。耳や目から入ってくる情報より皮膚つまり神経がうまく働いている証明。
proof)名前と顔を一致させることに成功した寿
1月19日(水曜日) 嫌な情報が次々と入ってくる。はっきり言ってうんざりだ。寝ても覚めても頭の中が混乱する。何かが変わる最中なのかも知れない。
両親は多分、今ごろ三宮からの帰りだろう。
弟、政夫は元気だろうか?
1月21日(金曜日) 一人で歩いていると、妙に淋しくなってくる。会話は必要だ。
1月25日(火曜日) ハーモニーに行き、伊藤さんに「入院」のことを相談すると、「そうした方が良い」という返事が返ってきた。車(ハーモニーの)で伊藤さんに須磨区役所の美藤さんの所まで送ってもらう。かなり混乱した様子だと言われた。
1月27日(木曜日) 目が覚めて、松紳のビデオを見た。そうこうしている内に、母が帰ってきて、気まずい雰囲気になる。
免許証の再交付の為、住民票をもらいに区役所を訪れる。
1月28日(金曜日) 母が美藤相談員に話をしに行った。心配しなくても入院は長引きそうにない。
免許証の再交付がうまくいく。
病はちょっとしたことで治るらしい。
1月29日(土曜日) 2:00に目が覚める。テレビを見ながら横になる。病院に薬をもらいに行き、後は携帯で「アタマの体操」をする。
1月30日(日曜日) しあわせの村に徒歩で向かった。道順を間違えたのか、行きしなの風景は様変わりしていた。しあわせの村で団子を食べる。帰りは市バスに揺られて帰ってきた。
1月31日(月曜日) 朝、起きて、「アタマの体操」をするも、なかなかうまくいかない。父親に言われてすいせいに向かう。昼の会では、シール貼りをする。昼の会に参加してやや疲れる。
作者からのメッセージ:やもすると、すぐに治る病気なのかも知れません。また、一生付き合う病気なのかも知れません。でも、慌てて転んで大怪我したら、元の木阿弥。1月21日に悟ったように、「会話は必要」。体を動かし、ご飯をおいしく食べ、睡眠をきっちりとり、健やかに過ごす。よく笑い、笑顔を絶やさぬよう。
社会の皆様、分かって頂けましたでしょうか?おそらく、この病気にかかった患者さんも大勢おられるでしょう。そんな皆様にお願いがあります。脳の病気は一人で抱え込まずに、まず誰かに相談しましょう。きっと良くなる方法を誰かが伝授してくれるはずです。社会適応訓練や年金制度等、現時点で、最善の対策も国や市町村が手を伸ばしてやっているはずです。だから、嫌がらないで、怖がらないで、慌てないで、この病気を受け止めましょう。大切な人はきっとあなたの側にいるはずだから。