Entry1
無構剣
のぼりん
日本は昭和20年にポツダム宣言を受諾し、アメリカの駐留軍を受け入れたが、軍はこの国の武道を軍国主義を支えたものとして、全面禁止の政策をとった。ほどなく柔道は体育として認められ再開の許可を得たが、剣道だけは容易ではない。アメリカを苦しめた武士道という精神性をそのまま具現化している武術である。当然、復活を恐れた。
GHQ参謀長の意向は民間教育部からの代表によって伝えられている。すなわち「人を殺傷する武術は野蛮、平和の敵というべきだ。柔道は護身術として洗練されているが、剣道はまさに人殺しの技術だ」というのである。
日本剣道会はこの意見に対してなすすべを持たなかった。ただ、剣道の復活に奔走し続ける青葉龍之介には、一筋の光明があった。すでに、志を同じくする教育界の三島恵吉という男が「剣道が軍国主義と直接の因果関係をもたないことを証明すればいい」という解決策を見出していたのである。
「日本人は戦争によってすべてを失ったが、その精神性までもなくしてはならない」と、三島は一教育者として主張し続けた。
ここに青葉と三島という、教育界と剣道界のふたつの若き頭脳が融合し、その理論構成を作り上げることになる。
「日本武道の理念はほこを止めるもの。武とはそういう意味です。だから、本来争いそのものを否定することにあります。剣道とは強調、従順、謙遜という礼の精神そのものです」
説明会で主張するふたりにGHQ教育部長の反論はなかった。後は、それをどう証明するかだけの問題になった。
「武を止める技がどんなものか、それを実践でお見せしましょう。どうですか?」
青葉の策はそこにあった。「アメリカ軍の代表は真剣で向かってきたらよろしい。わが剣道の達人は、それを素手で止めて見せましょう」
アメリカ側は日本刀の切れ味を知り鋳造鍛錬技術についての知識はあったが、それを操る技能のことはあまり理解していないようだった。結局、日本側の提案を承諾した。さらに、さすがに真剣対素手ではハンディがありすぎると思ったのか、剣道代表に木刀を持つことを許した。
武の極意は武をなさないこと、しかしそれは、武を徹底的に理解した上で到達する境地でもある。三島の懸念は唯一そこにあった。
「話はやっと進んだ。しかし、君には実際にそれが出来るだけの技があるのか?」
それは、剣道復活の悲願のためやむにやまれぬ提案だった。まさに起死回生の妙案ではあるものの、もし我方が敗れれば剣道は今後、日の目をみることない。絶対に負けられない、存亡を一つに賭けた試合になるのである。
しかも、彼我の体格の格差、あるいは真剣に対して木刀で望むというハンディ以上に難しい問題がある。その勝ち方においても、無様は許されないということだった。相手を傷つけることもなく、圧倒的な力の差を見せつける必要があったのである。
が、しかし、青葉はそこで不甲斐ない顔になった。
「いや、剣道界は広いです。その程度の達人はいくらでもいますから」
青葉龍之介は焦燥していた。
武道の精神を説きながら、技術の凄みを証明しなければならない逆説はしかたない。が、その実践に耐えうる人物となると、意外に見つからなかった。意中の人物は、そのほとんど連絡がとれないか、説得に行くと精神的に潰れていた。終戦直後である。無理もなかった。
見かねた三島がある噂を持ってきた。
「鹿島神流の国立善治という達人がいるそうだが」
その名を聞いて、青葉は眉間にしわを寄せた。
達人だが変人である。例えば、道場に「他流試合勝手たるべきこと」と大書し、これまで他流から挑まれて唯の一度も拒んだことがない。他流試合に常に神経質である剣道界においてはまったくの異端児だった。
「もはや精神論じゃない。強いかどうかだけが問題だ」
三島の主張は、まるで詐欺師のようなものである。剣道の精神を守るために、結局精神を排した力に頼らざるをえないのだから。
国立善治、確かに強い。他流試合勝手で一度も負けていないらしい。空手や柔道ともやる。しかも相手に合わせて素手で向かうというから、剣道界とはある意味部外の立場にいる者といえよう。
約束の日時は迫り、青葉に有無をいう時間はなかった。ついに二人は、国立を訪れることになる。
申し出を受けた時に国立はどういう態度であったか。なんと、笑いさえ浮かべて、即座に快諾したというから、その自信たるや凡人をはるかに超えている。
「本当に引き受けてくださるのですね」
「断る? なんでそんなもったいないことを」
小男で軟弱な容姿だが、眼光が尋常ではない。だが、この男、どことなく体制に拗ね、斜めに構えたようなところがある。青葉には男が本物かどうか、見極めがつかなかった。
「一度も負けたことがない、と聞きましたが」
「俺も神様じゃない。人並みに負けたこともあるよ。勝負に勝ってしまうと、相手の娘を嫁に貰わなければならないという話になってしまってね。その娘の器量が……あ、いや、さすがにその時ばかりは、負けることの難しさに悪戦苦闘しわい。がはははは」
結局、最強自慢にしか聞こえない。が、そこに一抹の真実味が感じられるから不思議な男だった。
さらに、日本の剣道界は……と、青葉は胸中の苦悩を語ろうとしたが、それは簡単に拒絶されてしまった。
「そんな小難しいことはどうでもよろしい。俺は相手は選ばん。毛唐を痛めつけることができるのなら、それも面白い」
根っからの喧嘩屋だった。青葉はこの男の暴走を恐れなければならなくなった。
剣道界の未来のすべてをこんな男に任せてよいのだろうか。おそらく剣道界も教育界も、そこの重鎮たちは反対するに決まっている。
ふたりにとってはまさに引くに引けない賭けになった。
その当日。
剣道の未来を背負った試合のとき、国立はすでに五十歳をいくつか超えた年齢であった。真剣を構え、上背でも遥に優れたアメリカ人将校はまだ三十代。たった一人の小さな日本人の命など塵のようにも思っていまい。
木刀で真剣を受けることなど不可能だいうことは、素人でも理解できる。試合を見守る文部省の官僚の中には、緊張に耐えられず、泣きそうに顔を歪める者、不安をあからさまにする者もあったという。
「始め」という合図に、自然体に構えた国立。それに対して、相手は獣のような獰猛さで、真剣を大上段に振りかぶった。
国立の剣は、常に先の先を制する剣法である。「無構え」といい、別名「音無しの構え」と称した。
勝負は瞬時の出来事であった。
一同が気がついたときには、相手の首元に国立の木刀がぴたりと止まっていた。どんな刀法を駆使して相手を制したのか、誰にもわからない神速だった。アメリカ人たちは、殺傷という低次元のものではない武道の深遠さに舌を巻くばかりだったろう。
騒然とする道場から、国立善治が無言のまま立ち去った後、青葉龍之介は懐に忍ばせた短刀の柄からやっと手を離した。いざとなれば、その場で国立と刺し違え、剣道界に詫びるつもりだったのである。
その盟友の決心を三島も感じていたに違いない。青葉を振り返って、満面の笑みを浮かべた。
「明日は僕の学校の体育館に招待するよ。晴れて三本勝負といこうじゃないか」
「はい、その勝負喜んで…」
青葉の顔が男泣きでゆがんだ。
(この稿を書くにあったては、加来耕三著「武闘伝」を全面的に参考にした)