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3000字小説バトル

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3000字小説バトル
第75回バトル 作品

参加作品一覧

(2007年 3月)
文字数
1
3000
2
akky
2722
3
ごんぱち
3000
4
とむOK
3000
5
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん

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Entry1
明日を生きられる喜び

互いの国の業により戦争に駆り出される少年が一人
自国は日本。各国より恨み恨まれを繰り返す自称神の国。

少年は眼目に携える者に声をかける。
「絶対にまた会おう」

声をかけられた少年は迷彩服に二丁の拳銃を腰に挿している。
挿している拳銃の一方はライフル。もう一方は軍指定のピストル。
ライフルには数十発の弾が入っており、もう一方のピストルには十発程度弾が補充されている。

迷彩服の者は少年に返事をする。
「当たり前だ。死ぬんじゃないぞ」

声をかけた少年は迷彩服ではなく薄青のサングラスをかけて腰には刀を二本ばかり挿していた
服装は軍から至急される防弾チョッキ。
下には使い古されたロングTシャツ。

その二人の者は互いに差し出した右手を握り合い約束を結び決意を固める。

「これから俺らは戦争に駆り出されるんだな」

少年は言う。これから訪れる予期することの出来ぬ未来を迷妄しながら

「そうだな。正直今すぐにでも逃げたいくらいだ」

「でも俺たちは逃げられない」

「ああ。俺らの帰りを待っている母ちゃんのためにもこの戦いに勝利しなくてはならない」

母ちゃん
二人の少年をこれまで女手一つで育てつづけてくれた唯一無二の育ての親

この二人は幼少時代に戦争で親を亡くし路頭に迷っている最中で一人の女性に出会い拾われた。
その人がこの二人の言う 母ちゃん である。
二人は小さな孤児院で母ちゃんに育てられ、強く、立派に成長を遂げていった。

そして二人が14歳になる頃、戦火は二人の元に今一度降り注ぎ戦争に巻き込まれることになる

【出兵要請】

この要請に拒否権はなく、出兵しなければ自害しなければならないあまりにも酷なもので要請が出たその日に二人は共に涙を流し、これまで育てつづけてくれた母親に感謝の意を込めお礼を言い、一礼した。

「今までありがとう母ちゃん」
「絶対に帰ってくるから。俺らが母ちゃんやみんなを護るから」

二人の言葉に母親は涙した
嗚咽を堪えることが出来ず、ただただ泣きつづけた
出兵当日になり二人は声を揃えて母親に言う

「「いってきます」」

『行って来ます』
これは永劫の別れの言葉ではなく、また会うことを前提にした『ただいま』の言葉をいうためのものである

旅立つ二人の息子に精一杯の笑顔を見せ母親は言う

「いってらっしゃい。必ず帰ってくるのよ」

涙堪え、この時ばかりは泣いていけない。そう自分に言い聞かせ二人を見送った
そして今二人は戦火の上がる戦場へと向かっている。

「絶対に・・・帰るんだ」

一方の少年は右手に握る一丁の拳銃をがたがたと震える右手で構え警戒を解かずに震える足を一歩ずつゆっくりと踏み出し歩いていた。

「こんなところで負けない」

もう一方の少年は両手で刃渡り80cmほどの刀を握りしめており、その少年の両手は微かに震え恐怖と不安を物語っている。

『米国軍だ・・・!米国軍が責めてきたぞ!!』

怒号のような司令官の声が耳に届く。
迫り来る恐怖と世界。

落ち着け。落ち着け。と心の奥で呟く二人。

「オオオオオオ!!!」

叫び声と共に突撃してくる米国兵
その数は恐らく百名を超えている。

鈍い轟音に鉄が激しくぶつかり銃声を鳴らす
次々と倒れていく日本兵。

死の恐怖が少しずつ少しずつ二人を覆い始める。

「母ちゃんの元に帰るんだ!」

迷彩服の少年は戦の火が吹く中へと単身で二丁の銃を構え飛び込んだ。

銃声が一つ、また一つと鳴り響く。
狙った先の米国兵に一つ、また一つと確実に急所に命中し倒してゆく
死を覚悟に飛び込んだ決意に揺らぐものはなく、一人、また一人と次々に蹴散らす。

「オオオオオオ!!!」

負けじと米国兵も両手で支える散弾銃を構え目前の日本兵の息の根を止める。

散弾銃の実包にはプラスチック製のケースと金属製のリムで構成されたケースの中にあらかじめ多数の小さな弾丸(散弾)が封入されており、銃口より種々の角度をもって放射状に発射される機能を持っており抵抗する暇もなく息絶えさせてゆく。
12口径もの大きさの口を開く散弾銃を持つ米国兵を前にして抵抗する術がほとんどない日本は戦争の勝機を失いかけていた。

その中でも諦めず、小さな二丁の拳銃で力の限り戦い続ける迷彩服の少年がいた。

負けられない。
負けるわけにはいかない。
ただその一心で恐るべき脅威を持つ米国兵を相手していた。

しかし銃には弾というものが必要になる。
勿論のことだが。

少年はあまりに熱中しすぎ弾のことを考えるのを忘れていた。
やがてライフルの弾が底を尽き、弾切れを起こす。

「・・・くそっ!」

ライフルを右手で投げ捨て、左手に持っているピストルで応戦する。
狙いは防御力の薄い首元。
一人、また一人と倒していくその姿に日本軍兵の士気は徐々に上昇していた。
少年の戦争に対する覚悟と姿勢に引かれ、戦いを行っていく。

しかし日本の強行姿勢はそう長くは続かなかった。

散弾銃を前に小さなピストル相手では攻撃力の差があまりにも開きすぎており、歯がまるで立たずに倒れていく日本兵。

一時は優勢になっていた日本ではあったが、その形勢はすぐに逆転した。

少年は弾が切れ、右手を散弾銃で貫かれ、左足にも深く弾が入り込んでいた。

「負け・・・負けられないんだ・・・!」

左足で進もうとした瞬間、電撃が走るような速さで左足に深い苦痛を与えていた。
声にならない叫びに苦渋の表情を浮かべるものの、その痛む足を無理矢理に前へと動かしピストルを逆に持ちグリップの部分で米国兵の顔面を殴打する。

逃げられない
負けられない
死ぬわけにはいかない

様々な感情が巡っては消え巡っては消えていく。

疲れ果て、倒れかける迷彩服の少年。
その少年に気付き別の場所にて米国兵を相手していた刀を持つ少年が急いでその場へと駆けて行く。
向かう途中、米国兵に道を遮られたりしたが両手の刀を真上から振り下ろし頭部を切り裂き殺していく。

「康孝!!」

康孝(やすたか)と呼ばれた者は迷彩服を身にまとい、弾が切れた拳銃を握っていた。

「秀一!」

秀一(しゅういち)と呼ばれる少年は血で濡れた刀を握っていた。

「大丈夫か!?」

駆け寄った瞬間、一発の銃声が悲鳴をあげた―――――

「やすた・・・!」

声をかけようとしたその瞬間
先程放たれた一発の弾が秀一の頭部を深く貫いた。

「ごめ・・・ん」

ふわりと一枚の紙のように体が飛び一言そう告げると地面へと倒れる。

「康孝!!康孝!!」

「お前は・・・生きて・・・」

地面に倒れた秀一は最後にそういい終えると果てていった。

享年 14歳
小谷康孝 死亡

「うおあああ!!!」

捨てられてからというもの二人は常に一緒で常に一緒に行動していた。
その友が今、憎き米国兵に撃たれ、死亡した。

力の限りに叫び、涙を流し血で濡れた刀を更に血で濡らしていく。
もう犠牲は出さない。
もう誰も殺させやしない。

感情のままに振るうその刀は酷く痛々しく隙だらけであった。
その少年のスキを逃すはずはなかった。

鈍い音が鳴り響き散弾銃から弾が放たれ刀を振るう少年の頭部を貫いた。

「かア・・・サん」

最後にそういい残し少年は果てていった。

しばらくの交戦の末に戦争は米国軍の圧倒的勝利で終わった。
日本軍は全滅。
戦争に駆り出された少年は皆息絶え無残な最期を遂げた。

それから数年に渡り日本は戦争を行っては敗北を重ね、白旗を掲げ敗北を表明。

今日生きている者は皆、口々に言う。
「我々が生きている今日は昨日死んだ人々が死ぬほど生きたかった今日なんだ」と。

日本は満身創痍ながらに小さく一歩を歩き始めた。
明日を生きられる喜び 双

Entry2
酔夢書店
akky

 いったい、僕ら長距離通勤者にとって最も金のかかる代物といったら、なんだかご存知ですかね。書籍代ですよ書籍代。音楽という名の暴力を鼓膜に向って猛烈に垂れ流しながらぼんやり窓の外を眺めたり、脳トレだかなんだか知らないが電子頭脳の玩具で遊んでいるつもりがかえって遊ばれて満足している連中はさておき、僕のように活字を眼にしていないでは一秒たりとも無駄な時間を過ごせないというほどの人間にとっては少なくともそうなんですよ。ええ、間違いなく。そりゃあ往復三時間も通勤時間があれば一日一冊程度の本は軽く消費されてしまいます。きょう日、ぺらぺらの文庫本だって五百円はしますからね。馬鹿になりませんよ。
 ところがどっこい、近ごろと来たら、どこの本屋へいったって読む本がない。いったい、売るために本を積んでるんだか、本を積んどくついでに売れたらいいと思って並べとくんだか分からんような本屋が多すぎる。どこを切っても同じ顔、どこへ行っても同じ本、名づけて金太郎書店って読んでるんですけれどもね。
 だったら新聞があるじゃないかって? いや新聞屋さんには申し訳ないけれどもねえ、近ごろの新聞に読むほどの価値のある記事なんざいくらもありゃしませんよ。満員電車の中でよく見かけますね、ほら、新聞をうまいこと折りたたんで一所懸命になって読んでる人。ああいった真似は僕には出来ませんね。
 いや、年なんですなあ僕も。口をついて出るのは愚痴ばかりだ。昔は愚痴なんて酒と一緒に腹の中へずしっと飲み込んでしまったもんですが、年を取ると気弱になっていけません。ほら、そうこうしているうちにつきましたよ、マイ・ホームタウンへ。一日のうちでほっと出来るのは地元の駅の改札をくぐるこの一瞬だけですね。家へ帰れば帰ったで、ああだこうだと古女房の小言を聞かされる。子供には邪険に扱われる。いったい僕は何のために生きてるんでしょうかねえ。そんなことも考えますよ近ごろじゃ。
 駅前の通りを過ぎるとね、そこからが難儀ですよ。長いだらだらとした上り坂でね。ちょっとした丘陵地のてっぺんに我が家があるってわけです。ほら、あそこにT字路が見えるでしょ。いつもあそこで小休止ですよ。もうね、とてもじゃありませんがいっぺんには登っちゃいけません。それこそ命取りですよ。家々の明かりはもうみな消えてます。田舎の夜は早いですよ、みんな朝が早いですからねえ無理もない。十時を過ぎるというともう真っ暗だ。と、おや、あんなところに明かりが見えますね。ほら、T字路のちょっと手前ですよ。確かついこの間まで更地だったんですがね、家が建ったんですね。こんな田舎でも次々に家が建つんですよ。人っていうのはどんな不便なところでも住めるもんなんですねえ。住めば都というわけで。おや、ここは家じゃないねえ。「酔夢書店」なんて看板が出てるよ。ほほう。こんなところに書店がねえ。これほど近所に書店ができたっていうのはありがたい。まあしかし例の金太郎書店じゃあどうしようもないけれど。それにしてもこの書店は変な店構えだねえ。まるで喫茶店か何かみたいだ。格子の窓に曇りガラスなんか入れちゃって、外から中が見えない・
 いやあ、これはどうも失礼。夜更けにこんなところへ突っ立っていられたんじゃあ迷惑ですな。こちら、この近所に住むものです。どうぞよろしく。ところでつかぬことをお伺いしますが、こちらは書店なんですかね、それとも喫茶店か何かで? ああやはり書店なんですな。いや書店にしては変わった店構えだもんでね。いや、こんな夜更けにご迷惑では。そうですかそれではちょっとだけ失礼しまして。いやこれは驚きましたな。書店だとおっしゃったが、本が一冊もない。本棚さえないじゃありませんか。まだ準備中というわけですか。え、本を並べない本屋なんですか。それはまた珍しい。おや立派なカウンターがついて。まるでほんとに喫茶店ですよこれじゃあ。いやこんな夜分にお邪魔して珈琲までいただいては。いやそうですかでは遠慮なく。いや美味しい珈琲だ。どちらの珈琲で。ああグァテマラですか。風味がいいですな。
 え、僕ですか。僕はしがない経理マンですよ。ええ勤め先は東京です。もう何年もしないうちに定年ですよ。もう半分窓際ですわ。まあ窓際でも職があるだけマシってご時世ですがね。ええ、本は好きですよ。小説、ノンフィクション、まあだいたいなんでも読みます。好きな作家ですか? そうですね、小説家ではカズオ・イシグロなんていう作家は最近ちょっと注目の作家ですよ。古い作家ですが、グレアム・グリーンやボリス・ヴィアンなんかも好きです。ええ、「心臓抜き」のボリス・ヴィアンです。さすが本屋のご主人だよくご存知でいらっしゃる。日本の作家ですか? そうですねえ。最近の作家ではあまりこれという作家はおりませんなあ。みな鬼籍に入った作家ばかりで。直木賞や芥川賞の受賞作を読んでもどうもピンと来ません。僕も年を取ったということなんでしょうかね。新しいものについていけなくなったのか。ええ、一番好きなのは遠藤周作ですね。ああ、「沈黙」ですか。あれはいい作品ですね。彼の作品の中で僕が一番好きな作品は「イエスの生涯」ですよ。あれは素晴らしい作品ですね。読み終えたあと、じっと本を握り締めてしばらく感動に身を震わせていたものでk
 いやもうこんな時間だ。ご親切に甘えて長居しました。またゆっくり寄らせていただきますよ。え、もう一冊だけ。はあはあ、拝見しましょう。ずいぶん古めかしい本ですな。稀覯本かなにかですか。いやほんとに申し訳ないのですが、僕はこういう高価な本を集める趣味はないのです。なるべく安く、なるべく多くの活字に触れられればそれでいいのです。生来無粋なんですな。ははあ、「酔夢譚」ですか。お店の名前はこちらから取られたわけですね。ほほう、300年前に中国で。それは希少なご本だ。せっかくですからちょっとだけ拝見を。おや、中味は空洞じゃありませんか。本の中に真っ暗な穴が開いている。何ですかこの穴は。あ。あ。ああ。あああ。ああああああ。体が、体が本に吸い込まれて。
 ――須賀敦子の『本に読まれて』という本をご存知ですかな。本に読まれるというのはなんとも甘美な表現ですな。あなたもこの本の中でたっぷり本に読まれるといい。しかし正直なところ、あなたはあまりいい客ではありませんでしたな。能書きばかりで本当の教養というものがない。私は読書人を愛するが、読書屋は好きではないのでしてね。おまえもきょうの食事にはちと不満足だったろうて。まあいい。気長にボチボチやるともさ。今夜はもう店じまいにするとしよう。
酔夢書店 akky

Entry3
国を愛した王さま
ごんぱち

 むかし、美しい国がありました。
 南に広がる海は青く透き通りたくさんの魚や珊瑚が彩り、東の平原は柔らかな牧草と色とりどりの花が咲き乱れ、西の森は神殿の柱のように荘厳な木々が天に延び、北の山は雪を抱き朝日に輝き月光に浮かび上がります。
 そしてそれらの中心にある街は、磨かれた石畳と、寸分の狂いもないレンガ、まっ白な漆喰で作られており、王さまの城は宝石が散りばめられ煌めかんばかりの美しさでした。

 ある朝のことです。
「ああ、なんと美しい国だろう」
 王さまは、城の窓から自分の国を見下ろします。
 四方に開いた窓からは、国の美しいところが全て見えるのです。
「そうでございますな、王さま」
 大臣がうやうやしくお辞儀をします。
「このような素晴らしい国の王で、余は本当に幸せだ。余は全ての愛を、余の国に捧ごう」
「大変立派なお心がけでございます、私も同じ気持ちでございます」
 街を歩く人々の顔も、幸せそうです。
「きっと、国の全てのものが同じ気持ちであるに違いありません」
「そうであろう、そうであろう」
 満足げに頷いて、王さまがもう一度西の窓の外に目を向けた時です。
 森に立ち並ぶ木のうちの一本が、ゆっくりと倒れていきました。
「なんだ、あれは!?」
 王さまは目を見開きます。
「私の美しい森が!」
「あれは、木こりが木を伐っているのです。木を売ることで糧を得、妻子を養っているのでしょう」
「知った事ではない、美しい国を壊すとは、なんとけしからん輩! 兵士よ、あの木を伐った者を――」
「お待ち下さい!」
 いつにない大声で、大臣はぴしゃりと言いました。
「ど、どうして止めるのだ。そちは国が愛しくはないのか?」
「思い違いをなさいますな」
 キッと、大臣は王さまを睨みます。
「その愛は、一所しか見えず、全てが見えぬ恋人の愛と同じ」
「なんと?」
「木々や草花、土や石が国なら、民もまた国でございます。木一本惜しさに、木こりを処刑し妻子を路頭に迷わせるのが、国を愛する者の成す事でしょうか?」
「そうか、そうであったか」
 王さまははたと気付き、深く恥じ入りました。

 別の日の昼、王さまは街を眺めていました。
 すると、いつかの木こりの姿が目に留まりました。
「おうおう、余の民が穏やかに暮らしている」
「左様でございますな、王さま」
 大臣も隣で木こりの様子を眺めます。
 ひと仕事終えた木こりは、酒場で一杯飲んだらしく、千鳥足です。
 あちらへふらり、こちらへふらりと歩くうちに、向かいから歩いて来る男にぶつかりました。
 二人は口論になり、木こりは一発殴られて、逃げ帰りました。
「な! なんということだ! 余の民を! 即刻殴ったあの者を処刑し――」
「……王さま」
 大臣に言われ、王さまはふと我に返ります。
「そ、そうであったな、殴った者もまた民、そう易々と処刑するべきではない」
「はい、流石は王さま、分かっていらっしゃいますな」
 満足そうに大臣は笑います。
「もしも殺し合いや怪我があったというのならば、取り調べる必要もありましょうが、今のことだけではどちらの罪も問うべきではありません」
「うむ」
「これこそ、公正にして厳格な父の愛とも言えましょう」

 夕暮れ時のその日、王さまは海を眺めていました。
「む、あれは」
 水平線の辺りに、見慣れない小さな船がありました。
「大臣、これ、大臣!」
 王さまの声に、大臣が呼び出されます。
「お呼びでございますか、王さま」
「あれはなんだ」
「む、あれは!」
 大臣が顔色を変えます。
「誰か、誰かある! 密偵だ、捕らえよ!」
 直ちに兵士が送られ、船に乗っていた隣国の密偵は捕らえられました。
「――この国に攻め込み、属国とするための下調べをしていました」
 王さまの前に引き出された密偵は、観念してそう言いました。
「けしからん奴らだ、愛する余の国を攻め滅ぼそうとは!」
 王さまは大変に怒ります。
「二度と再びそのような事を考えぬように、こちらから攻め滅ぼしてくれよう」
「しかし王さま、隣国の軍はとても強く、我らではかないませんぞ」
 大臣は心配そうです。
「敵が強からとて、子を捨て逃げる母あるか。母の如き愛で戦えば、一騎当千獅子奮迅、必ず最後に愛は勝つのだ」
 王さまの意気に、大臣はそれ以上何も言いませんでした。

 夜、王さまは、隣国に攻め込みました。
「斃せ、不逞の輩を一人も逃がすな!」
 銀色に光る鎧を身に着けた王さまは、兵士に指示を出します。
 寝込みを襲われた隣国の兵士たちは、最初は戸惑いましたが、すぐさま落ち着いて反撃に出ました。
 矢と石が飛び交い、槍で突き合い、剣や棍棒で殴り合います。
 王さまの兵士は、よく戦いましたが、次第に圧されて来ました。
 隣国の兵士に攻め返され、王さまの街に火が放たれます。
「なんということだ、余の愛する兵士が死んでいく!」
「このままではなりませぬ、降参致しましょう」
 大臣が言います。けれど、王さまは首を横にふりました。
「もしここで降参すれば、愛する余の国がなくなってしまうではないか!」
「しかし」
「兵士がいなければ、国民に戦わせれば良いのだ。愛する国を守るため、一丸となって戦うのだ!」
 直ちに兵士ではない男、それから女、老人、子供が集められました。
 そして、各々に武器が渡され、王さまの兵隊に組み込まれました。
 隣国の兵士たちは、しばらく戦いましたが――ついに逃げ出しました。
「やったぞ、我らの勝ちだ!」

 地平線から昇る朝日を、鎧姿の王さまは眺めます。
 南に広がる海は血で染まり油の壺のよう、東の平原はすっかり焼き尽くされ茶色い土が見え、西の森の木々は戦いの火や櫓を作るためにすっかり切り倒され、北の山は戦の煙に隠され姿も見えません。
 そして街の石畳は投げるのに使われ、レンガは灼き割れは、漆喰には無数の矢で剥がれ落ち、王さまの城の宝石は商人から武器を買うためにすっかりなくなっていました。
 隣国の兵が引いたのはこのためでした。美しくなくなってしまった国に、どれほどの未練もなくなっていたのです。
「余の国は守られた」
 しかし王さまは大変に嬉しく、誇らしげな顔をしていました。
「この国がどんな姿であろうと、余は余の国を愛する。神の愛のように、全てを愛せるのだ」
「はい、ご立派でございます」
 片腕と片脚のなくなった大臣は頭を下げます。
「早速祝いの宴を開こう」
「宴……で、ございますか? 食料庫も酒蔵も焼かれて」
「ならば、民から集めれば良い」
「し、しかし、民にもその余裕は」
「ははは、最愛のものの無事を祝うのに、出し惜しみをする者がいるものか」

 丸一日かけて戻って来た大臣は、ひとつかみの麦も持っては来ませんでした。
「どうしたというのだ、民は喜んでおらんのか!」
 驚き呆れながら、王さまは兵大臣に問います。
「おそれながら」
 大臣は応えます。
「皆、悲しみに暮れております。一粒の麦も出しはしませんでした」
「国が守られたのだぞ、何故悲しむというのだ」
「肉親、知人の死や、自分自身の怪我を悲しんでいるのです」
「なんということだ、目の前のものしか見えぬのか。民の余の国への愛とは、恋人の愛の如く、狭いものであったか」
 王さまはため息をついて、嘆きました。
「本当にこの国を愛しているのは、余だけであったとは!」
 王さまの流した涙は、鎧に落ちました。
 たった一つの刀傷も、一粒の泥も付いていない、ピカピカの鎧の上に。
国を愛した王さま ごんぱち

Entry4
ホリデイ
とむOK

 久しぶりに学生時代の夢を見た。ろくでもない夢だった。俺は寮の風呂に入っていた。それも仕舞い湯だった。レポートか何か立て込んでいて、この時間になってしまったのだった。男子寮の仕舞い湯は最低だ。何十人という思春期後半の男子学生が入れ替わり立ち代り体を漬けて、とどめに夜の練習を終えた体育学部の連中がはち切れんばかりの筋肉を洗った、その後の湯である。俺の体にまとわりつく湯は完全に人肌で、その上風呂として可能な限り汗に近づいていたと思う。一体俺は何をしてるんだろう。俺は悩んだ。悩みながら、しかし他に選択肢も無いように思えて、生理学的に濁った湯に漬かっていた。その時番台の学生バイトが扉の向こうで俺をせかす。あと五分、そう答えたところで目が覚めた。
 カーテンの隙間から外の明かりが漏れている。枕元の時計を見てがっかりした。昼過ぎまで寝ていようと思ったのに。布団が人肌にぬるいのが気持ち悪くて、もう眠れそうになかった。
 仕方なく起きだしたけれど、特にすることもなかった。脱いだ服が床じゅうに散らばっている。そういえばしばらく洗濯していない。俺はシャツや下着や靴下を拾い集めて片っ端から洗濯機へ放り込んだ。洗濯機は俺の脱け殻で一杯になった。
 足元の洗剤を取るために屈んだら、何だか頭が変にゆらゆらした。疲れがたまっているのだろうか。俺は頭を振ってみた。耳の辺りがむず痒い感じがして、指を突っ込んだら大きな塊がぞろぞろと釣れた。脳みそだった。薄汚れた灰色をした大脳皮質は海砂のように指先に細かくざらついた。つまんでいた指を離すと、脳みそは色褪せたTシャツの上にぽさりと落ちた。俺は手前の操作パネルの「念入り」コースに指を止め、ちょっとためらった後「ふつう」コースにした。
 ドラムが回転を始める。そのしゃっくりするような動きに合わせて、白いボディがごん、ごん、と揺れた。「ふつう」コースを指示された洗濯機は一回の洗いと二回のすすぎをして、最後に五分ほど脱水する。決められた工程を訥々と、俺の脳みそを入れたまま全自動で進めるのだ。濁った渦の真ん中あたりに浮かんだ灰色の塊を見ながら、ふと、脱水はやめておいた方が良かったのじゃないかと思ったけれど、その是非を判断しようにも脳みそは今洗ってしまっているのであった。僕はあきらめて上蓋を閉め、ポケットから煙草を出して火をつけた。思い切り吸い込んで、息を止める。別にたいして美味くもない。脳みそのある時と同じだ。開けっ放しの風呂場の鏡に俺の顔が映っている。両耳から二筋の煙が遠い工場の煙突のように立ち昇っていた。
 二週間ぶりの休日だった。何が忙しいというのでもない。いつも通りだ。少しばかり大きな仕事をしばらく抱えていて、そのせいでリズムが狂って小さな仕事がたまっていく。嵐で川に落ちた枝に、枯葉やごみがひっかかって流れをせき止めるような感じだ。すると私生活の方も自然にひきずられて、掃除とか洗濯とか友人との約束とかデートとかいう習慣めいたことが次々と俺の中で優先順位を落としていき、やがて家に帰るとただ服を脱いで湿っぽい布団に眠るだけの生活になる。そんなことを繰り返しているうちに、日常行為は何だか面倒くさい特別な儀式のようなものに変化してしまう。例えば洗濯について言えば、祖父の七回忌とかそういう感じだ。そして一緒に揉まれている俺の脳みそは、海外に移住した親戚に初めて見せた遺影のようにリアリティを失う。それが選びようのない俺の現実だった。せき止められ、どこにも流れてゆかない。
 工程を終えた合図の小さな電子音が鳴った。
 ねじれて絡まる洗濯物をひとまとめに掻き出して、床にどさりと落とした。たくさんのシャツと下着と靴下を、カーテンレールに下げたハンガーにかける。乾けばそこがそのまま箪笥になる。やがて洗濯物の間から古い雑巾のような脳みそが現れた。俺は軽くしわを伸ばして、それだけベランダの物干し竿に吊るした。
 淡い色の太陽がはす向かいの小学校の屋上をかすめて、慎ましく昼の訪れを告げようとしていた。脳みそは田舎道でバスを待つ老人の日傘のように頼りなく北風に揺れて、時々太陽を遮る。俺はただじっとそれを見ていた。やわらかい光が汚れた窓と空っぽの頭蓋を透過して、俺の体の中心に届いてそこを暖めた。そんな風に光を感じるのはとても久しぶりだった。そうしているうちに、俺はうとうとと眠ってしまった。
 窓を揺らす風の音で目が覚めると、空の色が少し薄くなっていた。木枯らしに物干し竿が揺れている。俺の脳みそはそこになかった。
 俺はベランダに出て下を覗き込んだ。南側のフェンスに小さな灰色のしみがひっかかって、風に弄ばれていた。俺はサンダル履きでアパートの階段を降りた。眠る間に吹き始めた風は辺りをすっかり冷たくしていた。脳みそはどうにかフェンスにしがみついていた。俺は拾い上げて軽く埃を払った。
 足元で動物の唸り声がした。振り返ると背の低い女に連れられた小さな犬がいた。
「帽子まで洗うの?」
 女がきれいなアルトでそう訊いた。帽子? 彼女の視線は俺の手元を見ていた。帽子。頭に乗せるもの。これも帽子みたいなものか。下着といわれなくて良かった。「ええ。まあ」俺は適当な相槌を打った。彼女の犬が、同じく俺の手のあたりを睨んで足元で小さく唸っている。平面的でいかつい顔をした犬だ。
「うちの人なんて何もしないわ」
「俺だって結婚したらきっと帽子なんて洗わない」
「そんなものかしら」
「わからないけど。洗わないでもやっていけそうな気がする」
「そうかしら。きっと奥さんが洗うわよ」
「そうかな」
「私は毎日洗濯してるわ」
「帽子も?」
「帽子はともかく。いろいろとね。他にあまりやることもないし」
「そう?」
「あなたもダンナの転勤にくっついて見知らぬ土地に行けばわかるわ」
「ダンナを貰う予定はないかな」
「そうでしょうね」
 彼女の犬がまた唸る。
「ええと、アナログ盤のレコードがあるでしょ。一枚だけ残ってた一枚を繰り返し聴いてる、みたいな感じかしらね」
 平面的でいかつい顔をした犬の散歩と、すりきれたアナログ盤。そして脳みそを洗濯する休日。風は休みなく吹いて、彼女と俺の間にある幾つかのものを冷たく乾かして通り過ぎていく。
「ブラームス」
「え?」
「犬の名前」
「ブラームス?」
「私ピアノを弾いていたのよ。結婚するまではね」
 そう言ってブラームスを連れた彼女は去ってゆく。ブラームス。俺は脳みそに顔を近づけて繰り返した。
 冬の空は朱が染みるより早く紫の薄絹を下ろし始める。俺は部屋に戻った。手の中には脳みそがあった。
 拾ってきたものの、どうやって元通りにしまったらいいのか少し悩んだが、こめかみのあたりを押したら簡単に頭蓋が開いた。洗濯機の蓋みたいだった。俺は一応向きを確かめてから脳みそをしまって、また頭蓋を戻した。元の場所に収まった俺の脳みそは、まるで高い熱を出した次の日のように、新鮮で、どこかぎこちない穏やかさだった。
 ブラームスという言葉は、しばらく頭の中であちこちにぶつかって反響していたけれど、やがて毎朝の出勤で通りかかる赤い屋根の家の庭先に佇む女性の記憶に辿り着き、その辺りで落ち着いた。響きのかけらがひとつ体の中心近くまで届いて、そこに残っていた午後の光の匂いがふわりと立ち昇り、小さく鼻をくすぐった。
ホリデイ とむOK

Entry5

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