Entry1
迷える子羊
3737☆★
「ストレイ・ゴート‐迷える子羊‐」は、とあるお店の名前です。
レンガ積みの簡素な家で、煙突がちょこんとあって、絵に描いたように雪が綿のようにのっています。最近は日本のお客さんが多くって、店主のロバートさんが「困るんで何とかしてください」とかいったらしいんですけどね、うまくいかないみたいです。
ご存じない?そりゃご存じでしたら、生きてませんから。ご存じないに越したことはありませんよ。
え、じゃあ、なんでお前は知っているかって?
野暮なことを聞いてきますね。12月から1月のめでたいこと続きですよ?
神様と仏様のお使い係は半端なく忙しいんです。
まぁ、それはともかくロバートさんなんですけどね、彼が言うには「アメリカやイギリスにはとっくに『ワーキングプア』ってのはあるんだ」そーで、「その分君たちの力が欲されるだろう?」と言われます。
確かにその通りでしたので、僕は素直な天使ですから、「そうですね、ロバートさん」といったんですよ。
そしたらロバートさんの長い長い愚痴が始まっちゃって大変だったんですけども。
ローバートさんの愚痴を完結に言えば、「神も仏も信じちゃくれないのに、大騒ぎをしてくれるから、使いはいっぱいいるし、いまさらワーキングプアについて何とかしてくれって言うんだ」ということだそうです。
僕には少し難しいですが、人間界でなんだか「わがまま」が発生しているとか「神様」や「仏様」が言って、仙人のおじいちゃんたちが「だってにんげんだもーん」といい、吸血鬼のおじさんは頭を抱えて「美女」なんていなくなっちゃったといってました。
吸血鬼のおじさん曰く、おいしいのは「夢見る少女」で希望に満ち溢れているのが美味しいらしくて、「現実逃避」やら「現実直面」、「現実淘汰」を旨としている方は美味しくないらしいです。
その点仙人のおじいちゃんたちが上手かなと思いきや、「ふるさとの味は危なくて仕方ない。銀の器に盛るとすぐ黒くなるし」とか「そうそう、この間も『これ絶対安心』ってのに、銀が染まったときは『ダメだこりゃ』と思っちゃった。」とかやっています。
そういえば、仙人会(仙人界とは別物です)にいるジョン・レノンさんと、いかりやさんとジャイアント馬場さんが大うけしていて、『あのころは愉快だったな』とかやってまして。
うーん。
「こら!そこ手を休めていちゃダメだろ!」
「はーい」
「まったく。幾ら少子化っていったって、あの国は物価が高いんだ。」
「はぁ……」
「しかも、ありがたいだなんて思っちゃいやしない。」
「あの……」
僕の師匠のランバートさんは、ちょっと短気なんですが、いい人です。
「おい、坊主。」
「はい、悪がきにやるの勿体ねーから、イランに手伝いにいって来い。」
「はい?」
「おもちゃじゃなくて、ちょっとした命あるものを見せてやればいい。」
「といいますと?」
「花でも、動物でも。子供が子供らしく生きられないのは、かわいそうだ。」
「ですけど……、日本の子供は?」
「かわいそうだが、あの子らは『迷える子羊』からの贈り物がいい。お前の生命に息吹を与える力はあっちで使って来い!」
「んな、ランバートさん、割り当て表違反で怒られちゃいます。」
「お前何年、天使やってんだよ。」
「かれこれ30年です。子供の格好に天使の輪ですけども。」
「天使長に文句一つ言ってこいよ。」
「いや、それは……。」
「おまえんとこのは誰だよ?」
「ミカエル様です」
「……鬼子母神に話付けにいくか……」
「すみません。」
「いや、戦いの天使様にはかなわない」
「はい……」
「あ、絶対に30年とかいうなよ。見てくれ6歳だから」
「はぁ。」
ということで、鬼子母神のところにお願いしにいって、ミカエル様は青筋たてつつ(あとが怖い)、出かけることになりました。
そこで見たのはえらく凄惨で。
日本の「えー○○とかぁ~」と鼻に抜けるような声はしていなかったんですよ。
「おい、あいつ、殺しちゃえ」
「そうだ、そうだ」
だれも止めません。日本がどれだけ平和ボケしているかを知りました。
で、僕はどじを踏みまして、捕まっちゃったんですよね。
「なんだ、こいつ、羽なんか生えてら」
「おい、こいつ、キリスト教とか異教じゃないのか?」
「それより化けものだろうが」
「なあ、キース、リーンにこいつをあてがおうぜ」
「変人同士いいんじゃね」
ここは神様はいません。仏様もいません。
ランバートさんの「子供は子供らしくあってほしい」という願いは、
血だらけになった僕には遠い気がしました。
と、ぐるぐる巻きにされて、目と口の部分だけを開けられた紙袋をかぶせられ、同じく血だらけになった少女がいました。
虫の息。
でも、紙袋には涙のあとがくっきり見えました。
僕の羽は折れてしまって動けませんし、人間に命を与えるのだけはご法度でした。
何もできない自分が悲しくて、堕天使ならば助けられるのにと歯がゆく感じました。
少年たちに紙袋を外されたその子は、少年たちとは髪の色が異なって、淡い栗色をしていました。
「ジプシーは踊るんだぜ」
「羽の生えた悪魔と踊ればいいさ」
笑い声が頭に響きます。僕の頬に涙が伝います。
とても歯がゆくて歯がゆくて。なんといえばいいのか分かりますか?
神様なら、仏様なら…わかりますか?それなら人間なら分かりますか?
少年たちはその瞬間爆風で消え去りました。一瞬でいなくなりました。
リーンという子は、自分が助かったことに喜びもせず、自分をいたぶっていたものにも悲しみもせず、自分が生きていることを不思議そうにしていました。僕は何もしていないのに「ありがとう」といわれました。無表情でした。
僕を無表情のまま、手当てをしてくれたリーンに、僕は今のところ戦争の無いところへ避難させて、お花畑の近くに彼女の家を作りました。きこりの仕事はロバートさんに習ったので、少しはできました。
それでも彼女は無表情に花を見つめ、ご飯を探して集めてきて、「自分はともかくあなたに」とくれました。わたしはいらないと。
僕に何ができるでしょうか?
天使の羽などいらないと、もしくは彼女を天使にとどれほど願ったことでしょうか。
僕はロバートさんの長い話の中で「そーですね」と相槌を打った中に、「愚痴」といった中に彼女は含まれていました。
「働いて稼いでばかりのやつは地獄いき。多少援助すれば別だけど。争いを褒めるやつも仲間入り。彼らは金と地位と名誉しか見えていない。そして働いても食べていけないのは、まだましだ。文句を言える口がある。俺が神様ならば助けてやりたいのは、ここにくるものばかり。ぼろぼろになって『笑う』ことを忘れて『泣く』ことも忘れて。でも『悟り』を開いたわけじゃない。『生きることに絶望している』やつらなんだ。俺は、それが一番悲しいんだ。」
彼女はその「生きることに絶望している」人でした。
何者かと戦って、心は朽ちてしまって、他人のためにはできるけど、自分のために生きることに絶望をしていました。
ロバートさんは言いました。まだまだたくさんいるんだと。「生きるのがいやだ」と迷うのがいるのだと。
僕は12月も1月もずぅっと過ぎて、一人の人間に戻ってしまい、リーンと二人で生きています。未だ微笑みがぎこちない、リーンになんとか笑ってほしいと願ってて、先日赤ん坊が生まれました。
そして彼女は笑ってくれました。鬼子母神さまにあってからきたためでしょうか?リーンが神々しく見えました。