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エントリ1 狂い同心 アレシアモード
八丁堀の組屋敷、定町廻り同心の亀井七志郎の家は、その時ひっそりと静まりかえっていた。もう日も上がっているのに雨戸を立てたままだった。
「旦那、いらっしゃいますか」
下っ引きの六兵衛が、戸口で声をあげる。だが返事は無かった。
「旦那、亀井の旦那。ちょっとお願いできやすか」
この日の朝、担当の町内で殺しの死体が見つかっていた。六兵衛は兄貴分の伍助に命じられ、同心・亀井七志郎に伝えようと急いで番所へ行ったのだが、七志郎は今日は来ていないと云われたため、こちらへ回ったのだった。
「妙だなあ」
表の戸は半開きになっている。六兵衛はそっと首を突っ込んだ。
「あのお。旦那……」
家の中は暗く、静まっている。
(たしか奥様が、先日から病で寝たきりって聞いたけど……でも誰も居ないような)
闇の向こうから変な匂いがする。生臭さを含みつつ、静寂の淵へと沈み込んで行くような、不穏な匂いが闇の奥から滲んでいる。六兵衛は首筋に冷汗を感じた。
「六兵衛ッ」
突然、闇の中から割れた声が飛び、六兵衛はひっくり返らんほど驚いた。亀井七志郎だった。六兵衛が家を覗き込んだ時から、暗がりにじいっと立ち続けていたのだ。
「だ、旦那、はあ、いらっしゃるなら返事くらいお願ぇしやすよ。その、お休みのとこ、悪いんすが、ちょっと……その……殺しが起きやして」
七志郎は黙って六兵衛を凝視している。
「……鹿子町まで来て欲しいんすが……」
何か変だ、と六兵衛は思った。不穏な匂いがぷんと強まった気がした。
「あ……えっと、そう、奥様の御具合は……いかがで……」
七志郎は、何も答えず六兵衛の顔を見つめ続けている。六兵衛はその場を逃げ出したい気を抑えて言葉を続けた。「あの、旦那」
「おい六の字ッ」
「へいっ」
七志郎は闇の中からぬぅと出てくると、無表情のまま真っ直ぐ顔を近づけて云った。
「貴様、妙に顔色が悪いな。どうしてなんだ」
六兵衛はびくと身を震わせる。「どうしてって、そりゃ、まあ朝から殺しとあっては、あまり気分も、ね」
「何を誤魔化している。ははあ、分かったぞ」
七志郎は刀の柄に手をかけた。
「旦那、な、何を」
「殺しの下手人、実は貴様なのだなッ」
「はあっ?」
思わず六兵衛は笑いそうになったが、抜き放たれた白刃に色を失った。悪いご冗談を、ホラあっしはいつも通りと訴えかけたものの、七志郎は全く耳を貸さない。
「貴様の嘘は明白。観念せい」
陰鬱な屋根瓦から、悲鳴に驚いた雀たちが一斉に飛び立つ。六兵衛はずしゃりと戸口に崩れ、流血しながら絶命していた。
「馬鹿者め。鹿子町と申したな」
七志郎は不機嫌な顔で刀をそのまま鞘に戻し、闇の奥へ声を掛けた。
「おい、お千。現場を検分してくるから、この六兵衛を片付けとけ。それから朝飯を用意しろよ」
七志郎の妻、お千は寝床から幽霊のような顔を向け、目を見開いたまま身動きもなく七志郎を見送った。
現場まで暫く歩くと人だかりが出来ている。七志郎が割って入ると六兵衛の兄貴分、岡っ引きの伍助が挨拶をした。
「旦那、恐れ入りやす。あれ、六兵衛はどうしました」
「死んだ」
「へ?」
「私が成敗した。驚くな、実はな、この殺しの下手人は六兵衛であったのだ」
「いっ、そんな無茶苦茶な。いや、あの、今、この男が名乗り出て来たんで。自分がやったと。ええ、これは近くに住む四太郎と申しまして、その、あっしがふん縛って」
亀井七志郎は後手に縛られた四太郎に歩み寄ると、いきなり抜刀し上段から斬りつけた。野次馬たちがヒャアと声をあげ、伍助が叫んだ。
「何をなさ……」
言葉は続かなかった。血塗れの刃が、伍助の首筋へぴたりと当てられたのだ。
「謎はすべて解けた。おい伍助、貴様も共謀していたのだな。六兵衛と組んで偽の下手人を仕立て、私を陥れようとしたのだな。そうだな。もう騙されぬぞ」
伍助は何を云われているのか皆目分からず、ただただ喘ぎ続ける。
「皆で馬鹿にしおって。死んで詫びろ」
刃が走り、伍助は何一つ分からぬという顔のままでぶっ倒れた。周囲でふたたび大きな悲鳴が上がる。「騒ぐな!」野次馬に向かって突き出した刀が、魚屋の三吉の胸に刺さった。ひいぃと隣で腰を抜かす者、叫んで手を振り回し右往左往する者、辺りは騒然となった。「騒ぐなと云っておろうが!」七志郎は魚屋三吉の胸から刀を引き抜くと、逃げ惑う町人に向かって力を込めて投げつけた。刀はひゅんひゅんと血しぶきを散らしながら、職人の二郎兵衛の首に命中した。
七志郎が犠牲者から刀を抜こうと近づいた時、大騒ぎの町人を掻き分けて一人の役人が駆け寄った。
「亀井殿!」
七志郎の同僚、菊池一郎太だった。
菊池は亀井の両肩を掴んで叫んだ。
「亀井、何という事をしでかした。乱心したかッ」
「まるで上役のような口ぶりだなあ、菊池殿」
七志郎は菊地の刀を引き抜くと、そのまま彼の腹へと突き立てた。菊地はごおと呻き、信じられぬという顔をして膝をつく。
「馬鹿な……これは夢、夢なのか」
「無論、夢である」七志郎は菊池の腹を抉りながら云った。
「私も今、漸く気がついた。さもなくば、この私にこんな真似が出来ようか。出来るはずがあるまい。なあ、出世頭の菊池殿」
「か、か……」
「それから、あまり私の留守中に家に上がらぬよう」
返事は無かった。菊池一郎太の絶命を確認すると、七志郎は改めて自分の刀を拾い上げた。町人たちがわっと後ずさり道を開くと、七志郎は黙ってその間を抜け、もと来た道を引き返して行った。家に戻ったものの、六兵衛は戸口に転がったまま片付いていないし、食事も用意されていなかった。尤も、ここまでの血生臭さに閉口した七志郎はもう飯を食う気にはなれず、すぐ布団に入って眠ってしまった。
(酷い夢を見た)
七志郎は嘆息して朝食の箸を置く。
(私が人殺しとは。まったく酷すぎる)
「あなた、朝ご飯、もうお終いですか」
妻のお千が心配げに七志郎を見る。七志郎は立ち上がり、
「済まぬ、今朝は嫌な夢を見たおかげで食欲がないのだ。もう行って来る」と職場に向かう。
番所の前には同僚の菊池一郎太が立っている。彼は鼻の穴に白い菊の花を挿している。
「菊池殿。何ですか、その顔は」
「はは、亀井殿、やはりお忘れになられた。そうだろうなと思ってましたよ」菊池一郎太は憐れむような目で笑う。
「今日からは、各々の名前にちなんだ物を鼻に付けて出仕せよと、青木様が仰ってたでしょうが」
しまった、そうであったと七志郎は歯噛みする。休日に亀を釣らなかった事を後悔する。七志郎は助けを求めるように周囲を見回すが、亀の代わりに出来るものなど勿論何も無い。
「お叱りを受けますな、亀井殿」
色々な物で鼻を飾る同僚達が、またまた出世が遠のいたぁと囃しながら、七志郎の頭の周りをフワフワと飛び回って笑い続ける。
「よせ、やめろ」
ああ、もしこれが夢ならば。どれ程ありがたい事かッ。
七志郎は頭を抱えて泣く。
「亀井七志郎、亀井は居るかッ」
どこからか七志郎の上司、与力の青木零明の怒鳴り声が響いてくる。青木様に見つかっては大変と七志郎は慌て、その場にあった布団に頭からもぐり込む。不穏な匂いを含んだ暗闇の中で、もう嫌だ、と泣きながら首を振る。どうして私だけがと布団の中で首を振る。
「……亀井、そこにいるのは分かっておるぞッ。出て来いッ」
「……亀井殿、逃げ隠れはよせ!」
「……亀井殿!」
○作者附記:書きたいから書いた。反省はしていない。
エントリ2 黄昏の国に在りて ごんぱち
中根晴雄厚生労働大臣は、秘書の運転するクラウンの後部座席で新聞を開いていた。
「先生、そろそろ到着です」
「そうか」
中根は新聞から顔を上げ、ネクタイを締め直す。
それから、議員バッジを外して付け直した。
車はテレビ局の駐車場に停まり、中根と秘書は降りる。
「どんな番組だったかな?」
「女性の社会進出に関する討論番組です」
「ああそうかそうか……あの学者、苦手だよ。古い持論に固執し過ぎていてね」
「ははっ、あちらもテレビで喋る以上、偏らざるを得ませんからね」
二人は、関係者入り口を通り、テレビ局内に入って行った。
テレビ局の駐車場内に停まっているマーチの運転席に東雲裕真はいた。
カーナビのモニタを利用した端末画面に、廊下を歩く中根の姿が映っている。
楽屋に入り、着替えとメイクを済ませ、スタジオへ。
秘書の胸ポケットの位置からの映像だった。
「……中根晴雄、大臣就任から二年。地元の名士、企業、暴力団、そして霊能者」
東雲は中根の姿をじっと見つめながら、片手で端末を操作する。
画面に、過去の番組の映像が重ねて表示される。
「廃仏毀釈――政府内部での正式名『呪い屋処分』――によって、霊的事象は警察と政府中枢が独占的に対応している。並の議員ならともかく、国務大臣ともなれば何かにつけて『密接な』関わりが出るもんだ」
同じ席で、同じようにコメントをする画面の中の中根。前回、前々回、何重にも中根の映像が重なっていく。
「その点でこいつは『怪しくなさ過ぎる』」
映像がデジタル処理され、修正、集約されていく。
合わさった中根の映像の中で、議員バッジだけが位置をずらし、二つ表示されていた。
映像、新聞、雑誌、書籍、ダイレクトメール。
内閣調査室第二分室の一室で、収集された資料を、東雲と助手の第一分室員達が次々にチェックしていく。
「東雲さん、これ」
室員の一人が、アルミ粉で指紋を浮き上がらせた新聞の、記事の一つを指さす。
『訃報 角田家 十二月一日告別式 十二時四〇分』
「指紋位置、数等からの推測で、この広告の注視が認められます。同様に、広告を注視していると思われるものが、現時点で三件見つかっていっます」
「ほほぅ」
東雲はにやりと笑う。
「新聞社の広告のスポンサーを洗え。すぐにだ」
その時。
東雲の携帯端末が振動をする。
「――なんだ、フリードリッヒ」
情報提供者の一人だった。
『永田町の厚生労働省庁舎建設の現場で、不発弾が発見されたそうだ』
「不発弾?」
『種別は、核だ』
「核? 東京で、だと? まさか」
『極めて危険な状態だそうだ。総理は、処理と避難命令を出す』
「ばっ、東京は太平洋戦争の悪霊が相当残ってるんだぞ! ここから生者を退避させたら!」
『生死の気の量が逆転し、次に生まれる生物に新鮮な魂が入らない。死体と悪霊の拡大再生産。怨霊会の出来上がりだ』
「なんだってそんな無茶を!」
『先に核の件がリークされたからな』
「誰がそんな馬鹿な事を!」
『そこまでは分からんね』
「……ご苦労だった」
東雲は携帯端末を切る。本日を表す十二月四日の文字と時刻が表向きのウィンドウに表示される。
ふと、東雲は起きっぱなしの新聞に目を向けた。
『訃報 角田家 十二月一日告別式 十二時四〇分』
「十二時四〇……十二月四日……角田……核……」
東雲はゆっくりと立ち上がる。
「新聞広告で報告を受け、テレビ番組のバッヂの位置で指示を出す。一体いつから決めてたんだ、その作戦を」
そして、ドアから飛び出して行った。
工事用の金属柵が見えて来る。
金属柵の周囲は、自衛隊員と警官が固めている。
彼らは駆け寄って来る東雲を見、スピーカーで怒鳴る。
「都民の皆様は退避して下さい! ここは危険です!」
「警視庁だ、手伝ってやるってんだ」
東雲は一気に近付き、通用口に手をかける。
「警視庁から追加応援など、聞いていないぞ! 何者だ、お前は!」
自衛隊員の一人が、東雲の肩を掴もうとする。
東雲は一歩踏み出し、向きを変え、しゃがみ、それからまた立つ。
バランスを完全に崩された自衛隊員は、高く宙を舞い、地面に背中から落ちた。
「がはっ!」
「我らの理念を邪魔する者か!」
自衛隊員の一人が、小銃の台尻で殴りかかって来る。
東雲は相手の薬指一本を掴み、ねじ上げ、地面に這いつくばらせる。続いて突き掛かる警官を投げ飛ばし、しがみつく自衛隊員を蹴り倒す。
その動きには無駄がなく滑らかで、東雲自身はほとんど力を使っていない。
東雲は通用口を開ける。
中には。
ずらりと並んだ自衛隊員達が、東雲に銃口を向けていた。
「なあ」
東雲は呟く。
「何故、今、撃たない?」
次の瞬間には、東雲は二〇メートルも離れた場所に走っている。
自衛隊員が再び狙いを付ける前に、次々に無力化させられていく。ある者は悶絶し、ある者は腕の機能を破壊され、意識を失う。体術と呼ぶのも不似合いな、鋭く正確な動きだった。
「……総理に避難指示を出させてから十三分。そして、警官、自衛官の混成九十名の囲みを破る。恐るべき、手腕だな」
杭打ち機のキャタピラに腰掛けていたのは、中根だった。
東雲は一気に間合いを詰め、中根の喉を掴む。
指に力を込めれば、そのまま中根は死ぬ。
だが、東雲は一瞬の間を開けた。彼自身にも分からない、奇妙な躊躇いだった。
「――君らのような人間が生きる未来で、あって欲しい」
「核の不発弾をでっち上げて、怨霊会を起こそうってヤツのセリフか?」
「怨霊会は虐殺ではない」
「……見越した上、か」
「二〇年かけ、調べ、練った。怨霊会は、魂の弱った者――老人だけを殺す。弱い者の魂を食い破り、肉体を奪おうと集まり、彼の者の肉体から魂を少しづつ引き剥がす。ただ、それだけ」
中根の目に迷いはない。
「若者に養われる事しか出来ない老人を、穏やかに死なせていく。そうすれば、我が国はもっと健康的で若々しい国となる」
「気付いているのか」
皮肉っぽく、東雲は唇を歪める。
「その老人に、お前も入るって事に」
「だから、私はここにいる」
空が、大気が、少しづつ冷えて来る。
命の気配が薄まっていく。
東雲は倒れて悶絶している傍らの警官の手からニューナンブを取り、中根に向ける。
銃声が鳴り響いた。
中根は呆然と東雲を見つめる。
「――対霊浄化弾。検非違使の時代から幽霊相手に戦っていた組織だからこそ作れた、対霊用の飛び道具。日本警察の標準装備だ」
東雲はまた引き金を引く。
中根に寄って来る悪霊が、弾丸に貫かれまた霧散した。
「霊感のかなり少ないオレにも見えやがる。怨霊会ってのは、大したもんだ」
悪霊を次々に撃ち滅ぼしていく。
弾を撃ち尽くした東雲は、警官の警棒を取り、引っぱる。
警棒の中から、日本刀の刃が現れる。
東雲は仕込み警棒の日本刀で次々に悪霊に斬りかかる。東雲の微弱な気は、刃に凝縮され、悪霊を断つだけの力を持っていた。
「私を……助けるのか?」
「自分のしでかした事を見届けるさせるまではな」
東雲は日本刀で地面に呪を刻む。悪霊は、中根の姿を見失い始める。
「助かった、なんて思わねえ事だ」
空を、東雲は見上げる。
「オレの裏切りは、内調第二分室に既に知られている」
「内閣調査室?」
「第二分室だ。さあて、鬼が来るか、蛇が来るか……その程度だったら、どれだけ楽か」
沈みかけた日は、東雲達の影を長く、長く引かせていた。
エントリ3 キャプテン・キムラ 後編 LORTO
サルディナの戦闘用宇宙服の肩部キャノンが紀美をロックする。
「死にさらせ!」
「きゃああっ!」
監視カメラを見ていた木村が、思わず悲鳴を上げ目を閉じる。
と。
砲口からは、何も出て来ない。
「弾切れ――」
次の瞬間、戦闘用宇宙服の固定武装が、全て強制排除された。
「誤作動ぉだとおお!?」
「――インターセプター紀美って通り名、聞いた事はないかしらぁ?」
紀美はにやりと笑う。
「宇宙服のOS程度なら」
戦闘用宇宙服のロケットがサルディナの意思と無関係に火を噴く。
「自由自在に操れるわ」
「うおわああああっ!」
廊下に何度も叩き付けられながら、サルディナは船外まで飛び出して行った。
「おぼえてろおおおおお!」
「いやぁ、助かったよ」
木村はコックピットにやって来た紀美の手を両手で握る。
「いえ、せめてもの誠意の証しという事で」
紀美はにっこりと微笑む。
「さっきの技、ナノマシンね」
リリが確かめるように言う。
「強化手術で、脳に制御チップを埋め込みました。主に電気信号に割り込み、機器の制御を行います」
「で、紀美」
リリは、紀美を睨む。
「守夫をスカウト? コソドロよ、こいつ」
「コソドロ言うな! ただ、動いている宇宙船よりも、停まっているのの方が楽だし、戦うよりも戦わない方が楽だから、留守を狙ってるだけだぞ!」
「強大な海賊ギルドに逆らえる、それだけでも、侠気と度胸の証明ですよ。組長もそこに惚れたって」
「なるほど、見てる人は見てるんだなぁ!」
木村は嬉しげに何度も頷く。
「じゃあ、来て下さる、と?」
「ん? 断る」
「ええっ、だって……」
「海賊ギルドって、悪いじゃん。オレ、悪いの嫌いなんだ。だから、ギルドの船からばっかし盗んでるんだし」
「世の中には必要悪という言葉もありまして。海賊ギルドがなくなれば、お祭りのテキ屋もなくなりますし、チケットもお金出しただけじゃ買えなくなるし、麻薬とか買えなくなるし、デリヘルもソープもなくなるし……」
「必要悪って言っても悪じゃん」
「いや、それは必要の方の比重が大きくて!」
「無駄よ、紀美」
リリは笑う。
「うちのキャプテンはね、バカなの」
「バカって言ったら、自分がバカなんだぞ」
「じゃあ、今それを二倍口にした守夫の方が、より一層それね?」
「ぐぬぅ……」
「……分かりました」
紀美は俯く。
「でしたらせめて、この宙域――モルティ・ストマーチの縄張りを――出るまで、護衛をさせて下さい。木村さんのような漢が、あんな野蛮な連中に殺されては、宇宙的損失です」
恒星が近付いて来る。
紀美を乗せてから、五日が過ぎていた。
「第二十七ポイントを通過しました」
リリが告げる。
「……やりました」
紀美が深い溜息をつく。
「竜神会の、縄張りです」
「良かったぁぁああ」
「無事に抜け出せたみたいね」
白鶴丸は巡航速度で進む。
「じゃあ、宇宙ステーション『斉藤六』でお別れだ」
「はい」
寂しそうに紀美は木村を見つめる。
「竜神会に入っていただけなかったのは残念ですが、あなたという人物に生でお会いする事が出来て、光栄でした」
『逃がすかあああああ!』
その時。
サルディナ率いる戦闘艇団が、猛烈な勢いで突っ込んで来た。その数、二億。
「ばっ、馬鹿、何を!?」
『モルティ・ストマーチの縄張り、素通りされたとあっては、顔が丸つぶれじゃい! もうアレの事なんぞ、どうでもええわい!』
戦闘艇が、粒子砲を発砲する。
「うわああっ」
粒子弾が、白鶴丸をかすめる。
「追加装甲に被弾、損傷軽微、逃げます!」
「追加装甲?」
紀美が訝しげな顔をする。
「ああ、ギルドの船から盗んだ装甲版を、輸送がてら貼り付けててね」
自慢気に木村が答える。
「装甲版……を、そのまま?」
「色は塗り替えたよ」
「あの……ひょっとして、それは複合装甲で、間にこう、黒い感じのツブツブが」
「良く知ってるね?」
「そのツブツブ! 核融合促進触媒ですよ!」
「ええっ!?」
リリが声を上げる。
「純度九十八パーセント、核融合エンジンのエネルギー効率が七〇〇〇パーセント増しになる、最高級品……なのにぃぃ……ああああ、ボスに処刑されるぅぅぅ」
紀美は歯がみする。
「い……今死ぬよりマシでしょ!」
また一発、追加装甲が砲撃を防ぐ。もう半分近くが削られている。
「守夫、操作渡して。重力加速とターンで振り切るわ!」
「相手も同じコース取ってるのよ、逃げられる訳ないじゃない!」
「リリに任せよう」
木村は操縦桿から手を離す。
「リリ。ユー・ハブ・コントロール」
「アイ・ハブ・コントロール!」
白鶴丸は、恒星に突っ込んで行く。
サルディナ達の戦闘艇は、僅かづつ間合いを詰めて行く。
大出力を持つ宇宙船にあっては、加速度差は機体性能よりも乗員の耐久度に依存する。
「ふぎぃぃぃぃ、アンコ出そう……」
木村はもの凄いGでシートに押し付けられ、身動きが取れない。
戦闘艇が粒子砲を撃ち、追加装甲がまた削られる。
「ひぎぃぃぃ、死ぬ、死ぬ、結構死ぬぅ!」
「逃げ切れないぃぃ! 武器は? ねえ武器は?」
「コソドロの宇宙船にそんな目立つもん付いてる訳ないでしょ。そもそも」
リリは笑みを浮かべる。
「追加装甲だって、今回が例外よ」
次の瞬間、追加装甲がパージされ、恒星に一直線に落ちて行った。
「あああああああ! なんて事をぉおお!?」
白鶴丸の後部は完全に無防備になった。
粒子砲を受ければ、一気に破壊される。
『殺った!』
サルディナが勝ちを確信した時。
恒星から巨大なプロミネンスが吹き上がった。
『え?』
プロミネンスは、一気にサルディナ達を呑み込んで行く。
スピードの乗った二億の船団は、停止する事も出来ずに次々にプロミネンスに突っ込んで行った。
「……凄い、雑魚がゴミのようだ……ストームトルーパー効果って、あるんだなぁ」
「どうすんのよ……どうすんの……処刑される、絶対処刑される。こんな事なら、さっさと殺しておけば良かった。まさか、あんな簡単な場所に隠してあったなんて……」
紀美が頭を抱える。
「ああ、その件なんだが」
木村が静かに言った。
「――いやぁ、とても、あたしに敵う相手じゃありませんでした。群がるサルディナ暗殺部隊をちぎっては投げ、ちぎっては投げ!」
ギルドの首領の前で、手枷足枷をはめられた紀美が喋りまくる。
「正しく大海賊です。あれ程の漢が触媒を狙ったんです。どうして防ぎ切れましょう!」
身振りも付いている。
「大海賊木村、触れてはならない恐るべき存在の一端に触れた思いです。流石に、ずっとギルドに喧嘩を売って尚、生き続けていられるのは伊達や酔狂じゃありません!」
「ふむ……」
首領は暫し黙考した後、重々しく口を開いた。
「その木村という漢、味方にすると心強いが、敵にすると恐ろしいな」
傍らの部下に目配せする。
「手配書を作れ。生きていれば部下にする。死んでいれば憂いがなくなる」
「はっ」
「それから、インターセプター」
「はっ」
拘束を解かれた紀美は控える。
「ご苦労だった。休んで良いぞ」
「ありがとうございます」
一礼して、紀美は謁見室から出る。
「……ふぅ」
紀美は溜息をつく。
「処刑は、免れた、か」
廊下を歩く。
「賞金付き指名手配……」
携帯端末の画面に、早速木村の手配書が表示される。
「もう一度ぐらい、会ってみても、良いかも」
呟いて紀美は、小走りに走り出した。
「あの……リリってシステムに」
エントリ1 ウーティスさん
(本作品は掲載を終了しました)
エントリ5 初老の男 石川順一
今日は激しい雨の降る陰鬱な日だった。何時もだったら頻繁に出たり入ったりする客足もかなり遠のいて仕舞って居る。店内は閑散として、まさか閑古鳥が鳴きも仕舞いが、そんな気がして来るような日であった。最近の雨はまとめ降りが多いなあと思いながら、私はカートを回収したり買い物カゴや清算カゴの回収に勤しんで居た。雨の日は濡れたカートを雑巾で拭くのもエクストラワークのうちの一つだった。まあ店内で使用してそのまま出入り口のカート置き場に返却してくれれば拭かなくてもいいんだけど、みんな車で来て居るからね。どうしても外のカート置き場へ置いて行く人も結構居るんだよ。偶に他部門の人が応援に駆けつけてくれるが、雨の日が難儀な事は間違い無いね。
激しい雨だったが、濡れたカートを拭く事以外は晴れた日とほとんど同じ事をやって居たら、何か出入り口付近でおかしな事態が起こって居た。
雨が降って居なければ、頻繁に店内と外を行ったり来たりして出入り口もしょちゅう通過するんだけど、今日の様な雨の日はどうしても同じ所に長い事張り付いたりする。例えば濡れたカートを拭く為に軒下に長い事居たりするんだ。だから雨の日は買い物カゴや清算カゴの回収はなるべくレジ打ちの人にやって貰う。雨の日は特に今日の様な強雨の日は客足がぱたんと途絶えて居る物なので両方やれるだろうと言う計算だ。勿論よろず雑用の私も、偶に店内に顔を出してカゴの回収に精を出したりして出入り口を通る事はあるのだが、どうしても通る回数が減って仕舞うのはしょうがない。
なのでおやと思った。出入り口にはカートがすかすかの部分があって、通り道は勿論あけてあるが、カートは通り道の境界線上ぎりぎりまで通常は詰めて置く。じゃないと客がわざわざカートを取る為に歩いていかなければならない。わずかな距離だが心理的抵抗があるだろう。だから客の出入りが激しいときはカートが店内にたくさん出回って居るので、先っぽを空けてでもカートの最後方を通り道の境界線上ぎりぎりまで持って来て置く。同様に客足が全然無い時も、無駄なカートは格納庫に格納して置いてわずかなカートを並べてカート列の最後方を境界線上に合わせて置いて置く様にして居るからどちらにしてもカート列の先頭方向に死角が出来て仕舞う訳だ。
死角が出来て仕舞っても客足が多いのであればいいのだが、今日の様な激しい雨の日は、従業員も出入り口を滅多に通過しない。しても回数が少ないから、死角でだれかがこそこそやって居ても気付かないだろう。
私がその数少ない、出入り口の通過をした時に、そろそろ店内の方も気になって来てカゴの回収でも手伝おうかと、言う感じで通過したのだが、何かひそひそかすかな声が聞こえて来る。
一人は野太い男の声の様だが、互い違いに聞こえて来るもう片方の声は3,4歳の女児の声の様だった。パパと何か秘密の話でもしているのかなとちょっと除いて見るとのけぞるほど驚いて仕舞った。
初老の男が人差し指をしーっと唇の方へ持って行きながら
「さあさあさあ、雨の日は服を全部脱いじゃおうね、脱がないと悪魔に食べられちゃうぞ、死んじゃうぞ」
と、でたらめな事を女児二人に教えて居たからだ。女児二人はすっかりその話を信じ切って居る様で、口を真一文字にきゅっと結んで、真剣なようなおびえて居る様な表情で、服に手をかけて脱ぎにかかろうとした。
「ちょっと待った」
私は間一髪声を掛けて女児二人の行為を制止した。
「なに、でたらめ吹き込んで居るんだ。君たちも脱いじゃ駄目だ」
初老の男は少しぎょっとしたようだったが、直ぐに気を取り直すと
「何を言いがかり付けて居るんだ。私はこの子たちと健全に遊んでいたんだ。変な難癖をつけるんだったら出る所に出てもいいんだぞ」
と、すごんで来た。
やれやれ、しょうが無いなあ、現行犯で現場を押さえられて置きながら、まだしらを切りとおそうと言うのか。私はあきれて仕舞ったが、とっくみあいになっては私に非がある事になるので、ここは努めて冷静に店長を呼ぶ事にした。
すぐさまアナウンスマイクを胸ポケットから取り出すと
「緊急事項発生、直ぐ現場に来られたし」
と、店内アナウンスをかけた。これで店長は事情を察して飛んで来てくれる筈だ。相変わらず初老の男は、勝手に呼べばと言わんばかりに余裕の笑みを顔にたたえて居た。
「店長出張の為現在居ません」
しまった、出張だったか、誰かが察してアンサーアナウンスをしてくれた様だが、私は少しばつの悪い思いをした。
「でしたら、副店長を」
と、今度は直接職名を告げて再び店内アナウンスをアナウンスマイクでした。ばつの悪い思いから私は少し焦って居た。
どうしたのかねと副店長は数分と経たずに飛んで来てくれた。
「この人が女児二人の服を脱がせようとしたんだ」
「何を言って居るのかさっぱり分からんね。だいたい私はこの子たちの両親と親友同士でもあるんだ。もうすぐこの子たちの両親が買い物を終えて帰って来るから聞いて見るが良い」
「そんな事関係ありませんね。ようはあなたがこの子たちの服を脱がせようとしたかどうか、それだけが重要なポイントなんですから」
私と初老の男の話を等分に聞いて居た様な副店長は
「うーん、まあとにかく警備会社のマコムに来て貰おうじゃないか」
と言って事務室に帰りかけようとしたその時初老の男は、突然逃げ出そうとした。
私はひどくうろたえながらも男の片手をつかむと副店長がもう片手をつかんだ。
「観念しなさい。私は既にマコムからのリアルタイム情報によって貴殿の悪行を把握して居ました。もう言い逃れは出来ませんぞ」
じきに女児二人の両親もやって来た。初老の男が女児二人の両親たちと知り合いなのは事実らしかったが、子供たちは既に独立し、妻には先立たれ大変さみしい生活を送って居るとの事だった。
私は心底同乗しながらも、だからって女児をだます事は無いじゃないかと言う正義の心の方が勝って居た。
さみしさを紛らわす為に老人草サッカーチームに入会してあっと言う間にキャプテンに昇り詰めるほどサッカーに入れ込んで居た様だ。他流試合なんかが有ると女児の両親も招待して女児2人も来て居る目の前でよくハットトリックを決めて女児二人をメロメロにして居た様だ。
そう言う事も手伝ってか、サッカーヒーローのおじちゃんの言う事は、女児2人もころっと信用して仕舞ったのだろう。
「さみしかったんじゃ、わしはサッカーヒーローだった。くるみちゃんとめぐちゃんもわしに大変なついとった。試合でハットトリックをよう決めて、二人もわしを崇拝しとった。だがさみしかったんじゃ。サッカーに入れ込めば入れ込むほど、友はわしの前から去って行った。なんでじゃ、わしに悪い所は全然無いのに。とにかくさみしかったんじゃ」
私は副店長と話し合ってこの男を「釈放」する事にした。猥褻行為はどうもマコムからの連絡によれば未遂に終わった様だし、余罪も無い様なので男は御咎め無しと言う事になった。
くるみちゃんとめぐちゃんの両親が買い物を終えると二人を迎えに来た。何事も無かったかの様に帰って行ったがこれでよかったのだろう。初老の男は心に溜まって居た「おり」の様な物洗い浚い吐き出して、もう二度とあんな愚行はしないだろうと私は思うのだ。
○作者附記:初めての3000字小説です。よろしくお願いします。
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