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エントリ1 デート 石川順一
「さあ良策は?はよ言わんかい」
ラナ玉井はホワイトジャックを言葉で攻め立てた。
「まあそうあわてずに。ちなみに石川県は一番のぐそをする人が少ないらしいですよ。今回の話とは関係無いですが」
「どうしてそうやってじらす?」
「私はいまわのきわのお婆ちゃんにオンラインの野球ゲームをやらしてあげる為にパスワードを書いた紙が入ったカゴを持って石川県まで行って来ました。そこで石川県民がのぐそをする頻度が驚くほど少ない事を知ったのです。そしてですね、実はそのことが今回の事と大いに関係があるのです」
「前言を翻した末にさらにじらしたわね」
「まあそうあせらずに。その貴重なのぐそを定性分析した上でなんと、癌のワクチンを作る事に成功したのです」
「にわかには信じられない、どうして石川県民ののぐそで癌のワクチンが出来るのか。根拠は。非科学的じゃないの」
「実は根拠おおありなんです。どうして石川県民がのぐそ頻度が少ないのか、その原因を探って行ったら驚くべき事実に行きあたりました。石川県民は多くの人が石川県知事が音頭取りで開発した「うんこ出なくなーる」を飲んで居たのです。もちろん、便秘で出ない訳ではありません。「うんこ出なくなーる」を飲んだ結果、健康的にうんこの頻度が減るのです。なので当然のぐそも少なくて当たり前です。この話にはまだ先があります。そして数少ないのぐそですが、これがまた驚異的なのです。「うんこ出なくなーる」を飲んだ人のうんこはですね、非常に癌細胞を殺すのに役立つのです。これまでの薬でありがちだった、癌細胞の増殖を抑制するとかそんなちゃちいものじゃありませんよ。もうズバリ癌細胞壊滅薬です。せこい副作用一切なしでね。ではなぜのぐそがいいのかそれは「うんこ出なくなーる」を摂取した人のうんこは陽の光りや雨露など自然の作用を受けると、すごい癌特効薬になる事が判明したのです。」
「ほんとかいな、だったら屎尿施設のクソを水につけたり太陽の光を当てたりすりゃ同じじゃないの」
「それが違うんです。詳しい原因は分かりませんが、出たてのほやほやの絶妙のタイミングで陽にさらされ水や空気に曝されるのがいいらしいです。ちょっとでも時間がたつと駄目みたいなデリケートな事情があるらしいです。だからのぐそなんですよ。」
「ふーんにわかには信じられないが、玉子や麻衣子が助かるんだったら藁にもすがる思いで信じて見ようかね」
まだ厚生労働省の認可が降りて居ない裏新薬として一つ一億円で商談がラナとホワイトの間で成立した。
玉子と麻衣子はやはり最初は半信半疑だった。
「えーこれ飲むのー?なんか臭いんだけど、何で出来てるのよ」
と玉子。
「臭いだけでは無くて何か堅そうな気が」
と麻衣子。
麻衣子のけげん通りこの薬は堅過ぎて特殊な液体に混ぜないと飲めないのでさらにその液体に一億円払って貰いたいとホワイトはラナに迫った。
「何処までも商売上手ね、この悪党が」
「私はあなたがイッカクほかくのノウハウを確立した事を知って居ます。二億や三億安いでしょ」
くー痛い所付きやがって。ラナは悔しがったが後の祭りだった。
こうなったらあのホワイトと言う男を娘を使ってたらしこむしかない。
「これ玉子に麻衣子、あのホワイトをたらしこんで金を出させなさい。何でうちらの方が無認可の新薬に数億円も出すのよ。実験台になってあげるんだからそっちが出せっつーの。」
ラナは興奮した。
「まあまあお母さん。私がたらしこんで見せましょう」
とりあえず麻衣子がホワイトをたらしこむ事にした。
「ホワイトさんデートしましょう」
先ずは麻衣子がホワイトジャックに電話した。
「うーーんんん、こっちから電話したのに。大事な顧客ですからな。」
まあ憎いと麻衣子は思ったが、ここでこけてはたらしこめないと思い、麻衣子はこらえた。
「ホワイトさん渋谷区の喫茶店でデートしましょう」
「えーーっつ、あんな高い所で?石川県の方が安いのに」
「私たちそこで金貸し業やってのよ、それでなんだけど」
「なんかいやだなナットチープだからね。イクスペンスィヴいやなんだ。インイクスペンスィヴが大好きさ」
「なら石川県でもいいけど」
と言う事で石川県でデートする事にした。
お互いに手作りの弁当を持参してなるべく相手に精神的な負担をかけないように配慮したデートになった。
「ホワイトさんの好きな食べ物は?」
「私はステーキか好きだよ、肉類は全部好き。」
「どんな肉が特に好きかな、具体的なの肉の名は?」
「そうだなハンバーグとか、牛肉とか、羊の肉も好きだし、豚肉も抵抗が無いし、鶏肉は普通に好き」
「そうなんだ。趣味とかあります?」
「なんでもやるよ、俳句も詠むし、短歌も詠む。川柳もやるしね。」
「スポーツは?」
「水泳とかサッカーかな、最近野球も始めたけどね」
「どれぐらいの腕前かな」
「水泳はインターハイ出場予選落ち、後はオンラインゲームでやっているだけだよ」
「そうなんだ、パソコンでやっているんだ」
「全部無料だけどね、とくにサッカーゲームはトトで一億円当てたけどね」
「え?一億円?」
麻衣子はホワイトジャックの当てた金額にはっとなった。
これは額的にもたらしこみやすいのではと思えたからだ。
「もう使っちゃたのかな。」
「いや、全額貯金して寄付しようかと想う」
(ほんまかいな)
麻衣子はホワイトの心を疑ったが、罰が当たると思い、想い直して聞き返した。
「私にくれないかな」
と言った瞬間ホワイトジャックの顔の表情があからさまに憂いを帯びた表情になった。
「あげる?君に?麻衣子ちゃんに一億円を?」
少し馬鹿にしたように語気を強めて来た。
「馬鹿な、ありえない、私はこの1億円を当てる為にオンラインゲームを通して非公式に何遍も八百長に近い試合操作をして何度も命の危険にあって来ている、その1億円を貴様如きこわっぱに?」
(そこまで言うか)
と思ったが、必ずしも全て本音とも思えないので何とかならぬものかともうひと押しして見る事にした。
「それがですね、ホワイトさんは非公式にと仰いますが、実はそう言ったたぐいの情報はやはり非公式にですね、金貸し業などをやっとりますと入って来る物でして、しかもなまで。なので加工される前の、こんごとも役にたつじょうほうさえストックされて居ます」
「あなたはあくどい。私と取引しようと言うのか、やめた方がいい、言っちゃ悪いが、こわっぱがしゃしゃり出ると命の保証は出来ませんぞ」
ホワイトジャックは脅迫とも付かぬ言葉を吐き出してすごんだ。
しかし麻衣子はここで引き下がっては、御破算だと思いもう少し食い下がって見る事にした。
「ホワイトさんあなた紳士然として居て結構言う事は言うのね。でも私も言わせてもらうわ。実は次のトトで絶対勝てる情報を持って居ます」
「何ですと!!!」
ホワイトジャックは驚愕したが、果たして麻衣子の話ははったりなのだろうか、それとも本当なのだろうか。
エントリ2 修羅の国から Vol.2 国津武士
「よおし、大人しくしてろ。勝手に喋るなよ」
拘束された船長達の見張りを命ぜられた海賊のウズは、Ak47を握ったまま、自分の腕時計を横目で見る。
十四時三十五分。
秒針はゆっくりと時を刻んでいく。
子供部屋ほどの広さのフロアに、航行システムのコントロールパネルが並び、ディスプレイやメーターが壁を覆い、天井には大型のエアダクトが通っている。
隣室はモニタールームになっており、数十台のモニタで船内の様子を確認出来る。
窓の外の海は凪ぎ、陽は柔らかく、絶好のクルーズ日和と言えた。
リーダーに連絡する為、船内放送のマイクは、スイッチが入ったままになっている。
(十五分経てば、一千万ドルの身代金と、略奪品が手に入る)
ウズは、改めて、意識を船員達に向ける。
皆、怯えた目でウズの方は向いているが、直接視線を交わす事は怖れて、微妙に視線を逸らしている。
そんな中、船長だけはウズをじっと見つめていた。堅固な意志を感じさせる、強い視線だった。
(隙を見せるな……ヤツらにちょびっとでも勇気があって……銃弾を浴びる覚悟で向かって来やがったら、全員殺すのは難しい)
喉の奥で唾を飲み込む。
(舐められたら、おしまいだ。おれが、八つ裂きにされる)
ウズは時計に目を向ける。
十四時三十六分。
(まだ四分しか経ってないのか)
引き金に添えた指が汗ばむ。
小さく深呼吸をしてから、胸ポケットに入っている小さな写真を取り出す。
ウズの両親と弟妹達が笑顔で写っている。
(これが成功したら、家族全員で十年は楽に暮らせる。その間は、海賊なんて危ない事、しなくても良いんだ)
「ご家族?」
船長が尋ねる。
一瞬の間もなく、ウズは引き金を引いた。
「……しまった」
ウズは舌打ちする。
「引き金を引きすぎた」
ウズの一斉射は、一箇所に集まっていた船員達全員に命中していた。呻きのたうつ船員に止めを刺すと、もう誰も生きている者は残らなかった。
血まみれになった船長は、もうピクリとも動かない。
「リーダー! 戻って来てくれ、全員殺しちまった、通信の相手が出来ねえ!」
ウズはマイクに向けて怒鳴った後、モニタルームを覗く。
「リーダーは……」
モニタに映る映像は、目立った動きのあるものが強調表示される。
だが、リーダーの姿が見つからない。
「ん……どこ、だ?」
一つ一つのウィンドウを見るが、無人の通路や部屋、縛られた乗客や乗員ばかりだった。
「リーダー……? いや、それだけじゃない」
目を凝らしても、仲間の姿がない。
「反撃を受けた? いや、船員も乗客も縛られたまま、だ、よな?」
時計に目を向ける。
十四時四十二分。
(もうこんな時間がっ!)
通信機を横目で見る。
(どうする、誰もいない? なんだ、それ? まさか)
「……逃げた、か」
船員達の死体を見つめる。
操舵室の床一面に血溜まりを作っていた。
(銃声聞いて、おれがこいつらを殺しちまった気付いて、失敗したって思って逃げ出した……)
「畜生! おれを置いて行きやがった!」
通信機の呼び出し音が鳴り始める。
「糞っ!」
ウズは通信機を射って破壊すると、操舵室から飛び出した。
操舵室から一番下の甲板まで駆け降りたウズは、船内の通路を走る。
交戦はなかったようで、死体も転がっていない。
操舵室のある最上層、その下に共有スペースと客室のある甲板が三層、そして、船室のある中層、そして厨房や洗濯室、機関室のある下層に分かれる。
クルーズ船としては小型だが、それぞれの作りは広々としている。
通路を走り抜けたウズは、レストランに差し掛かる。
縛られたままの人質が二十名ほど、床に座って俯いている。
テーブルの上には、空いた皿がそのままになっており、倒れたグラスからこぼれた赤ワインが白いテーブルクロスを染めている。
ウズはちらりと人質を見る。
(何の役にも立ちゃしねえ! この豚共!)
苛立ち紛れに引き金を引く。
銃声が二発響いただけで弾切れを起こし止まった。
足を撃ち抜かれた男が悲鳴を上げる。
(弾切れかっ! 糞っ、いちいちイラつく!)
ウズは悲鳴を上げている男の傷口を蹴飛ばす。
「いつまでも騒いでんじゃねえ!」
人質達をそのままに、ウズはレストランのドアを蹴破り、オープンデッキに出る。
オープンデッキの船縁に、ロープがフックで留めてある。覗き込むと、ウズが乗って来た高速船と繋がっているのが見える。
ウズは手慣れた調子でロープを伝い、高速船まで下りた。
「リーダー! ムシャス! オグル!」
ウズは、ドアを開け船室を覗き込む。
だが、誰の姿もない。
「なん、だ、こりゃ?」
背後の客船を見上げる。
「帰ってねえ、のか?」
ウズは船内に置かれた据え置きのトランシーバーを操作する。
「リーダー? おい? いねえのか?」
スピーカーから聞こえるのは微かなノイズだけで、何の返答もない。
「……なんだ、ってんだ」
ウズはトランシーバーから離れる。
「何なんだ、何が起きてるんだよ……?」
時計を見る。
十四時四十五分。
「ヤバい、ヤバいヤバい、ヤバい! このままじゃ、軍が来ちまう!」
ウズは客船をまた見上げる。
だが、誰かが下りてくる気配はない。
「リーダー……糞っ、糞おっ!」
ウズは高速艇のエンジンを始動させる。
無造作に扱われたエンジンは何度か止まりながらも、作動し始める。
高速艇は動きはじめる。
「逃げなきゃ、なんで、こんな……」
強化したエンジンの轟音の中で、僅かに甲板でものの転がる音が伝わる。
「スピード、出ろ、もっと」
高速艇は徐々にスピードを上げていく。
「もっと、もっとだ!」
一切振り返らずに、ウズは高速艇を操る。
やがて高速艇が最高速を超えた速さで走り抜け、客船が水平線の向こうに消えた後、飛来するPKFのヘリコプターとすれ違った。
ウズの操舵する高速艇が、入江の桟橋に停泊する。
かつての漁港は、現在は海賊の為の荷下ろし場で、魚の生臭さも失われている。
「帰って来たぞ、アルバの船だ!」
桟橋にいた男が、ウズの高速船に気づくなり、大声で怒鳴った。
「おお、帰ったか、ウズ!」
「首尾はどうだ?」
「大仕事ご苦労だったね」
「怪我してるじゃないか、大丈夫だったか!」
「ウズにいちゃん!」
町の人々が集まって来る。建ち並ぶ家々からも、次々に人が出て来る。
「よ、よお」
ウズは町の人々に挨拶をしつつ、目だけを動かし港を見渡す。しかし、他の高速艇が戻っている様子はなかった。
「みんな……は?」
「何言ってんだ、ウズ、あんたが一緒だったんだろ?」
女が不思議そうな顔をする。
「いや」
息を飲み込む。
(死んだ? いや、そうと決まった訳じゃない、が)
ウズははっきりと言った。
「思った以上に抵抗が激しくて……みんな死――いや、散り散りになった。バラバラに帰ったから、他は分からねえ」
(臆病風に吹かれて逃げたと思われたら、この先何を言われるか分かんねえ)
人々は押し黙る。
「おれがこれだけの傷で済んで……申し訳ない」
「なに言ってるんだよ、ウズにいちゃんだけでも帰って来てくれて良かったよ!」
弟の一人が言う。
「ああ」
「そうだな」
「海賊に危険は付き物だ」
「次は上手くやれば良いさ!」
人々は多少のぎこちなさはあるものの、口々にウズをなぐさめ始める。
「ごめん、本当に……ごめん」
俯いたまま、ウズは小さく溜息をつく。
安堵の溜息だった。
エントリ3 紙折りの富子さん 2 ごんぱち
セミの声は、店内まで響いていた。
「やぁ、鉄道工事のお陰で塩竃の町も賑わって、こっつも商売繁盛ださぁ」
食堂の主人は嬉しそうに笑う。腰のしゃんと伸びた、背の低い初老の女だった。
「じゃあ、反対している人が多いって話はガセなんですかねぇ」
「みふぁいね」
児玉富子と彩世は、話を聞きながらざるうどんをすする。
富子が二〇代前半、彩世が一〇歳前後。二人ともが洋装、ズボンにベレー帽で、年の離れた美人姉妹と言った風情だった。
「誰が言ったか知ゃねけど、鉄道が出来たら今まで来なかった人が来るんだがら、賑わうさ決まってるべっちゃ」
「ごもっとも」
富子はブラウスに薄手とは言えジャケットを羽織っているが、汗一つかいていない。
「今度はいよいよ青森まで繋がるっつーし、全く鉄道サマサマだっちゃ」
「こんぬずわ」
「いらしゃーい」
主人は富子達のテーブルから離れて行った。
富子と彩世は少しの間、黙ってうどんをすする。
「姉様」
先に食べおわった彩世が顔を上げる。
「鉄道を嫌がる人々、っていう記事は書けそうにないね?」
「そうねー、新聞記事も当てにならないわねぇ」
「明治維新からこっち、新しい物は歓迎するフウチョウがあるんじゃない?」
「……ふふふ、そんな年じゃないでしょ、彩世ちゃん」
塩竃から仙台を抜け、道は細く、人里から遠くなっていく。
日は僅かに傾きかけていた。
富子は何の前触れもなく立ち止まる。
少し先を進んでいた彩世が、気配を察したのか数歩歩いた後に立ち止まり、振り返る。
「姉様!」
富子に駆け寄る。
「立ち止まる時は先に言ってって何度も――」
「行くよ」
富子はジャケットの内ポケットに手を突っ込むと、中から親指ほどの太さの竹筒を取り出した。
竹筒の中からは、真っ白い、四角い紙が出て来た。
一片三寸四方の完全な正方形。
これを、富子は折り始める。
一手三折り。
繊細で素早い指先の動き。
折っているというよりも、紙が自然に変形して形を作っているようにすら見える。
たちまち、折紙の「馬」が折り上がった。
そして、それを放ると、瞬時に馬具を付けた本物の馬の姿の式になった。足の太い、がっしりとした体格の黒鹿毛だった。
深夜、富子と彩世を乗せた馬は走る。
狼の遠吠えが聞こえる。
木々の間から僅かに星が見える他は、漆黒の闇に近い。
馬は僅かほども走りを弛めない。
ぐぅぅぅぅ……。
音と震動が、富子に伝わった。
「彩世ちゃん、お腹空いたの?」
しがみついたままの彩世は、寝息を立てている。
「やっぱり、彩世ちゃんには今回の取材は大変だったかしらねぇ」
富子はしっかりしがみついている彩世の手を撫でる。
「私なんかに付いて来ないで、姉様達と一緒にいれば、ずっとマシな暮らしが出来たのに、本当に」
僅かに彩世の手に力が入る。
「ま、この子が決めた事だから、良いけどね」
富子は微笑む。
「とりあえず、私も暖かくて助かるし」
狼の遠吠えはするが、近づいて来る気配はない。
「青森に到着したら、おいしいものいっぱい食べようね、彩世ちゃん」
彩世が唾を飲み込む音がした。
セミの声のする青森駅の周囲には、人々の姿があった。
農民、漁師、商家の者や、洋装の者まで、様々に集まっている。乗客らしき者は皆無で、皆、興味本位で集まっている野次馬のようだった。
「――いつから来られてるんですか?」
ムシロを敷いて座っている男に、富子は尋ねる。
「昨日の夜からだし」
見なれない洋装の富子に、男は少し緊張気味に答える。
「そんな時間から? 到着は正午頃の予定ですよね?」
「菱田様が、東京さ行った時にな。帰りが二日も早くなった事があったんだし」
「上野と青森の間を、一日ぐらいで移動出来るんですよぉ」
「そったら訳ないだべうね。函館さ昆布さ仕入れに行ぐのと訳が違うんだ、はっはっは!」
「はっはっは!」
男と富子は笑った。
「答えて貰ってありがとうございましたー」
インタビューを終えた富子に、彩世が近寄って来て耳打ちする。
「……姉様、この人達、汽車見た事ないのかな?」
「彩世ちゃん、汽車で月まで行くのにどれぐらいかかると思う?」
「え? え? ええと……月に、行く?」
彩世はきょとんとした顔をして、それから指を折って考え始める。
「ええと、ええと、月? 月は、空に浮かんでるから、汽車の線路がこうのびて、汽車はすごい速さだけど、ええと、新橋から浜松までが確か、ええと、あの時は、ええと……その」
首を傾げたままで、彩世は答える。
「ええと……十日、ぐらい?」
「正解は、約五〇〇日。分からないものでしょ?」
「そういうのどこで教えてくれるの? 学校?」
「書物は知識の宝庫よ。この件なら、ジュール・ヴェルヌをお奨めするわ」
「……姉様の持ってる英語の本って、難しいんだもん」
駅周囲の様子をスケッチした後、富子はその場で取材内容をまとめ、記事に書き起こす。そして完成した文章を清書用の紙に転記する。薄くペラっとしながらも丈夫な上質な和紙が、米粒の半分程の小さな文字でびっしりと埋まっていく。
彩世は、富子の手元をじっと見つめている。
一枚書き上げたところで。
「汽車が来るぞおおおおおお!」
誰かが叫んだ。
群衆はどっと駅舎に押し寄せ、線路敷地の柵に貼り付く。
しかし、富子は我関せずで、万年筆を走らせ続ける。
彩世の方を向きもせずに、富子は文章を書き続ける。そのうちに、文字がかすれ始めた。
間髪入れずに彩世が新しい万年筆を出し、富子の万年筆と交換する。
彩世は受け取った万年筆に、インク瓶からインクを補充する。
期待の高まった誰かが、何かを見間違えて声を上げては線路に集まり、違うと分かって離れる。それが四回程繰り返された後。
富子は立ち上がった。
線路敷地の柵の前には、気の長い野次馬がくまなく貼り付いている。
そのうちの三人が声もかけないのにその場を離れ、富子に場所を譲るった後、何処ともなく立ち去る。
富子は柵の前に立ったまま、線路の絵を描き始める。
半分ほど描き進められた時。
湾沿いに、微かに煙の筋が見えた。
それは次第にはっきりとして来て、そして。
「来だああああああ!」
野次馬達の絶叫とも怒号とも似た歓声が上がった。
汽笛が鳴り響き、蒸気機関車に牽引された車両が駅に近づいて来る。
汽車は速度を下げ、駅に次第に次第に近づいていく。
そして。
手旗で合図を送る駅員の前を通り過ぎ、汽車はゆっくりと停車した。
誰ともなく拍手が上がり始める。
噴出音がして、蒸気が噴き出す。
拍手と歓声の中、客車から、乗客が次々に降りて来る。
手旗を掲げていた駅員が静かに手を下ろし、そして、ぎゅっと目を閉じて天を仰いだ。
富子は描き上がった絵と、原稿を持って走る。
駅舎の陰に来たところで、それを油紙と竹皮に包み、紐をかける。
そして、竹筒から折紙を取り出し、瞬時に鳩を折ると、折紙は本物の鳩の姿の式になった。
富子は鳩の式に、「常讀雑誌 編集部 御中」と殴り書いた包みを括り付け、空に放つ。
鳩は急速に上昇すると、猛烈なスピードで南へと飛んで行った。
「姉様!」
彩世がやって来る。
「……あら」
富子は、駅舎の壁に寄り掛かって座ったまま、寝息を立てていた。
傍らに座り、彩世は空を見上げる。
鳩の姿は見えなかった。
「姉様」
彩世は呟く。
風にはほんの僅かに秋の気配が混じり始めていた。
エントリ4 12月23日 〜2005年クリスマス〜 百
「温かい紅茶を。ミルクティーで」
メニューを閉じ、ウェイターに手渡す。一息つくと無意識に隣の椅子の上に置いた鞄から文庫本を取り出そうとして手を伸ばし……、やめた。
今日は12月23日、天皇誕生日。たまにはクリスマスの雰囲気を、クリスマスらしく楽しんでみよう、なんて思ったのだ。
相田さんが待ち合わせに指定した店はプランタン銀座のそばにある小さな喫茶店だった。
『あそこのカフェ、一度行ってみたかったの』
相田さんにそう言われては頷くしかない。そうか、喫茶店ではなくてカフェと言うのか。
そっと周囲を見回す。暖かみのある光に満たされている小さな喫茶店、いやカフェは祝日の夕方ということもあり、女性同士のグループが多く、男ひとりの僕には居づらい雰囲気。
手持ち無沙汰で気持ちがそわそわし始めた頃、注文した紅茶がくる。
「ちょうど飲み頃になっています。ごゆっくりどうぞ」
ウェイターの言葉に僕は頷く。自分で小さなポットからカップへ、湯気の立つ澄んだ紅オレンジ色の液体を注ぐ。
―今、するべき事があるというのは、なんと幸せなことだろう―
ストレートで味を見る。うん、おいしい。相田さんはまだ来ない。最初の1杯はストレートで、2杯目はミルクティーにしよう。ポットの紅茶の中身を確認しながら考える。
相田さんとクリスマスに(厳密に言うと23日)デート(相田さんにしてみればお食事会かもしれない)することになるなんて思いもしなかった。
1週間ほど前、イギリスから帰国した。
この6年間、イギリスを中心にヨーロッパ方面の文芸担当として帰国することはほとんどなかったのだが、来年度、日本に戻ることになった。
相田さんは文芸誌時代の同僚になる。彼女が小説家の沢口と結婚した年度末、僕は異動になった。なので、同じ職場で働いていた期間は2年ほどで、しかも僕は新人。相田さんは僕の指導兼フォロー係の先輩だった。
初めて相田さんに会った時、編集長が「これがミス青山だ」と紹介するので、僕は本当に『ミス青山学院大学』だと思っていた。後で、この編集長は誰にでも出身大学にミス、ミスターをつけて冗談を言うことがわかったけれど、それでも相田さんは本当にそうなんじゃないかと思わせる、きれいな人だった。
涼しげで、透明感があって、そして、正義感があって、真面目で、いつも姿勢がいい。容姿はともかく、その性格も硬質な美しさを僕に感じさせた。
先日、例の元編集長に挨拶に行った時、相田さんのことを聞いた。沢口と離婚して子どもを育てながら、今は女性誌で活躍していると。
その話を聞いてから、僕の頭の中で、相田さんに偶然出会って食事に誘うというシミュレーションが始まった。
―相田さんを社内で見かける。追いかけて声をかける。振り向いて驚く相田さん。日本に、本社に戻ることを伝え、今度お食事でもご一緒に……―
そんなことを考えながらエレベーターに乗ったら、そこに相田さんがいて、しかも話しかけられた。
「山田君! お久しぶり!」
相田さんから話しかけてくるパターンは考えていなかったので僕はうろたえて口ごもるように答える。
「あ、お、お久しぶりです。その、やっと、日本に戻ってくることになりまして……」
「そうだってね。長かったわよね」
そこで沈黙……。僕はあわてて口走ってしまった。
「今度、お食事でもどうですか?」
ちょっと驚いた表情の相田さん。僕は自分の言葉に驚いた。
なんだよ、唐突じゃないか、変だよ、急にお食事に話が飛ぶなんて。おい、涼介、しっかりしろよ〜!
「いいわよ。落ち着いたら連絡ちょうだいね」
相田さんは笑顔で答えてくれ、名刺を取り出すとなにやら書き込んで渡してくれる。
「携帯のアドレスと番号。じゃ」
相田さんはエレベーターから降りて行った。
僕は相田さんの名刺を手に持ったまま、馬鹿みたいにエレベーターで2往復してしまった……。
その時、目の前に相田さんが現れた。
「お待たせ!」
「あっ、えっ、来ていただいてありがとうございます」
ドアベルの音すら聞こえぬほど、ぼーっとしていたようだ。
コートを脱ぐ相田さん。ウェイターが来て手伝うのを見て、あ、僕がすべきだったと反省する。
僕がひとりで青くなったり赤くなったりしている間に、相田さんはさっさとケーキセットを注文して、笑顔で僕を見た。
「本当に久しぶりね。ん、どうしたの?」
「いや、本当に僕は気が利かないと、反省してまして……」
「ん?」
「そのコートとか……」
相田さんはちょっと考え、頷くと笑った。
「いいのよ。変わってないのね。山田君の良さはわかってるし、そんなことを君には求めないから気にしないで」
「それって、褒められているんだか、けなされているんだか……」
「私にしては褒めてるつもり」
話題を変えよう。
「今までお仕事だったんですか?」
「うん、バレンタイン企画をうちの雑誌とプランタン銀座ですることになってね。その企画会議」
「忙しそうですね」
「うん、けっこうね。山田君は……と、もう年齢的にも山田さんと呼ぶべきかしら、ね?」
その時、相田さんのケーキセットが運ばれてくる。
「ちょうど飲み頃になっています。ごゆっくりどうぞ」ウェイターの言葉に「ありがとう」と笑顔を返す相田さん。ウェイターが去るのを待って僕は話を続けた。
「その、相田さんが呼びたいようでかまいません。待ちます」
僕の真剣な語気に不思議そうに問う相田さん。
「待つって、なにを?」
「あの、その、相田さんが、僕を大人の男として認めてくれるのを」
きょとんとする相田さん。ああ、髪型とかは変わっているけれど、表情や仕草は6年前と全然変わっていない。
「大人の男?」
「はい」
「……私は、30過ぎたバツ1の子持ちのおばさんよ。山田君。そういうことにしときましょう」
相田さんは紅茶をポットからカップに注ぐと一口飲んだ。
「あ、おいし。イギリスの紅茶とやっぱり違うの? 水が違う?」
今、話しておかないとこのまま後輩先輩の関係からいつまでたっても抜け出せない。
「相田加奈子さん。ずっとあなたが好きでした。でも、知り合ったばかりの頃の僕はとても沢口と張り合うだけの気力も魅力も自信もなく……」
相田さんはじっと話を聞いてくれている。
「相田さんが独身に戻ったと聞いて、僕は、その、まだ自分に魅力がとか、自信があるとか、言えないけれど、せめて、自分の気持ちを相田さんに伝えて、恋愛対象に立候補したい、と、その、こんな僕ですけど、あの……」
話しているうちに言いたいことが上手くまとまらなくなり、言葉につまってしまう。
「ありがとう。山田君は6年前よりずっと大人になったのね。私は6年よりもっと、おばあちゃんになった気がするの。変よね。でも、そうなのよ。私のほうがあなたの恋愛対象にふさわしくないの」
「そんなことありません」
「息子もいるの。イブは息子と過ごす大切な日だから、今日にしてもらったの……」
「わかります。僕も、そうだったから。個人差があるから簡単に息子さんの気持ちがわかると言いたくないので、言いませんが、息子さんが納得できるまで待つ自信はあります」
「……お互い、もっと相手のことを深く知る努力をしてみましょうか、ね。話はそれから」
相田さんが微笑んで、言葉を続けた。
「今日はどこに連れて行ってくれるの? クリスマスデート、楽しまなくちゃね」
エントリ5 ミチクサ しろくま
隆はこんなことを考えていた。三十歳になった時に振り返ってみて、二十二歳で会社に勤め始めることの利点と、二年後の二十四歳の時に勤め始めるのとでは、どれだけの違いを感じるのだろうかと。高い所からの視点で、今の分岐点と、これから自分の臨む道を考えようと努めていた。
目の行く所にはどこも不景気、就職難という言葉が飛び交っていて、それらの対義語を思い出そうとしてもなかなか思い出せないような時代だった。誰のせい、誰が悪いとも思わないけれど、隆は運命の大きな歯車の力によって、頭の上から重い空気に覆われているのを感じていた。ネットの就職情報サイトでは、一人でも多くの就活生を職に就かせようと勇気付ける言葉や雰囲気が強烈だった。
同級生達は着実に就職活動を進めていた。隆も少しは会社を探し、四社の面接も受けた。隆なりに選んで申し込んだ会社だったが、そのうち三社は面接に行ってみて「ここでは働きたくない」と思うような、隆にとって不合格の会社だった。
結局、内定を手に入れられないまま、隆は就職活動の時期を逃した。惨めで、ばつの悪さは誰よりも本人が一番自覚していた。色々悩みながら考えた結果、先の「三十歳の視点」から隆は二月に大学院を受験することを決め、そして合格した。
隆の専門は日本語教育の分野だった。学部三年生の時、中国南京の大学へ行って短期研修も受けていた。ただ、その時は将来日本語教育の分野に進もうとは思っていなかったので、たいして勉強もしていなかった。しかし、日本語自体には興味があったので、大学院ではこちらに重きを置いて、二年間研究しようと考えていた。
同じ研究科に入った大学院生は、社会人だった人や留学生が多かった。社会人だった人達は、多くは中学校や高校で英語の教師をしていた人達だった。留学生は中国人が多く、彼らは大学院に来る前に日本語学校に通ってきているので、ストレートで上がってきた隆よりは幾つか歳上だった。
学部から上がってきたのは隆だけだった。大学に入学した時、百何十人といた同じ学部の同級生達は皆どこへ行ってしまったのだろうと思った。もちろん、皆どこかの企業に就職して社会人になっているのだった。今まで幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と、同じ時に入学し、同じ時に卒業してきた皆が、自分よりも先に社会へ出て行ってしまったことを思うと寂しく感じた。もう同年代の皆と、一緒に教室で勉強したり、修学旅行へ行ったり、運動会で盛り上がるようなことはできなくなってしまった。皆先に行ってしまった。一人、置いてけぼりを喰らってしまった。
隆の大学院生活は、思ったよりも落ち着いていた。研究テーマも比較的早くに見つかった。アルバイトも大学四年生の時に辞めてからはもうしていなかった。本を読んで、レポート書く。ここ数年の中でも特にのんびりとした日々だった。就職活動も暫くの間忘れて、今の自分の勉強に集中していた。
隆には彼女がいた。名前はSといった。Sは保育士で、短大を卒業してから働いていた。二週間に一回、休日になると二人で映画を観に行った。観に行く映画は決まって洋画だった。映画館へは車を持っていたSが車を出した。
「そういえばね、A子に赤ちゃんが出来たんだって」
「そうなんだ。まだ若いのに早いね」
Sは車中、しきりに仕事が忙しい忙しいと言っていた。実際保育園の仕事は忙しく、大変そうだった。隆は今の自分の境遇と、Sの境遇とを比べずにはいられなかった。そして居た堪れなくなると、つい隆は「映画なんて観に行かないで、休みはのんびりしてていいよ」と口にしてしまい、そんなことを言ってしまった自分と、言わせたSに対して嫌な気持ちになっていた。しかし、Sは「いいの」と答えるだけだった。
観に行った洋画は、楽しいものもあればつまらないものもあった。つまらないものを観た時は、二週間のうちの一回をそれに費やしたことに苛立ちを覚えた。Sが「忙しい忙しい」と言うのを聞く中で観に行ったものだったから尚更だった。ただその苛立ちが、つまらない映画に対してなのか、忙しいとばかり言うSに対してなのか、はたまた、バイトもせずに未だ学生をしている自分に対してなのかは解らなかった。ただ、それらが複雑に絡み合っているのは感じていた。
大学院に入って一年と少しの月日が過ぎた。その頃になると、日本語学の研究は今や隆にとって楽しいものとなり、やりがいも感じていた。
大学院生の就職活動を始める時期は曖昧で、ややもすれば時期を逃してしまいがちだった。隆も就職活動をしないまま、博士課程の受験を決めていた。
「自分は就職活動もせずに博士課程の進学を考えている。それは消極的に自分の道を決めているのではないのだろうか。自分に、本当にその道に進む覚悟はあるのだろうか」と、隆本人が一番気にしていた。そして、そんな自分が嫌いだった。ちょっと突付けば崩れるような、やわな意思で進路を選んだように思えてしまい、悪い癖なのか、この時期になるとまた色々と考え始めていた。
旅をするなら一人がいい。一人なら気楽だ。道に迷っても、ああ間違えたと呟いて引き返せばいい。食事だって、無かったら食べなければいい。一人なら、どこで寝てもいい。
でも、誰かと一緒にいたらそうはいかない。その人の食べる物を見つけなくてはならない。自分は食べなくていいから無し、なんて言ってられない。野宿なんてさせられない。道に迷ったらごめんと言わなくてはならない。人生が旅だとは言うけれど、旅ならやはり一人で行くべきだ。
隆の九月の誕生日の夜、隆はSを誘って近所の丘の上の公園へ行った。丘の頂上の少し湿った芝生の上に、二人で腰掛けた。町の光と、空には星が瞬いていた。「大事な話がある」そう言って、隆は話を切り出した。
「俺、来年博士課程に進もうと思うんだ」
「そうなんだ」と隣に座るSは答えた。
「俺の周りには、三十で結婚してない人なんてざらにいる。三十五歳で独身の人や、四十になっても結婚していない人だっている。でも俺だって、母さんが若い時に俺を産んでくれたこともあって、自分の子供にも若い父親でありたいと思っているし、早く結婚もしたいとも思ってるんだ。だけど、博士課程に進むというのは誰の為でもない。Sの為、家族の為、子供の為を思って選んだ道じゃない。自分の為に選んだことなんだ。だから……」
Sは黙って聞いていた。
「Sの周りには、俺達と同い歳でもう既に結婚している人や、子供を持っている人も少なくないだろ。俺はいいけど、俺といたら、そんなSが可哀そうだ」
「それがあなたの選んだ道なら、私は構わないよ」
「簡単に答えを出さないでくれ。しっかり考えてくれよ」
「私と一緒にいたくないの」
「そんなこと言ってるんじゃない。ただ、Sこそ自分の為に、自分の道を選ばなくちゃ」
「選んでるつもり」
「人より待つことになるんだよ」
「いいよ」
「…………」
「今はどう考えていても、将来どうなるかは解らないしね。タカちゃん、お誕生日おめでとう」
この時隆は「よくないよ」とSに言いたかった。それがSの優しさなら「要らない」と隆は言いたかった。また「これからも一緒なら、もう忙しい忙しいと言わないでくれ」とも言いたかった。だけど、そのうちどれをも口にすることはできなかった。
隆は座ったまま、ただただ暗闇の中に光る星を眺めていた。自分の弱さへの歯痒さと、今の自分が肯定されたという、決して身を委ねてはならない安堵の両方を感じていた。
エントリ6
(本作品の掲載は終了しました)
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