第3回 耐久3000字バトル 第1回戦

エントリ 作品 作者 文字数
1雪人狩りごんぱち3000
2手袋を買いに 〜そして西友へ〜白醤油3000
3五味川さん石川順一3045



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  エントリ1 雪人狩り   ごんぱち


 熊の死体は、すっかり雪に埋もれていた。
 猟銃を担いだ毛利玲子と平優一が掘り返したのは、熊の死体だった。
「銃創なし」
 毛利が告げる。
「凍死以外の死因の可能性は?」
 刑事の下田両次巡査部長の問いに平は首を横に振る。
「猿渡と真田と同じ殺られ方、間違いない」
 下田は辺りを見回す。
 木々の下に生えた薮に視線を留める。
 薮の小枝の幾つかが折れていた。

 獣道とも単なる木の間とも付かない道を毛利が先導する。
 峰から下り、そしてまた白樺の林が濃くなった時。
 下田はぶるりと震えた。毛利と平は、猟銃を構える。だが、その銃口は震えで定まらない。
 明らかに異常な冷え方だった。
 下田はポケットから一本の布を取り出し、目隠しの要領で頭に巻く。布には、丁度目の位置に梵字を組み合わせた呪が描かれていた。
 下田の視界は――。
 すっかり目隠しをされた形で、何も見えない。
 だが、数秒後、ぼんやり光が浮かび始める。
 朧気な光が木々の形や毛利達の形になる。
 目隠しは、魂を構成する「気」の流れのみを光として浮かび上がらせる事で、感知能力がない者にも視認させる「見の呪」だった。
 下田は地面のうっすらとした光を目で追う。光は次第に強くなり、木々の生い茂る雪に覆われた斜面へと伸びる。
 下田は足を止め、見の呪を片目だけずらして光の元を確認する。
 光が集まっていたのは、エゾマツだった。直径にして二メートルはありそうな、霊木と呼ぶに相応しい佇まいで、所々が裂けてねじ曲がりつつもどっしりと根を張っている。
 下田はコートの内ポケットから一枚の符を取り出し、エゾマツの幹に貼り付ける。
 途端、エゾマツから発せられていた光が消え失せた。
 エゾマツからの光がなくなった大地に、しかし、まだ光の筋が残っている。
 同じ要領で、下田が空振りを続けながら半日を費やし最後に辿り着いたのは、雪に埋もれかけた洞窟だった。

 光は洞窟の闇の中に伸びる。
 先頭になった下田の足取りは次第、次第に重くなって行く。懐中電灯の明かりを頼りに下田の背を追う毛利と平の歩みも鈍い。
 そして。
 ついに、平が倒れ込んだ。
 毛利は手を引こうとするが、その指に力が入らない。
 下田も振り向いて助ける余裕がない。
 気の光はより強くなる。
 それでも洞窟の奥へ、奥へ、更に奥へ。
 毛利が膝をつく。立ち上がる事が出来ない。
 だが下田は、渾身の力で一歩を踏み出す。
『この山は、真夏でも二〇度を――人を凍死させる温度の上限を――超える事はない。ここにいる限り、私は無敵だ。帰るならば邪魔はしない』
 声、がした。
 否、声とは異なる。
『放っておいてくれれば良かった。最初の一人を死なせてしまった時、警察は霊的捜査なんてするべきじゃなかった』
 声は男とも女とも付かない。
『そうすれば、ただの男として一生を送った。でも、お前たちは追い詰めてしまった。霊的事象を否定するため、警察は霊能者を処分すると聞いた。死にたくはない、誰だってそうだ』
 声は悲しげでもあった。
 下田は。
「松木康尚、警官二名殺害の容疑で逮捕する」
 もう一歩を踏み出した。
「貴様には、弁護士を呼ぶ権利と黙秘権がある」

 刹那。
 金属のこすれる音がした。
 下田が身構えた次の瞬間、天井から水が降り注いだ。
 下田は見の呪をずらし、マグライトで空を照らす。
 洞窟の天井には、金属製のパイプが露出し、複数空けられた孔から水が吹き出し降り注ぐ。
『ここは明治期に掘られた坑道で、排水管が無秩序に通っている』
 下田のコートへ氷のように冷たい水が染みこんで行く。
 衣服は空気を含んでこそ保温の効果を持つ。濡れた衣類は急激に体温を奪う。
『せめて、安らかに逝け』
「断る」
 下田はコートのポケットを探り、金属製のライターを取り出し、火をコートの袖口に近づけた。
 瞬間、炎が燃え走り、コート全体が炎に包まれる。
 炎が文字ならぬ文字を形成し、呪術的な陣を描いていた。
 水を浴びても炎が消えない。
 冷え切っていた筈の下田の身体に熱と血色が戻り始める。
 下田は走りはじめる。
 パイプから降り注ぐ水を突っ切り、真っ直ぐ洞窟の奥へと進む。
 しかし。
『私の術は』
 コートに仕込まれた発火剤が消えるよりも早く、下田の動きは鈍く、足取りは重くなって行く。
『離れれば、筋肉の発熱を妨げる程度の影響しか魂に与えられないが』
 どんどん鈍くなり、そして、炎の勢いもなくなって行く。
『近くで単一の目標に集中すれば、運動そのものを縛る事も出来る』
 下田の足がもつれ、倒れ込んだ。
 炎はすっかり勢いをなくし、所々に燃え残りの火が上がっているだけになった。
 それでも下田は、ニューナンブをコートの内ポケットから引き抜き、全身の力を込めて引き金を引いた。
 洞窟に銃声が鳴り響く。
 岩壁に当たった弾丸は火花を散らし、闇の中に一瞬だけ人の影が浮かび上がらせた。
 それと全く同時に。
 轟音が洞窟中を揺るがした。
 拳銃よりも遙かに大きい。
 毛利の猟銃だった。装填されたスラッグ弾は、散弾の射程と精度を遙かに越える。
 数秒後、人の倒れる音がして、それきり、何も聞こえなくなった。

(やった……)
 下田は洞窟の中に倒れ込んで動かない。
 下田の袖の燻っていた最後の火が消えた。
 洞窟の中は完全な闇となる。
 下田達の呼吸音と鼓動の音だけが洞窟内に響く。
 微かな、鼓動。
 微かな。
 鼓動とリズムの異なる音。
 次第に大きくなるそれは、足音だった。
「下田さん、お疲れ様でした」
 下田の顔を覗き込んだのは、若い刑事だった。その後ろには、警官達の姿がある。
「遅いぞ赤城。本当に凍死するところだ」
 下田は左手の親指を動かし、掌をこする。掌には黒い線が描かれていた。指でこすられた事で、掌の線が途切れる。
 見える者ならば、その瞬間、下田の気が平常時の壮健さに切り替わったのが分かったに違いない。
「容疑者の搬送と、乾いた服を頼む。大至急だ」

 ストレッチャーが救急車に積み込まれる。
 男の肩はえぐれ、止血帯が赤く染まっている。
 その傍らのシートには、下田が腰かけていた。
「……銃弾の火花を明かりを頼りに、猟銃で狙撃とは」
 男が唇を歪める。
「雪人は数で攻めてもまとめて凍死させられるからな」
 下田はホットパックを首筋に当てながら答える。
「私のような力を持つ者との戦いに慣れていたのですね」
「警察がいつの時代から続いていると思う。ま、狙撃手は真駒内から、バイアスロンの強化選手を借りたんだがな」
 救命士が男に張られた呪符を胡散臭げに眺めている。
「現実世界に主人公は存在しない。自分一人しか持っていない力なんてものはない」
「何もかも掌の上」
 男はあきらめたように笑う。
「何故……私は、殺されていないのですか?」
「警察は刑の執行機関じゃあない。術師相手で死人が出るのは、手加減がしにくいってだけだ」
 車両の揺れが、傷を刺激しているようだった。
 下田はホットパックをひっくり返す。
「私を恨んでいるのなら、『手加減出来なかった』事にすれば良かったのでは」
「そうしない理由は」
 男に指先を突き付ける。
「俺がお前よりマシな人間だからだ。服役後は、力を封じられ、劣等感と後悔にまみれて生き恥をさらせ、クズ野郎」
 男はうつむき黙り込む。その口元には、諦めとも自嘲とも違う、安堵にも似た笑みが浮かんでいた。
 救急車は雪に覆われた道を、走り抜けて行った。







  エントリ2 手袋を買いに 〜そして西友へ〜   国津武士改め白醤油


 カレンダーの二月十八日に付けたボールペンの丸印。
 明日。
 すなわち祐也とのデートの日。
 大学時代は毎日逢ってたけど、卒業後は休みが合わないと無理になった。
 でも毎日逢ってた時よりも、気合いが入っておりますよ。
 考えてみれば当たり前なんだ。
 いつも逢えるっていうのは、逢いたくない時にも逢うって事。光があるから闇があるとか、そういうのだ。
 明日着ていく服を確認。ジャケット、スカート、革の手袋に合わせるとやっぱり赤茶のコートが良い。
 いつもの手袋を手にとってじっと見つめる。
 少しくたびれてるかな?
 いやいや、そんな事はない、まだまだ現役。
 学生時代、ちょっと思い切って買った本革品は、使うほどに馴染んで、しかもものすごく暖かい。
 ううん、暖かいというか、外気をすっぱり遮断する感じ。どんな寒さも染みて来ない心強さだ。
 唯一の欠点は、クリーニング代が結構かかるって事……。
 待てよ。
 これ、クリーニングいつ出したっけ?
 今年の冬になってから……あれ?
「洗って、ない?」
 ひょっとして、もしかして。
 手袋の中を覗き込みながら、ちょっと鼻で息を吸ってみたりすると……。
「臭っ!」

 コート着て、マフラー巻いて、帽子かぶって、フードをかけて。
 完全防備を決め込んで、夜の街へと繰り出そう。
 雪がちらちら路面に積もる。
 大きな雪片を手に受ける。
 革手袋の上に落ちた雪は、結晶が絡み合って綿埃の塊みたい。
 私は雪を踏み締め踏み締め歩く。
 駅への近さが売りのマンションだから、五分も歩かないうちに駅前の繁華街になった。繁華街には飲み屋、コンビニ、飲み屋、飲み屋、それからコンビニ、シャッター、飲み屋。
 大学生かな。飲み屋の前で立ち話している。
 二次会にどこに行こうっていう相談かな。ここから少し先にカラオケ屋あるよ。大学の頃バイトしたけど、店長が面白くって料理上手だよ。お任せハニートースト、盛り上がること保証するね。
 それとももうお開きだけど、せめてもう五分話そうよ、かな。終電終バスはもう少し先だから、コーヒー飲むなら純喫茶もあるんだよ。私もそうやって祐也と過ごしたんだ。
 サラリーマンの三人連れが通り過ぎる。
 一人がネクタイ、一人がジーパン、もう一人は首かけの社員証を背中に回して忘れてる。すっかり飲んで出来上がってて、近くを通り過ぎるのはちょっと怖いけど、離れて風景の中に埋め込んでしまえば何とものどかな夜の情景。
 閉じたシャッターのその脇の階段の前には、ダウンのコートの女の人。ヒールにでっかいイヤリング、客引き中かな。でも誰でもって訳じゃないみたいで、声をかけたりそっぽ向いたり。

 繁華街を抜けて、JRの高架をくぐる。
 ダイエーもイトーヨーカドーももう閉まってる。個人経営の洋服屋さんは言わずもがな。
 でも西友なら服飾雑貨も二十四時間営業、ふんふーん、って、これはイオンか。
 高架をくぐると、店は減って代わりに住宅が増えて来る。
 線路のこっちと向こうってだけなのに、なんでこんなに違うんだろう。
 街灯が減って来て、自動車の数も減って、どんどんどんどん暗くなっていく。
 でも雪に包まれた街は真っ暗にならない。
 あれ。
 いつの間にか、降り続いていた雪が止んで、雲が切れ始めた。
 雲の切れ間から針みたいに細い月と、街明かりと雪明かりとに少々邪魔された星が見え始める。
 星について、祐也が教えてくれた事があったっけ。
 いや、ないか。ウソ言いました、すまぬ。
 そういう絵に描いたようなロマンチックみたいなのは、生身の人間がシラフでやるようなもんじゃない。
 デネブ、アルタイル、ベガで夏の大三角形を辿ったりしても、多分、途中で噛むし、「えへへ」とか「ぐへへ」とか、そういう擬音が混じって最後に「あ、うん」とかで終わるのだ。
 現実なんてそんなものだ。
 創作は現実に根ざして生まれる。とすれば、現実は腐葉土なのだ。土自体に作物の美しさはなくて良い。

 住宅の窓から洩れる光が歩道に落ちる。
 暖かな家庭が伺え……ないな。
 なんか、男の怒鳴り声が聞こえる。
 怒鳴るのは嫌だな。
 こんな雪の晩には、静かに暖炉の前でミルキーセピアでも飲むべきだ。ほっこり暖かくなれば、怒る気持ちも湯気に溶ける。
 ああ、空が明るい。
 雪の明かりは街灯いらずだ。
 白く浮き上がる道の先、ひときわ強い光が見えて来た。
 三角の屋根とアルファベット。
 着いたぜSEIYU!
 こんちはSEEYOU!
 店内に入る。
 がらんとした売り場に、物だけが並ぶ。
 暖房ですっかり暖めてあるのに、広々とし過ぎてむしろ外より寒いみたい。
 万引き防止用の人を感知して流れる音声が、いきなりでギョッとさせられる。
 手袋手袋、確か前にこっちで見た。
 あった、これだ。
 均一価格のちょっと野暮ったいデザインだけど、これは確かに革手袋だ。
 ちょっと鼻を近づける。
 革の香りがちょっとする。
 よし、これで良い、クリーニングの間を繋ぐには充分だ。
 レジにいるのは、眠たそうな顔のおじさん店員。

 ――お客さん、こんな時間に何だって手袋なんか買いに来たんです?
 いや、まあ、それが色々ありまして。
 ひょっとして、とは思いますが、まさかあなたはキツネじゃあありますまいね?
 ギクリ!
 葉っぱのお金で買われちゃ商売上がったりだ、さあ出て行け出て行け。
 勘弁しとくれよ、売っておくれよ、本物のお金だよ。
 キツネの言葉を信用出来るものか。ようし、この犬をけしかけてやる。
 ええい、分からず屋め、こうなれば犬に噛み付かれる前にお前に噛み付いてやる。
 飛び散る血、倒れる店員。
 一瞬遅れて飛びかかる店員の犬達!
 キツネは足やら尻尾やら噛み付かれながら、どうにかこうにか逃げ延びて、山の巣穴に戻って来る。
 手袋は持って帰る余裕もなかった。
 冷え切った前肢を舐めながら、キツネは家族と丸くなる。きっと、この失敗も、いつの日かちょっとした武勇伝として子供達に話せる日が来るだろう。

 ――などというトラブルは一切なく、会計は終了。
 帰りの道は足取り軽く、手は冷たく。
 せっかく買った手袋をはめて行けば良い?
 一晩でどれだけ臭くなるかの臨床データが揃っていないのであります、教授。
 ここ一番、明日のどうにも耐えられないぐらい寒い時だけに使うのだ。そうすれば、手の臭い女という称号を返上出来るのだ!
 グッバイ、手の臭い私。
 ウソ!? 私の手、臭すぎの過去。

 朝、地下鉄の改札口前で祐也を待つ。
 手袋はコートのポケットに入れたまま。
 とりあえず、地下鉄までは使わずに来られたから、今の私の手臭度ゼロ。
「千穂」
 祐也が、来た。
 祐也は、私の左手を掴んで歩き出す。
 一つ一つのパーツが私の二倍ぐらいづつある手。ちょっと荒れてる指先。私の手がすっぽり収まりそうな大きい手。

 飛行機の時間に遅れるかもって笑いながら、祐也は帰った。
 左手は結局、一度も手袋をはめなかった。

 地下鉄駅から、ショッピングモールを抜け、地上に出る。
 街の夜風はほんの少し冷たさが差し引かれて、手袋をしないでも帰る間ぐらいは耐えられそうだ。
 次に祐也と会うのは、この手袋がいらなくなる季節だ。
 来年の冬まで、この手袋は使わずにとっておこう。
 デートの前日の夜中に西友に行かないで済むように。
 あるいは。
 いつか出会う我が子に、プレゼント出来るように。







  エントリ3 五味川さん   石川順一


 私が家に居ると五味川純平が訪ねて来た。しかもうるさいよ五味川さん、インターホンと言うか呼鈴の音が。と言うか今日は2012年2月27日なんだけれども、一時期暖かくなっていたが寒さがぶり返して来ていたころだ。
 「私が五味川おばさんです」
 「え?」
 「アイアム五味川アーント」
 「え?」
 「I’m 五味川 aunt.」
 あー分かった。彼はどう見ても男だけれども何か苦情を言いに来たらしい。
 「あのさー私の所のインターホンさー。旧式でさー。あなたがボタンを押す時はさー、ボタンを押す側にはそんなに鳴ってないように見えるかも(聞こえるかも)しれないけどさー。結構家内には響いて居るのよねー。しかも大きさでは無くてさー。耳触りに響くように設計されているらしくてさー。あくまで大きさでは無くてさー。まあ呼鈴?(インターホン)の役目からしたら鳴って居るのが分からなくては意味が無いから、そのー、かなりね耳に粘着するような感じでさー、ほら最近ツーク(電車)の警笛も音がうるさくても耳触りじゃない音と旧式のうるさければ即100パーセント耳触りな警笛と両方併用して居るじゃない?」
 結局何が言いたいのか五味川さん。
 「私は1916年大正5年3月16日に生まれました。その時の内閣総理大臣は多分第2次大熊内閣でえー・・・」
 「ぶぶー。確かその時にはすでに寺内内閣で・・・」
 「再びぶぶー。大熊君は、ていうか字が違うじゃない。大隈君よ。大隈君はまだ首相でした。彼は1916年10月9日までは首相を辞めて居ません。内務大臣の大浦兼武よ。おまえはやじろーか。ワンパターンなんだよおまえらのやる事は」
 まだ初春の候で肌寒い。「余寒なほ」と言う季語が思い浮かぶ。こよみの上では春だがほとんど冬同然の2月末だ。私は熱くなった五味川さんに乗せられて日本史談議をさせられる羽目になった。
 「て言うかさ五味川さん、あなたの祖母が確か大正2年生まれでもしかしたら祖母が(母方の)生れたころは第3次桂太郎内閣だったかもしれない、だけれども生れた月日が分からないからもしかしたら第1次山本内閣の時に生れて居たかも知れないって言って居たじゃないですか、て言うか第1次山本内閣の成立年月日が1913年大正2年2月20日だから、よっぽど早生まれじゃない限りお婆ちゃんは(母方の)第3次桂太郎内閣では無くて第1次山本権兵衛内閣の時に生まれた可能性の方が高いなあと言って居たじゃないですか」
 「そうだったけ。そうなると私はあくまで1916年大正5年3月16日生まれなんだけれども計算が合わんなあ。なんで私のお婆ちゃんは大正2年生まれなの」
 「おまえの生年月日が違って居るんだって。いくらなんでも」
 「うーむ。何にしても第1次山本権兵衛内閣総理大臣は1913年大正2年2月20日〜1914年大正3年4月16日だから少なくともお婆ちゃん出生後の内閣総理大臣としてはお婆ちゃん自分のフレッシュさを(自分の乳児期の内閣総理大臣なので)彼に投影させて、かなり拘って居たなあ。だから彼女は第1次山本権兵衛内閣総理大臣が倒れるきっかけとなったシーメンス事件に終世こだわって居たよ。だから彼女の研究成果を世に出すのが私の夢なのです。ドゥユーアンダースタンド?」
 「それは分かったけれども、君自身の夢を聞かせて欲しい。いい加減日本史談議も飽きた事だし」
 そう言えば以前初春の候に暖かくなったり寒くなったりを繰り返して居たので三寒四温とか言って居たらノーノーノーそれは冬の季語ね、ユーは馬鹿あるかと中国人の真似をした五味川さんに馬鹿にされた事があったが、彼は俳句にも凝って居るのかも知れない。私は葉の無い柿の木の枝が上に向かって垂直に伸びて居るの見ながらこれはなにゆえに上に向かって伸びて居るのかこんなにたくさん、病気の枝かと憂慮したものだが、どこぞで、これに似た様な枝ぶりを車窓から見て以来、と言っても一回だけなのだが、もしかしたら上に向かって伸びる枝は普通なのかもしれないと言う事と「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規」を思い出しながら五味川さんに質問して見た。
 「五味川君は俳句も嗜むとか」
 「うーむそれなんだが。階段を下りて呟く二月尽 橋間石 北極の旅の絵葉書二月尽 山田弘子 二月逝くうしろ姿の風邪の神 神蔵器 二月尽子が娶らむと言ひ出せり 宮津昭彦 熱引きて窓辺明るき二月尽 細原順子などなど。ネットのサイトの「季語別俳句2月」からなんだけれどもよく暗唱をしている。私は正岡子規や高浜虚子を目指して居ます」
 私は虚を突かれたように驚いたが、何と五味川さんはアンビシャスな男だろうかと思った。
「君のお婆さんは「シーメンス事件」に相当こだわって居たようだけれども、ちょっと「シーメンス事件」について説明してくれないかな」
 「よかろう。シーメンス事件はこれをきっかけに第1次山本権兵衛内閣が大正4年1914年4月16日に倒れました。いわゆる海軍高官による贈賄事件です。三井物産の幹部もかかわって居たようです。そのため三井高弘社長は引責辞任しました。(三井の社長は全て三井高弘と言う名前です。だから彼の場合は・・・。)」
「ちゃうやろ、初代三井高利から名前はすべて違う・・・。」
 私がそう言うと五味川さんは相当分厚い「歴代内閣研究帳」を繰りながら、自らの間違いを認めた。
「そのようですな。私の記憶違いか・・・」(「歴代内閣」と言いながら関連事件に至るまで詳述研究されているようだ)
 「あ、それと五味川さんばっかり自分のやって居る事を言うのずるいじゃない。私がやっている事も聞きなさい」
 「良かろうドンと言いなさい」
 「今は不動産登記、商業登記に凝って居てですね、例えば不動産登記で言えば「仮登記の抹消」だと登記の目的は例えば「2番所有権移転請求権仮登記抹消」などで原因は例えば「年月日解除(昭和49年5月14日とかですね)」などです。仮登記の抹消も共同申請によってするのが原則です。共同申請によって仮登記を抹消する時の登記権利者は仮登記義務者であった者、登記義務者は仮登記名義人である者である。おおむね抵当権の抹消登記に準じて考えればいいそうです。登記原因としては先程「年月日解除」を挙げましたが他に「放棄、錯誤、混同(仮登記名義人が所有権を取得した場合)、条件不成就(条件付の仮登記の場合において、条件が成就しないことが確定した場合)」などが考えられます。ただし「放棄」は所有権の1号仮登記については用いることができないと解されています。仮登記所有権は実態上所有権であり、これを放棄すると、権利が消滅するのではなく、国庫に帰属するものと解されからです。仮登記の抹消であっても、共同申請によるときは、一般原則どおり、申請情報と併せて登記識別情報または登記済証を提供または提出しなければならないのです。仮登記の申請においては、共同申請によるときであっても、申請情報と併せて登記識別情報または登記済証を提供または提出する必要がないことと区別して理解しておいて下さい・・・。」
 話に夢中になっていて気付かなかったが五味川さん寝ころんで爆睡しているでは無いか。五味川さんはうーん?もう終わったかと言うように半目を開いて言った。
 「うーうー眠い実に眠い。おまえの話は眠過ぎるぞー」
 何とひどい私はあなたの話をちゃんと聞いてあげて居たと言うのに自分だけ眠りこけて居るなんて。
 







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