第3回 耐久3000字バトル 第5回戦

エントリ 作品 作者 文字数
1その箱と男とごんぱち3000
2ソーシャルメディアが好きな父母(前編)笹井 淳一1301




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  エントリ1 その箱と男と   ごんぱち


 その日の海風は、もうじき来る冬を感じさせる、冷たさがあったそうな。
 漁船を係船杭に舫いながら、漁師は空を見上げる。
 カモメが分厚い雲の下を飛んでおった。
 漁師が軽トラックに乗り込み、桟橋から浜沿いの道を張りし始めた時の事。
「ん、なんじゃ?」
 浜には、一人の男が立ち尽くしておったそうな。
 小柄ではあったががっしりとした肩幅と据わった腰をしており、長い髪を後ろに縛っておった。けれどその服は、ツギハギだらけのボロボロで、唯一の財産なのか、黒い箱を大事そうに抱えて、ふらふらと歩き続けている。
「ありゃあ……一体」
 漁師はぶるりと震えたのは、寒さのせいだったか、それとも理解できない事に対する恐怖心からか。
 いずれにしても、漁師がしたのは、携帯電話を取り、警察に通報する事じゃった。

 漁師の通報を受けてやって来た地元の警官は、間合いを開けたまま尋ねるたと。
「――すみません、ちょっとお話し聞かせて貰っていいですか?」
 男は警官を見る。
「あんた」
 男の言葉には、強い訛りがあったそうな。
「オラの家を知らねえだか? 海辺の家だったんだ」
「地元の方?」
「んだ」
「お名前は」
「オラの名前は――」
 男は名乗ったけれど、それは大層古い名前だったそうな。
「本当はどこから来たんです?」
「ちぃと様子は変わっとるけど、岩の形も山の形も間違いなくオラの村だぁ」
 やや呆れた様子で警官は男の顔をじぃっと覗いたけんど、嘘を言っている様子はなかったそうな。
「身分を証明出来るもの、何か見せなさい」
「何を見せるって?」
「免許証とか、何かないの?」
 警官はふと、男が持っている箱に目を留めたそうな。
「それ、何入ってるの。開けて」
「こればっかりは開けられねえだ」
「見せなさい」
 警官は声を荒げたが、あくまで職務質問じゃから、拒否し続ける男に強要はできん。警官は真面目な男じゃったから、法を曲げるつもりもなかった。
「何故見せないんですか」
 苛立ち紛れの警官の問いに、男はこう答えたそうな。
「絶対に開けてはならんと言われてるだ」
 その後、しばらくの間海辺の村を彷徨っていた男じゃったが、いつの間にかいなくなってしまったそうな。

 海辺の村を離れた男は、都市に辿り着いておった。
 ホームレスの集落に腰を落ちつけた時には、もう冬が訪れておった。
「――はぁ、今日も終わりだんな」
 その日の缶拾いを終えて、男は集落へ戻って来た。
「お前ぇ、空き缶二百キロを担いで平気とは、本当に力あるな?」
「漁師だったでな」
 男は笑う。
「なるほど、漁師かぁ」
「なら納得だな」
 男はホームレスたちの中で、穏やかに暮らし始めていた。けんど。
「――気になってたけど、その箱はなんだ?」
「気にすんな」
「いやいや、気になるだろ? 中身は?」
「開けたらいけねえんだ」
「ちょっと開けて見せてくれよ」
 ホームレスたちは、冗談半分で箱に手を伸ばしたと。
「ダメだって言ってるべ!」
 男はホームレスを殴り倒した。
「な、こいつ!」
「やっちまえ!」
 みんなが、殴り掛かって来たそうな。
 けれど、男はとても強く、群がるホームレスたちを、ばったばったと殴り倒し、十五分ほどが経って立っているのは男だけだった。
「なるほど、あんただったか」
 いつの間にか人相の悪い、スーツ姿の男が立っておったと。
「最近、ホームレスばかり狙って乱闘騒ぎを起こして回ってるのは」
「なんじゃそりゃあ?」
「責めてるんじゃあねえ。どんな有象無象だろうが、一対多で勝ち続けるってのは、オレたち本業でも無理な事だ。それが出来るってのは、明確な才能だ」
 スーツの男は歩き始めたそうな。
「来な」
 一瞬躊躇いながらも、男は箱を入れたビニール袋を引っ掴むと、スーツの背中を追い歩き始めたと。

 スーツの男は、武闘派暴力団の幹部で、男は用心棒という名の鉄砲玉して迎え入れられた。
 暴力団は丁度抗争中で、人手ならば幾らでも欲しい状態だったんじゃ。
 一般的な社会人ならば当然持っている筈の倫理観が欠落した男の戦い方は、一切の遠慮がなく、見る者を恐怖させたそうな。
 男はいくつもの抗争で大きな功績を上げ、一年と経たないうちに、組長付きの護衛にまで上り詰めておった。
 そんなある日のこと。
「――オヤジ様、お呼びだべか?」
「なに、お前が大事に持っている箱の事が、ちょっと気になってな」
 組長は葉巻をふかす。
「お前は兄貴分にも、その箱の中身を見せなかったとそうじゃねえか。組長の俺はどうだ」
「オヤジ様でも、無理だぁ」
「ふふ、迷いもせずに言いやがったな」
 組長は、アタッシュケースをテーブルに置いたそうな。
「五千万ある。手付けだ、売れ」
「それは無理だぁ。絶対開けねえように、言われてるだ」
「俺が知りてぇって言ってるんだぞ、おい」
「オヤジ様でも、無理だぁ」
「そうか、聞けねえか」
 次の瞬間、組長と組員全員が内ポケットから拳銃を抜き、男に向けようとしたと。
 銃は抜いて撃つ。拳は力を溜めて繰り出す。普通は銃の方がそりゃあ早い。けんど、男の漁師と抗争で鍛え抜かれた異様な程の筋力ならば、溜めがなくとも人の肋骨ぐらいは砕ける拳が出せる。
 そうなれば拳は繰り出すだけの時間しか要らないから、銃との早さは逆転する。乱戦になってしまえば同士討ちになって銃はそうおいそれとは撃てん。
 これに気づいたしても、銃を捨てて拳で戦う事には一瞬の躊躇いが生まれる、ナイフを抜けば尚遅くなる。そん時は、男の拳が既に当たっているという寸法じゃった。
 正に疾風のように、男は組長と言わず組員と言わず、片端から殴り倒していったと。

「能代組をたった一人で潰した男がいるらしいぞ」
「何でもそいつは、すげえ宝物を持っているらしい」
「そもそもの原因は、それを組長がぶんどろうとしたかららしいぞ」
「どんな宝なんだ」
「いや、それよりどんな男なんだ?」
 男の噂は、瞬く間に裏世界に広がったと。
 箱を狙って刺客が送られたり、腕を見込んで雇いに来たり、男の周囲は実に騒がしかったそうな。
「――代議士の横田先生が、あなたの箱に興味を持たれている。いかがでしょう、半日だけ貸しては頂けませんか」
「ダメだぁ」
「ですが、こうして半年もあなたのお世話をさせて頂いているのですよ!」
「これは、おまんらが何の取引もなしで泊めてくれるって言ったから、お邪魔しただけだべ?」
「タダつってタダなんて事はねえんだよ!」
 ふいに、襖が開いて警官がずらりと現れたそうな。
 しかし戦いの中で男の力は更に洗練され、数十秒もしないうちに、完全武装した警官が血の海に沈んだそうな。

「幾らでも好きな額を言ってくれ!」
「私の国をいや、アラスカで良ければやろう。元々アレはよそから買ったものだし」
「油田はどうだ」
「我が国民をやろう。一〇〇年飢えさせても反抗しない!」
 ひっきりなしに訪れる客たちをあしらいながら、付け届けで贅沢な暮らしを続け、男は老いて、幸せのうちに死んだそうな。
 遺族達が箱の中身を見ようとしたけんど、金庫の中にしまってあった筈の箱は消えてなくなっていたんじゃと。

 ここは海の底。
「――あの男、とうとう死ぬまで玉手箱を開けなかったそうじゃな」
「お陰で三〇〇年後の世界でも、幸せに暮らせたようです」
「そう、それでいいのじゃ」
 乙姫様は遠い目をして呟いた。
「あの人も、そうしておれば、な」
 竜宮城は、今日も絵にも描けない美しさだったと。







  エントリ2 ソーシャルメディアが好きな父母(前編)   笹井 淳一


私が住む埼玉県日高市も随分と寒くなって来たので灯油を買いに行ったところ、灯油屋のご主人に最近流行りのソーシャルメディアを勧められた。あまり気乗りがしなかったので「もうやっているからいいです。」と応えたところ、「それじゃ、足跡を残してくれ。」と言われた。何のことかよく分からなかったのでご主人の家に土足で上がって居間に足跡を残した。すると、奥さんが隣の部屋から出てきて「あんた、何やってのよ。土足じゃない。」と怒鳴った。私はご主人に足跡を残すように言われたことを話すと奥さんは「それは、ソーシャルメディアに残すもので、居間に残すものじゃないのよ。」と言った。「それは、大変失礼致しました。掃除は私がします。」と謝ったが、奥さんは「主人も悪いから掃除はしなくていいわよ。」と小声で言った。するとご主人が来て「あんた、本当にソーシャルメディアやってるのかい。」と不信そうに話しかた。「じつは、依存症になるのが怖くて、その手のものはやらないんです。嘘を言ってすみませんでした。」とご主人にも謝ったが、奥さんが「そんなものやらない方がいいわよ。うちの主人なんか、仕事そっちのけでソーシャルメディアやってるんだから。何が楽しいんでしょ。」と呆れ顔で呟いた。「外で悪いことやってる訳じゃないだろ。そんなツブヤキ、ソーシャルメディアの中でしろよ。誰にも迷惑は掛からないから。」とご主人が言い返した。「また、ソーシャルメディアの話しをして、あなた完全に依存症よ。たまには、外で散歩でもしなさいよ。」と奥さんが強い口調で言った。ご主人は本当に、ソーシャルメディアが好きなんだろなと私は思った。
 私は帰り際に、ご主人に「たまには奥さんの言うことを聞いて散歩に言った方がいいですよ。引きこもっていると足腰が弱りますから。」とアドバイスした。「本当、この人、何時からこんな風になったのかしら。」と奥さんが言った時、一人娘の香織ちゃんが居間に入って来た。香織ちゃんは現在、中学2年生であるが、お父さんに負けず劣らずソーシャルメディアが好きだった。「お母さん、お父さんのこと悪く言わないで。お父さんは、私と同じソーシャルメディアに入ってるんだから。」とご主人を擁護した。ご主人にソーシャルメディアを教えたのは何を隠そう香織ちゃんだった。「本当に親子してそんなものに凝っちゃて。何か言ってあげて下さい。」と奥さんに頼まれた。「いいえ、奥さん、ご主人と香織ちゃんで仲良くやっているんです。何も悪いことはありませんよ。」と言ったところ「そうですか。それならいいですけど。」と心配そうに言った。「いいね。ソーシャルメディアに入らない。足跡残すから。」と香織ちゃんが言った。入る気はなかったが「前向きに考える。」と言い残し灯油屋を後にした。
 翌日、私のパソコンのメールの受信状況を見てはっとした。香織ちゃんからメールが来ていてソーシャルメディアのURLが貼り付けられていたのである。メールには「下記のURLをクリックして下さい。そうすれば明日から友達です。(笑)」と書いてあった。どうやって私のアドレスを入手したのか不思議だった。(つづく)








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