逢魔が時、ってのは夕方だったっけ?
冬の早朝出勤は気が滅入る。行きも帰りも真っ暗だからだ。日中も事務所に詰めて眺めるのはPC画面ばかりの穴倉生活。残業もざらという日常に、趣味でもない天体に詳しくなる。
せめて日に一度は陽を浴びたい。ようやく最近は日の出が早まり、夜と太陽のグラデーションを楽しんで、しかし、今朝は残念にも明星の霞む薄雲が頭上を覆う。
明るいない、暗くない、靄越しの薄日。
綻びかけの桜と相まって、なんとも異次元だ。
こんな出勤も悪かない、と思いかけていたのだが。
道の真ん中に大判ビニール袋が、3個。
何だこれ、今日はゴミの日か? でも捨て場は違うし、と首を捻っていると。
「あ、それ俺の」
声に見上げ、さらに困惑した。薄い壁板上にチェシャ猫笑顔の若い黒尽くめ男が乗り上げている。
泥棒か家出かと脳内が疑問符だらけで、対応できない。悪びれない男は軽々と「ぃよ」飛び越え、床体操のごとくポーズで「9.2」自己採点つき。
「んじゃねぇ」
ビニール袋の山を抱えると(重そうじゃない)、手まで振って、足取りも軽く歩き去った。
後日、あの家に何事があったとも聞かない。
春の夜明けも、妙なモノだ。
「あの家ね、桜の幽霊が出るんだって」
小学生らしい三人は、目を輝かせていた。
もう日も陰る夕方、路地裏で子供が挙動不審をしていて、つまり電信柱に隠れたつもりになっている彼等に「早く帰れ」声をかけたら一斉に「ダメ!」反抗、理由を聞いたらコレだった。
どうやら近所では有名な怪談話らしい。昔に聞いたことあるなぁ、という薄い記憶があった。古い家の庭に大きな桜が出る。呪いだとか、前の家主の想いが残るとか、色々。
決まった時期に、決まった時間に。なんとも律義な幽霊だ。
「あ、出た!」
指差して見上げると、確かに桜があった。淡い光が透けるように、ゆらゆらと安定しない。幻想的で、さすが幽霊と納得してしまう。
「ほら電線に被ってるよ」
「シタイがあるんだ!」
「キレイだねぇ」
三人三様の感想は連携が取れてない。けれど興奮度は同じで、甲高い声で騒いでいる。
「ほら、幽霊見れたんだから帰れ」
「リアクション薄いっ!」
非難されたが、彼等は笑って路地を走っていく。
溜息をついてもう一度見ると、そこは無骨なコインパーキング。家はなく、味気ない看板があるのみ。
幻だ。桜も、彼等も。
幸せだった時間で止まったままの、春の幽霊。