目の前にライオンがいた。
タテガミの短い雄で、まだ若いのか痩せて、座り込んでいる。よく見ると左前脚がない。千切れたか腐ったか、傷口が痛々しい。
でも変だ、色がない。ライオンと分かるし、状態も仔細に見えるのに、周囲の闇に溶け込みそうで、荒く吐く白い息だけが自己主張していた。
それにもっと変だ。ライオンの前にいて怖がりもせず、同じ白い息を吐くのに寒くなく、暗闇なのに見えていて、そもそも此処は何処だ?
蹲るライオンは僕に興味がないらしく、一点を見据え、視線の先に光る木馬が揺れていた。リアルなライオンに比べ、漫画的な眺め。
と、ライオンが立ち上がる。痛ましい傷なのに、跳ね返すような意思が漲り、光る木馬に背を向けた。三本足はしっかと地を踏んで、闇に向かい進むライオンは最後に色を取り戻し、消えた。
僕は木馬へ向き直る。吐き出される息が霧のようで、光る木馬はただ揺れている。
ああ、そうか。
ここが、ヘリだ。
この白い息を超えて、木馬に近付けば……
普通は花畑や川とかが定番じゃないか。分かりにくい。
僕は自虐的に笑って、溜息をつく。悠長に迷ったが、つまり決めてるってコトで。
僕はもう一度木馬を見た。
「命って何色?」
気難しい彼女が、またロクでもない質問を投げた。
そこは日常のリビングで、TVの幼児向け番組を見ていた。成人男性の俺は興味ないが、チャンネル権は彼女にある。以前に勝手に変えて、三日も無視される生活はコリた。
番組はサバンナの動物について。場面は雄ライオンがシマウマを狙い茂みに伏せ、タイミングを計っていた。彼女も興味なさそうに、もう転寝するかと思っていたが、この複雑怪奇な脳味噌は突飛な連想で疑問にたどり着く。
ソファで本を読んでいた俺の脚に寄りかかり、床に座る彼女は、しかしご機嫌斜めに「何色?」ジト目で再度聞く。
無難な「血の赤とか」答えにヒネクレ猫は納得しないし、なんで毎回面倒な問答になるのかと、もう一度TVを見る。
そういや雄が狩りをするのは珍しい。若いし、安全な群れから追い出され、初めての狩りか。腹が減って食べたくて、でも画面のシマウマは逃げた。
「光、かな」
色じゃなく、イメージ。切望するモノ、命の力。
彼女は「ふぅん」目を細め、俺の脚に抱きつく。胸が当たる、胸が!
「あったかいね」
猫のようにすり付く彼女から目を逸らし、と、すぐ「鈍感」不機嫌に。
本当に、気難しい。