第1回6000字小説バトル Entry12
風が刃になり、雪が凍る…。周りには降ってくる雪と足元に降り積もった雪以外何も無く、耳には風の音しか入って来ない…。彼女がその地を訪れると決まってその日の夜はそんな吹雪の夜になる。そして、思い出す…。吹雪の中、振り返ることなく白い闇に消えていったあの子を…。幼いながら、たくさんの寂しさを一人で抱え込み、さらに来るかなしみも逃げることなく、正面から受け止めていたあの子を…。
みどりちゃん…。
彼女は心の中でつぶやいた。
今年も、会いに行くよ。
「みどりちゃ〜ん。」
あたしは旅館につくなり彼女の元へ走った。あたしとみどりちゃんが始めて会ったのはあたしがまだ4歳のときで、あたしとみどりちゃんはお互いに一人っ子で年も同じだったせいか、仲良くなるのに大して時間はかからなかった。私の家は父も母もスキーが好きで、冬休みになると毎年当然のように雪国へ家族で行くことになっている。この旅館は父が大学生の時から毎年来ている旅館で、女将さんとも知り合いだ。その女将さんの一人娘がみどりちゃんだった。将来はおばさんの跡を継いで、女将になるんだねとか言われていたが、みどりちゃんはあまりなりたそうではないようだった。
あたしはここへ来るのが冬休みの一番の楽しみで、みどりちゃんに会えるのが何よりもうれしかった。
そして、あたしがみどりちゃんと出会って、三年後の年の冬…。
「ねえねえ、雪ウサギつくろ。」
「うんっ。」
旅館の庭であたし達が雪ウサギをつくっているのを見て、あたしのお母さんは言った。
「あの二人、本当に仲がいいわねぇ〜。」
「ここまで仲良くなるとは正直思わなかったな〜。」
父も関心しているかのようにはしゃぎあうあたし達を見て言った。
「それにしてもみどりちゃんって本当に綺麗な子ねぇ〜。お母さん美人だったからお母さん似なのね。ちょっと派手だったけど。」
「まあな。女将さんもともと六本木でホステスやってたからな。」
そう…。みどりちゃんは本当に綺麗な子だった。長くて真っ黒な黒い髪。白い肌に大きな目。まるで日本人形のようだった。
「麻耶ちゃん、(とうきょう)に住んでるんだよね。お母さんが言ってた。」
雪をかき集めながら、みどりちゃんが言った。
「うん、そうだよ。」
「みどりもね、昔(とうきょう)にいたんだよ。(とうきょう)の小学校行ってたんだよ。」
「そうなんだ。みどりちゃん、転校したの?」
「うん。」
「前の学校のお友達と離れて、寂しくない?」
あたしが聞くとみどりちゃんはこう答えた。
「前の学校のお友達きらい。みどりの事お母さんが水商売って馬鹿にするから。」
当時小さかったあたしにはよく意味がわからなかった。
「みずしょうばいってなぁに?」
「知らない。お母さんに聞いても教えてくれなかったもん。お母さん、前のおうちでも今のおうちでも、お仕事で疲れたって言って、みどりの話、聞いてくれないもん。」
「………」
あたしはただ、ひたすら黙って聞いていた。悲しい話なのに、みどりちゃんの目は少しも潤んでいるように見えなかった。みどりちゃんは泣き虫のあたしと違って、めったに泣かなかった、が、笑うこともめったに無かった。みどりちゃんを初めて見た時お人形さんのようだと思ったのは、このせいかもしれない。みどりちゃんは常に無表情だった。もっとみどりちゃんが口の端っこを上げてニッコリ笑ってくれてたら、あたしはみどりちゃんの事をお人形さんなんかじゃなく、お姫様みたいだと思っていたと思う。あたしは今でも、ほんとにそう思う。
「みどり、お母さんきらい。」
そう言ってみどりちゃんは木の枝で、地面の雪をがりがり掘った。
「お父さんは?」
あたしの言葉はさらに彼女の悲しみを増大させてしまった。
「お父さん、もういないの。ベッドで寝たまま、起きて来なかったの。お父さん、大好きだったけど、みどりを置いて行っちゃった……。」
みどりちゃんの話はまだ続いた。あたし達ははなしながら、ひたすら雪ウサギを作った。
「次にお父さんになったおじさん、、もっときらい。お母さんのこと、毎日ぶったから。お母さん、これからは二人で暮らそうね、って言ってくれたのに、ここに来たとたん、夜、二人目のお父さんの事呼んで泣いてるの。どうして別れちゃったのかしら…って。」
「どうして?毎日ぶたれてたんでしょう?」
「うん……。みどりにもよく…わからない。」
「ふ〜ん。」
「おじさんも、お母さんも、みっちゃんも、みんなきらい。みんなみどりがきらいなんだ。みんなみどりから逃げて行く。大好きだったお父さんも、行っちゃった。」
(誰もみどりちゃんを嫌ってなんかいないよ。みどりちゃんはいい子だもん。嫌いになるわけないよ!)
……どうしてそう言えなかったのだろう…。今でも時々後悔する。特にこんな吹雪の夜は――。
みっちゃん…後にみどりちゃんのお母さんに聞いた話、みどりちゃんは前の学校で友達がいなかったとゆう…。(お母さんは水商売)といじめられていたらしい。みっちゃんとゆう少女は、そんなみどりちゃんの唯一のお友達だった。二人は本当に仲が良かったらしい。だが…。ある日みっちゃんが言ったらしい。「ごめんねみどりちゃん。もうみどりちゃんとは遊べないの。ままが、みどりちゃんとは遊んじゃダメって言ったから」そう言ってみどりちゃんはほかの子と手をつないで行ってしまったらしい。お母さんの事で娘にそんな事ゆう親もどうかと思ったが、幼いみどりちゃんがその事で大きな傷を負ったのは、間違いないだろう。ここの学校へ来てからも、クラスメイトを怖がり、友達ができずに居た…。あの時のみどりちゃんは圧倒的な寂しさと孤独感に蝕まれていて、七歳とゆう幼さで、大人の世の中の醜い所を知りすぎていた。あたしはみどりちゃんに何も言えなかったし、何もできなかった…。その日もあたしはみどりちゃんと一緒に、楽しく遊んだ。みどりちゃんと遊んだのは、あれが最後だった…。
あれはあしたはもう東京に帰る最後の夜だった。あたしは父と母の間の布団に入り目を閉じたが、いつもならスキーと遊び疲れで、くたくたに疲れたのですぐ眠れるのに、その日はなかなか寝付けずにいた。ただひたすら窓の外に見える降りしきる雪を見てた。その夜は近年にない大吹雪だった。
どうしてあたしはあの時部屋の外へ出ようと思ったのだろう。怖がりのあたしが。それは今だに謎だった。部屋から出るとすぐ、一階へつながる階段がある。下に人の気配がした。パタパタと、急ぎ足だった。あたしは階段の吹き抜けから一階を見た。上から見た廊下を小さい影が通り抜けていった。
「みどりちゃん…?」
こんな真夜中に一体どうしたのだろう…?あたしは全速力で階段を駆け下り、彼女のあとを追った。吹雪の勢で窓がガタガタと動いてた。
ロビーまで行くとものすごい冷気を感じた。
「寒い……。」
窓が開いているのだろうか?
フロントの角を曲がると、玄関のドアが全開だった。そしてその前の呆然と立ち尽くすみどりちゃんがいた。かみそりのような風が吹き乱れ、みどりちゃんの足元には雪がすでに降り積もっていた。あたしもみどりちゃんもパジャマ姿だったので後数分で体が凍え切りそうだった。近くまで寄ると目も開けていられなかった。それほどこの日の吹雪は激しかった。
「みどりちゃん……?」
あたしの声にみどりちゃんは驚きもせず、振り向いた。その時のみどりちゃんの目にはかすかな希望があるように見えた。そんな目のみどりちゃんを見たのはそれが始めてだった。
「お父さんだ……。」
「えっ?」
「お父さんがね、みどりを迎えに来てくれたんだっ!みどりの事呼んでくれたんだよっ!」
「お父さんが……?」
あたしは辺りを見回したが周りはただ吹雪だけ……。しかし幼かったあたしは本当に来たのかなと思った。
「みどりちゃんっ!待って、危ないよ!!」
あたしがそう叫んだ時にはみどりちゃんは吹雪の中に飛び出していた。
「みどりちゃん!」
あとを追おうとしたあたしを拒むかのように一陣の風が私の顔を直撃した。目をこすって顔を上げた瞬間、みどりちゃんは白い嵐の中へ消えた行った。振り返ることもなく……。
「みどりちゃ――ん!」
みどりちゃんの代わりに、返事を返してきたのは今まで聞いたことの無いものすごい風の音…。
「みどりちゃん……。」
あたしは凍りつくような寒さも忘れてへなへなと座り込んだ。自分の体にどんどん雪が積もっていって、風の刃から私を守ってくれた。その雪が私には暖かく感じた。
「なんて暖かい雪……。」
呆然としている私の後ろから声が聞こえてきた。
「麻耶ちゃん!!」
みどりちゃんのお母さんだった。従業員の人も何人か起きてきたようだった。
「何してるの!凍えちゃうわよ!早く中へ入りなさい!誰か!毛布持ってきて!早く!」
ロビーに電気が付けられ、急に旅館内は騒がしくなった。
「麻耶!一体どうしたの!?」
騒ぎを聞きつけてあたしの両親も起きてきた。
「女将さん!みどりちゃんがいません!」
「みどりが……!?」
その言葉にあたしは少しだけ我に返ることができた。
「みどりちゃんは……」
あたしは震えながら凍えた口を開けた。
「麻耶ちゃんっ!みどりはっ!?みどりはどこなのっ!?」
みどりちゃんのお母さんは人形の様に力の抜けて放心状態のあたしのかたをがくがく揺さぶった。半分パニック状態の様に見えた。
「教えてぇぇぇ!!みどりはっ!?みどりはっ!?」
「女将さん!!落ち着いて!!」
何だ…。やっぱりみどりちゃんお母さんはみどりちゃんを嫌ってなんかなかったんだ…。ね、みどりちゃん…。
「みどりちゃんは……。お父さんが迎えに来たから…外に…」
あたしの言葉を聴いてそこに居た人たち…みどりちゃんのお母さん以外全員、はあ?と言った表情を見せた。
「この吹雪のなかを?まじかよ?」
「こんな時間にお父さんがきたっての?」
「えっっ。でもみどりちゃんの・・女将さんの旦那さんは亡くなられたんじゃ…」
母の腕の中に抱かれて・・あたしの意識はそこで途絶えた…。
次の日の朝……吹雪は止み、みどりちゃんの捜索がおこなわれた…。何人もの人を動員し、山中捜索された…。あの吹雪の中、しかもパジャマ一枚で、生きているはずないだろうと誰かがひそひそ話していたのを覚えている…。ほぼ、遺体捜索に近かった。あたしは警察にいろいろと話をさせられた。あの吹雪の中飛び出して行くなんてどれだけ危険か子供でもわかっていたはず…。母親もその事はしっかり言い聞かせていたとゆうのに一体なぜ…? そのような話をあちこちで聞いた。
捜索は何日も行われたが、結局みどりちゃんは見つからず…。きっと遺体が岩の間にでも挟まっているのだろう。雪が溶ければ出てくるだろうと捜索は一度打ち切られたが――ついに春になっても、みどりちゃんは発見されなかった……。そして遺体も無く葬式が行われた。その席で、みどりちゃんのお母さんは、「どおしてみどりを連れて行ったのぉぉぉ!?」と叫んで泣いた。おそらくみどりちゃんのお父さんに向かって叫んだのだと思う。そんなお母さんをみんなは哀れむような目で見ていた。幼い娘を失って…精神が不安定な状態なのだろうと…。あたしは泣きもせずに、糸が切れた人形の様に呆然としていた…。ふとみどりちゃんにはもう二度と会えない事に気付いたのは、それからしばらくしてからだった。
そうしてみどりちゃんがいなくなって…。十回目の冬がきたのだった……。
毎年みどりちゃんの命日には、あの旅館へ泊まり行くのは、あたしの大切な決まり。今年もあたしは母と父と共にこの旅館へやって来た。いつもの様にお線香をあげた後、母たちが話をしている間、あたしは外へ出た。この山のどこかにみどりちゃんはまだいるにかしら…。辺り一面の雪野原。ただそれだけの世界…。今でも時々考えてしまうのは…。あったはずのみどりちゃんの人生…。もし生きていたのなら…みどりちゃんはきっとすごく綺麗な子になっていただろう…。きっと男の子からももてて、彼氏とかできてたかもしれないな…。
空は雲ひとつない青空。太陽の光を受けた雪がきらきら輝いていて…。あの時のみどりちゃんもそうだった…。
あの時、母の腕の中で気絶した時、あたしは夢を見た…。とっても綺麗な、みどりちゃんの夢を…。一面の青空。光を受けて輝く雪野原を屈託の無い笑顔で走り回る、みどりちゃんの夢…。初めて見る彼女の笑顔だった……。
あの時お父さんの姿は見えなかったけど、きっと近くにいたのだろう…。
生きていればきっと良い事がある。死んではだめ。何が何でも生きろ。映画や漫画でよく聞くセリフ。それでもみどりちゃんは…死んで幸せになったのか? 本当にこれでよかったのか?
きっとあたしの中の永遠の疑問となるだろう。夢の中のみどりちゃんは、たしかに笑ってたから。それは本当に綺麗で、まるで…お姫様のようだった……。
一面の青空と、雪…。本当にあの夢と同じだ……。目を閉じればあの夢の情景が…まるで自分がそこに居るかのように思い出せる。きっと永遠に消えることは無い。
ふっと目を開けた時、あたしは遠くに人影を見た。
「……」
雪で反射した光が眩しくて、よく見えなかった。人影は黙ってあたしに向かって元気良く手を振った。そしてこちらに向かって元気欲走り出した。
「あ……」
あたしの少しそばまで来て、その人影はまるで雪に溶けるように消えてしまった。あたしは目を見開いた。
しばらくするとあたしの目からは涙がこぼれた……。
いつかあたしのお母さんがみどりちゃんの事を雪の様な子だと言っていた事がある。雪は冷たいけど、真っ白で何も無いからこそ、何よりも美しいのだろう。ただ、美しくても、みどりちゃんは心を強く塞ぎ込んでいて、氷の様なところもあった。
「………。」
今は空は青くてもきっと今夜は吹雪になるだろう…。みどりちゃんが死んでから、その日の夜はなぜか毎年吹雪になるようになった……。あの夜と同じように…。
……ただそこには、一面の青い空と白い雪…。それ以外は何も無い…。
みどりちゃんは、いつもクールな素振をしてたけど、心に決して癒えない傷を持っていたね…。ずっと一人で寂しかったんだね…。辛かったんだね……。
雪の白色、空の青色、そしてその雪が発する白い光…。みんな忘れないよ。その中にみどりちゃんは確かにいたんだよね―――。
fin