第1回6000字小説バトル Entry7
西暦2150年のある日。
謎の科学者集団がこの地下都市に現れた。
エネルギーが底をつき、静かに滅びつつある荒廃した都市に
市川孝一は妹の遥と二人で昼食を済ませ、有線放送の明るく軽快な音楽にぼんやりと耳を傾けながら、コーヒーを口に運んでいた。
暗く沈んでしまった世の中のムードを少しでも盛り上げるためだろうか、最近のラジオが流す音楽は明るい曲や癒し系のものが多くなった。
彼らは22歳と17歳の兄妹で、2人きりの生活をすでに3年続けていた。両親も祖父母もすでにこの世にはいない。
玄関のチャイムが鳴った。孝一が応答する。
「市長の柳田康夫です。こちらに市川遙さんという方はおられますか?」
「はい」
「あなた方、特に遙さんのほうにとても重要な話があります。少し時間をいただけないでしょうか」
孝一は遥を呼びに居間へ戻った。
「何か知らねーけど、市長が訪ねてきたぜ。お前に用があるって」
「市長ですって! 私なんかにいったい何の用事かしら?」
玄関の重い鉄扉を開けると、そこには新聞などで見たことのある頭の薄い中年の男の他に、彼を取り囲むように2人の若い男が立っていた。
「実は、市川遙さんに第二京都市の市長としてとても重要なお願いをしに参りました」
「は……はい。私にできることでしたら、何なりとどうぞ」
遥は動揺しながらも、優しい笑顔で答える。
「今から話すことは国家機密に属することなので、決して誰にも喋らないでいただきたい。お2人ともよろしいですか?」
「はい」
兄妹の返事が重なる。
「実はこの第二京都市は本来ならとうにエネルギーが尽き滅んでいるはずなのですが、闇科学結社という謎の科学者集団が密かに発明した永久発電装置によって維持されているのです。しかし彼らは我々の弱みをつき、とんでもない要求を突きつけてきたのです。電力を供給し続ける代わりに、週に一度若い娘の生け贄を差し出せと!我々は密かに、市民台帳データベースに記載されている16歳から22歳までの女性を対象に、公平なコンピュータ抽選を行い、生け贄の女性を毎週選び、彼らに引き渡しています。我々としては非常に心が痛みます。しかし、人類が生き延びるためには、こうするほかになかったのです。次に生け贄を引き渡す日が、三日後に迫っています。そして今回選ばれたのは市川遥さん、あなたです!」
そこまで言い終えると市長と二人の連れは床に両膝をつき、次いで掌と額を強く床にぴったりとつけた。
「お願いします! どうか第二京都市民100万人のために、あなたの命をください!」
孝一も遥も、いつも偉そうにふんぞり返っている権力者のこんな姿を見るのは初めてだった。
「わかりました。そういうことでしたら喜んでお引き受けしますわ」
遙は困惑の表情を浮かべていたが、すぐに冷静さを取り戻し自然な笑顔で答えた。
「おい! いいのかよ。あっさり引き受けちまって。お前に死んでくれって言ってるんだぞ! 第一、こんなメチャクチャな作り話、俺は信用できねえぜ!」
「私は信じる。こんなに真剣に頼んでいるんですもの」
市長は二人の連れと共に立ち上がった。
「信じられないのも無理はありません。しかし、彼らが何らかの方法によって発電を行い、電力を供給してくれるおかげで、我々は5年間も生き延びてこられたのです。もちろん、このことは公にはできません。そんなことをすれば暴動が起こるのは目に見えていますから」
「彼らはいったいどうやってそんな大量の電力を……」
「それは私にもわかりません。企業秘密だそうです」
一呼吸おいて遥の方をまっすぐに向き市長は続ける。
「市民を代表して礼を言います。このご恩は一生忘れません。どうかよろしくお願いいたします。では三日後の午後三時にお迎えに参ります」
市長は丁寧に頭を下げ二人の男と共に、薄暗い闇の中を去っていった。
西暦2100年ごろから地球上でエネルギー不足が深刻になり、それまで廃止の方向に向かっていた超高速増殖炉による原子力発電が再び脚光を浴びた。
世界各国が共同でプロジェクトチームを結成し、研究に研究を重ねた結果、地球人口150億人を養うことのできる完璧なシステムが完成した。
だが事故は起こった。全世界に9711ある原子力発電所を一元的に管理、制御するマザーコンピュータのプログラムが何者かの手によって書き換えられ、システムが暴走を始める。誰にも止めることはできなかった。
世界中の超高速増殖炉が同時に大爆発を起こし、地上にいた人間は瞬時に全て死滅。地上は核汚染された死の世界へと姿を変えた。生き残ったのは世界に15ヶ所ある対核仕様の地下都市の住人だけだった。
食料の化学合成、地下水のくみ上げ、医療、工業、気温や湿度の調整など生活に必要な全てを電力に依存していた地下都市は、地上からの電源供給を絶たれ、次々にその機能を失い滅びてゆく。
京都市の地下に建造されたこの第二京都市は、人類最後の居住地だった。
人類はただ絶滅を待つだけの種と成り下がってしまった。誰もがそう信じて疑わなかった。人々は希望を失い、働く意欲も遊ぶ意欲も失いかけていた。
市長との約束の日の二日前。
遥はこんなときでも当たり前のように高校に通っていた。私は明日までの短い命。そのことは学校にいるときはなるべく考えないようにした。友人たちと過ごす楽しい時間を最後まで大切にしたかったからだ。
市長に約束した通り、例の事は誰にも喋っていない。
遥は親友の佐々木涼子と一緒に下校し、帰り道を歩いていた。行きも帰りも、道は暗闇。50メートル上の天井を見上げても、目に入るのは目印程度に点在する青白い明かりだけである。
「遥、最近なんか元気がないね。」
「うん」
「悩み事でしょう。それもずいぶんと深刻な悩みね。悩みって言うより諦めって感じ」
涼子の言う通り遥は今朝までは悩んでいた。自分はどう死んで行くべきか、死ぬ前に何を成すべきかということに。悩みはやがて諦めに変わった。何もすることはない。誰にも迷惑をかけぬよう、ただ静かに死んでゆけばよい。それが彼女なりの結論だった。
「どうしてそこまでわかっちゃうの?」
「そりゃあもちろん愛と友情のパワーよ」
「何バカな事言ってるの」遥は苦笑したが、すぐに寂しそうな表情に変わった。「でも、誰にも喋っちゃいけないんだ」
「どうして? お互い隠し事はしないって、ずっと前に約束したじゃない」
遥は正直、迷っていた。あれ以来孝一とはほとんど口を利いていない。一人で孤独に悩むのはさすがに辛かった。
「じゃあ、例え話にして、涼子にだけこっそり教えてあげる」
「何でもいいから早く教えて」
「昔々、人類がまだ地上でそこそこ平和に暮らしていた頃、突然宇宙人が1000万機のUFOで地球を侵略しにやってきたの。宇宙人の科学力は地球より5000年分ぐらい進んでいて、地球はあっという間に滅亡のピンチを迎えたのよね。その頃、有名な科学者が宇宙人の言語を解明して、彼らと喋ることのできる翻訳機を発明したの。早速それを使って宇宙人と交渉してみると、一つだけ要求をのんでくれれば地球侵略を止めてもいいと、彼らは言ったのよ。その要求は、地球上で最も美しい女性を我々によこせ、だったの」
幼稚な漫画みたいな話だが、遥があまりに真剣に語るので、涼子は思わず聞き入ってしまった。
「ふうん。その女性って誰だったの」
「もちろん私」
「今日の遙、絶対変だよ。悪いものでも食べたんじゃない?」
「だから例え話だって言ってるしょう」
「でも、それにしちゃ大げさな話ね」
「だから明日突然私がいなくなっても、私のこと忘れないでね。きっと私、宇宙人のおもちゃにされて、殺されちゃうから」
遥の瞳には涙が浮かんでいた。
「ちょ……ちょっと! 本気で言ってるの!」
涼子はうろたえる。
「さようなら。私の大好きな涼子ちゃん」
遥は駆け足でその場を去っていった。これ以上涼子といると、どんどん悲しくなって、大声で泣いてしまいそうだった。
あれから三日後の朝。孝一は公園のベンチに腰を下ろしたまま、ずっと一人で考えごとに時を費やしていた。
公園といってもベンチが一つと二つ並んだシーソーがあるだけで、あまりそれらしいものではない。暗闇の公園を利用する人はほとんどいない。
ここは厚さ二メートルの合金に覆われた、朝も昼も夜もない世界。
人類は青い空を眺めることも、太陽の光を浴びることもできなくなってしまた。
俺はいったい何をすればいいのか? こんな時に、兄として大切な妹に何もしてやれないのがもどかしく、悔しかった。三日三晩考えを巡らし続けても答えは出なかった。
考一にとっては長い長い三日間だった。
「二人でどこか遠くへ逃げよう」
帰宅するなりいきなり、孝一は遙の手を握り言った。散々考えた挙句、こんなことしか思いつかない自分が腹立たしかった。
「だめよ。私が逃げたらきっと代わりに誰かが犠牲になるもの。ほかの誰かを自分の代わりに犠牲にしてまで生きるなんて、死ぬよりつらいことだわ。それに、こんな狭い世界でいったいどこに逃げようって言うの?」
「でも、やっぱりこんなことは間違ってるよ。本当に……お前はそれでいいのか? 何も知らない俺以外の奴らは、お前に感謝なんかしないんだぞ」
「いいのよ。私の大切な人たちがこれからも生きて、私の代わりに幸せをつかむことができるのなら、それでいいの。」
遥のぎこちない笑顔の奥に、哀しみが垣間見えた。
「遥、悲しい時は泣いていいんだぞ」
「嫌。私が泣いたら、見ている人はもっと悲しくなるから」
「馬鹿野郎!俺に遠慮なんかするな!兄妹なんだから」
孝一は意地っ張りな妹を叱り付けるように大声をあげた。
遥は孝一の胸に飛び込み、彼の衣服を濡らした。大声で泣いた。
「言っとくけど、お兄ちゃんが私のこと泣かしたんだからね。あんなに大声で叱るから……」
遥は小さな声で呟いた。
孝一はため息をついた。どこまで意地っ張りなんだろう、こいつ。
市長がこの前と同じ連れの二人と共に遙を迎えにやってきた。
幸一も同行し四人で待ち合わせの場所に向かう。
かなり古い五階建てのビルの最上階の一室に入ると、そこで白衣を着た10人の男達が待っていた。
「お前ら、どうしてそんなに若い女ばかり欲しがるんだ! いったい何をする気なんだよ、俺の妹に!」
部屋に入るなり、幸一は叫び、彼ら全員の顔を交互に睨む。
「失礼極まりない態度だな。誰のおかげで、今まで生きてこられたと思っているんだ? 悔しければ我々に頼ることなく生きる手段でも見つけたらどうだ?」
彼らの中で真ん中の方にいた、40代くらいの黒縁眼鏡をかけた男が嫌味ったらしく言った。
「この悪党め」
幸一は震える拳を振り上げ、彼らに殴りかかる。だが、彼らのうちの若い二人に簡単に取り押さえられる。
「我々に牙を剥いたのはお前が初めてだ。よかろう。お前には特別に見せてやろう。5年間この第二京都市を支えてきたものの正体を、そして死んでいった娘たちの運命を……」
黒縁眼鏡はそう言いながら、なぜか哀しみに満ちた目をしていた。
彼は闇科学結社の代表者で鬼塚と名乗った。
孝一と遙は鬼塚たちに、彼らの研究施設へ案内された。
施設内は病院のようなつくりになっていて、あちこちから薬品の臭いが漂ってくる。
通された部屋の中央にはやや大きめのベッドがあり、遥と同じ年頃の少女が横たわっていた。その周りにはベッドを囲むように、幸一が見たこともない機械がずらりと並んでいた
硬く瞳を閉じた少女にかぶせられた薄く白い布団の中から、何本もの細く透明な管が伸びており、その中を黄色や透明の液体が流れていた。それらは壁際に設置されている何台もの機械につながっていた。
孝一、遥、鬼塚、それに彼のボディーガード二人がベッドを囲んだ。
「まさか、この女の子の身体を利用して、発電を……」
人体を利用した発電を研究している者たちがいるという噂を、孝一は昔古い友人から聞いたことがあるのを思い出していた。
「その通りだ。しっかりと目に焼き付けておくがいい。これが人類生存のための最終手段の、哀れな犠牲者の姿だ」
鬼塚は少女の布団をそっと剥いだ。白いTシャツとやや短めのスカートを身につけた少女の身体はほとんど白に近いピンク色をしている。彼女の腕や太股や体中のあちこちに、直径一センチほどの管が埋め込まれている。
遥は思わずその痛々しい姿に顔をそむけ、手で口元を覆った。
「この娘は今、脳死状態にある。このまま人体発電装置を動かし続けられるのは持ってあと一日だ。この装置は若々しい女性の身体でなければまともに動かすことはできん。女性ホルモンや血液などの体内の分泌物を、少しずつ消費しながら生体化学発電機を回している。そしてこの装置の開発チームのリーダーはこの私だ」
「私たち、今まで何も知らないで生きてきたのね」
遥が呟く。
「なあ、あんたはいったいどんな気持ちでこんな残酷なものを創っていたんだ」
「さあな。あの頃は夢中でそんなこと考えもしなかった。今にして思えば、あれは天才科学者としての意地だったのかもしれん。人類が滅びてゆく様を何もせず見ているのが悔しかったのだよ。こんな時に科学者が何もできなくてどうするんだ、という思いがあった」
「俺は遥を助けたいと思っても、結局何もすることはできなかった。それに比べてあんたはすごいよ。ただの悪人じゃなかったんだな」孝一は心からそう思っていた。
「この娘は私の一人娘だ。実に5年半ぶりの再会だった。私は家族を捨ててこの研究所に移り住み、研究に没頭していたのでね。こんなろくでもない父親との再会を、娘は喜んでくれたよ。本当に優しい娘だった。まさか自分の発明品で自分の娘の命を奪うことになるとは、皮肉なものだな。神は私に最も残酷な天罰を与えてくれた」
鬼塚の黒縁眼鏡の下から涙の粒が零れ落ちた。
遥もつられるように泣いていた。
「一つだけ教えてくれないか。なぜあんたらはあんな脅しみたいなやり方をするんだ? 正直にこのことを話せば政治家達は協力してくれるはずだ」
孝一はずっと胸に引っかかっていた疑問をぶつけた。
「我々の行いは悪だ。誰がなんと言おうとこれは悪なのだ。他人の命を踏みにじってまで生きようとする行いは、人間として最低の行為だ。だから、どうせなら潔く悪党になりきってやろうと思っただけのこと。そして、生け贄という手段を用い、数多くの恨みを買い史上最悪の悪魔の集団として生きる道を選んだのだ」
横たわる少女の小さく弱々しい命の灯が、消えかかろうとしている。
孝一は少女の頬の薄いピンク色がさっきまでよりほんの少し薄くなったような気がした。
ただ死を待つだけの身体は静かに、かすかな鼓動だけを響かせていた。