星のお伽ばなし
「シリウスは、月と惑星を除けば夜空で一番明るい星です」
この日、雪空の下わざわざプラネタリウムを訪れる酔狂な客は、髪の長い娘が一人
だけだった。スライド挿入。
「この青い星シリウス、赤い星ベテルギウス、そして白い星プロキオンを結んだ形は、
冬の大三角形と呼ばれています」
さほど広くもない上映室は、僕と彼女の個人授業の教室のようだ。大きな瞳に、青
い光が映っているのがここからも見てとれる。神秘的な輝きだ。
思い切って問いかけてみる。
「いかがでしょう。何か、リクエスト御座いますか?」
娘は真っ直ぐに僕を見ると、思いがけない事を言うのだった。
「今晩、私を置いて頂けますか? この星で‥‥どこにも行き場がないのです」
部屋に女性を招き入れるのは久しぶりだ。僕がコーヒーを入れようとすると、娘は
素早く立ち上がると、いやに念入りに自分で作ってくれた。
娘は、二十億年の時を経てシリウスBから来たのだと真顔で言う。僕はコーヒーを
吹き出しそうになるのを抑え、とりあえず頷いて見せた。
「あなたはお話を聞いてくれそうだったから‥‥宇宙に詳しそうだったから‥‥私の
話がお分かりになりますよね」
この、何か僕について突拍子もない勘違いをしているらしい、奇矯な娘の、しかし
澄んだ瞳に僕は魅入られていた。いや、単に僕の性格が軽いだけかも知れない。
「かつてシリウスBは、生命を育む美しい星でした。私はその星系の王族の娘」
娘はお伽話を囁き続ける。
王国は精神文明が進んでいて、心正しい人の国でした。
これと言って資源はないけれど、ただ宝石だけは沢山採れたから国は豊かでした、
ルビーとか、サファイアとか‥‥
時々唇が塞がれる間だけ、囁きが途切れる。
ある年、赤い星が王国に野心を傾けた。
赤い星の策謀により私達は星を追われ、シリウスBは生命を拒む星へ変わっていっ
たのです‥‥
私達は各々想うところの星に向け、氷となって宇宙へ散った。私が目指したのは恒
星ピナ、そう、この星の太陽よ。
それは王国の、冬の夜空に輝く星、
私達の、伝説の、守り神なのです‥‥
二十億年、ただ、まっすぐに、
この星を、
めざして‥‥
*
*
いつの間にか眠りに落ちていたらしい。理由のわからない頭痛とともに目を覚ます
と、すでに昼前だった。休日でなければ大目玉だったろう。
隣に寝ている筈の娘はどこにも姿が見当たらない。彼女、そして彼女のバッグは勿
論のこと、机に置いた僕の財布、ついでに煙草、もしやと思って引き出しを開けると
預金通帳、印鑑までもが消えていた。
(なんて手際の良いお姫様だろう)
コーヒーでも沸かそうと流しに立つと、昨夜のカップの皿に青い小石が置かれてい
た。
大粒の、サファイアに似た石だった。
(まさか、ね?)
手にとってかざすと、石はあの娘の瞳に似た、深い輝きでそっと応えるのだった。
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