アラクノフォビア

                              
 鬼蜘蛛のK。
 黒褐色の大型の蜘蛛。昼間は郵便受けの裏側などに隠れているが、
日が落ちるにつれ活発となり、強靱な糸で巣を作る。朝にはしっか
り片づけている。もちろん朝刊を取りに来た僕の、首に一本引っか
ける分は残してある。必ず、残してある。朝はそうして始まるのだ。

 土蜘蛛のE。
 地蜘蛛、穴蜘蛛などとも呼ばれる。家の外壁に、地面から伸びる
袋のような巣を作り、中から様子を窺っている。僕が見ていない時
を狙って、おろし立ての靴に袋を貼り付けるためだ。踵にぞろぞろ
何本もの蜘蛛の袋を引きずって歩く、僕の姿を嗤うためだ。

 黄金蜘蛛のH。
 黄色と黒の縞模様を持つ、荒々しい大型の蜘蛛。庭先などに網を
張り、僕が気付かず引っかけるのを待ち構えている。顔面にへばり
つく糸、特に白の×字の感触に気が遠くなっている隙に、蜘蛛は僕
の肩口を細く伸ばした堅い爪でカリカリと這い、首筋に毒牙を突き
立てて吸うのだ。

 女郎蜘蛛のR。
 細身でしなやかな脚を持つ、見た目は美しい中型の蜘蛛。それ以
外はHと同じだ。

 足高蜘蛛のS。
 長脚、家蜘蛛とも呼ばれる。日本で最も大きくなる蜘蛛である。
巣を張らず、床や壁を這い、ゴキブリを捕って喰らう。つまり獰猛
性と運動性でゴキブリのそれらを上回る。主に開けようとしたドア
の裏側、トイレに座った視線の少し上などに生息し、その頭が上を
向いていた場合は天井に走り、僕の顔面に飛びかかっては産卵し、
頭が下になっていた場合、僕の足下に滑り込み服の中を這い上がろ
うとする性質がある。

 水蜘蛛のT。
 腹部の体毛に空気を溜め、水中で活動できる蜘蛛。僕の最後の逃
げ道までも、塞いでしまうのが主な役目だ。太宰の心中未遂も、こ
の蜘蛛が居たからだと僕は知っている。

 ねこ蠅取蜘蛛のA。
 米粒くらいの身体を持つ、灰茶色の小蜘蛛。蜘蛛のくせに足が短
く、いつもぴょんぴょん撥ねながら小蠅を捕っていたりする。Aは
唯一、僕に親しみを抱かせる蜘蛛だ。でも分かっている。いざとな
れば、きっとこいつもみんなと同様、牙を剥くのは明白だ。

 毎日無言のにやにや笑いに囲まれて、僕はどうにか生きている。
ほんのちょっと、勇気を奮えば、彼らを潰す事は出来るのだろう。
でも彼らは揃って益虫だから、咎められるのは僕なのだ。みんな、
僕が悪いんだ。







<  戻る