感熱透明人間


 嵐のようなウォール街の一日を終えて帰宅した私は、疲れを癒す
べくバスタブに湯を満たしていた。湯加減をみようと手でかき回し
た時だ。
 突然私の手は皮膚が剥け、骨肉むき出しとなった。
「うわぁ、早く水を!」
 火傷したと思った私が水を浴びせると、手は元通りとなり痕もな
い。そういえば決して熱さや痛みを感じたわけでもなかった・・

 翌日私はかかりつけのドクター・マテンローを尋ねた。
「うむ、恐らくは身体の表面が、熱によって透明化する体質になっ
たんじゃなかろうか。きのう他に何か変わった事は?
 UFOを見たとか」
「特にありません。」
「うむ・・溶出酸素と色素のナムナム・・あんた、90度くらいの
湯でもう一回試してくれんか?」
「遠慮します、ドクター。」
 ドクターはあからさまに残念そうな顔をしてみせると、
「そうか、じゃろうな、まあ調べとくから、また来んしゃい。」と
微笑むのだった。

 帰る足取りは重い。やりどころない怒りと不安が、地下鉄のホー
ムを歩く私の頭を巡る。このエリートな私が突如こんな体質になる
なんて、この深き絶望が誰に理解できよう。私の輝かしい未来はど
うなるのか。私がいったい何を
 どしっ!
 私は列車から降りてくる若い男と衝突していた。
「っあんだよ」
 そいつは何やら舌打ち混じりに毒づきながら私を睨んだ。悩みな
どという感情は、ぽやんと開けた口から全部こぼれ落ちてるような
ハピネスな奴だ。
「ふん」
 私は鼻を鳴らし列車に乗り込んだ。
「んだぁその態度は!」
 私は振り返りざまにパンチを食らっていた。頬がかあっと熱く痺
れる。
「立てよ!」
 だが私の胸ぐらを掴み引き立てた途端、男の顔色がすうと引いた。
ほんの挨拶のパンチだったつもりが、私の火照った頬は大きくえぐ
れ、歯でも露出しているのだろう。
「うう、うそ、・・パードンミー!」
 男がホームに逃げ出すや扉が閉まった。
「しっかりしろ!」
「列車を止めろ!」
「医者はどこだ!」
「待って、待って下さい。何でもないんです、ちょっとしたトリッ
クなんですよ!」
 私は鞄から、こんな事もあろうかとドクターの奥さんに借りたフ
ァンデーションを取り出し、素早く左頬に塗りたくった。「じゃー
ん」
「おお」沈黙、そして拍手が私を包んだ。
「すばらしい!」「こんなマジック見たことない!」
「すごいよ、あんた!」
 こんな大勢の中で誉められるなんて、実は生まれて初めてだ。
 私は顔を真っ赤にして、はにかんだ!





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