暗くなるまでに

                              
 ユウのパパはずっと、帰って来ない。
 でも、きっと日曜日は帰ってくるよって、ママが言ってたのに、
うそつきだ。
 うそつきはだめだよ。
 ママは買い物に行ったのに、ママ早く帰ってよ。
 もう夕方だよ。もう、暗くなっても知らないよ。

 外で叫び声がする。ユウはソファの隅に顔を伏せた。
 テレビは無表情に喋り続けている。アニメをはじめ娯楽番組は数
週間前からすっかり打ち切られ、報道ばかりになっている。最近は
映らなくなったチャンネルも多い。しかしユウはテレビを消すこと
ができなかった。
 ユウの母親は、朝早くに家を出たまま、戻ってこない。

 そうだ。マユちゃんのうちに行こう。
 でも、勝手に遊びに行ったら、ママが怒るよ。
 でも、どうしてだれも帰ってこないの?
 でも、マユちゃんのところに行くよ。
 でも、勝手に行ったら、ママが怒るよ。

 おもちゃ箱をかき回し、ひっくり返すと底の方から小さな絵本が
でてきた。一才の誕生日の頃、父親が与えたものだった。ふちがめ
くれ上がった厚紙の表紙にうさぎが描かれている、手のひらほどの
絵本。

 ああ、そうだ、これ、マユちゃんのだったんだよ。
 前に遊びに行ったとき、持ってきたんだ。
 かえさなきゃ。
 でも、もう、夜になっちゃうよ。
 赤ちゃんの本だから、もう、いらない、マユちゃんは、いわれる
かも、夜になっちゃうよ、なんでも勝手に持ってきちゃ、だめって、
ママは、
 よそのものを、勝手に持ってきちゃだめって、ママが怒るよ。
 だから、かえさなきゃ。

 ユウは急いで靴を履き、苦労して鍵を外した。重いドアをうん、
と開くと隙間から外へ飛び出した。
 背後で大きな音をたててドアが閉まる。ユウはびくっと振り返り、
そのまましばらく身をこわばらせていたが、やがて薄暗くなり始め
た通りへ駆け出していった。

 焼けた家でおじいさんが泣いている。
 みちゃいけない みちゃいけない
 窓を棒でたたいているひとがいる。
 みちゃいけない みちゃいけない
 おねえさんがいじめられている。
 みちゃいけない みちゃいけない
 犬が繋がれたままきゅうきゅう泣いている。
 みちゃいけない みちゃいけない

 いかなくちゃ。
 いかなくちゃ。
 絵本を、かえすんだから。
 絵本を、かえすんだから。

「ユウくん!」
 駆け込んできたユウを、マユの母親は戸惑いながらも抱き上げた。
ユウはそのまま、泣きじゃくり続けた。

 東の空には新たな火の手が上がっている。







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