霊式国家

                              
 黄昏の街が青く沈みこむと、また陰鬱な時間が来る。
「ダグ、朝までは音楽禁止だぞ」
 ダグは渋々イヤホンを外すと、胸ポケットを探る。
「知ってるだろうが喫煙も禁止だからな」
 私は再び窓の外へ視線を戻す。
 ぽう、ぽう
 青白い火が点り始めた。人魂だ。家々の窓という窓に火が点り、
曇りガラスやカーテンの向こうで揺れ動く。
 ぽう、
 無数の冷たい火が、通りを流れていく。


 歴史上最大のカリスマとよばれた日本の首相イキラが、経済、領
土、戦後賠償など、全ての国際問題を精算すると発言した時、何と
も嫌な予感が世界を走った。やがて呈示された精算案とは、

「何が『国民総自決』だ、馬鹿にするんじゃ・・」
「慎め、ダグ! 聞こえたらタダじゃ済まん」
「命令するなよ軍人さん! 俺はタダの電気屋だぜ!」
 ジリン
 電話のベルが鳴った。ダグの顔色が引く。
「はい・・タカセ3区で回線障害・・了解しました」
 壁に掛かったヘルメットを取って投げてやる。
「そら、行くぞ、お仕事だ」


 全国民への薬の配布が国会で可決し、決行日が定められた。各国
はあらゆる説得、或いは脅迫を試みたが全て無視された。
 そして、日本人は静謐なる最後を迎えた。

 各地に人魂が現れたのは七日後である。一億半の火の玉は、やが
て富士山上空に渦を成し、巨大な青い火球となって海を渡った。攻
撃もお祓いも効かず、これを目にした者は悉く恐怖し、例外なく悪
夢にうなされるのだった。
 ご丁寧に各国を訪問頂いたお陰で、世界はすっかりびびりまくり、
国連は日本国土の共同メンテナンスを決議した。これで日本人は、
幽霊屋敷の管理を外国に任せて毎晩どんちゃん騒ぎ、とんでもない
恫喝外交だったわけだ。


 修理現場まで小一時間。
 私は人魂の流れを避けながらトラックを駆った。
 ビルの間から青く滲む火球が見える。この街の集会だ。目視で直
径1000フィートくらいか、今夜はそう大きくない。
 ダグはと見ると、俯いて黙ったままだ。
「私の町にあれの親玉が来た夜は、心底震えたな。夢にサムライの
亡霊が出て、四十の男が3回も泣いて飛び起きた」
「・・俺はゲイシャだった」
「良かったな、ダグ」
「何が良かった、だ! あれから俺は、立てねえ男になっちまった」

(ご愁傷様)

「誰だぁ今の声」
「飛ばすぞ!」
 私はアクセルを踏み込む。ダグは泣いてる。
 いっそ私も幽霊になるか? いや、私にはあんな精神構造など持
てそうもないし持ちたくもない。





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