侵略者第一号
 
                                      
 人生というものが、誰かとのちょっとした出会いから変えられてしまう、これは誰
にも起こりうる事です。もしあなたが、ちょっと普通とは違う誰かとの出会いを、繰
り返している方ならば、きっと普通とは違う人生が見られることでしょう。
 そういう意味では、今からお話しする、ある青年の物語は、彼にとって訪れるべく
して訪れた運命とも言えるでしょう。ただ、それは余りにも普通とかけ離れていたた
めに、悲しすぎる結末を招いてしまったわけです(ナレーション・石坂浩二)
 
 
 空を裂く衝撃波とともに、紅い巨大な火の玉が飛び去る。
 それを追う、一機のジェット機。
 科学パトロール隊日本支部の早田隊員は、宇宙から飛来し大気圏内を飛行する、謎
の火球を追跡しているところだった。
「こちら一号機、早田。本部応答願います」
「村松だ」
「隊長、火の玉は超音速で進路2・2・3に向かって飛行中」
「早田、できる限り食い下がれ。見失うな」
「了解。一号機、追跡を続けます」
 謎の火球は右へ左へと蛇行し、レーダーの画面上に無秩序な輝線を描いた。その速
度は、パトロール隊自慢の最新鋭ジェットをしても及ばない。にもかかわらず早田が
追跡を続けられるのは、火球の動きに惑うことなく最短の進路を的確に判断する、彼
の卓抜した操縦技能の賜物だった。
 科学パトロール隊は、従来の警察組織では対応困難な怪事件−−例えば、宇宙人の
侵略、怪獣出現といった事態に対し、最新の科学装備と知識で解決にあたるべく結成
された特殊部隊である。早田隊員は配属されたばかりの若手であったが、優れた技能
と頭脳、持ち前の正義感をもって将来を嘱望されていたのだった。実に‥‥不憫な話
である。
「こちら一号機。火の玉は依然進路変わらず」
「気をつけろよ、タダの火の玉じゃない」
「了解。一号機、追跡を‥‥何だ、あれは」
 一号機の前方左上に、もう一つの火球が現れた。早田の表情が曇る。
「隊長! 新手の火の玉です。紅い火の玉に向かって飛行しています」
「同じ種類なのか?」
「青い色です。それ以外の違いはわかりません。動きは似ています。というか、紅い
火の玉を追跡しているようにも、見えなくは‥‥うっ!」
 青い火球が、突然一号機の進路を横切った。想像を絶する運動性に早田は驚愕する。
 紅い火球が進路を右に振れば、青い方も一拍おいて右に出る。左に振れば左へ。ま
た右へ。青い火球はそのたび何度も目前をかすめては、早田の肝を冷やしめた。
「隊長! やはり青い火の玉は、こちらの妨害を意図しているようです!」
「無理をするな早田。距離をおけ」
「はい、いったん距離をおきます」
 これが最後の通信となった。
 青い火球が、真っ直ぐ一号機の側面に突っ込んできたのだ。さすがの早田隊員にも、
これは回避できるものでは無かった‥‥
 
 
 早田は、光の中にいた。上も下も分からず、立っているとも横たわっているともつ
かず、過ぎていく筈の時間すら認識できない奇妙な感覚の中で、しかし早田は、しっ
かりと目覚めていた。身体は動かない。拘束されているわけでもなく、肉体はそこに
存在しながら、その意味を失った状態、早田にはそう思われた。
 いつの間にか、人の形をした巨大な影が早田に寄り添っている。それは早田の目前
で次第に姿を明らかにし、やがて身の丈数十メートルはあろう銀色の巨人となり、無
言のまま、早田を見下ろし続けるのだった。
 この世のものではない。早田は一瞬身を震わせた。
「君は‥‥」
 早田の声が、かろうじて言葉となる。遠くの空から響くような、妙な疎外の感覚が
あった。
「君は、一体‥‥何者だ!」
「宇宙人」
 科学パトロール隊員を続ける限り、いつかこの日がやってくる。早田は、その事を
漠然とは理解していた。だが、実際に目の前にする異星人の、圧倒的な異質感は、単
に姿形の違いではない、生物の根元に触れてくるものがあった。人間以外、地球生命
以外の存在と対話する恐怖を、早田は今初めて、全身で感じていたのだ。
 その気持ちを知ってか知らずか、巨人は一方的に話し始めた。
「そう、私はM78星雲から来た、宇宙人ダ。宇宙人って分かるかね? 宇宙人という
のは、地球外で生まれ育った知的生命のことだ。つまり、私はM78星雲から来た、
宇宙人ダ。君、分かってくれているのかい? 宇宙人というのは、地球外で生まれ育
った知的生命のことだ。つまり私は‥‥」
「わ、分かった。君はM78星雲からきた、宇宙人なのだね」
「そう言っているではないか。君の頭脳の程度が知れないから、回り道してやってい
るのだ」
 ひょっとして馬鹿にしているのだろうか、そう思うと、今まで早田を包んでいた、
気圧されるような雰囲気は消えていた。
「私は凶悪な宇宙怪獣を追跡中だったのだが、そこへ早田くん、君は誤って私に衝突
してしまったね。おかげで君のジェット機は、木っ端微塵に破壊されたよ。私は平気
だが。しかし残念ながら宇宙怪獣は逃がしてしまったよ。さてさて、つまり私はこう
言いたいわけだ、早田くん、君は自ら命を落とした。このたびは、ご愁傷様です」
 巨人は無反省、いや、明らかにお前に非があると言いたげな口調で、早田にとって
は恐ろしい事実を淡々と説明した。取ってつけたような挨拶句が空々しい。
「僕は、死んでいるというのか?」
「そうだ。今、我々は特殊な状態にあるから、こうやって会話が出来るのだが、その
うち君の意識は再び途絶え、君は完全に死ぬのだなあ‥‥」
 巨人は詠嘆するように言葉を伸ばした。早田は巨人の態度にいい加減腹を立て始め
ていたが、いや恐らくは地球の言葉や習慣に不慣れなせいだろうと考え、これを抑え
た。
「そうか、やはり死ぬのか。どうしようも無いことなのだな」
「どうも地球人は命を軽んずる傾向があるね。聞き給え、早田くん。一つ、君が助か
るための提案があるのだ。私は、私の命を、君にあげようと思う」
 その言葉は、早田に流行歌の歌詞を思い出させた。
「命を僕に? そんな事をして、君はどうなるんだ」
「早田くん、君と‥‥一心同体となる」
「一心‥‥同体」
「生命共同体とでも言おうか。つまり、一つしかない命を、二人で共用しようという
ことだ。大したことではないだろう?」
 巨人は言うだけ言うと、再び石のように沈黙してしまった。
「大したこと、ない?」
 早田は焦りを覚え始めていた。
(分からない、こいつの考えが、わからない)
 巨人は、笑っているとも怒っているとも見える表情‥‥平均値としては無感情と呼
ぶべき不可解な表情で、早田をじいっと見下ろしている。白く光る吊り上がった両目
には瞳が無く、まるで昆虫と睨めっこしているような虚無感を早田に与えていた。
(命、命って言うが、こいつ本当に生き物なのだろうか? 怪獣の方が、まだ考えて
いることが分かるような‥‥いや、絶対怪獣の方がマシだ。こんな奴と一体化して、
僕はどうなってしまうんだ。例えこのまま死んだとしても、僕は人間、いや地球の生
物でいたい。偏狭な考えと、笑わば笑え。僕は僕でありたいんだ。本当にこんな奴と
僕とが)
「一心同体だと? 君とか? 冗談じゃない」
 再び恐怖が早田を支配していた。それを態度に出さないのはエリート隊員としての
訓練の成果と言えよう。だが、それにも限度がある。人間だからだ。
 巨人は突然ぬうと顔を近づけると、火山性ガスが吹き出すような奇怪な音を発した。
「ふうーおっうふぉっふぉっうふぉっうふぉっ‥‥!」
「う、うわあ!」早田はたまらず叫び、尻餅をついた、ように感じた。それを見た巨
人はさらに怪音を強める。
「ふふーうっふぉっふぉっ、ふぉっふぉお‥‥面白い!」
 笑っていたらしい。
「早田くん、或いは君が拒否するかと案じていたのだが‥‥存外だったね」
「何だと」
 巨人は、早田の言葉も態度も何一つ理解していなかった。早田はこんな大馬鹿と命
を使い回すのかと思うと、ふたたび悪寒を走らせた。
「何が存外だ。こうして、全身全霊、拒絶を表してるじゃないか」
と、早田は叫んだつもりだったが、もう声がでない。
「じゃ、いくよ」
「わ、あ、あ、あ‥‥」
 早田の意識は次第と緩慢になり、そのまま暗黒の淵へと吸い込まれていった
 
 
<ハヤ‥‥タ‥‥>
 黒い霧のむこうから、早田を呼ぶ声が聞こえる。
<ハヤ‥‥タ‥‥>
 声は幾度も早田を呼びかけ続けたが、それに応えようとする早田の思考は、まるで
糊で固められたように重く、なかなか動きだそうとはしなかった。
<ハヤ‥‥タ‥‥>
(目覚めなくては、目覚めなくては)
<ハヤ‥‥タ‥‥>
(早く目覚めなくては‥‥地球がピンチなんだ‥‥)
 早田は意識を奮い起こそうと、懸命に自らを励まし続けた。やがて、目の前の霧は
静かに取り払われていった。
 
「早田、どうした、早田!」
(隊長‥‥隊長が呼んでいる)
 早田は目を開いた。まず飛び込んできたのは青空だった。そして、顔。地面に横た
わった早田を、何人かの顔が覗き込んでいた。
「しっかりせんか、早田」
「ああ、隊長、‥‥あれっ、いや、あなたは‥‥誰です?」
 早田が村松隊長と思っていた声の主は、彼の知らない老境の男性だった。顔には村
松隊長の面影があるし、声も似ていたが、明らかに別人である。まさか隊長の親戚だ
ろうか、と早田は訝しがった。
 早田は鈍い動作で身を起こした。身体が重い。まるで別人の肉体だ。思考もどうも
はっきりしない。
「あっ、無理をなさらないで」傍らにいた女性が、あわてて早田の身体を支える。服
装からすれば彼女もパトロール隊員らしい。早田はパトロール隊配属の際、要員のデ
ータを全て記憶させられた筈だが、彼女の顔も名前も思い出せなかった。やはり、ま
だ本調子ではないのだと彼は悟った。
「済みませんが、私に替わって隊長に報告していただけますか? 例の紅い火の玉、
あれは‥‥凶暴な、宇宙怪獣です。そして‥‥そうだ、青い火の玉の正体は」
 女性はきょとんとした顔で早田を見た。
「早田隊長、何のお話ですか?」
(早田隊長??)
「意識がおぼつかないようですね」女性は隊長に似た人物に向かって言った。「村松
極東司令、早田隊長を収容します」
「なんだって? ちょっと待ってくれ、一体どういう事なんだ」
 その時早田の視界に、見覚えのある巨大な姿が飛び込んできた。銀色の巨人は、ず
っと早田の背後遠くに立っていたのだ。
「あれだ、君、あれは宇宙人だ」
「もちろん、知っていますわ。彼を知らない人間なんて、いませんとも」
 もう、何もかも分からなくなった早田には、巨人に救いを求めるしかなかった。
「説明してくれ、宇宙人‥‥たしか君は、僕と一心同体になったのでは‥‥?」
「そうだよ、早田くん、今まで有り難う。一般的な日本人の読者を想定して詳細は省
くが、君が意識を失っている間、私はたったひとりで地球の正義と平和のために戦い
続けてきた。少しは君の意識にも手伝って欲しかったのだが、どうも私の精神力の方
が強すぎたのか、君は一度も目を覚ましてくれなかったな。はっきり言って、疲れた
ぞ。だが、宇宙の慈愛をモットーとする私としては、この件でこれ以上君を責めるの
はよそう。ともあれ、ついに私が故郷に帰らねばならぬ日がやってきたのだ。思えば、
あっという間の二十年だったね‥‥」
「な、なんだと? 二十年?」
 早田は近くに停めてあった自動車に駆け寄り、ミラーを覗き込んだ。そこに映って
いるのは、生気のない顔に眼だけぎらぎら血走らせた、異様な中年男の姿であった。
早田は悲鳴をあげ腰を抜かした。
「早田くん、いずれ帰る日が来るとは思っていたから、君が元の生活に戻る際、なる
べく幸せになれるよう、私は随分努力したのだ。君は今や隊長なんだよ。毎日休まず、
三日に六十八時間は働いて、あらゆる手柄は君のものとなるように工作し、出世に邪
魔な同僚は悉く排除した甲斐があったよ、君、みんなが陰で君を何と呼んでいるか、
分かるかい? アウト・オブ・ヒューマンだよ。どうだい大したものじゃないか。全
て僕の努力なんだよ。そうそう、ケッコンとかいう、よく分からない儀式も済ませて
おいたからね。なにかと煩かったご両親も死んだし、気楽なものだ。とにかく、君は
もう、安心して老後を過ごせるというわけだ。なあに、気にするな‥‥この事は、私
からのささやかなプレゼントと思ってくれてていいよ。喜んで受け取り給え」
「そんな‥‥馬鹿な‥‥」
「ん、そうか、私の身体を心配してくれているのかい? 私の分の命なら、故郷の星
から予備を届けてもらったから、案じなくて良い。しかしまあ、君がそんなにも、私
を愛してくれていたとは知らなかったよ‥‥」
「う、わああああああああ!!!」
 早田はホルスターから光線銃を抜き、泣きながら巨人めがけてトリガーを引いた。
光線は巨人の胸板に命中し、巨人は身体を大きく揺すりながら、あの火山のような声
で笑った。
「隊長! 何をなさるんです!」
「狂ったか、早田!」
「う、うるさい! どけ! 死ね! この腐れ宇宙人!」
 
 こうして、早田隊員の青春は終わった。
 
 
 
 
 
 
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