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素浪人皮剥ぎ血肉ノ介・猫味噌 河縁に建つ、崩れかかった陰鬱な家で血肉ノ介が味噌を練ってい ると、男が入ってきて不躾に声をかける。近所の「知りたがりの」 熊三である。 「ねえ血肉の旦那、時々作ってるそれ、一体何をこね回しているん で」 「‥‥味噌だが」 「ただの味噌じゃねぇでしょ」 「‥‥」 「いや、何か旨そうだなって、いつも思ってるんすけど。何です」 血肉ノ介は手を止めると、物憂げに顔を上げて呟いた。 「‥‥猫味噌」 ぎょっと問い返す熊三。 「え‥‥猫、ですか」 「左様、迷い込む奴が多くてな。何、ただ鉢に入れて練るだけだが。 ‥‥赤味噌だろう、釣ってきた魚を煮た奴だろう、それから」 突然表に女の悲鳴が走り、男の罵声が響いた。何事かのやりとり に続き、平手の音。再び悲鳴が上がる。 出てみると合口を抜いた男が、片手で若い女を引き倒しながら息 巻いていた。 「旦那、ありゃ猫七てえ下司な野郎ですぜ」 「猫ねえ‥」 向いの女房が来て拝む。 「旦那お願い、どうにかしておくれよ」 「ひでえ話ですぜ旦那、あン猫の野郎ときたらお光ちゃんの」 「いい。細かい話は面倒だ」 前へ出る。 「凶剣ざくろ、披露致そう‥」 猫は血肉ノ介を見るや、更に気色ばんで叫ぶ。 「何だァさんぴん、てめえにゃ」 ひう 宙を切る音が聞こえた時、すでに血肉ノ介は猫を払い斬っていた。 猫の躰が傾き、崩れて音を立てる。 「や、やった、凶剣ざくろか!」 叫ぶ熊三に、血肉ノ介の目がちらと向く。 「凶剣はこれからだが‥‥」 呟くと、血肉ノ介は猫の胴を跨いで立ち、その顔面に剣を振り下 ろし始めた。 「人を斬るは易けれど‥‥斬って切れぬは世のしがらみ‥‥次に押 し寄すは、新たな仇持つ此奴の仲間か‥‥はたまた‥‥」 綿々と呟きながら、血肉ノ介は斬り苛み続ける。周囲が言葉を失 う中、やがて亡骸は人のものとも判じ難き面相と化した。 「これで、安心。」 血肉ノ介は亡骸を河に蹴落とすと、洗った刀をぴぴゅと振って鞘 に収め、大きくため息をついては家の中へ戻っていった。 「あのお、やっぱり、気になるんですけど」 「熊三、まだ用か?」 「その味噌には、やはり猫を‥」 はた、と血肉ノ介は膝を打ち、部屋の隅から薄汚れた布の袋を取 り上げた。 「そうそう、かたじけない‥‥ぬしが言わねば、入れ忘れておった わ‥‥クク」 ひぃと声を漏らし、転げながら出て行く熊三を見送った血肉ノ介 は、袋からマタタビをひとつまみ投げ込むと、再び味噌を練り始め るのだった。 < 戻る |