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匠の村 「山奥の村ゆえ、とんだご迷惑をおかけしまして・・」 宿の女将はしきりと佳子に詫びる。むろん麓への道路を塞いだ崖 崩れは、女将のせいではない。 「道の直りますまで、どうぞ当宿にお泊まり下さい。お代は結構で 御座いますので」 佳子にすれば、大学の退屈なゼミをさぼり、この小さな宿にもう しばらく泊まれるのなら、その口実だけで十分だった。 「はい、でもやはり宿代はお支払いします」 「いえいえ、滅相も・・」 結局、宿代は半分になった。 「匠村って、珍しい名前ですね」 「ええ、これにはいわれが御座いまして」 女将は茶を注いだ。 「昔、かの名匠左甚五郎の当地を訪れた時に御座います。甚五郎は ご存じで?」 前に雑誌で読んだ知識が佳子にもあった。甚五郎は全国に作品を 残す、江戸時代の伝説的彫刻師だ。その逸話は名人どころか超人の それに近い。 「ここで彼の見ましたのは、飢えと病で死に絶えた村の姿に御座い ました」 不憫に思った甚五郎は、骨を拾い集めて木彫りに埋め込み、人形 を作る。苦しみのない生活を、再び与えてやりたいとの思いであっ た。新月から数え十五日目の夜、人形達は生きて動き出し村は蘇っ たという。 「人形が?」 「ええ、で、今に伝わるのがこの匠人形なので御座います」女将は 部屋に飾られた、なんとも素朴な土産物を示すのだった。 高く昇った満月が、縁側に光を落としている。佳子はひとり先刻 の物語を思い返していた。 (人形の村か・・) たぶん産業として人形作りを伝えた者を、甚五郎の名で讃えた話 だろう。薄気味悪い演出はすぐれた才能への畏れか。 (なにも骨で作らなくても) 月光に照らされ、次々と立ち上がる骨と木の人形。 端正な青白い顔立ちはあの女将にも似て。 そういえば、ここの人達はみんな似た顔をしてるような・・ (何を考えてるんだ、私は) 佳子はつまらぬ想像をうち消そうと首を振ったが、今夜村にいる 他所者は自分一人であろうかと思い至り、一層悪い心持ちとなった。 かたっ 背後の物音に、佳子はぎょっと振り返る。 「まあ・・」 宿の猫だろうか、可愛い三毛が一匹、いつの間にか部屋に入り込 んでいた。「おいで」 佳子が呼ぶと、東照宮の猫そっくりな三毛は喉を鳴らして寄って くる。背中でも撫でてやろうと伸ばされた佳子の手が、さっと引いた。 猫は、温かくもなければ、柔らかくもなかった。 かたっ、かたっ、と音をたてながら、月明かりの縁側へ駆け去っていった。 < 戻る |