父ちゃん、ヒゲソーリー

                              
 突然だけど父ちゃんが死んだ。
 今葬式の真っ最中、でも僕にはひとつ気がかりがある。
「ねえねえ、兄ちゃん」
「何だよ昭夫」
「人間って、死んでもしばらくは髪やヒゲが伸びるんだって」
「こんな時に何の話してんだよ」
「絶対、今でも伸びてるよ」
 父ちゃんのヒゲは、すんげえ濃い。村中みんな、父ちゃんの事を
ヒゲ夫さんと呼んでた程だ。
 毎朝ばりばり、じょりじょり剃ってるのに昼前にはもう伸びてる。
刃がすぐ駄目になるから、替え刃を何箱も買い置きしていた。
「‥‥ええ、では皆様、ヒゲ、いや重夫さんに最後のご挨拶を」
 僕は棺桶を覗き込む。案の定、ヒゲはうっすら伸びていた。
「まずいよ‥‥」
 僕の村は土葬だから、そのまま父ちゃんは埋められる。そしたら
父ちゃんは、ヒゲづらで神様に会わなきゃならない。もし神様に嫌
われたら、地獄行きだ。
「待ってて!」
「昭夫、どこ行くんだ」
 僕は慌てて洗面所に走り、カミソリと替え刃の箱を取ってきた。
「これを父ちゃんに」
「おお、いいぞ昭夫」
「ヒゲが剃れんと、困るじゃろ」
「よう気付いたな、きっと父ちゃんも喜ぶよ」
 みんなは真新しいカミソリの刃をお焼香みたくつまんでは、父ちゃ
んの頭の辺りにぱらぱらと置いていった。父ちゃんは、山ほどのカ
ミソリに囲まれて安心しているように見えた。

 その日の真夜中。
 僕が手洗いに行こうと廊下を歩いていると、洗面所から音がする。
 ばり、ばり。
 じょり、じょり。
「あっ」
 覗き込むと、父ちゃんが鏡に向かってヒゲを剃っている。変なの
は、鏡に何も映ってない事だ。だったら見る必要ないじゃん。
「‥‥父ちゃん?」
「あ、き、お、かあ」
 父ちゃんはあっち向きのまま、唸るみたいな声を出した。
「い、た、い、ぞ」
「え?」
「い、た、い、ぞ」
 くるりと振り向いた父ちゃんの顔は、血まみれだった。
「痛いぞ、あ、き、お」
 だめだよ、父ちゃん!
 泡もつけずにヒゲを剃るなんて!
「父ちゃん、ごめん、僕が忘れちゃったから‥‥」
 僕は戸棚からシェービングの缶を取り出して渡した。
「サンキュー、あきお」
 ぽん、と肩に手を置いた父ちゃんの顔は、いつの間にか綺麗にな
っている。父ちゃんは僕を抱き上げて、小さい頃みたく僕の顔に頬
ずりした。
 すべすべだった。
 昔、僕がよく泣いたという、ちくちくも、ざらざらも、もうなか
った。
「じゃあな」
 ヒゲのない父ちゃんの後ろ姿は、だんだん影が薄くなって、そし
て消えてしまった。





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