黄昏の日々
傾いた南洋の陽が、海岸に据えた白いテーブルを染め始める。
『マスター、お飲物をお持ちシマシタ』
Fが傍らに立っていた。誠実な機械。合金の胸に夕日が映っている。私はグラスを受け取る。
『昔を想い出されていルのデスカ』
まあね、と私は曖昧に呟く。穏やかな波音に紛れて、グラスの氷が鳴った。
『マスターは、なぜこんな小島にお暮らしナノデス』
愉快な質問だ。
「似つかわしいからよ」
『都市に住まわれレば、調達できル物も増エマスガ』
「ゴーストタウンには住めないわ」
『定義求めマス。どういった意味デショウカ』
それには答えなかった。Fも暫く無言で立っていた。
『マスター、一つ報告がアリマス。データ解析の結果、信憑性の高い一つの仮説が得られマシタ』
得意げな調子があった。私は海を向いたまま訊く。
「何の仮説?」
『十八年前、人類がマスターただ一人を残して絶えてしまった――その原因と過程デス』
「言わなくて良い」
『なぜデス』
「知ってどうするの」
『当時、マスターはご家族と離れておいでデシタ』
「だから?」
『ご家族の最期ヲお確かめになりたくないのでしょうカ』
「君は……」
グラスを持ち上げた。
「私の心を押し潰す気なの?」
『……定義求めマス。心を押し潰すトハ』
答えず、私はグラスを傾けた。
陽はやがて水平線に触れ、ゆるやかに溶け拡がっていく。
Fが口を開く。
『マスター……提案が有ルのです』
「どうぞ」
『私の電子頭脳を量子回路に換装シマセンカ。そうすれば』
「そうすれば?」
『……あなたに近づける心を持てルかも知れません』
「エフ」
私は椅子から身を起こした。Fが寄り添って支える。
「そろそろ、君は」
Fの胸のパネルを開く。
「そう言い出すと思ってた」
リセットボタンを押し込む。ロボットは動きを停め、ランプを明滅させ始めた。
指を離せば、再起動が始まる。
(何回目だろう)
指を離せば、この子は忘れる。
(私はもう誰も覚えていたくないし、誰にも覚えていて欲しくない、エフ)
心を持つ? そんな事をしたら。
(もう誰とも別れたくない)
パネルを閉じた。再び歯車の音が高まる。
「回路始動……点検……ハロー・私ハF3……」
「調子はどう?」
「異常アリマセン、マスター。指示ハ御座イマスカ」
「もう日も暮れる。家に入るわ。テーブルを片付けておいて」
「定義求メマス。ソレハテーブルニ載セラレタ物ヘノ指示デショウカ」
私は微笑む。
「そう、それでいい、F」
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