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第6回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry1
「どうも雨の日はぼんやりしてばかりでだめだね」 佐田先生は独り言をつぶやくと、ちょうど患者もいなかったのでいつもより少し早めに診療室を閉じて帰途についた。郊外の駅で電車を降り、駅前のスーパーマーケットで閉店セールの値引きされた総菜を2種類買ってからバスに乗る。 先生には、料理が得意な奥さんがいた筈だった。とにかくよく働く人で、家事はもちろんのこと、インストラクターの仕事を持ちながら地域のボランティア活動にも熱心に取り組んでいた。あの奥さんがいるのに先生が毎晩総菜を買って帰っているだなんて、奥さんを知る人が見たら目を疑ったであろう。 「自分が2人いるみたいに仕事がはかどったわ」 夕食の後片付けを終えてコーヒーをいれながら妻が満足そうに言うのを聞く度、先生はなんとはなし不安になった。「夜中、寝ずに仕事してるんじゃないか?」 本当は、そう動き回らずにたまにはゆっくり休めよ、と言いたかった。「そうかもしれないわね」 奥さんは先生の不安には気付かず、屈託なく笑っていた。 ある日、佐田先生は風邪気味でいつもよりも早めに帰宅した。バスから降りて公民館の隣を歩きながら、先生はふと、今日はボランティアの日だから妻はまだここにいるかもしれないと、大きなガラス窓を覗いてみた。果たして、室内には奥さんが働く姿が見えた。忙しそうだな、帰宅は遅くなるかな、と思いながら、先生はそのまま帰った。 確かに熱は出ていた。けれど幻影を見るような高熱ではなかった。驚くべきことに、自宅の台所では奥さんがローストビーフを作っている最中だった。その時の先生はどうしても見逃すことができなかった。忙しいからと嫌がる奥さんの手を無理やり掴んで、今来た道を公民館へと引き返したのだ。 人気のない宵の口の公園の角を曲がるとき、背筋が凍った。握った手に力を込めて、カラカラの喉から引きつるような声を絞り出して、先生は呼び止めた。 ビクッとして振り返った人影もまた、妻だった。妻が2人、本当にいた。並んだ2人は互いの存在にではなく、先生に気付かれたことに驚愕した表情を浮かべ、ブレたピントが重なるように、薄暗がりの中で1人になった。 奥さんは、作りかけのローストビーフまでそのままにして、消えてしまった。 きっと未来の時間を使っていたのだ、負債がなくなったら帰ってくるだろう、と、先生は冷えた総菜を食べながら毎日静かに待ち続けている。