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第9回チャンピオンofチャンピオンバトル詩人部門 Entry1

来内(ライナイ)くんの音


以前長いこと一緒に過ごした
今は遠い土地に暮らす来内くんから
結婚したと
ハガキが届いた

わたしはあれから何度も住まいを変えて
もう何年も
全然連絡も取っていなかったのに
元来考察したり深く掘り下げたり調べ物をしたり
そういうのが好きな人だったから
わたしの住所などすぐに調べもついただろうけれど
こうやって知らせてくれたことを
有り難く思った

写真の中の来内くんは
美しい奥さんと南国のビーチにいる
いつもボサボサだった真っ黒い髪がきちんと整えられて
やや明るい色をしていて
病気がちで肌白く
ご飯もちょっとしか食べられなくて
痩せて眼だけが闇色にギラギラしていた面影は失われ
隣の奥さんとおそろいに日焼けして
少し体格もよくなったようで
かつては袖を通すことのなかったような
明るい色の仕立ての好いシャツを着ている
わたしが見たことのないような
健康的な笑顔

わたしの中では貧乏学生だった頃の来内くん
白い色の服ばっかり着てそれが似合っていた来内くん
皮肉屋で斜に構えたことばっかり云った来内くん
体調が思わしくない時もやせ我慢で口を半ば開いて片側だけ引きつらせるように
にやっと笑う来内くん
輪郭や主線はわたしの知っている来内くんと一緒だけど
全然違う


わたしと一緒にいた頃
来内くんはよく発作を起こした
冷たい雨が降ると
来内くんの胸は音を立てて
衛星中継で話す宇宙飛行士のように
ヒューヒューガーガー
ゼイゼイゴーウゴーウ
鳴った

発作が酷くなると
眠っている間に
呼吸が止まることがあるから
止まったら起こしてくれと
これは昔からのことで慣れているから心配は要らないと
とにかくこうしていればいつか治まるからと
ただ
万が一
万が一だから心配は要らないけれど
眠ったまま死ぬのは怖いから
時々とてもこの世とは思えないくらい
美しい光に満ちた心地好い場所の夢を見て
戻って来たくなくなることがあって
怖いから
呼吸が
止まったら起こしておくれと
わたしの手を握る来内くんの手のひらは
じっとり汗ばんでいるのにびっくりする程冷たくて
真夏でも毛布をかぶって震えていた

来内くんの胸には
ヒューヒューガーガー
ゼイゼイゴーウゴーウ
唸る銀河系があって
わたしは身体をさすったり
手を握ったり
汗を拭いたり
髪を撫でたり
ぐしょぐしょになったシャツを
着替えさせたり
する間
その音が強まったり
弱まったりするのを
じっとり汗ばんだ
薄い背中に
頬を耳を寄せて
ヒューヒューガーガー
ゼイゼイゴーウゴーウ
聞いていた

来内くんの命の音
来内くんが生きている証の音
来内くんの愛しい愛しい音
どうか失われないようにと
願い
祈りながら
来内くんの胸の真ん中の
星の海に
(まぶたの裏走る列車の窓に
 来内くんの姿
 遠離る
 往かないで
 もう
 その列車に乗ったら
 こちら側には
 戻って
 来られなくなる
 小さく
 小さく
 なる
 見送るわたしに
 気づかない
 ミルクの銀河ぶちまけた睫の先にかかる
 橋渡る時
 峠で手を振るあの子は
 誰だ
 あれも
 わたし
 か)
思いを馳せ
血を失い
真っ白に
冷えた
指を
強く
強く
握った

俺の名字は生まれた町の名前
来内 ライナイ はアイヌ語で
ライは死 ナイは沢
死んだように静かな沢と云う意味なんだろうけれど
俺の名前には死が宿っているんだ
死を迎えるまでこの先もずっといつでも自らの内に死を宿して
生きて往くんだ
と自嘲気味に
口を半ば開けて片側引きつらすように
笑う

「結婚して他の名字になったらいいじゃない」
「じゃあ、佐藤にしてくれる?」
「……」
そんなこと考えたこともなかったから
言葉失って
笑ってごまかして
それっきり
来内くんもそれ以来
口にすることがなかった


今のわたしなら
本当に愛しい大切な人と
日々を共にすることは
大変困難だけどとても素敵なことなのだと
わかる
から
たぶん
佐藤になったらいいよ

結果的にはそうならなくても
当たり前に
云ってあげられたと思う
あの頃のわたしには
今にもまして何にもなくって
無駄に現実的で
未来が怖かった

ただ
来内くんが
胸の奥の銀河系ごと
ヒューヒューガーガー
ゼイゼイゴーウゴーウ
ごと
愛しくて
傍にいたかった

いつも来内くんには健やかであって欲しかった
苦しかったり痛かったり切なかったり
さみしかったりおなかがすいていたりしないで
欲しかった
笑わせてあげたかった
お互いの道が別れて
一緒にいなくなってからも
仕事帰り
星が美しい晩などに
不意に思い出して
そうであって欲しいと
願い
祈ってみたり
していた


ハガキに書かれた名字は
来内くんの
ままだった

※作者付記: (参考文献)
柳田国男・著「遠野物語」
宮澤賢治・著「銀河鉄道の夜」




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