QBOOKS
1000字小説バトル 2nd Stage
チャンプ作品
『オン・ザ・ライン』トノモトショウ
餅田さんは今年で二十六歳になるが、今まで一度だって働いたことがない。いわゆる「ニート」というやつだが、本人は全く気に掛ける様子もない。餅田さんの口癖は「俺は選ばれた人間なのだ」というものだったが、今まで一度だって選ばれたことがない。真に選ばれていたのは餅田さんの弟の肛一君の方だった。肛一君は非常にハンサムだったし、頭も良かった。およそ欠点らしい欠点もなく、もちろん女性にモテたが、こちらが好きになった女性からは「きっと素敵な彼女がいるんでしょう?」と勝手に納得されるので恋が成就した試しがない。そう、肛一君は不幸にもまだ童貞だったのである。そんな肛一君にも皮上さんという可愛らしい彼女が出来た。卑屈なる童貞生活からすっかりオサラバするつもりで皮上さんをベッドに誘った肛一君は、寝転んだ皮上さんの背中を見て唖然とした。皮上さんの背中にはおどろおどろしい般若の彫り物が施されていたのだ。誤解を招かないように補足しておくが、皮上さんは別に「極道の女」なのではなく、ただ単に般若のイメージが好きなだけである。皮上さんが肛一君の前に付き合っていた佐々機という男は、美大在学中に一人でデザイン会社を立ち上げてしまうくらい才能と精力に満ち溢れた若手デザイナーで、皮上さんの背中の図柄をデザインしたのも彼だった。佐々機は女癖が悪く、クライアントの女性と寝ることも少なくなかった。皮上さんにとってそれは屈辱でしかなかったが、佐々機にとってはビジネスをスムースに進めるためのテクニックでしかなかった。だが、そんな枕営業が通じるのも二十代までだな、彼は隣で静かに寝息を立てている女の腹の皺を数えながら、そんなことをぼんやり考えた。女は鼻元という名前で、大手出版社で編集の仕事をしていた。寝るのはこれで二度目だったが、五十前のババアを目の前にしても勃起する自分のペニスを誇りに思った。鼻元には二人の息子がいるが、十年前に夫と離婚してからは会っていない。もしかしたらこの男こそ自分の息子かも知れないなどと妄想したが、私にも別れた夫にも似ていないので、少しだけ落胆した。別れた夫とは時々連絡を取り合う。上の息子が働きもせず自宅でゲームばかりしている、という話をぐちぐちと聞かされた。そんな餅田さんもさすがにこのままではマズイと思って、インターネットで見つけた小さなデザイン会社の求人に応募してみたが、面接には遅刻したそうだ。
TOP PAGE
ライブラリ
作品の著作権は作者にあります。無断の使用、転載を禁止します
■
QBOOKS
www.qbooks.jp/
info@qshobou.org