QBOOKS
1000字小説バトル 3rd Stage
チャンプ作品
『おめでとう、ご長寿』アレシア・モード
藤原さんの家の玄関は陰鬱だ。特に今日は陰鬱だった。
「自治会の者ですが」
私――アレシアは、覚悟を決めて奥さんに言った。
「お爺ちゃんに敬老の日のお祝いで」
「あ、恐れ入ります」
私は紙袋から祝い品を取り出しかけ、止める。このまま渡せないのだ、今年は。
「お爺ちゃんに会えますかぁ」
私はこの家の爺さんを見た事がない。
「いま隣の部屋で休んでますので、ちょっと」
「――少しだけお声を」
奥さんは一瞬嫌な顔をしたが、咳払いをし「おじいさーん」と声を上げた。静寂が続き、有るとも知れぬ反応を待っていたら、いきなり壁からごとん、と音がして少し驚いた。
「ほら、元気です」
「ネズミ?」
「何てことを。お爺さん、1足す1は?」
ごとんごとんと二度音がした。「計算もできるほど達者ですわ」
「――訓練されたネズミ?」
「お爺さん、90と8の最大公約数は」
ごとんごとんと音がした。
「いや、同じ答えだし」
「文久三年生まれとしては驚異的かと」
「そう、今年で二百四十八歳なんですよね」私は腹を括る事にした。
「あのね、人間がそんなに生きるわけ……」
「黙って!」
奥さんの顔色が変わった。そのとき背後で大きな音がした。見ると花瓶が砕けていた。
「私、触ってないよ?」
「ええ、それはお爺さんの怒りです! もう帰って下さい」
「帰ってもいいけど祝い品は出せないよ」
『ぶおご』
呻き声がした。家が微かに揺れ出した。
「お爺さんは祝い品が楽しみなの! 命が惜しくば品を置いて帰れ」奥さんの目が吊り上がっている。
「これしきの怪異で退散できるか」
『ぎぃば、ごすっ、めり』
隣の部屋から異音が響いた。
『がしゅ、ずっ、ごりゅ、ずず』
何の音か分からなかった。だが想像力を駆使して答えれば、朽ちるほど放置されたカカシ、虫食いの廃材を釘と縄で組んだ骨格、藁と泥とを塗った肌、ぼろ布を巻いた人形が、立ち上がり、足を引き摺って歩き出す、そんな音だった。それは次第に近づいていた。
『ごが、ぐずず、がりゅ、ずっ、ぱき、かしゅる、がっ』
部屋の引き戸が開いた。
「あっ」
暗がりの中には想像通りのものが立っていた。『ゲェ』と呻き、欠けた片腕をあげた。埃とカビ臭が広がった。
「えーと」
私は頭をかいた。
「お元気そうで何よりで。これお祝いです。でわッ」
外は残暑の日射しで真っ白だった。
「――藤原さん、確認」
私は名簿を開き、次に訪ねる家の婆さんの年齢をみた。
この役、来年は断る。
TOP PAGE
ライブラリ
作品の著作権は作者にあります。無断の使用、転載を禁止します
■
QBOOKS
www.qbooks.jp/
info@qshobou.org