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1000字小説バトル
チャンプ作品
『残暑と少女』千早丸
気になったのは、その重そうな影だった。
車窓をぼんやりと眺める少女を覆う影が、日差しとは真逆に濃い。乗客の誰もが同色の影を連れているのに、少女の影はひときわ尖って重そうに見えた。
ボックス席の斜め前、だから僕は少女を仔細に眺め、ああ、頬が痩けているのか。
夏痩せか、気鬱か。円やかな筈の頬が、目元が、窪んでいた。そう思うと座る姿にも生気がない。背もたれに寄る肩が落ち、腕は力なく腿の上に引っかかり、行儀とは無縁の足は伸びていた。
まあボックス席に座るのは僕と少女の2人で、目のやり場にさえ困らなければ少女がどんな格好でも関係はない。
そう。今が平日の昼で、少女が高校らしい夏の制服を着ていても、僕には関係ない。
他の乗客達も気にしていない。もしかして気付いてすらいない。
僕が学生の頃のように「学校はどうした」大声で怒ってくれる大人は迷惑の名の下に死滅した。
だから大勢の無関心という孤独の檻で、少女は痩けた頬に影を張り付かせ、流れる景色を眺めているしかない。
厳しい残暑の太陽を浴び、汗の1粒すら出ないほど、乾きながら。
弱冷房車だが、昨夜の晩酌と麦茶が噴出すごとく僕は何度もハンカチを取り出すのに。
と、唐突に少女は僕を見た。
「あついですか」
声は聞こえたが、言葉が理解できなかった。僕はよほど頓狂な顔をしたか、少女はもう一度「暑いですか?」言い直した。
「ブラインド下ろしますか?」
此処に到って、少女は僕の視線に気付き、意味を誤解して気遣っていると知れた。顔から火が噴出すとはコレだ。身の縮まる思いで「大丈夫です」不明瞭に呟くのがやっと。
「いつでも下ろしますから」
お愛想でも、笑う少女は可愛い。何を根拠に彼女が「殻に閉じこもっている」と思ったのだろう。気遣いを知る、優しい娘さんではないか。
しかし窓外を眺めた途端、影は少女を縛る。尖った鉤爪で獲物を捕らえ、何処へ引きずり行こうとするか。
やがて電車は駅に止まる。僕の目的地だが、少女は影に埋もれて動かない。
ホームに天井はなく、暑くて白く、明るすぎてよく見えない世界の、目の前。待ち構える如くに自動販売機が。
僕は無意識に内ポケットを探った。
「年甲斐もない」
いつも以上に汗が噴出す。乗客全員が僕を見ている気がして、ハンカチに隠れる。
動き始めた電車に少し顔を出せば、逆光の見えづらい窓の1つ、焦茶の缶へ伸ばしかける白い腕、だけが見えた。
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