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1000字小説バトル
チャンプ作品
『蛇口の彼』荵
最近、つがいの蝶を見てもイライラする。絡まってゆっくりふらふら跳ぶんじゃねえよ、と。
彼は股間のウインドウズから、銀色に光る水道の蛇口を出して、颯爽とキャンパスを歩いていた。あたしを含め、周囲の学生達の目が点になる。一瞬後、それはすぐに冷笑に変わった。
芸大にはそんなやつごろごろいる。わかっているけど、無視できなかった。
彼はあたしの周りで、すぐに話題に上った。純粋に面白がっているやつ、露骨に嫌がっているやつ、したり顔で知り合いでもないクセに彼の芸術パフォーマンスを解説してくれるやつなど反応は様様だったが、どうでもよかった。
たまたま同じ講義を取っていて、あたしは彼と毎週会うことになった。彼はメタリックな性器を誇示するでもなく、真剣に社会心理学の講義に聞き入っていた。どうしても彼が気になる自分が理不尽な仕打ちを受けているように思えてくる。
話してみると普通だった。彼は、したり顔で知り合いでもないクセに彼の芸術パフォーマンスを解説してくれたやつと同じようなことを語った。
「これは視覚的なレイプなんだ。人は普段、無防備に無自覚に無批判に視覚を受け入れ過ぎている。過多な情報に思考停止している。僕はそれに警鐘鳴らすんだ」
わたしは見事に彼の策謀にはまったわけだ。余計なお世話だコノヤロウ、とあたしが凄むと、暴力は良くない、と言って彼は席を立った。
やられっぱなしでは悔しいので、あたしは彼を誘惑する作戦を練った。周りの友人は面白がって嗾けるやつと、ヒイてしまって止めようとするやつとに分かれた。前者はやはり男が多い。
あたしが彼にしつこく付きまとううちに、彼は段々、あたしから逃げるようになった。コソコソと学食の席を移動する彼を見つけては、隣の席に無理やり座る。彼はいつも一人でいる。
何度か話しているうちに、彼がどこか可愛そうに思えてきた。聞けば彼は今まで勉強ばかりしてきたと言う。進学校を中退して、一年浪人し、芸大に受かった。一つ年上なのか、とあどけない彼の横顔を見つめた。やはり望まない勉強はしすぎるべきじゃないと思った。
落とすのは、一ヶ月で十分だった。
彼が、目の前で蛇口を取って、股間を剥き出しにし、思いの丈を告白してきた。いきなりだったので、あたしは笑ってしまった。
興味ねえよ、と言う前に、いいよ、と口が勝手に言った。
あたしは翌日、髪を弁髪にした。へへ、びびってる。いいね。
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