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1000字小説バトル
チャンプ作品
『Made in China』イグチユウイチ
冬物バーゲンで30%OFFで買った、味のあるベースボールキャップを両手でもてあそんでいたら、キャップの裏側に妙な縫い跡があるのを見つけた。生地を縫い付けている直線の一ヶ所が突然ポコッと大きく膨らんで、すぐにまた何事も無かったように元の直線に戻っている。明らかに縫製ミスなのだけど、その線を端から端まで目で追うと、ミシンを操っていた人の心情がそこから再生されるようで面白い。急に何か思い出したのか、それともくしゃみでもしたのか。いずれにしても、直線の秩序を乱した「ポコッ」の瞬間はとても焦ったに違いない。
ベースボールキャップの内側のタグには目立たないようにMade in Chinaと印字されているので、どうやらその小さな事件は中国で起きたようだ。熟練の職人はこんなミスはしないはずだから、まだ仕事を始めて日の浅い新人さんがやってしまったのだろうか。退屈な頭の中で、なんとなく新人さんの姿を浮かべてみる。まず、新人さんは絶対に女の子だ。(もちろん根拠なんて無い)小柄で、色白で、目は切れ長の一重。長い黒髪を頭の後ろで簡単に結んでいて、化粧っ気は無いが、よく笑う。縫製工場に入ったばかりだとすると、たぶん歳は18くらい。中国の沿岸部より少し内陸の小さな町に家族と住み、家から工場までは自転車に乗って通う。そして毎日8時間以上、味のあるベースボールキャップをせっせと作り続けている。
そんな彼女のもとにある日、人が訪ねてくる。そいつは生活感の無さそうなメガネ男で、彼女が毎日作っている味のあるベースボールキャップをかぶっている。男はキャップを脱いで、その内側の縫い目の一ヶ所を指で示して笑ってみせる。誤解しないで欲しいのは、俺は君のささやかなミスを冷やかすために、ここまで来たのではないと言う事。俺はただ、直接聞いてみたかっただけなんだ。「これを縫ってたとき、しまった!と思ったでしょ?」って。そうして一緒に笑いあえたら、俺と君は人類初の縫製ミスで結ばれた二人になれるかも知れない。でも、君はこう答える。「私、日本人は嫌いなの。」
イェンが中国に帰ってから、味楽亭にはすっかり行かなくなってしまった。日本人が嫌いなくせに、なぜあの娘は日本に働きに来たのだろう。その疑問ばかりが、退屈な頭の中を今日もループし続けている。
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